第3話「グール退治のお供に懐中電灯」
「……はあ」
今日何度目かのため息をつく。
市場は今日も盛況だ。
だが、俺の店はというと。
「全然、全く、誰も見向きもしやがらねえ……」
目の前には、誰にも手を取られることなく陳列される品物の数々。
来たばかりの頃は調子よく売れたのだが、今日はさっぱりだった。
「くそ、やっぱりいつもの場所を取られたのは痛かった……」
そう。今日はいつもと場所が違うのだ。
俺がいつも陣取っている場所には、先客がいた。
渋々別の場所を探したのだが、今日はどこも一杯で、端っこの暗い場所しかなかった。
これでは俺の自慢の黒髪も、影でよくわからなくなってしまっている。
「あと、品物もいつもと違うしな……でもそんなにダメかなぁ? コレ」
今日は売れ筋の包丁やハサミは置いてきた。
流石にあんなものばかり仕入れていると怪しまれる。異世界でなく、日本で。
俺は刃物以外の新しい商材を確保する必要があった。
そのために持ってきたのは、サバイバル用品だ。
冒険者たちは、日常的にサバイバルしている。だったら、文明の利器は大いに役に立つはずだ。例えば、カセットコンロとか。浄水器とか。懐中電灯とか。
「こんなに便利なのになぁ」
目の前でカセットコンロを使い、湯を沸かしてみる。
手元にはこれも売れるかもと思って、カップラーメンを持っている。もちろん、売れないので自分で食う。
「あっはっは! 兄ちゃん、調子悪そうだな!」
「ん?」
声のした方を見ると、隣の店主だった。
この人はなんだかよくわからないアクセサリーを売っている。正直言って、秋葉原の路上で売っているアクセサリー類の方がずっと良さそうなのだが……割と売れているようだ。
「……はあ。そうなんすよ。なんで売れないんですかねえ。これなんて、どこでも火が起こせるのに」
俺は空しくカセットコンロの火を眺めた。
「そりゃ、そんなもんが無くても魔法があれば一発で火が起こせるからな。持ち歩くものが少ないにこしたことはない」
「ああー……そうか。魔法で火を起こせるのか……それじゃコンロは駄目かもな……ずるずる。じゅるるるる」
出来上がったラーメンをすする。熱い汁が身に染みる。
「……兄ちゃん。それ、食いものなのかい?」
「え? そうですよ。食べます?」
「い、いやあ、いいよ……なんか変な触手みたいだな、それ……」
ラーメンを捕まえて触手ときたか。そうか、やっぱり食べたことがない人には気持ち悪く見えるんだろうな。市場で売ってるドッグフードもどきの一億倍美味いと思うが。
ズルズルとラーメンをすすっていると、隣の店主は見かねたように言った。
「……なあ兄ちゃん。俺から見ると、兄ちゃんの代物は斬新すぎて、何が何だかわかんないんだよ。もうちょっと見た目をなんとかした方がいいんじゃねえか?」
「そうなんですか」
思えば、異世界の人から意見を聞くことはなかった。聞こうにも、立ち止まってもらわないことには聞くことが出来ない。隣の店主から意見が聞けたのは行幸だった。
とはいえ、品物そのものは俺が作ったものじゃないから、変えることは出来ないのだが……
その後も店主と会話を続けた。
品物は相変わらず売れず、そろそろ帰ろうかと思っていた時だ。
日は傾き、街には夜の帳が下りかけている。
腹が減った。家に帰って美味いもんでも食おう……と思った時。
街の様子が一変した。
空に暗雲が広がり、一気に暗くなったのである。
「まずい、コイツは……!!」
隣の店主が戦慄した様子で呟いた。
周囲がざわざわと騒ぎ始める。
「こりゃ、早く片付けねえと……」
「え? え? なに?」
浮足立つ俺。オロオロとするばかりで何もできない。
「何してんだよ兄ちゃん! 早く逃げねえと!」
「な、なんで?」
「空に急に黒い雲が広がったらな! 死霊共が目覚めるんだよ!」
「は? 死霊?」
その言葉を聞いた瞬間、背中を悪寒が走った。
地面がボコン、と膨らむ。地中から少しずつ、何かが姿を現す。
それは……
「ギャア――――ッッ!!」
目玉の取れた、腐った死体。グールだ。
あちこちの地面が盛り上がり、魔物どもが出現した。
「急げ、急げ……!!」
慌てて荷物をしまう俺。……してる場合か!!
