第29話「進軍」
冒険者たちの街より西へ数千里。
そこには、人が決して立ち入ることのない大森林がある。
遥か昔、世界が光と闇に分かれて戦っていたころ……
その森林には、闇の軍勢が現れたという扉があったとされる。
森は今も魔物が満ち溢れ、危険な領域となっている。
百戦錬磨の冒険者であっても、そこに近寄ることはなかった。
「おーいみんな、そろそろ休憩しねえかぁ」
木を切る男たちに、風呂敷を下げた男が声をかけた。
男たちは振り返り、手を止める。
切り株の上に腰かけ、弁当を食べ始めた。
ここはのどかな村。
開拓当時は闇の勢力との最前線だったこの村も、今は争いの影もない。
時折村に近づく魔物も、冒険者によって退治されるのみ。
脅威と呼べるものはないはずであった。
「……ん?」
木こりの一人が、ふと森へと目を向ける。
「どうしたぁ?」
「いや、なんか、ざわざわ聞こえて……気のせいかなぁ」
頭を掻きながら、弁当へと目を戻す。
その瞬間。
轟音を立てながら、木々が倒れた。
「な、なんだぁ!?」
全員が一斉に森を見る。
木々が光を遮り、夜のように暗い森。
その影の中で、灯篭のように揺らめく無数の赤い光があった。
「あ、あれは……」
木こりが腰を浮かせ、徐々に顔が青ざめていく。
すぐに正体は明らかになった。
筋骨隆々の、獣型の魔物。
その群れが、木こりたちを見て笑みを浮かべた。
「ま、魔物だあァァ!! 逃げろぉッッ!!」
弁当を捨て、慌てて駆け出す木こりたち。
蹂躙が始まった。
獣の足は、速く鋭い。
なすすべなく斃れる人々。
森から闇が広がるように、無数の魔物たちが溢れだした。
魔物たちの群れ。その殿に、小さな影がゆっくりと歩み出た。
影は眩しそうに空を見上げる。
「久しぶりのシャバの空気はうめえぜ……」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……っしゃー!! とうとう完成した!!」
家だった物を見上げ、拳を握りしめる。
今まさに、看板がつけられ、家は生まれ変わる。
「やりました! ご主人様!」
「ああ! 俺の店だ!」
とうとう俺の店が完成した。
王都から営業許可も届き、いよいよ商売を始められる。
看板には店の名前が書かれている。
その名も、「激安の殿堂」だ。
……え? パクリじゃないかって?
いやいや、あっちは「驚安の殿堂」だから。第一、この世界に商標権はねえぜ。
ともあれ、後は商売をはじめ、売って売って売って、儲けて儲けて儲けるだけだ。
アイツにも報告に行かなきゃな。
色々あったが、オレも一国一城の主だ。
今度は、断られないと良いんだが……
マナと二人でアイツの家に向かう。
アイツは今頃、家の中に引きこもって青白くなっている頃だろう。
手土産のクッキーは用意しておいた。
これで邪険にされることはあるまい。
「……あれ? ご主人様……」
「どうした? マナ」
「なんか、街の雰囲気がちょっと違うような……ざわざわしてるというか」
「そうかあ?」
何気なく道行く人を見てみる。
……確かに、あわただしい人が多いような……
あれ? 今日、なんかあったっけ? 祭りとか?
そんな感じじゃないな……
不審に思いながらも、俺達は魔法使いちゃんの家についた。
「おーい、クッキーもってきたぞー。家に入れろー」
やがて、ガタゴトという音と共に、魔法使いちゃんが姿を現した。
「……なんだ。君か」
今日の魔法使いちゃんは、なんというか……妙にやつれていた。髪がボサボサで、目に隈が出来ている。
「おい、なんだその髪は。目は。もしかして、今まで寝てたのか?」
魔法使いちゃんは気だるげに俺を見た。
「……ああ。ちょっと、混沌の夢を見ていた」
「あん? 混沌の夢?」
彼女の家に入る。
相変わらず陰気な家だ。
彼女は熱いお茶を三杯入れ、テーブルに置いた。
「私達魔法使いは、魔導の力を引き出すために、魂が闇に近い所に位置しているのだ。そのせいで、時々悪夢や予知夢を見ることがある」
「へえ。どんな夢?」
彼女はお茶を飲みながら、ジトッと俺を見た。
「……言いたくない」
「さいですか。よっぽど嫌な夢だったんだな」
「……いや、夢の内容はさして問題じゃない。問題は夢を見たということだ。こういう場合、大抵は……」
言いながら、彼女は部屋の端にあるごみを漁りだした。いや、乱雑においてあるから俺にはゴミに見えるだけで、違うのかもしれないが。
「よいしょっと」
ごとりと、机の上に綺麗な球体が置かれる。
俺とマナは、まじまじとそれを見つめた。
「なにこれ。水晶?」
「ああ。ちょっと黙って見てろ」
彼女は水晶に手をかざし、ブツブツと唱え始める。
おお、すげえ。本当に魔法使いみたいだ。
「こ、これは……!!」
彼女が戦慄を顔に滲ませながら呻いた。
手元の水晶は、黒く濁った闇に満ちている。
「なになに? 何が見えたの?」
爪を噛む彼女に、問いかける。
その表情から、ただならぬ事態が起きているのは予測できたが……
「マサルッッ!! いるかッッ!?」
突如、家の扉が開け放たれた。
セアーラさんが息を切らせながら立っていた。
「ど、どうしたの?」
「大変なことになってるぞ……!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
街は騒然としていた。
荷物を大量に抱え、急いで竜車に乗り込む者。それに文句をつける先乗客たち。
通りは竜車に乗り切れない人で溢れていた。
「こ、これは一体……」
「闇の勢力だ」
魔法使いちゃんが深刻そうな顔で言った。
「闇の勢力?」
「ああ。遥か昔、人々を脅かした魔物の軍勢がこの街に迫っている。魔王か、それに準ずる強力な存在が目覚めたか……」
「ま、魔王? それでなんでみんな、こんなに慌ててる訳?」
戦えばいいんじゃないの。
冒険者のみんなは強いし、いっつも魔物を倒してるでしょ。追い払えばいいんじゃない?
「西の街から逃げてきた住民によると、魔物たちは破竹の勢いで途中の街を滅ぼし、こちらに向かってきているらしい。今の所、止める手立てはないようだ」
セアーラさんが言った。
「え? 戦えないの? 忍者のおっさんとか、セアーラさんとか。ドラゴンとか倒してるじゃん。魔物の軍勢だって……」
セアーラさんは首を振った。
「マサル。強い人間が一人二人いたからって、どうなる相手じゃないぜ。遥か昔の戦いでは、人間達は防戦一方だったんだ」
「で、でも、こうして街は残ってるじゃん。世界は魔王の物になってないじゃん。勝てたんだろ?」
「それは魔王との戦いの最中、勇者が出現したからだ。勇者は圧倒的な力で魔物を滅ぼした。だが、今はその勇者はいない。まだ現れていない」
「え……」
……なんで、そんな、悲観的なの。
セアーラさん、すごい強いじゃん。
え、魔法使いちゃんも……なんでそんな、暗い顔してるの……
「マサル、はっきり言うぞ。逃げた方がいい。今度は人間相手の戦いじゃない。間違いなく殺される。せっかく店が出来たところ気の毒だが……こればっかりはどうしようもない」
魔法使いちゃんが俺に言った。
彼女も、セアーラさんも、マナも……一様に不安そうな顔で俺を見ている。
……そうなのか? もう、諦めるしかないのか?




