最終話「異世界の扉」
東に向かって進軍していた魔王軍を退けて数日。
街には平和が訪れていた。
親玉の少女はあと一歩のところで逃したが……あれだけ痛めつけた後だ。しばらく襲撃はないと思いたい。
そして晴れて無事となった俺の店。
オープンまで数日と言った所である。
その居間、もとい会議室には、店に関わる人物が一同に会していた。
「さて、今日は皆さんに大事な話があります」
「マサル、なんだ改まって。一日空けるように言われていたが、そんなに大事なことなのか?」
魔法使いちゃんが俺に聞いた。
俺はニヤリと笑った。
「ふふふ……今日は、お前がかねてより聴きたがっていたことに対する、答えを用意するつもりだ」
「なにっ……!? では、お前の仕入れてくる道具のことが……!?」
俺は頷いた。
会議室がにわかにざわつく。
だが、俺は手のひらを向けて彼女らを制した。
「その前に、今から俺の用意した服に着替えてほしい」
「着替える? なんで?」
「そのままの格好だとまずいから」
「なんだと……? 私のローブ、どこか変か?」
「いやいや、よく似合ってるよ。でも、これから行くところだと浮いちゃうんだ」
「浮く……?」
戸惑う彼女らに、俺は服をテーブルの上にどさりと置いた。
「これはおまえの分。これはセアーラさんの分。これはマナの分」
テーブルの上の服を指さして誰の物か教える。
「なにやら見慣れない服だが……どういう基準で選んだんだ?」
「うん。正直俺は女の服はよくわからんから、友達にイメージだけ伝えて選んでもらった。オシャレな友達だから、多分大丈夫だと思う」
「……服のサイズは、どうやって知ったんだ?」
じろりと魔法使いちゃんが俺を睨んだ。
「そ、それはボクが! みんなの洗濯物を測らせてもらいました! ご主人様は一切触ってないです。はい」
マナが言った。
「そういう訳だ。じゃ、俺は外で待ってるから、着替えたら出てきてくれ」
そそくさと退散する。
ぼけっと空を見ながら待つ。
……空に浮かんだ雲が下着に見える。
俺は首を振って煩悩を追い払った。
「おーい、着替えたぞ」
「おお、待ちかねた……ッ!?」
思わず息を呑んだ。
「? なんだ? どうして固まっている?」
「い、いや……」
……思った以上に威力があった。
普段はローブだのメイド服だの、コスプレみたいな格好をしていたが……
初めて見る現代風な装いに、不意を突かれてしまった。
「ご、ご主人様。何か変ですか?」
「い、いや……すごく似合ってる。可愛い。マナ」
「ふえっ!?」
マナの顔が一瞬で真っ赤になった。
彼女は非常に女の子らしい格好をしている。尻尾と耳はロングスカートと帽子で隠した。まあ、隠さなくてもコスプレだと思われるだろうけど。
「おい、何を鼻の下を伸ばしている」
「え? い、いや、なんでもない。じゃあ、行くか!!」
誤魔化すように、俺は歩き出した。
異世界の扉は、街の中心にある。
そんなところにあれば、誰かしら見つけそうなものだが、どうやらオレ以外には見えないらしい。
「ついたぜ」
目の前に、大きな扉がある。
「なんにもねえじゃねえか」
セアーラさんが不思議な顔をして言った。
やはり見えないか……
全員で手を繋ぎ、俺が先頭となって扉をくぐった。
「……えっ!?」
「きゃっ……!?」
「な、なんだこりゃ……!?」
三人が目を丸くし、口をぽかんと開けて言った。
