第21話「王都デート」
「おお~!! ここが王都か~!!」
都を囲む城壁の入り口に立ち、オレは歓声を上げた。
目の前には俺の住んでいる町など、比べ物にならないほど大きな都市が広がっている。
中心にそびえたつ城は天を突きそうなほど高く、荘厳な雰囲気を醸し出している。コレが本物の城の持つ風格か。東京なんとかランドとは比べ物にならないな。
「マサルさん、ありがとう! おかげで無事に家族に会えるよ!」
「あんたは本当にすげえよ! 俺達の勇者だ!」
旅を共にした竜車の乗客たちから、次々と感謝の言葉を述べられる。
俺としては、少し面はゆい。だって、俺はセアーラさんや魔法使いちゃんの仲間ってだけで、ほとんど何もしてないんだからな……
とはいえ、感謝の言葉を無下にするのも悪いというものだ。俺はほどほどに彼らに返事した。
「それじゃ、マサル君。試験頑張ってな」
「ああ。爺さんも達者でな」
竜車で会った爺さんとも別れを告げる。この爺さんには何度も道具のことを聞かれた。おかげで試験を受けることや、店を始めることまで話してしまった。
竜車の面々と別れを済ませ、俺は仲間たちに振り返る。
「さて、やっとついた王都だ! 試験まで少し余裕もあるし、観光するか?」
「はい、ご主人様!」
満面の笑顔のマナ。うむ、尻尾がよく揺れている。
「あ、あー、わりい。オレはパスしとくわ」
しかし、なぜかセアーラさんは首を振った。
「え? なんで? 久しぶりの王都なんだろ? 案内とかしてほしいんだけど」
「い、いや、こういうのは自分で調べた方が楽しいぜ。未知の物を探す楽しみっていうかさ」
「ええ~? そうかあ?」
「と、とにかく、オレは宿の方を取っておくからさ。自由に楽しんできてくれよ。じゃあまたな!」
セアーラさんはそそくさと離れて行ってしまった。
どうにも様子が変だったな。まあ、無理に一緒に行かなくても良いんだけど……
「じゃあ、俺たちだけで行くか」
と、歩き出そうとしたところで、今度は魔法使いちゃんが手を挙げた。
「……すまん、私もちょっと用事がある。二人だけで行ってきてくれないか」
「え? お前も?」
「私は最初から王都に用事があると言っているだろう」
ああ、そういえば言ってたな……
そこで、マナが魔法使いちゃんの手を引いた。
「……本当に、いいんですか? 二人で、行ってしまいますよ?」
ん? なんでマナがそんなこと訊くんだ?
その質問に、なぜか魔法使いちゃんは顔をひきつらせた。
「うっ……! た、確かに、キミたちを二人きりにするのは、少し気が引けるが……ど、どうしても行かなきゃいけないんだ~!!」
そう言うと、走って去ってしまった。
「……なんだアイツ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふーんふーん、ふふーん♪」
マナが鼻歌を口ずさんでいる。
手は俺の左腕にがっしりと掴まっている。
何だ? めちゃくちゃ上機嫌だな。
「なんだよ、マナ。妙に機嫌が良さそうだな」
「はい! だって、ご主人様と一緒ですから!」
「ん? いつも一緒にいるじゃねえか」
「それはそうですけど……今日は、セアーラさんもあの人もいませんから」
えっ。何その発言。
もしかして、マナは二人が嫌いだった……?
「え、マナ、二人の事が嫌いなの……?」
「ち、違います!! えと、そうじゃなくて……初めての場所で、ご主人様と二人きりだから……嬉しいんです」
ふむ……そうか。今日は家族水入らず、二人の旅という訳か。
確かに、あんまりなかったかもな。そうかそうか。
マナが二人の事を嫌いじゃなくてよかった。
「よっしゃ! じゃあ、城の方に行ってみるか!」
「はい!」
二人で王都を練り歩く。
王都の街並みは非常に綺麗だった。
石造りの街並みはどこか古風で、趣深く、風情を感じさせた。
通りに植えられた木々の木漏れ日が心地いい。
歩いている人々もどこか気品がある。服を新調しておいてよかったな。これなら怪しまれることもあるまい。
奴隷らしき獣人が少ないのもいいな。
「うわあ~、おっきいですね! ご主人様!」
「そうだな、マナ」
城を囲む堀の上の橋に立ち、摩天楼を見上げる。
間違いなくこの世界で見た中で一番大きい建物だ。スカイツリーほどではないが……こんな立派な城は地球には残っていまい。
ふと、城を見上げるマナが目に入る。
彼女は眩しそうに建物を見ていた。
銀の髪がキラキラと日差しを受けて輝いている。
……綺麗だ。
城よりも王都よりも、何よりも彼女が美しい。
彼女をここに連れてこれて……護れて、良かったと思う。
そこでふと思う。
もし、彼女を日本に連れていったら……もっと彼女の知らない表情を見ることが出来るだろうか。彼女の幸せは増すだろうか。知りたいと思った。
今まで、その考えが頭を過ることはなかったが……考えてみてもいいかもしれない。ちょうど、店を開くにあたって、気にしていた問題もあったからな……
「お、おお! おお……!!」
「ん?」
変なうめき声が聞こえ、思案から戻される。
見ると、妙な男が俺達を見ていた。
……いや、マナを見ているのか。
「その、髪。肌。尻尾……!!」
「え?」
マナも気付き、振り向いた。
男は少しずつマナに近づいている。
オレは男の前に立ちふさがった。
「なんでしょうか? 俺のマナに」
「おお? も、もしかして、その子の主人かね……?」
主人、か。やはり、奴隷に見えるのだろうな。
いつかの出来事を思い出す。
市場に現れた黒衣の男。
ヤツはマナを買いたいと言った。
今目の前にいる男は、身なりがいい。
恐らく貴族か何かだろう。後ろに従者らしき者もいる。
こいつもマナを買おうとする手合いか。
マナが不安そうに俺の後ろに隠れた。
「そ、その子なんだがね……」
「生憎、この子は奴隷じゃありません。もちろん、売り物でもありません。お引き取りください」
俺は毅然として言った。
もう、何があろうと、彼女を他の人間に渡さない。今度は、周りの人間が騒ぎ出そうと、力づくで彼女を護るつもりだ。
「違う、違う!」
「え?」
だが、男は手を振った。
「私は、その子を嫁にしたいのだよ! 美しすぎて、見惚れてしまった!」
「……は?」
空がぐるぐると回転して見えた。
突然のことに思考が追い付かない。
惚れた? マナに? だからプロポーズした? 今?
