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第23話「濡れ衣」

「なんだと!!」


 机が割れんばかりの勢いで殴られる。

 俺の報告に、セアーラさんは立ち上がって激高した。


「ゆ、許せねえ……!! マナを無理やり手籠めにしようとした挙句、失敗したからマサルを落とそうとしただと!?」


「セアーラさん……まだ、落ちたと決まった訳じゃ……」


「ああ!? 何寝ぼけたこと言ってやがる!? その腐れ野郎の魂胆は分かり切ってるだろ!!」


 彼女に凄まれ、思い知る。

 そうだ。あんなことがあって、ただで済むわけがない。

 俺は間違いなく落とされる。そうなると、店を開くことは出来ない。オレは、マナ達獣人を救ってやることは出来ない――


「落ち着け、マサル。その面接の試験官とやらは、その男一人だったのか? 他に目撃者はいないのか?」


 魔法使いちゃんが俺の背中をさすりながら、聞いてくる。わずかに呼吸が楽になる。


「あ、ああ……面接に連れていかれるところまでは、何人かが見ているが……面接自体は、俺とあの男しか知らないはずだ」


「チッ……証拠はないのか……!」


 魔法使いちゃんが呻く。

 彼女は爪を噛んで黙り込んだ。何かを思案しているようだ。


「ご、ごめんなさい。ボクが、ボクが、ちゃんと断らないから……!!」


 マナが泣きながら俺に縋りつく。

 俺は、彼女を抱き寄せ……頭を撫でてやった。

 暖かい。彼女に触れていると、心が落ち着く。

 そこで、ようやく……俺は、事態の深刻さを思い知った。


 これまでの苦労も、準備も計画も、何もかも水の泡だ。

 この試験に至るまで、必死に勉強してきた。必死に開業の資金を溜め、家の改装の段取りもつけてきたところだ。

 それらすべてが、無駄になる。


 試験自体は、また受けることが出来るだろうが……果たして、受かることは出来るのか。また同じ理由を持ち出して、俺は落とされるのではないか。

 面接に至る経緯はともかく、その内容自体は、それほど間違ってはいない。得体の知れない者に資格をやらないというだけだ。そして、俺は自分の出自をうまく答えることが出来なかった。もう一度取り繕ったところで、信用してもらえるかは怪しい。

 考えれば考えるほど……状況は厳しいと思えた。


「くそっ……!! このままで、済むと思うなよ……!!」


 セアーラさんが壮絶な顔で呟いた。

 腰の剣に手を当てている。嫌な予感がした。


「せ、セアーラさん! ダメだ、力づくは……!!」


「ッ!! わかってるよ!! ちょっと、出て来る!! マサル、まだ諦めるなよ!?」


 彼女はそう言うと、床を踏み鳴らしながら宿を出て行った。

 ……一体、彼女は何をしようというのか。危ないことでなければいいが……


「……私も、少し出て来る。マサル、君はとりあえず、全てを忘れて良く休め。……あんなことがあった後では、難しいかもしれないが……今は不安に思ってもどうしようもないことだ」


