第22話「試験」
朝食を終え、身支度を整え、背筋を伸ばす。
振り返ると、三人の美女が俺を見ていた。
「じゃあ、行ってくる」
試験当日を迎え、いよいよ俺はこれまでの成果を試すときがやってきた。
王都に着いてからも、時間がある限り魔法使いちゃんと勉強してきた。
最初は全然試験問題が分からなかった俺だが……今では、合格ラインに到達できるという自信がある。
おかげで、彼女たちを見る顔に不安の色はない。
「おう、頑張って来いよ」
セアーラさん。彼女にはこの旅で何度も命を救われた。彼女を雇った俺の判断は、正しかったと思う。今後も俺の右腕となって傍に居てほしい。
「ご主人様、合格をお祈りしています……!」
マナ。彼女にも命を救われた。それに何より……彼女は俺の精神的支柱だった。出会った頃は命も危うい状況だったが……今では、俺の方が彼女に寄りかかっているだろう。大丈夫。きっとお前のために合格してくるかな。
「マサル……」
魔法使いちゃん。彼女はこの世界に来て以来、世話になりっぱなしだ。最初はうさん臭い奴だと思っていたが……間違いなく、コイツはこの世界で出会った中で一番優しい人間だ。旅が終われば、俺は彼女を仲間に誘うつもりだ。
「ちょっと、首をかせ」
「ん?」
彼女に頭を引っ張られる。
ふわりと、彼女の芳香が鼻腔をくすぐる。
何事かと思ったら、彼女は俺の首にネックレスのようなものを付けた。
「何これ?」
「おまじないのようなものだ。私の髪を編み込んである」
「お、お前の髪? な、なんか汚くない……?」
「なっ!? ま、魔法使いの髪は特別なんだぞ!! 護身の加護が宿っているんだ!! そ、それに、ちゃんと洗ってから作った!! 汚くなんかない!!」
「そ、そうなの……?」
そうか。そこまで言うなら受け取っておくか。ちょっと呪いのアイテムっぽいけど……髪飾りのお返しと思えばいいか。
ん? なんか、マナがすごい顔で魔法使いちゃんを睨んでるんだけど。
「ご、ご主人様!! ボ、ボクも!! 毛をあげます!! 尻尾でも、耳でも、どこでも……!!」
「あーっ!! わかった、わかった!! 気持ちだけもらっておくから!! 抜かなくていい、抜かなくていい!!」
全く……女の子が、易々とどこでも毛をあげるとか言っちゃいけませんよ。俺の邪な心がうずきだしちゃうじゃないか。
「じゃ、改めて……行ってきます」
三人が頷く。
そして俺は……王宮へと向かった。
試験は王都の城で開催される。
普段は一般人は入れないから、今日は特別だ。こういう日のために、格好も特別に新調しておいた。顔の方はともかく、格好は貴族も顔負けだ。たぶん。
橋を渡り、城門をくぐる。
俺と同じように、試験を受ける人々が次々と城内に足を踏み入れる。
「あっ、マサルさん! 今日はお互い頑張りましょう!」
竜車で出会った顔がちらほらいる。
そうか。彼らも、試験を受けに来ていたんだな。
「あっ、はい。一緒に受かりましょうね」
心強い。
俺には仲間がいる。大丈夫。一緒に死線をくぐった彼らとなら、やれるさ。
そして俺達は、だだっ広い試験会場に通された。
俺の名札が貼られた席に着く。
問題用紙が配られていく。
徐々に緊張感が高まっていく。
試験官と思しき騎士が正面に立ち……
「始め!」
試験が始まった。
素早く問題用紙をめくり、中身に目を通す。
……!
いける。そう思えた。
魔法使いちゃんとの日々が俺を叩き上げた。
解ける、解けるぞ!
