第24話「逃避行」
「こ、このままだと、逮捕される……!?」
背筋を嫌な汗が伝う。
思った以上に事態は深刻だった。
もう、試験がどうのと言っている場合ではない。
このままでは、俺の存在そのものが危うい。
沈黙が一同に流れたとき、宿屋の扉が叩かれた。
「我々は憲兵団だ! マサルという者はこの宿に居るか!?」
「なっ!?」
早速お出ましか。
不味い。このままでは捕まってしまう……!!
その時、ダンさんが立ちあがった。
「私が時間を稼ごう。マサル君。なるべく早く王都から離れるんだ」
「……わ、わかった!」
すぐさま荷物を纏め、裏口から宿を後にする。
騎士がいないことを確かめ、通りを隠れるように進む。
「いたぞ! あそこだ!」
だが、すぐに見つかってしまった。
くそっ……! 黒髪のせいか、俺は目立つ!
俺達は通りを曲がり、人気のない裏通りを進んだ。
たくさんの足音が迫ってくるのがわかる。
このままでは、このままでは……!
その時、セアーラさんが振り返って立ち止まった。
「マサル! ここはオレが食い止める! 先に行け!」
「わ、わかった!」
剣戟の音が聞こえる。
セアーラさんが戦っているのか……俺のために、済まない……
彼女への想いを振り切り、街を進む。
あと、もう少し。そこまでいけば、街の外だ!
「……ッ! ま、まずい!」
城門を兵士が塞いでいる。
俺がここに来ることは分かり切っているから、当然か……!
くそ、万事休すか……
その時、金の髪が俺の前に飛び出す。
「”氷の礫よ、貫け!!”」
巨大な氷塊が出現し、城門ごと兵士を吹き飛ばす。
活路が開ける。
「マサル、私はここで追手の足止めをする! 後でまた会おう!」
「……わかった!」
振り返る魔法使いちゃんを通り過ぎ、王都の外に出る。
マナの手をひき、走る。
息が持つ限り、走る。
そうして足が止まるころには、街は見えなくなっていた。
「はあ、はあ、はあ……ここまでくれば、大丈夫か?」
追手がいないことを確かめる。
もう、ここまでくれば、捕まることはないだろう。
「チッ……セアーラさん達と、待ち合わせ場所を決めておけばよかったな」
「だ、大丈夫、ご主人様。あの二人なら、匂いでわかるから……通り道で待ってよう」
「お、そうか」
マナが居れば問題なかったか。
とりあえず、追手はよし、と……
さて、どうするかな。もう、王都に戻るのは難しそうだ……
もう試験どころではない。別の計画を立てなくては……
世界を救うのではなく、自分たちが生き残るための方法を……
「”大地の鎖よ、顕現せよ”」
その声が聞こえたとき、全身から汗が一気に噴き出した。
聞き覚えのある呪文。
不味いと思った時には、もう遅い。
地面から赤い鎖が伸び、俺とマナを拘束した。
「ぐあっ!?」
「ご、ご主人様っ……!!」
ぎりぎりと締め付けられる。
凄まじい力だ。身動きが全く取れない。
足掻く俺たちに、聞き覚えのある声が聞こえた。
「はぁーはっはっは! 待っていたぞ、商人!」
「てめえはっ!!」
俺にあらぬ嫌疑をかけた男。
ヤツは再び俺の前に現れた。しかも、最悪の形で……
後ろには、この前の魔法使いもいる。
「わざわざ待ってやがったのか……!! 俺を捕まえるために」
「ん~? 違う、違うぞ商人」
男がゆっくりと近づいてくる。
そして、ヤツは……マナに手を伸ばした。
「私は、彼女をもらい受けに来たのだよ。貴様のことなどどうでもよい」
「や、やだあっ!!」
ヤツはいやらしい手つきで、マナの頭を撫でた。
「て、てめえ!! マナに触れるんじゃねえ!! ぶっ殺してやる!!」
「ほう。手も足も出せないその状態で、どうやってぶっ殺すのだね?」
男はニヤニヤと俺を見た。
体が熱い。怒りでどうにかなってしまいそうだった。
全身に力を込める。
鎖が肌に食い込んで、血が噴き出しても……俺は抵抗を止めなかった。
「殺すッ……! 殺すッ……!!」
「ふぁふぁふぁ。心地良いさえずりだ。さて、うっ憤は晴らしたし、嫁は手に入れた。帰るぞ、セバス」
「はっ。”扉よ、顕現せよ”」