「ど、どこに行くんだ?」


「……安心しろ。私も、力づくでどうこうしようという訳じゃない。私も王都には少しばかり伝手があるからな。そこに相談してみる」


「ぼ、ボクも!! 何か、できることがあれば……!!」


 宿を出ようとする魔法使いちゃんに、マナが縋り付いた。

 魔法使いちゃんは優しくマナに微笑む。


「……君は、マサルの傍に居てやってくれ。君までいなくなったら、マサルは一人で絶望を味わうことになるぞ」


「で、でも……」


「君が一番、マサルの心を癒せる。それは私にも、セアーラさんにも出来ないことだ。だから、頼む……」


「……」


 寂しそうな顔をする魔法使いちゃん。

 マナはやがて、コクリと頷いた。

 ローブを羽織り、宿を出る魔法使いちゃん。


 取り残された俺たちは、二人で夕食を取ろうとしたが……

 俺は、何も喉を通らなかった。

 食欲がない。体がだるい。


 どうしようもなく、俺はベッドに入った。

 体が震える。頭に色んな事がちらついて、眠ることが出来ない。

 ただただ、恐ろしい。


「ご主人様……」


 不意に、暗闇の中で何かが動いた。

 布団の中を熱い塊が侵入してくる。

 思わず、俺は……彼女を抱きしめた。


「きゃっ!」


 わずかにおびえるような反応。

 その反応に、少しだけ罪悪感を憶えるが……どうしようもなく、彼女を抱きしめた。

 すると、彼女は、優しく俺の頭を撫でてくれた。

 少しづつ不安が解けていく。

 俺の意識は、徐々に闇に沈み込んでいった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ん……」


 まぶしい。

 目をこすり、ゆっくりと開ける。

 ……気絶するような眠りだった。

 だが、そんな中でも……彼女の温もりが、俺を癒していたのが分かる。

 今は、彼女はベッドの中にいない。


「あっ、起きました? ご主人様」


 マナが寝室に入ってくる。彼女はエプロンをしていた。


「朝食は宿で用意してもらえたんですけど……せっかくなので、ボクに料理させてもらいました。どうですか? ご主人様」


「ああ、すげえ美味い……じんわりくる」


 本当に。彼女の料理は、いつもうまいが……

 今日は格別に美味かった。体に染み渡るようだ。

 こうしていると、いつもの朝と変わりないのにな……


「マサル! 起きているか!?」


 と、そこに、静寂を破って魔法使いちゃんが現れた。


「おお、遅かったな……ずっと外にいたのか?」


 彼女は目に隈が出来ていた。

 この分だと、寝ていないのだろう。

 彼女は俺を見ると、ホッと息をついた。


「……思ったより顔色がいいな。ちゃんと眠れたみたいだな」


「ああ。マナのおかげで、ぐっすり」


 そう言うと、マナは頬を赤くして俯いた。

 魔法使いちゃんが微笑む。


「それより、マサル。一昨日の男との騒動では、魔法使いが追いかけてきたそうだな?」


「え? ああ……そういえばそうだった」


「男の名は、セバス。魔導院でも腕利きの男で、貴族の雇われ魔法使いをしていたそうだ。今、魔導院で行方を追ってもらっているが……なかなか足取りがつかめない」


「え? で、でも、そんなことしたって……」


「口を割らせることが出来れば、男の正当性を訴えることは出来る。やれることはやっておかねばなるまい」


「そ、そうか。悪いな、そんなことやらせちまって……寝てないんだろ?」


「いいさ。私もここまで付き合ってきたんだ。こんなつまらないことで落ちてもらっては困る」


「はは……そりゃそうだ」


 俺は彼女に向かって笑いかけた。

 出来るだけ、彼女に不安を感じさせないために。

 だが、彼女は困ったように笑った。見透かされているんだろうな、多分。


「マサル、その、首につけている飾りだが……」


「え?」


 彼女は俺の首元を見て言った。


「あの、な……魔導院にくれば、その……いや、私は、実は魔導院のど」


「マサル、いるか!?」


 その時、宿のドアを蹴破るようにして、豪奢な髪の女性が現れた。


「セアーラさん?」


「ああ、良かった。思ったよりも、元気そうだな……」


 彼女は汗をかいて息を切らして、微笑んだ。

 何事かと思った時、彼女の後ろから、ぬっと大きな影が飛び出した。


「ん? セ、セアーラさん、その方は?」


 彼女が振り返る。

 後ろには、やけに凝った装飾の鎧を付けた、美丈夫がいた。


「あ、ああ。コレ、うちのアニキ。この国の騎士団長やってる」


「「「騎士団長!?」」」


 美丈夫が恭しく一礼した。


「初めまして。妹がお世話になっています。兄のダンです」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……という訳で、家出同然で飛び出した我が妹は、あなたの所にお世話になった訳です」


「う、うるせえな。だから会いたくなかったんだよ……」


 そうか。セアーラさんはいいとこのお嬢さんだったわけだ。それで剣の腕も妙に立つわけだ。まさか騎士団長仕込みとは。

 王都に来た時、セアーラさんの様子がおかしかったのは、この人に会いたくなかったからか……


 でも、それを押し殺して、彼女は兄に助けを求めたのだ。本当に、魔法使いちゃんにも、セアーラさんにも……感謝してもしきれない。


「それで、マサルさんの立場なんだけど……非常にまずいと言わざるを得ない」


 ダンさんの言葉に、全員が息を呑んだ。


「王宮内には既に手が回されている。マサルさんは異国よりこの国に侵入し、悪行に手を染めている疑いがある。獣人をかどわかし、奴隷として横流ししているとな」


「なっ!?」


 お、俺が奴隷を斡旋しているだと……!?


「でたらめだ!! 野郎、そこまで俺を逆恨みしやがって……!!」


 思ったよりも、ずっと事態は深刻なようだった。

 このままでは、俺は犯罪者として追われる。この世界にいることも難しくなるかもしれない。

 俺の考えを読み取ったのか、ダンさんが頷いた。


「証拠も何もない、虚言だと言えれば良かったんだがね……彼は獣人の保護を訴え、この国では一定の地位を築いてきた男だ。彼が発言したとあっては、そう無下にできない事情がある」


「あ、あの男が、獣人の保護を……?」


「ああ。見ての通り、この国では獣人の奴隷は少ない。その功績は、少なからず彼によるところがある」


 あ、あいつは……確かに、マナを買うのではなく、嫁にしようとするあたり、獣人に対する考えは俺に近いのかもしれないが……

 そんなに、立派な奴なのか……?

 俺はめまいがしそうになった。


「とにかく、このままでは不味い。マサルさんは試験に合格できないどころか、国を追われる立場になるだろう」

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