「ぜひとも嫁に! ……いや、それが急だというなら、お付き合いからでいい! 私と一緒に来てくれないか?」
え? え? え?
ちょっと、どうしたらいいのかわからない。
この人は、マナを気に入っているわけで、別に奴隷扱いしたいわけではない……
俺のことを糾弾しているわけでもない……
この人、別に悪くないぞ。
お、俺は? この場合、どうしたらいいので?
マナを見た。彼女は……ひたすら困った顔で俺の手を握っている。
彼女も困惑しているようだ。そうだろうな。俺も道端でいきなり口説かれたら、どうしたらいいか分からない。そんな経験ないけど。
「どうかね? 君に聞いているのだよ。亜人の少女」
「ご、ご主人様……!」
どうしよう。
マナに断ってもらうのが一番良さそうだが、彼女はそういうことをはっきり言え無さそうだ。
……っていうか単純に、俺が、俺が……
「嫌だああっっ!!」
「きゃっ!!」
俺は、マナを担ぎ上げた。
そのまま走って逃げだす。
……こんな男に、マナを渡すもんか!!
「あっ! こら、待て! セバス、追え!!」
「承知しました」
従者らしき男が追いかけてくる。
俺は、マナを抱えて走っているわけだから、すぐに追いつかれそうだが……
火事場の馬鹿力が出た。今、俺は滅茶苦茶早い。
橋を駆け抜け、通りに出る。
人が多い。ここで、人混みに紛れれば……!!
「”大地の鎖よ、顕現せよ!!”」
「なにっ!?」
呪文の詠唱。
ヤツは、魔法使いだ。
不味いと思う。まともにやられたら勝ち目がない。
だが、だが、だからと言って……マナを渡してたまるか!!
呪文から察するに、地面から何かが出て来ると見た!!
咄嗟に俺は路地裏に飛び込んだ。
地面から伸びる赤い鎖が空を切る。
「チッ!!」
狭い通路を駆け抜ける。
あっ! ここなら、使えるか……!?
懐を探り、目的の物を取り出す。
「食らえっ!!」
取り出した袋をぶちまけると、赤い粉末が路地を塞いだ。
「ぐわっ!! こ、これは……辛っっ!!」
「へへ、特製の唐辛子と胡椒ミックス調味料だ!!」
足止め成功!
このまま路地を抜けて、人混みに紛れれば……!!
「ご、ご主人様! 前!!」
「え?」
マナに促され、前を見る。
想像したものが、そこにはなかった。
路地の先は、道ではなかったのだ。
目の前には、川が広がっていた。
「うわわわわわっ!?」
「きゃあっっ!!」
そのまま盛大に川に飛び込んでしまった。
「くそっ! どこへ行った!?」
従者の男の声が聞こえる。
俺は、水に潜りながら……ゆっくりと、男の元から離れて行った。
「ぶはぁっ!!」
「ぷはっ!」
水から上がり、一息つく。
マナも俺もびしょぬれだった。
だが、男は撒けたようだ。
俺達は、どちらからともなく笑い出した。
「ははっ! 散々な目に遭ったけど、なんとか撒けたな!」
「ふふっ……! ああ、びっくりしたぁ……!」
「ああ。全く、どこに行ってもトラブルだらけだな!」
「……ご主人様。どうして、逃げたの……?」
「え?」
「どうして、ボクがお嫁さんに行くと、嫌なの……?」
「そ、そりゃあ、その……」
思わず答えに窮した。
改めて問われると、どうしてなのか……
「と、取られるのが嫌だったから……?」
「取られると、悲しい……? どうして……?」
どうして? どうしてって……
「お、親みたいなもんだから……?」
「そうなの? ボクとご主人様は、親子なの?」
マナがそっと近づいてくる。
彼女が俺の顔を覗き込む。
彼女の頬が紅潮している。
それを見て、なぜか胸がズキリと痛んだ。
「……い、いや……親子? にしては、ちょっと、歳が近いか……」
そう答えると、彼女は微笑んだ。
濡れた冷たい身体に、熱が伝わる感覚。
彼女にぎゅっと抱きしめられた。
……妙に胸がドキドキしていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
王都の外れ。
そこには城に負けず劣らず大きな建物がある。
薄暗い建物の中を、一人の足音が響いている。
突き当りに差し掛かると、足音は止まった。
「……戻ったのですか」
迎えるように、足音の主に対して、何者かが振り返った。
足音の主が小さく頷く。
「魔印の適合を確認した。対象はドギー種の少女。飛躍的な戦闘能力の上昇を発揮している」
金の三つ編みに、黒ローブの少女が答えた。




