第27話「魔技師」
騎士たちに追い立てられるように、夜の街を進む。
とても逃げられるような状態じゃない。
途中、セアーラさんの兄のダンさんには何度も話しかけたが、答えが返ってくることはなかった。
俺は……俺たちは一体、このあとどうなるのだろう。
マナをさらった男の勝ち誇った顔が非常に癇に障った。
そして俺達は……試験の時にも入ることは叶わなかった、最奥の部屋へと通された。
「跪け! 王の御前である!」
騎士が整列し、俺達を無理やり座らせた。
見上げるように顔を上げた。
荘厳な椅子の前に、豪奢な服を着た髭の男がいた。
あれが国王か……
「レギン。お前の屋敷に侵入した賊とは、この者たちか?」
国王が口を開いた。
低くしゃがれた声だが、良く響く声だった。
「はい! コイツは夜分に屋敷に押し入り、私の屋敷の者どもを襲ったのです! おそらくは、財産目当ての凶行かと……」
「て、てめえ……!!」
どの口が言いやがる。
お前が俺のマナをさらったんだろうが!!
「口を慎め! 王はお前に問うていない!」
言い募ろうとしたが、騎士に制止された。
くそ、言い訳すらさせてもらえないのか……!
「では、そこの者に問おう。レギンの屋敷に押し入ったのは、真か?」
王が俺に水を向けた。
どうする。何と答える……?
「……は、はい。確かに押し入りました……ですが!! この男は俺の仲間をさらい、危害を加えようとしていました!! 押し入ったのは財産目当てなどではなく、仲間を助けるためです!!」
全て、包み隠さず話した。
「レギン。この男の言うことは真か?」
「いいえ。全く身に覚えのないことです。罪を逃れるための虚言と思われます。この男は素性も知れぬ異国の人物。その証拠に、営業許可試験ではついぞ出身地を明かすことはありませんでした。全く信用に値しません」
背筋を冷たい汗が流れる。
くそっ。あの時の試験が、ここで響いてくるとは……
もしかしたら最初から、男はここまで考えていたのかもしれない。
俺がどのような手に出ようと、最後は王に訴えるつもりだった……
「聞けば、その男は王国中の獣人をかどわかし、奴隷市場に横流ししようとしていたとか。レギン、お前が訴えているそうだな。真か?」
「はい。そこの者は常に獣人を傍に置いており、獣人に並々ならぬ執着を見せています。私を襲ったのも、獣人保護を訴える私が邪魔になったためかと……」
さっきと言ってることが違うじゃねえか!
俺は財産目当ての賊じゃなかったのか!?
っていうか、そもそも……
「違う! 獣人をかどわかしていたのはコイツだ! この国の獣人を集め、密かに”人形”の魔印とやらを開発してやがったんだ!」
「黙れ小僧! 身元すら明かせぬお前の言い分など、誰が信じる? その髪の色は、瞳の色は何だ?」
「うるせえ! 黒い髪の人間が生まれることだってあるだろ! お前こそ地下のおびただしい獣人の死体は何だ!? 俺を襲った獣人は?」
「はあ~? 何のことやら。お前の見間違いではないか? なんだったら、今から私の屋敷を調べてもいいぞ。私の身の潔白が証明されるだけだろうが」
こ、この野郎、しらばっくれやがって……
この言い分だと、今頃屋敷は証拠隠滅されちまってるな……!?
まずい。言い逃れが出来なくなってきた。
弁護士も検察もいない異世界じゃ、こんな怪しい奴の言い分がそのまま通ってしまう。
「今一度、問おう。商人マサル。お前の身分を証明するものは、何か無いのか?」
王がオレに聞いた。
俺は……どうすることもできない。この世界に俺の身分証明なんてない。
マナをさらったヤツの勝ち誇った笑みが目に入る。
俺は項垂れる。もう、おしまいだ……まさか、異世界で捕まって終わるなんて……
「その者の身分は、ワシが保証しよう」
その声は、玉座の方から聞こえた。
俺はゆっくりと顔を上げた。
見おぼえるのある男が、なぜか玉座の隣の扉から現れたのだ。
「じ、爺さん……?」
竜車で王都までの旅を共にした爺さんだ。
彼はゆっくりと王の前に歩み出た。
「彼はマサル・タナカ。東の国ゼルンより、魔技師としての認可を受けるために王都にやってきた」
は? いや、俺は田中じゃないんだけど。ゼルンてどこ。魔技師じゃないっていつも言ってるんだけど。
爺さんは振り返って俺を見た。
「そして今日この時より、君は国家公認の魔技師となる。このワシが認めよう。魔技師ギルド会長のワシが」
「……え」
爺さんがにっこり笑いかける。
俺はキツネにつままれたような顔をしていた。
爺さん、魔技師だったのか。いや、そもそも俺は魔技師がなんなのか、今だに知らないんだけど……
「……と、いう訳だレギン。彼の身元は保証された。つまり、彼の言い分にも一定の信頼がおけるわけだが……」
王が再び口を開く。
キツネにつままれたような顔をしているのは、マナをさらったレギンとかいうヤツも同じだった。
だが、ヤツの顔が徐々に青くなっていく。
なぜ、俺の身元を保証する人物が王の後ろから現れたのか。
王の口ぶりから、爺さんのことは元々知っていたようだが……
もしかして、俺の事も? 最初から知っていた?