異世界の扉は異世界人でも問題なく通れた。あるいは、俺がいたからかもしれないが……
俺は、三人に振り返り、手を広げた。
「俺の故郷にようこそ。俺はこっちの世界からやってきたんだ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「な、なんだあの天を突くような建物は……!? 雲より高いぞ!」
「スカイツリー。この国で一番でかい建物」
「マサル、さっきからビュンビュン走ってる箱はなんだ!? 滅茶苦茶速いんだけど!」
「自動車。竜車が進化した乗り物」
「ご主人様……空をでっかい何かが飛んでる……」
「飛行機。人を乗せて飛ぶ乗り物」
三人は、少し歩くたびに驚愕を露にした。
それはそうだろう。俺が異世界に行った時も、色々なものに驚いたが……
こちらの世界は、向こうとは物の数が違う。
街はどこまで行っても尽きないし、狭い土地には建物が密集している。
おまけに人口は向こうの街の千倍はありそうだ。
ここはまだ人通りが少ないのが救いだった。
一々驚く彼女らを気に留める人は少ない。
「こ、これは夢か……!? それともマサル、いつの間にか魔法を使えるようになったのか……」
「夢じゃねえぞ。この世界は紛れもなく現実だ。じゃねえと、俺が持ってくる道具の説明がつかない」
「……た、たしかに。それに、道行く人の髪はみんな黒色だ……こっちでは珍しくないのか?」
「この国の人はほとんど黒だよ」
「あ、よく見ると茶色の人もいるな」
「あれは染めてんだ。元は黒色だと思う」
「染める!? どうやって!? なぜ!?」
ははは。一々彼女たちの反応が面白い。
こんな何でもないことで驚いて貰えるとは……
だが、本当に楽しいのはこれからだ。
ここまで歩いてきたのはオフィス街で、人は少ない。
今俺達が向かっているのは、繁華街だ。
人はいよいよ多くなる。
建物も店も、加速度的に多くなる。
「さあ、着いたぞ。ここが原宿だ」
日本有数の繁華街に到着する。
彼女たちの目が輝いた。
「わあ~!! すごい人の数です、ご主人様!!」
「こ、これは……なんという規模の街なんだ。信じられない。本当にここは人が作ったのか? 神の御業では?」
「マジかよ……これ全部、人か? 目が回りそうだぜ」
うんうん。いい反応だ。
それじゃ小手調べに、日本の食のレベルの高さを思い知ってもらおう。
「甘い物食べたい人~!」
「はーい! 食べたい! 食べたいです、ご主人様!」
マナが元気よく手を挙げる。
セアーラさんと魔法使いちゃんも嬉しそうだ。
女の子は甘いものが好きだよな~。俺もなんだけど。
「よし、まずはここだな」
俺は香ばしい匂いの漂う店の前に来た。
日本の甘味と言ったら、まずはこれだろう。
「わ、ご主人様。このお菓子、魚の形してます。可愛い!」
「そうだろうそうだろう」
やっぱりたい焼きは基本だよね。
俺は彼女たちに一つずつたい焼きを渡した。
「嗅いだことのない良い匂いがする……」
「いいから食ってみろよ。びっくりするぜ」
「そ、そうか。……ぱくっ」
その瞬間、魔法使いちゃんの目が驚きに見開いた。
「う、うまい……! こんな甘くて香ばしいお菓子、食べたことない……!!」
「美味しいです、ご主人様~!!」
「うめえな、これ。中の黒いのが美味い」
そうだろ、そうだろ。
よし次は……あれなんかどうだ?