試験問題を前にし、俺の筆は止まらなかった。
会場には、答えを書き込む筆の快音が響き渡っていた……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「……ふー!」
会場を出て、中庭で一息つく。
頭が痛い。だが、心地いい。やってやったという感覚がある。
こんな充実感は、初めてだ。
「あ、マサルさん! 試験問題、どうでした?」
竜車で出会った男。彼も中庭に来ていた。
「あ、どうも。ぼちぼち、ってところです」
嘘だ。本当は自信満々だ。でもこういうときに謙遜するのが日本人の宿命だ。
「あはは。ボクの方もぼちぼちってところです。確か、マサルさんは道具だけじゃなくて、魔道具、武器なんかも受けるんですよね?」
「はい。まだまだ勝負はこれからです」
そうだ。試験は取り扱う物によって、分けて実施される。
俺は今日実施される試験、全部受ける予定だ。
朝から始まり、夕方までぶっ通しだ。終わるころにはくたくたになっているだろうな。
「流石ですね。ボクは道具だけなので、これで終わりです」
「あれ? じゃあ、なんで中庭に? 帰らなくていいんですか?」
「……実を言うと、マサルさんを応援に来たんですよ。命の恩人に、少しでも力を分けてあげられたらと思いまして」
「……」
じん、とする感覚が胸に広がっていた。
こんな、俺は彼の名前も知らないのに……
俄然、力が湧いてきた。
「ようし、やるぞお!」
残り、数試験。
やり切って見せる。
俺は彼と握手を交わし、試験会場へと戻って行った。
試験は進む。
途中、何度か手が止まる。
一筋縄でいく問題だけではない。
予想だにしなかった問題、知識だけでは解けない問題が頭を悩ませる。
汗が背中を伝い落ちる。時間は無情にも過ぎ去る。
分からない問題は飛ばし、次の問題に進む。
全問正解しなきゃいけない訳じゃない。
六割以上あっていればいいんだ。それくらい解く力が、今の俺にはあるはずだ。
自分を信じ、勉強に付き合ってくれた魔法使いちゃんを信じ、問題を解き続ける。
そして、時は来た。
「おわっ、た……」
解答用紙を書き終え、天を仰ぐ。
ぐったりと椅子にもたれかかる。
やりきったという感覚がある。もう、自己採点をする気力も起きないが……
手ごたえはある。六割は確実にあっている。
行ける。合格しているはずだ。
回収される解答用紙。
それを見送り、後は結果を待つだけだ……
「あ、君、ちょっと」
試験会場を後にしようとした時、声をかけられた。
試験官だった人だ。なんだろう。
「面接がある。奥まで来てくれないか」
面接……?
試験要綱には筆記だけとあったが。
まだ試験があるのか。
不思議に思い、周りを見るが、呼ばれたのは俺だけのようだった。
竜車で出会った面々も不思議そうに俺たちを見ている。
妙に背筋が寒くなっていく感覚がある。
俺は、言われるがままに……試験官の後を付いて行った。
「入れ」
一室に入ることを促される。
部屋に入った瞬間、先程から感じている悪寒が、杞憂ではないことを悟った。
「やあ、奴隷の主人」
俺を迎えたのは……橋でマナに結婚を迫った、貴族の男だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「な、なんであんたがここに……!?」
俺が聞いても、そいつはニヤリとするだけだった。
「かけたまえ」
促されるまま……俺は席に着いた。
心臓が早鐘を打っている。嫌な予感がする。全身がこの状況を拒否している。
逃げ出したい。誰かに助けを求めたい。
「君には、特別に口頭での適性試験を実施する必要があると判断した。まず、君が店をやる目的を話してくれたまえ」
びくりと体が震える。
喉が異常に乾いている。
声を出そうとしても、なかなか出てこない。
咄嗟に、魔法使いちゃんの作ってくれたネックレスを握る。それで、僅かに平静を保つことが出来た。
「マナが……家族が、安心して暮らせる環境を作るために。店を始めて、金を稼ごうと……」
「ふむ。つまり、安定した収入基盤を得るために、店を開こうという訳か」
違う。だが、俺は特に否定しなかった。
本当の目的を話せば、国家転覆を企む輩と思われるかもしれない。
しかし、それ以前に……この男に、俺が店をやろうとしている目的など、どうでもいいのではないかと思われた。
「君は、どこの出身だ? 髪や瞳の色を見る限り、この国の出ではないように思われるな」
「そ、それは……」
痛いところを突かれた。
その質問に対する答えを、俺は持っていない。これまで同じような質問をされた時は、「東の方の出」と、誤魔化してきた。だが、この場合はそんなあやふやな答えでは納得すまい。
「ひ、東の方の……」
「国名は?」
「く、国は……」
「なんだ? ハッキリ答えろ。どこの出なんだ? 人種は?」
「日本生まれの……日本人です」
「ニホン? ……私は家柄上、地理に通じているが、とんと聞いたことが無いな。よもや偽りではあるまいな?」
「……」
「だんまり、か。これはいよいよ怪しくなってきたな。我が国では、素性のしれない者に営業許可を与えるわけにはいかない。では次に……」
その後も執拗な追及は続いた。
何を答えたのか、ほとんど覚えていない。
途中から、頭が真っ白になったようだった。
ただ、最後に一言、
「試験結果は面接を考慮したものとする。以上だ。さっさと帰りたまえ」
その言葉で、我に返った。
取りつく島もなく、俺は追い出されるように城をあとにした。
すでに日は落ちている。
冷たい風が、頬を撫でた。




