第31話「戦闘」
「……きたか」
地平線の彼方が蠢く。
黒い影のような揺らめきは、やがて大軍の土煙となって俺の目に届いた。
立ち上がり、埃をはらう。
深呼吸し、己を奮い立たせる。
戦闘だ。
今から俺は、死線に飛び込む。
生きて帰れるかは分からない。
いや、多分死ぬ。
怖くないとは言わない。
だが……それを振り切れるだけの覚悟はあるつもりだ。
胸元で揺れるペンダントを握りしめる。
彼女がくれたお守り。きっと効果があると信じよう。
雄たけびが聞こえる。
獣型の魔物が、群れを成して突っ込んでくる。
ごくりと唾を飲む。
彼我の距離はどんどん近くなる。
だが、俺はまだ行動を起こさない。
十分に引き付けるのだ。
そうしてこそ、俺の用意した仕掛けが最大限に効果を発揮する。
心臓が早鐘を打つ。
大丈夫、うまくいくはずだ。
何度も実験したんだ。あのときは、あまりに威力がありすぎて今後使うことはないと思った。
この時のために必要なものだったのだ。
魔物との距離、500メートル、400メートル、300メートル……
「……今だッッ!!」
俺は手元の仕掛けに火を点けた。
導火線が煙を吹き、内部にある物に着火する。
その瞬間、凄まじい勢いで火球が飛び出した。
火球は光を放ちながら空高く飛んで行く。
魔物たちの足が止まる。
何事かと、空中に放たれた謎の光を見つめる。
そして、それが空中で静止したとき。
閃光が辺りを白く染め上げた。
一瞬遅れて、轟音が大地を揺るがした。
「ギャアッ!?」
「グワッッ!!」
地上にいる何体かの魔物は、閃光と轟音でその場に伏せる。
俺は目と耳を覆っていたのでダメージを受けなかった。
そして、俺の用意した本当の仕掛けは……ここからだ。
花火が無数の火球に分かれ、流星のように周囲に降り注いだ。
地球では地面に落ちる前に燃え尽きてしまうが、この世界では炎は消えない。
そのまま魔物に当たっても、ダメージを与えることが出来るだろう。
だが、俺が用意したのは、そんな生易しいものではない。
地面に撒かれた黒い液体。
日本で手に入れてきた、ありったけの燃料だ。
その表面から放たれる可燃性蒸気は、花火によって引火し――
大爆発を起こした。
「くたばりやがれ」
地面が沸騰したかのような爆発が無数に巻き起こる。
爆炎は渦を巻き、魔物を容赦なく飲み込む。
業火は簡単には燃え尽きない。
灼熱の嵐は、魔物と街を隔てる壁となった。
だが、魔物たちは只の動物ではない。
人間を遥かに超える生命力で、その壁を乗り越える。
肌を焦がしながら、炎の壁から魔物たちが現れた。
俺は深呼吸を一つつくと、ガスマスクを付けた。
地面にドカリと、日本から持ち込んだ中で一際重い道具を置く。
道具から伸びるロープを引く。
道具が唸り声をあげ、その身に力を宿す。
両手で持ち上げ、魔物に向かって構えた後、トリガーを引いた。
チェーンソーが唸る。
その先端には、日本の加護によって研ぎ澄まされた無数の刃が並び、オイルエンジンによって回転しながらさらに威力を高めている。
これが俺が手に入れられる中で、最も威力のあった武器だ。
「さあ、こいよ。コイツは神様だって切れるんだぜ」
ゲームの中の話だが。
だが、この世界でだって切れてもおかしくない。包丁が岩を切断するのだから。
さあ、食らいやがれ――!!