「アップルシナモン、4つください」
俺の好きなフレーバーを注文する。
それが出来上がる様子を、彼女たちは興味深そうに見つめていた。
「ほらよ、クレープだ!」
「おお、これは……ふんわりしてて、甘い香りがして……見るからにうまそうだ」
そしてすぐにかぶりつく三人。
彼女たちは頬を抑えながら、たまらないといった反応をした。
「う、うめえ~! なんだこの中のフワフワしたの! こんなの食ったことない!」
「ご主人様~、ほっぺが落ちそうです!」
「う、美味い……これが作れれば、私もマナに勝てるかな……」
うんうん。百点満点の反応だな。
魔法使いちゃんだけ変なこと呟いてるが。
彼女たちの反応を見ていると、オレまで嬉しくなってくるぜ。
「あの、そこのキミ。ちょっといいかな」
「ほえ?」
クレープをぱくついていると、ふとマナに声をかける男が目についた。
男はさらにマナに問いかけた。
「君、可愛いね。雑誌とか出てみる気ない?」
「ご、ご主人様。この人、なんて言ってるんですか?」
マナが困った顔をして言った。
あ~……そうか。あり得るよな。
マナは滅茶苦茶可愛いからな。
俺は彼女と男の間に滑り込んだ。
「あー、この子、俺の連れです。ちょっと勘弁してください。日本語も分からないんで」
「えー……そうかあ。……あっ、そこのキミ。すごい可愛いね。外国の人?」
「むっ……? おい、マサル。この男は何て言ってるんだ?」
今度は魔法使いちゃんの方に行きやがった。節操のない奴だな。
「ちょっと、その子も俺の連れなんで。スカウトしないでください」
「え~? この子も? ……あっ、そこのお姉さん。すっごい美人ですね」
今度はセアーラさんの方に……切りがないな。
そこで俺は気付いたが、周りの視線が滅茶苦茶俺たちに集まってるようだ。
美人の外国人が三人も集まると、引力が発生するんだな。
「ちょっと、みんな……いったん離れよう!」
俺は三人の手を引いて、通りを駆け抜けた。
今度は俺が視線を集めたが……それは別にいいか。
「おい、なんだったんださっきのは」
人が少なめな場所まで行き、一息つく。
魔法使いちゃんが俺に聞いた。
「スカウトだよ。本に載らないかって」
「なんで」
「マナも、セアーラさんも、お前も。可愛いからだってさ」
「か、かわ……!!」
その言葉に、顔が赤くなる。
おやおや? マナと魔法使いちゃんはともかく、セアーラさんまで……
「とにかく、俺達がいるとちょっと視線を集めすぎる。もっと落ち着いたところに行こう」
俺達は再び歩き出した。
今度は、ゆっくりと話が出来るところがいい。
大事な話をしたいからな……
「……ん?」
カフェを探していると、ふと目についたものがあった。
俺はいつかの約束を思い出した。
「ちょっと、ここで待ってて」
三人を残し、俺は駆ける。
いい物が見つかった。
急いで三人の元に戻る。
「ハァ、ハァ、お待たせ……」
「どうしたんですか? ご主人様」
マナが首を傾げる。
その頭に、ささっ、とつけてあげた。
「えっ?」
ぽかんとする彼女。
鏡を取り出し、見せてあげる。
「ほら。いつか、髪飾りを欲しがってた時があっただろ……ずっと買いそびれてたからさ。どうかな?」
「えっ。えっ。えっ」
「あれ? 気に入らなかった?」
「……い、いえ。あまりに突然の事で。ちょっと、心が……うまく反応できないです。……でも、嬉しい。嬉しいです。ご主人様……うっ……」
「えっ。な、なんで泣くの!?」
「う、嬉しすぎて~。ご主人様~。ありがとう……」
そ、そうか。嬉しすぎたのか。
良かった。気に入ってもらえたようだ。
あー、忘れてなくてよかった……
……ん? なんか、魔法使いちゃんが口を開けて戦慄いてるんだけど……
「マ、マサル! どうしてマナにだけ! わ、私や……セアーラさんには何か無いのか!?」
「えっ。俺もか?」
急に話を振られて驚くセアーラさん。
「いや、お前には前に買ってやったろ……セアーラさんは、ごめん。約束してなかったから……」
「いや、俺はいいよ」
