第25話「侵入」
……微かな声を聞いた気がする。
とても愛しい声。
それを呼び水に、徐々に意識が覚醒した。
「……はっ!」
顔を上げる。
薄暗い部屋。
ここがどこか確かめようとして、違和感に顔をしかめる。
体が動かない。何かに拘束されている。
「おっ? 目覚めたかね」
「ッ! あ、あなたは……!」
男がいた。
身なりの良い、貴族風の男。
徐々に記憶が戻ってくる。
そうだ。ボクは、ご主人様と逃げて、その先でコイツに掴まって……!!
「ごきげんよう。わが名はレギン侯爵。君の名も聞かせてもらえるかな?」
「だ、誰がお前なんかに……教えるもんか!!」
「おやおや……その態度はいけないなぁ。これから私の嫁になるというのに」
「……何をバカなことを言ってるの? こんな風に無理やり連れてこられて、誰があなたのお嫁さんになるの? それにたとえ、あなたが真剣にボクに結婚を申し込んだとしても、ボクは断る。ボクには心に決めた人がいるんだ」
「ふむ。それは、あの商人の男かね?」
聞かれたが、ボクは顔を背けた。
こんな奴にボクの想いを話したくない。
「そうかそうか。言わずともわかるよ。……だが、君のその想いはすぐに消えることになる」
「えっ?」
レギン侯爵はニヤリと笑った。
彼の後ろから一人の男が歩み出る。
ローブを着た、魔法使い風の男……確か、セバスという名前だった。
彼が口を開いた。
「君は知っているか? 魔導院の編み出した技術に、『魔印』というものがある。神々が人々に与えた超常の力、『加護』を人の手で再現しようというものだ」
「そ、それが……!?」
「君にはすでに刻まれているようだね。それも、恐るべき強力な魔印だ……それを刻んだ魔法使いは、私よりも遥かに格上だろう」
……コイツは一体何が言いたいのだろう。
確かに、ボクの体には怪しい文様がある。ご主人様に買われる前に、奴隷商によって刻まれたものだ。それが一体、どうしたというのか……
「だが、私も腕に覚えはあってね。こちらのレギン侯爵と共に、獣人を使って新たな魔印を編み出したのだよ。意思を強制的に書き換える『人形』の魔印だ」
「!?」
い、意思を書き換える……!?
その言葉に、背筋を悪寒が走った。
「それを刻めば、君はレギン侯爵の物となるだろう。意思その物が彼を好むものに書き換えられる。だから、心配することはない。君は愛する人と結ばれるだけだ」
じ、じゃあ、その魔印が刻まれれば、ボクのこの想いは。
あの人に対する温かい気持ちも、尊敬の気持ちも。
永遠に失われ、全く別の物に変わってしまう。
しかも、それが愛する人と結ばれることだって?
そんなおかしな話……あるわけない!!
「や、やだ!! いやあああああああああ!!」
「暴れようとしても無駄だ。君を拘束している魔法は、魔印の力も封じている。逃げることなどできんよ。大丈夫、彼の事も、すぐに忘れてしまうさ」
嫌だ、嫌だ……!!
せっかくご主人様に助けてもらったのに……!!
あの人がいたから、生きる希望が持てたのに……!!
それを忘れるなんて、考えられない。
お願い、ボクの体。動いて。今すぐここから逃げ出して……!!
