第32話「逆襲」
俺は振り向いた。
地面から伸びた影のような人が歩いてくる。
手には二本の長包丁が握られている。
「武器の声を聞け。加護に身を委ねろ。さすれば、お前の武器はどんな物でも断ち切ることが出来る」
「に、忍者のおっさん!」
彼が目にも留まらない速さで飛び立つ。
次の瞬間、嵐のような激しさで、魔物たちに切りかかった。
「遅れて済まない。お前が戦っていると知っていれば、もっと早く駆け付けたのだが」
「い、いいんだよ! 来てくれるだけで……」
忍者はすさまじい強さだった。チェーンソーを使った俺と同じくらい……いいや、それより早く、魔物たちを切り裂いていく。
俄かに手に力が戻る。
包丁を握りしめ、立ち上がる。
俺が魔物に切りかかろうとした時。
「おーい! 俺もいるぜ!! 助けに来たぞー!!」
横合いから白銀の影が飛び出す。
全身鎧を身に纏った戦士だ。
「あ、あんたは……」
殺虫剤を買ってくれた戦士。
彼が長剣と盾を手に、魔物の群れへと飛び込んでいった。
絶望的な戦いに身を投じる彼らの背を見つめる。
どうして彼らは来てくれたのか。
この街に残って戦う者など、誰もいないと思っていただろうに。
そう、俺がここにいることを、どうして……
「やれやれ。戦えそうなヤツを見つけるのに、結構時間食っちまった」
いつの間にか、俺の隣に人がいた。
豪奢な髪にメイド服を着た女性。
彼女は剣を抜き放ち、俺を見て微笑んだ。
「どうせお前の事だから、一人で無茶して突っ込むだろうと思ってたぜ。マナと二人で散々味方を探し回ったよ。二人しか見つからなかったけどな」
「セアーラさん」
「バカマサル。お前が居なくなったら、誰がマナを守るんだ? お前しかいねーだろうが」
そう言うと、彼女は魔物の群れへと飛び込んでいった。
華麗な剣技が、次々と魔物の首を跳ね飛ばす。
「……ご主人様」
ふと、手に触れる感覚があった。
振り向くと、マナがいた。
彼女の目尻に光が浮かんでいる。
「ご主人様。ボクを置いて行っちゃダメです。約束しましたよね? ずっと、ボクの傍に居てくれるって……」
「ああ……そうだったな。済まない」
「もう、絶対にどこにも行かないでください。どこかに行くなら、絶対にボクを連れて行ってください。ボクは、どこへだってついて行きます。たとえそれが、死地だったとしても……」
「ああ……わかったよ。ずっと一緒だ」
両腕に、ぎゅっと彼女を抱きしめる。
体に力が湧いてくるのを感じる。
彼女の全身に刻まれた魔印が、淡く光を放ち始める。
傷ついた体が癒えていく。
俺とマナは、魔物の群れへと向き直った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「へえ……!? どいつもこいつも、やるじゃないか! この街に来るまで、お前たちほどの戦士は見なかったぞ!」
一際巨大な魔獣にまたがった少女が、楽し気に俺達を睥睨しながら言った。
「チッ……偉そうに……しやがってえええ!!」
包丁を振るい、魔物を切り裂く。
俺の攻撃の直後に、後ろに控えていた魔物の爪が俺に襲い来る。
「やあッッ!!」
その爪を、俺の横にいたマナが撃ち落とす。
俺の隙は、彼女がカバーしてくれる。
彼女と協力しながら、次々と魔物を倒していく。
倒しながらも、視線は少女を常に睨みつけている。
彼女の元へとたどり着こうとあがく。
戦っているのは俺達だけではない。
忍者のおっさんも、戦士の青年も、セアーラさんも……
必死に魔物たちを倒す。
一人一人は一騎当千の戦士だ。
だが……
「くそっ!! きりがねえ!!」
魔物は尽きない。
あれだけ爆炎で吹き飛ばし、チェーンソーで切り倒し、仲間と協力して倒しても……なお無数の魔物が襲い掛かってくる。
わかっているのだ。
この魔物たちは、あの少女が呼び寄せている。
彼女はどういうわけか、手から放つ黒い波動から、あらゆる種類の魔物を呼び出すのだ。
ヤツを倒さない限り、この戦いは終わらない。
だが、ヤツとの道程を大量の魔物たちが阻む。
戦いは膠着状態だった。
いや……わずかに、俺達の方が悪いか!?