「ご、ご主人様!! ご主人様ぁ!!」
「マナ――――ッッ!!」
空間が裂ける。
二人はマナを連れ、どこかへと消えてしまった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
風が吹きすさぶ。
俺はあれからずっと、鎖に拘束されたまま俯いている。
「ハァ、ハァ、マサル……! 無事か!?」
魔法使いちゃんの声が聞こえる。
俺は返事をしない。
「マサル、マサル……マサル!? どうした、その恰好は!?」
どうやら見つかったようだ。
彼女が近付いてくる。
「こ、これは!? ……魔力の残滓……大地の鎖か! 誰にやられた!?」
「……あいつだ。セバスとか言う、俺を嵌めた奴の雇われ魔法使いだ」
「……くそっ! 先回りされていたのか……待ってろ、マサル。今すぐ解いてやる!」
魔法使いちゃんが俺に魔法をかける。
彼女が俺にかかった魔法を解こうとしている間……
俺はずっと、マナをさらったヤツの事を考えていた。
俺はさほど他人に関心がある方ではない。
だから友人は少ないし、積極的に人と関係を作ることもない。
その分、他人に対する考え方はドライだ。
誰が何をやっていようと、俺に害を及ぼさなければ気に留めない。
善人に言わせれば、悪事を見逃すのも悪の内だ、というかもしれない。
だが、その分、気楽に生きられたのだ。
そんな俺も、この世界に来たことで、少しだけ変わってきたと思う。
マナに出会い、魔法使いちゃんに出会い、セアーラさんに出会い……大事な人が増えるたび、世界の悪意に対して敏感になって来た。
今、俺は……これまでに感じた事がないほど、怒りを覚えていた。
灼熱感が全身を焦がし、憤怒が体中に力を漲らせている。
この場にヤツが居たら……俺は、人を殺してしまっているかもしれない。
「……解けた!! マサル、大丈夫か!?」
拘束が解け、魔法使いちゃんに抱きかかえられる。
彼女の手を握り、ぼそりと呟いた。
「……お前、ヤツの居場所がわかるか?」
「ヤツ? お前を貶めた奴か?」
「ああ」
「……済まない。ヤツの事は私は調べていない」
「それじゃ、マナはどうだ? 彼女の居場所を知るすべはないか?」
「……ああ。マナの波動を追いかけることなら、可能だ。彼女の魔力の波長はよく知っている」
「そうか。なら、すぐに頼む」
「……追いかけて、どうするつもりだ? 彼女は一体どうなったんだ?」
彼女の質問に、俺は王都の方角を睨んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
夜。
人通りの多い王都も、この時間になると人はほとんど出歩かない。
ましてや、そこが大貴族の邸宅なら。
外を歩くのは、家を護る警備兵だけだ。
「……ん?」
ふいに、物音がした。
警備兵が視線を向ける。
するとそこには、黒いローブを着た少女がいた。
彼女に向かって歩き出そうとする。
その瞬間、彼女が一言、唱えた。
「”風よ、断絶せよ”」
魔法。こんな夜更けに、貴族の邸宅で見知らぬ者が使うなど……敵襲以外にあり得ない。
「し、侵入者だ!! 警備兵、集まれ!!」
力の限り叫んだ。
だが、不思議なことに誰も出てこない。
「くっ!!」
仕方がない。
この侵入者は、自分が仕留めなければならない。
大丈夫だ! たとえ魔法使いと言えど、少女一人が相手なら――!
だが、勢い込んだ警備兵の意識は、その瞬間に途絶えた。
どさりと地面に倒れる。
彼の後ろから、黒装束に身を包んだ男が現れた。
手には短めの棒を握っている。
「マサル、大丈夫か!?」
少女が男に駆け寄る。
「ああ。音を遮断する魔法か。便利だな」
「風魔法は何かと便利なものが多い。……マサルこそ、その棒はなんだ? 全く魔力を感じないが、一撃で警備兵を倒すなんて……」
「これはスタン警棒だ。雷の力で意識を奪う。これまでは、危険すぎるから人に使うのは躊躇していたが……」
もはや、俺には気を使っている余裕はない。
敵は倒す。運悪く殺すことになったとしても……
「待ってろよ、マナ」