「……む?」
私に触れる直前、セバスの手が止まった。
「どうした? セバス」
「……魔導の気配を感じます。侵入者かもしれない」
「なに? 警備兵は何も言ってきてないぞ? どうなっている」
「腕の立つ魔法使いであれば、警備兵の隙をつくなど造作もないことです」
私はハッとした。
先程感じた気配。アレは、まさか……
「……ま、まさかヤツか? しかし、どうやってこの屋敷まで……」
「とにかく、一度確かめた方がいいでしょう。私が行きます。彼女の処理は、その後に」
「くそっ! 良い所だったのに! おい、誰かいないか!? 騎士団を呼べ!」
胸が高鳴る。
ご主人様。
ボクはここです。
お願いします、ボクを助けて……!!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ハァ、ハァ……マナはどっちだ!?」
「北の方角だ! 徐々に彼女の波動が強くなっている!」
魔法使いちゃんの指示のもと、屋敷を進む。
彼女の風魔法は強力だった。音を遮断し、気配を断つことで、警備兵たちにも気付かれることなく屋敷の中を進んでいる。
行く手を阻むものがあれば、俺のスタン警棒で問答無用で眠らせた。
今の所気付かれた様子はない。
「ハァ、ハァ……なんか、だんだん変な所に入ってねーか!?」
侵入したときは普通の屋敷だったのだが、進むにつれ様相が一変してきた。
屋根はなく、明かりは少なく、地下に向かっているように見える。
しかも、その広さといったら……これはもう、ダンジョンと言って良いかもしれない。
「……嫌な感じだ。濃い魔導の気配がする。この感じは、魔導院とひどく似ている」
「魔導院って、こんなジメジメした感じなの!?」
「ああ。陰湿で、粘着質で、性悪な連中のたまり場だ」
「ああそう! お前が一服盛ろうとしてるのもわかる気がするぜ!」
そうか、魔導の気配か……
マナに刻まれた魔印のことを思い出す。
それと、黒衣の男の事も……
嫌な予感がする。
マナに危機が迫っている気がする。
急げ!! 彼女がさらわれてから、かなり時間が経ってしまっている!!
「……ハァ!! こ、ここは!?」
一際広い空間に出て、立ち止まる。
行く先が見えない。
いや、それ以上に……空気が悪い。
「な、なんだこの匂いは……!?」
錆びた鉄のような匂いが充満している。
「”光の精霊よ、顕現せよ!!”」
魔法使いちゃんが呪文を唱えると、光を放つ球が空中に現れ、周囲に散っていった。
闇に隠されていたものが浮かび上がる。
「……うっ!!」
「こ、これは!!」
それほど醜い物はなかった。
全身に妖しい文様を刻まれた獣人が、あちこちに倒れている。
いつかの奴隷市場での出来事を思い出す。
「魔導院の、魔印……!! やはり、セバスの仕業か……!!」
「な、なあ! 魔印って一体何なんだ!? マナにも刻まれてるんだよな!?」
魔法使いちゃんは答えるのを躊躇しているようだった。
だが、やがて口を開く。
「……人の欲望の結晶だ。神々が気まぐれに人に与えた加護。それを人工的に再現しようと魔導院が作り出した呪いだ」
「加護を? それって、忍者のおっさんや、俺の道具に宿ってるっていう……」
「そうだ。超人的な怪力を手にしたり、不死身の肉体を手に入れたり……人知の及ばぬ奇跡。それが加護だ。もっとも、魔導院の魔印は不安定で、効果がうまく発揮されなかったり、被験者が死ぬこともよくある」
「そ、そんなに危険なものなのか……」
そうか。だからマナや獣人が実験台に……
急がないと。また、彼女が魔導院の玩具にされるかもしれない。
この先に、道が――
「マサル、伏せろ!!」
走り出そうとした時、魔法使いちゃんが俺に覆いかぶさった。
その瞬間、空気を切り裂く音が轟音が鳴り響く。
間一髪、風の刃は俺達を通り過ぎた。
「……見てしまいましたか。これで生かして帰すことは出来なくなりましたね」
暗闇から声がした。
幽鬼のような影が姿をあらわす。
俺を拘束した魔法使い、セバスだ。
「またてめえか……!! 何度も何度も邪魔しやがって……今度こそぶっ飛ばしてやる!!」
警棒を握りなおす。
ゆっくりとヤツに近づく。
「”氷の礫よ、顕現せよ”」
氷塊が空中に現れ、俺に向かって放たれる。
俺がそれを躱そうと思った瞬間、
「”光の壁よ、顕現せよ!”」
宙に現れたバリアが、氷の礫を弾き返した。
「マサル、ここは私に任せて先に行け!」
「なに? で、でもよぉ」
「早く助けに行った方がいい! コイツがここにいるということは、すでに私たちが侵入したことは知られている! マナの身が危ない!」
「……ッ! そうか!」
俺は通路に向かって駆けだした。
「行かせると思いますか? ”氷の礫よ、顕現せよ!!”」
「貴様の相手は私だ! ”炎の柱よ、顕現せよ!!”」
背後で魔法の炸裂する気配がする。
俺はそれを振り切り、通路を進んだ。
徐々に通路が狭くなる。
突き当りに扉が見える。
あの先に、マナが……!!