「ははは、足掻け、足掻け。私の魔力はまだまだ尽きないぞ」
「くっ……!!」
次第に俺達は押され始める。
あれだけ強い忍者のおっさんや、セアーラさんも……疲労の色が隠せない。
剣の切れが鈍っている。
「くそっ!! ダメなのか……!!」
必死に剣を振りながら、思う。
ここまできて、勝てないのか。
あと少し、あと少しなのに……
「ぐあっ!!」
「!?」
戦士が背後から攻撃を食らい、倒れる。
不味いと思い、すぐさま駆けつける。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ……ぐっ!!」
立ち上がろうとするが、痛みに顔を引きつらせる。
無理なようだ。
俺とマナが、彼を庇うように魔物たちの前に立ちふさがる。
忍者とセアーラさんも集まってくる。
戦士を中心に、円を描いて魔物と対峙した。
「く、くそっ、これじゃ……!!」
「お、押される……!!」
「むう……不味いな」
じりじりと、魔物たちの包囲網が狭まってくる。
まずい、俺の方も限界が近づいてきた。
足がもつれる。倒れそうになるところを、マナに支えられる。
しかし、腕が上がらない。
その隙を狙って、魔物たちが殺到する。
セアーラさんがカバーに入る。
さらに包囲網が狭まる。
もう、一歩も猶予が無い。
や、やられる……!!
「マサル――――――――!!」
その時、戦場を揺るがす大声が響いた。
俺は声の方を見た。
そこにいたのは……巨大な人型の怪物だった。
巨人の方に、小さな影が仁王立ちで立っている。
「ま、魔法使いちゃん……?」
彼女は俺を睥睨しながら叫んだ。
「私の名前は”ミイス”だ――――!! 憶えとけッッ!!」
と、大声で名乗った。
その場にいた者が、全員呆気にとられる。
魔物も動きを止めている。
「は、はは……そうか。ミイスか。結構可愛い名前じゃねえか」
確かにもう一度会った時に名前を教えてくれると言っていたが……
まさか、そのためだけに帰ってきたわけではあるまい。
彼女は巨人の肩の上で腕を振るった。
「薙ぎ払えッッ!!」
巨人の口が裂け、咆哮する。
一条の閃光が、魔物たちの群れに向かって放たれた。
直後に、爆発と衝撃波が魔物たちを吹き飛ばした。
凄まじい威力だ。
「な、なんだよ、ありゃあ……巨〇兵でも作ってたのか、アイツは」
しばらく引きこもって何かやってたのは、アレを作るためだったのか。
やっぱとんでもない魔女だわ、アイツ。
でも、でも……戻ってきてくれて、ありがとう……
「な、なんだアレ!? あんなのありか!? くそっ、召喚召喚……」
魔物の親玉の少女も泡を食っている。
その手が怪しく輝いた。
「させるかッッ!! ”魔導の命脈よ、断ち切れ!!”」
ミイスの手から光の波動が発せられる。
光が少女の腕に絡みつき、黒い波動を中和していった。
「あ、あれっ!? 出ないっ!?」
少女が慌てふためいた。
「マサル、今だ!!」
言われずとも動いている。
この機を逃す手はない。
忍者が、セアーラさんが血路を開く。
俺とマナがその道を行く。
「あっ、クソ!! ちょ、待てよ!! ずるいぞ!!」
知るかバカ。
俺の包丁とマナの爪が少女へと叩き込ま――防がれた。
「はっはっは! おせえよ!」
余裕の笑みを浮かべる少女。
そうかそうか。
出来ればコレは使いたくなかったんだが……
ジャケットから小さな瓶を取り出す。
この物質は、ガソリンよりも引火点が低く、有毒な蒸気を発生させる。ジエチルエーテルが、少女の体に降りかかった。
「食らえッッ!!」
スタン警棒を叩き込む。
その攻撃自体は難なく防がれたが――発生した電気が、ジエチルエーテルを発火させた。