そうか。いいのか。
だが、魔法使いちゃんは微妙に納得いって無さそうだった。
うーん……でも、ここで何かをあげると、マナと釣り合いが取れないしなぁ……
あ、そうだ。ここはいっちょ、いつもの手でいってみるか。
「あ、あー。ごほん。さっきは言いそびれたんだけど……その恰好、すごく似合ってるぞ。ミ、ミイス」
「ッッ!?」
魔法使いちゃんは固まった。
あ、あれ? 効かなかったかな? 俺的には、結構勇気出して言ったんだけど……
「ど、どした? なんか反応しろ?」
目の前で手を振ってみる。
すると、彼女は突然ハッとして俺を睨んだ。
「お、お前が、急に名前を呼ぶから!! びっくりするだろうが!!」
「憶えとけって言ったの、お前じゃん……」
掴みかかろうとするミイス。
それを防ぐ俺。やれやれ。機嫌は直らなかったか……
「ご、ご主人様! こっち向いて!」
「ん?」
言われるがままに、振り向く。
その瞬間、何か柔らかい物が触れた。
マナと俺の唇と唇が、重なっていた。
「え」
時が止まった気がした。
「あ~~~~~~!!」
が、すぐにミイスの大絶叫で動き出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
カフェでコーヒーを飲みながら、彼女たちに話す。
「ここに来て分かったと思うが、俺の道具はこの世界から仕入れている。だが、今のままじゃダメだ。もっと大量に、安全に品物を仕入れたい」
俺が彼女たちをここに連れてきたのは、観光目的だけではない。
異世界とこの世界を繋ぐ、販路を作りたい。その知恵を借りたいと思ったのだ。
「何かないか? もっとうまく仕入れる方法が……」
ミイスが顎に手を当てて考え込んだ。
「当然、あの扉の事は知られてはいけないわけだよな。誰でも通っていい物でないことは、流石に言われずともわかる」
「ああ。出来ればこのことは、俺たち以外に誰にも知られずやりたい。異世界の事が知られると、どっちでも面倒だ」
「ふーむ……となると、たくさん人を呼んで、運び入れるわけにはいかないのか……」
その通りだ。
だが、俺達四人だと、運べる数にも限りがある。一体どうしたら……
「……なあ、こっちにも、向こうみたいな家を作るわけにはいかねえのか?」
セアーラさんが言った。
「え?」
「いや、こっちにも品物を運び入れる拠点みたいなものがあれば、人を使って効率的に品物を集められるんじゃないかと思ったんだよ。別に、異世界の扉さえくぐらせなけりゃ、いくら人を使ってもいいわけだろ?」
「……そうだ。確かに……」
セアーラさんの言う通りだ。
異世界の扉さえ介入させなければ、人は使える。向こうでも、こっちでも……
「……いや? 待てよ。いっそのこと、扉そのものを拠点に出来ないかな?」
「ん? なんだそりゃ。どういうこった?」
「だから、扉を俺達が使える拠点で、覆っちゃえばいいんじゃないかな、と……」
魔法使いちゃんが頷いた。
「なるほど。つまり、向こうの扉は新たに家を建てるかして、扉を覆ってしまう。そうすれば、いくら出入りしても見られることはない。人も使いやすいだろう。だが、こっちの扉はどうする?」
「……いける。こっちの扉周辺も、買っちまえばいい。土地も、建物も、丸ごと。そうすれば、その上にいくらでも扉を覆い隠せる建物を作れる」
「で、でも、ご主人様。お金はどうするの? あんなでっかい建物を買うなんて、ものすごくお金が掛かっちゃうんじゃ……」
マナを見る。
不安の色で揺れる瞳。
それを見ながら思う。
手はあるはずだ。
日本で手に入れたものは、異世界で莫大な金を生んだ。
それならば、異世界で手に入れたものは……?
こちらで金を稼ぐ手段も、あるかもしれない。
俺一人ならば、大したことは考えられないかもしれないが……
俺には、心強い仲間がいる。
彼女たちと力を合わせれば、必ず見つけられるはずだ。
この世界と異世界を繋ぐ方法が……
「……こういうのは、どうだろう」
俺は、身を乗り出して、彼女たちに口を開いた。