命の危険が迫ってるときに、自分の身を優先しないやつがあるか!?
俺は商品を諦めた。
すぐさま立ち上がり、逃げようとするが……
「や、やべえ!?」
既に囲まれていた。
じりじりと接近するグール。空を飛び交うレイス。剣を持ったスケルトン。
誰かが戦っているのが見える。
だが、俺は……武器になるものは何も持っていない。ていうか、持ってても戦えない。
「あわわわわわわわわ」
尻餅をつき、後ずさる。
まさか街中でこんな危険があるとは。やっぱり異世界は恐ろしい。
来るんじゃなかった。身の丈に合わない夢は持つもんじゃない。
ヤバイ。もう、そこまで来てる。やられる……
と、咄嗟に何かを手に取った。
恐らくは、暗いからそれを手にしたのだろう。
懐中電灯の光線が、暗闇を切り裂いた。
「ギアアアアアアアアアア!!」
絶叫が聴こえる。
俺のモノではない。
「え?」
目の前のグールが苦しんでいる。
懐中電灯に照らされた皮膚が、煙を上げてジュウジュウと音を立てている。
そのまま、塩をかけられたナメクジのように地面に消えていった。
「なんだこりゃ?」
何気なく、周りの魔物どもを照らす。
レイスが紫の火を噴いて燃え尽きる。スケルトンがガタガタと崩れ落ちる。
何が何だかよくわからない。
「あ、あんた、もしかして……魔技師か!!」
「は?」
隣の店主が俺を見て言った。
魔技師? なんだそりゃ。聞いたこともない言葉だ。
「た、助けてくれえ! 俺は戦えないんだ!」
何人かの店主や客が俺の後ろに駆け込んでくる。
いや、そんな、俺の影に隠れられても。
俺、武器も魔法も使えないよ? 多分あんたらの方が強いよ?
「あー! ほら、来た! 助けて、魔技師の人!」
魔技師じゃないって。
でも言われるがままに指さす方向に懐中電灯を向ける。
絶叫を上げながら絶命するグール。なぜか効果抜群だ。
「あっちだ! 行け、兄ちゃん!」
おい、隣の店主。何俺に戦わせてんだ。ポケ〇ンじゃないんだぞ。
だが、戦う俺。俺って意外といいやつ。
ほれ、はかいこうせんを食らえ。
「ギャアアアアア……!」
一撃でくたばる死霊。めちゃくちゃ呆気ない。
やばい。これ、楽しいかもしれない。
「グール共は大通りに集まっているぞ! 親玉のリッチがいる! 光の魔技師に続け!」
俺の隣で戦士が言った。あんた誰。俺は冒険者になった覚えはないぞ。
続々と集結する冒険者達。なんだかすごいことになっちゃったぞ。
俺たちは死霊たちを指揮するボスの元へと向かった。
「食らえぇ! エクス〇クトパト〇ーナム!」
なんとなく魔法っぽく言ってみた。いや、周りの連中、普通にそういうかっこいい魔法唱えてるから。俺もいける気がして。実際、おおって歓声も上がったし。死霊共はガンガン死ぬし。
「あと一息だ! 魔技師、頼む!!」
「あいよ」
もう一々突っ込まない。
俺は倒す。魔物どもの親玉を。懐中電灯のスイッチを押して。
「イヤアアアアアアアアアア……」
死霊共の首魁、リッチは天に召された。懐中電灯の明かりによって。
なんだかよくわからないが、俺は滅茶苦茶感謝された。胴上げされた。
俺は学んだ。異世界ではたまに街に死霊が湧く。
そして懐中電灯は死霊に滅茶苦茶効く。
次の日からは、どこに陣取っても人が寄ってきた。