熊のような魔物が、俺に向かって突進してきた。
俺は無造作にチェーンソーを突き出した。
「らあああああああッッ!!」
熊はバターのように真っ二つになった。
飛び散る血しぶき。
それをはねのけ、次の魔物へと向かう。
「グワアアアアアッッ!!」
牙を剥きだしにする魔物。
チェーンソーを真横に一閃する。
倒した。
剣のような爪を持つ魔物。
刀身ごとチェーンソーが切り裂いた。
倒した。
次々と、吸い込まれるように魔物たちがやってくる。
敵の数なんて数えてられない。
俺は無我夢中でチェーンソーを振るった。
バッタバッタと倒れていく魔物たち。
息が切れる。足がもつれて転びそうになる。
だが、まだだ。まだ倒れるわけにはいかない。
俺はまだ一撃も受けちゃいない。
チェーンソーもまだまだ使える。
魔物はそこにいる。
切れ。倒せ。
命が尽きるまで。
「ほお……素晴らしい武器だな。お前はこの街の戦士か?」
「……あ?」
ふと声をかけられ、我に返る。
足元には無数の魔物の死体が転がっていた。
もう何体魔物を倒したのか……
声のした方を向く。
炎の壁を物ともせず、人型の魔物が近づいてきていた。
「見たところ、一人しかいないようだが。他に仲間はいないのか?」
魔物は少女のような姿をしていた。
一見すると、この場に不釣り合いな見た目だが……こういう奴ほど、敵の中では大物だったりする。俺は油断しない。
「仲間なんていらねえ。お前らクソ雑魚なんて、俺一人で十分だ」
魔物の少女は笑った。
「へえ、言うねえ。どう見てもお前の方がクソ雑魚なんだけど。面白い。どこまでやれるか、見せてみな」
少女が手を掲げる。
すると、耳障りな音を立てながら、蜂のような魔物が空中から襲い掛かってきた。
この俺に、虫ケラの魔物だと……なめんじゃねえぞ。
ジャケットから二本の缶を取り出す。
空中に向け、トリガーを引く。
スプレーを浴びた途端、虫型の魔物はバタバタと地面に倒れた。
「すごいな! なんだそれ!? じゃあ、こいつはどうだ!?」
少女が手を叩き、黒い波動が大気に広がる。
波動が地面に浸透すると、ボコボコと邪悪な者たちが姿を現した。
あれは、スケルトンにグール……それにリッチとか言う死霊の親玉か。
ふん……そいつらは、この世界に来て三日で倒しつくしたぜ。
腰のベルトに下げた懐中電灯を抜き放つ。
スイッチをオンにした瞬間、闇を切り裂く一条の光線が放たれた。
死霊たちが溶けるようにくたばっていく。
それを見て、少女は目を丸くしていた。
「へえ……すごいな。ちょっと舐めてたかもしんない。お前、思ったよりもすごい戦士なんだな」
「戦士じゃねえ。ただの商人……いや、魔技師だ」
「魔技師!? すごい、そんな職業のヤツ初めて見た! ますますお前に興味が湧いてきたよ。そうか、そうか……」
少女が俺に一歩近づく。
その瞬間、ぞっとする感覚が背筋を駆け巡った。
初めて……そいつが俺に殺気を向けたのが分かった。
汗が一気に噴き出す。
いよいよ、ボス戦か……
徐々に死が近づいている気がする。
……いや、気のせいだ。俺は死なない。俺は負けない。
このチェーンソーがあれば、どんな魔物だって……
それは、偶然だったと思う。
何気なくチェーンソーに意識が言ったことで、それを持ち上げた。
その瞬間、火花が視界を舞った。
「あはッ!? やるうッッ!!」
「ぐッッ……!!」
少女はいつの間にか剣を手にしていた。
それが、眼前で振るわれた。
死の刃は、俺に届く寸前だったが――チェーンソーが、それを受け止めた。
「この”崩剣”を防ぐなんて……その武器なに!? 何で出来てるの!?」
「……企業秘密だ!!」
トリガーをひき、チェーンソーをスタートさせる。
少女の剣は弾かれるようにチェーンソーを離れた。
「あはははっっ!! 面白ぉぉい!!」
「グッッ……!!」
こいつ……遊んでやがる!!
少女は俺の目で追えないぐらい速い。
その気になれば今すぐにでも切り殺せるはずだ。
だが、少女は執拗に俺のチェーンソーを狙った。
まるでそれを壊せるか試すように。
「くそー、なかなか壊せないなぁ」
「くっ、このやろ……!!」
俺は精一杯の抵抗を試みる。
だが、まるで当たらない。俺の動きはもとより遅いが、チェーンソーが重いことでさらに動きづらい。
こ、これじゃどうやったって……
俺がさらに一撃加えようとした時、チェーンソーの回転が止まった。
「……し、しまったッッ!!」
燃料が切れてしまった。
チェーンソーの威力が一気に落ちる。
次の瞬間、少女の一撃により、俺は紙屑のように弾き飛ばされた。
「ぐあっ……!!」
歯を食いしばり、立ち上がろうとする。
だが、震えてなかなか体を起こすことが出来ない。
「……えー、もう終わり?」
少女が退屈そうに言った。
……てめえ、ふざけんじゃねえ。俺はお前らみたいなバケモンとは違うんだ。体力は人並しかないし、魔法だって使えない。それが命をかけて、相手してやってんだぞ……勝手に幻滅するんじゃねえ。
ふらつく足で、ようやく立ち上がる。
だが、少女はすでに俺の方を見ていなかった。
「もういいや。ちょっとだけだけど、楽しかったよ。バイバイ」
少女が手を振ると、背後に待機していた魔物たちが俺に向かって突進してきた。
俺はチェーンソーを捨て、腰から長い包丁を抜き放った。
いよいよ、終わりか……ただの包丁では、俺は魔物数匹倒すのが関の山だろう。
俺が包丁を正眼に構えた時……
「握りが甘い。全身に力が入りすぎている。それでは、切れるものも切れない」
唐突に、声が響いた。