では、わざわざレギンと俺に、事の次第を聞いたのは……
「お前の屋敷にあったという獣人の死体。および獣人をさらったという話について、どう弁明する? レギン」
地の底から響き渡るような、王の声が木霊した。
滅茶苦茶睨んでる。こわっ……
もしかして、王は最初から……
「……は、ははは。ですから、何のことやら。私は常日頃から獣人保護を訴えております。そのような獣人を軽んじるようなことなど、一切ございません」
レギンは滝のように汗をかきながらも、なおも言い訳を止めなかった。
こいつ、ある意味すげえな……多分全部王にばれてんぞ。
ああでも、屋敷の証拠は全部消されちゃってるかもしれないのか……
それじゃあ、いくら王でも手は出せないのか……
「なーにいってるんですかね。このお馬鹿さんは」
今度は、入口の方から声がした。
女性が俺たちに向かって歩いてくる。
彼女は布切れのようなものを引きずっていた。
「お前は何者だ?」
王が訊いた。
「私は魔導院の導師……エア」
その言葉を聞き、レギンの顔がわずかに輝いた。
「ど、導師! そ、それならば、セバスとは懇意にしているであろう! 私の身の潔白を証明してもらいたい!」
エアは薄く微笑んだ。
「セバスならこうなりましたよ」
そう言うと、ボールでも投げるような軽い手ぶりで、手にしていたものを放り投げた。
レギンの前に、どさりと布切れが落ちる。
「ひ、ひいいいいい!? セバス!!」
布切れの正体は、ボロボロになったセバスだった。
全身に何重にも怪しい文様が刻まれている。マナに刻まれた焼き印の、何倍もひどくしたような状態だった。
「王よ。この男はセバスと結託し、私の研究を盗み出し、王都中の獣人を集めて研究に没頭していた……」
ゆらりと、影のようにエアがレギンに近づいて行く。
その異様な圧力に、レギンが後ずさる。
エアはレギンの胸倉をつかみ、片手で軽々と持ち上げて見せた。
空中でジタバタとレギンが暴れる。
「この……薄汚い、ごみクズの、外道の簒奪者め!! この私が、お前に直々に罰を与えてやろう!! セバスの不完全な物とは違う、完全なる”人形”の魔印をお前に刻んでくれる!!」
「や、やめてくれええええ!!」
「”我が意を持って汝が魂を書き換える! 刻印せよ!!”」
エアの手から黒い蛇のような波動が流れ出し、レギンの体に絡みついていく。
全身を縛るように黒い蛇が行き渡ると、ジュッ、という音と共にレギンの体に焼き付いた。
レギンの悲鳴はそれきり止んだ。
どさりと、エアの手からレギンが崩れ落ちる。
俺とマナは、互いに手を握りながらそれを見つめていた。
エアはくるりと俺たちに振り返り、
「みなさん。お騒がせしました~」
にっこりと笑いかける。
その邪気のなさに、俺は戦慄を憶えずにはいられなかった。
そのまま、エアは王宮から去っていった。
俺達は、ぽかんとそれを見守っていた。
「……魔技師マサル。そしてその仲間の潔白は証明された。営業許可試験についても、試験結果の見直しを行っておく。下がってよいぞ」
王がそう言うと、俺達を囲んでいた騎士たちは離れて行った。
ダンさんが俺に笑いかける。
彼によると、俺達が逃げた後もセアーラさんは方々に手を回してくれていたらしい。その中に、竜車で出会った爺さんもいたとのことだ。事の次第を知った爺さんは、旧友である王に事情を説明し、疑いが晴れるように準備を進めてくれたそうだ。
もっとも、俺がレギンの屋敷に侵入し、死闘を繰り広げたのは完全に想定外だったようだが……途中で割って入った導師エアが居なければ、解決にはもう少し時間が掛かったかもしれない。
魔法使いちゃんは言った。
「魔導院に保険をかけておいたのが功を奏した。私が魔導院の人間と知り合いで良かったな」
うん。でも君、あの人に一服盛ろうとしてるんだよね?
助かったのは本当なので、突っ込まないでおいた。
宿に帰ると、セアーラさんが爆睡していた。それを見たら、なんだか無茶苦茶安心した。
俺はすぐにベッドに横になり、そのまま寝ようとした。
セアーラさんと同じベッドで寝ようとしたら、魔法使いちゃんとマナに蹴落とされた。




