第2話「鬱陶しい虫対策には殺虫スプレーを」
赤と青と白のトリコロールカラーのレジャーシートを敷く。
商品を一つずつ丁寧に並べる。置いてあるのは長さ・素材・色の違う刃物類。あと、おまけに羊羹とかの日持ちするお菓子。
並べ終えたら、商売開始だ。
「いらっしゃいませー」
それと同時に、待ちかねたとばかりに客が押し寄せた。
「剣をくれ! 二本だ!」
「はーい、金貨二枚です」
「やったぜ! うーん……なんて綺麗な刀身なんだ……」
「俺にもくれ、一本だ!」
「はーい。ついでにお菓子はいかがですか?」
「いらん」
今日も商売繁盛だ。
訪れるのは、職業も様々な冒険者の数々。しかし、求める物はただ一つ。ドン〇ホーテで仕入れてきた包丁だ。冒険者は相変わらずこれが武器だと思っているようだが。断じて違うよ。羊羹を切るものだからコレ。羊羹も買えよ。
次々と手元に舞い込む金貨、銀貨、銅貨たち。
すげえ、これ……日本で換金したらいくらになるんだろう……
しないけど。ケモミミ少女の奴隷を手に入れるまでは絶対しないけど。
冒険者たちがたくさんお金をくれるので、この世界の貨幣価値もわかってきた。
まず、一番安いのが銅貨。十枚集まると銀貨一枚になる。
銀貨は十枚集まると金貨一枚だ。分かりやすくて助かる。
いやあ……この分だと集まっちまうな……金貨千枚……
たぶん、百日もあれば……
と、呆けた顔をした俺の元に集う闖入者。
「あっ、この、くそ……!」
きったねえんだよな、この市場。あちこちに虫が飛んでる。
油断するとすぐ俺の元にも集まってきやがる。
「フッ……だが、今日の俺には強い味方がいるんだぜ」
すかさずリュックを漁る。
取り出したのは、一本のスチール缶。
正眼に構え、トリガーを押す。
「食らえ、キン〇ョール!!」
プシュ――ッ。
気の抜けた音と共に、次々と絶命していく羽虫たち。
フッ、口ほどにもないぜ……
「なあ、アンタ、何してんだ?」
「ん?」
声をかけてきたのは、包丁をしげしげと眺めていた戦士風の男だ。
風にサラサラの金髪が揺れている。クソ、いい男で羨ましいぜ……
「いえ、ちょっと虫退治を」
「え? そんなもんで虫が殺せるのか?」
「ええ、殺せますよ。バッチリ、この通り」
と、道端の虫のコロニーに向かって噴射して見せる。
虫たちはあっという間に地面に落ちていった。
「へえ、すげえなぁ! それ、魔道具か?」
「魔道具?」
「魔法の効果を発揮する道具だよ。なんか小さく変な文字が書いてあるけど、魔法の呪文なんだろ?」
俺は缶に目を向けてみる。
『効き目、オールマイティ。ノミ・イエダニ・トコジラミにも!』
魔法の呪文~~??
「うーん、見ても全然わかんねえ。何の文字だコレ……」
戦士が手元を覗き込みながら言った。
そうか。俺には日本語でも、こいつらには訳の分からない文字に見えるわけか。確かに、全く地球の文化に触れたことが無い者なら、漢字なんて魔法の呪文と変わんないだろうなぁ。
「あ、そうそう。遠い異国の魔法の呪文です。東の方の」
「へえ~。世界は広いねえ。俺も遠征してみたいなぁ!」
戦士はニカッと笑って言った。なんか人懐っこいなこいつ。俺、あんまり話すの得意じゃないんだけど、こいつは話しやすい。
「ところで、それ……売り物じゃあないのかい?」
「え?」
「いや、見てると興味湧いちゃってさ。俺も旅してると、虫に困ること結構あるんだよね~」
あ、もしかして……欲しい? これ、売れる?
「あ~……そうですね。寝てるときに耳元に来たりすると、鬱陶しいですよね」
「そうなんだよ! 冒険者は基本野宿だからさ~。虫と遭遇することも多くてさ」
「わかります。森とか草むらとか、虫だらけですもんね」
「そうそう!」
間違いない。コレは売れる。
売れるのだが……問題がある。
「そういう、虫対策の魔道具とか、買ったことあります?」
俺はさりげなく探りを入れた。
「ああ。この前も隣町の道具屋で買ったんだけど、全然効かなくてさ~」
「それ、おいくらでした?」
「ん~、金貨四枚だったかなぁ。魔道具は高くて困っちゃうよね」
その言葉を聞き、俺の目がギラリと光った。
「それでしたら、半分の金貨二枚で」
「え?」
「うちは金貨二枚でいいですよ。しかも、これ、中身が無くなるまで百回は使えます」
「ひ、百回も? たったの金貨二枚で? い、いいのかい?」
「はい。買いますか?」
「か、買う買う! 助かるよ!」
やったぜ。新しい商材開拓、成功だ。
そうか、こういった道具も売れるのか……しかも、魔道具と言うことにすれば包丁よりも高く……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
商いを終え、意気揚々と大通りを歩く。
今日の懐はことさら温かい。それもこれも、殺虫スプレーが売れたおかげだ。新しい商材探しの芽も見えたな。
俺が向かっているのは、家ではない。この世界に来た時、最初にたどり着いた場所だ。そこは街の中心部を離れ、端っこの薄暗い場所にある。
(やっぱり、この世界でも大っぴらにするもんじゃねえんだろうな……)
俺が姿を見せると、彼らは怯えたように手足をすくませた。
「やあ、こ、こんにちは……」
と、声をかけてみる。
返事はない。ケモミミの奴隷たちは不安そうに俺を見るだけだった。
「まあ、いきなり心を開いて貰えるとは思えねえが……」
待ってろよ。いずれ必ず自由にしてやるからな。
そしたら、思いっきり可愛がってやる。奴隷だってことを忘れるくらいな!
俺がとびっきりの笑顔を見せると、奴隷たちはいっせいに後ずさった。
なんでだよ。
……ん?
みんなが何らかの反応を見せる中で、一人だけ、端っこで虚空を見つめている者がいた。
光のない目で、体育座りをしている。銀の髪で犬のような耳と尻尾を持った少女。他の子よりも、一回り大きく見える。
「……」
俺はなんとなくその子が気になりながらも、その場を後にすることにした。ひやかしで長居するもんじゃない。
とぼとぼと家路につく。
日は傾き、異世界の街は黄金色に染まっている。
すげえ光景だな。日本にいたら絶対に見られない眺めだ。
また明日の商売のことも考えないとな。
そう思いながらぼんやりと歩いていた時だった。
「よっ! 魔道具屋!」
「あ? あっ……」
気さくに俺に声をかけてきたのは、今日の客だった。
殺虫剤を売った戦士だな。
「お前の魔道具、本当に効果てきめんだったよ! いや~、今日のクエストは捗った!」
「そうか……え? え? お前、それ……」
俺が指さしたのは、彼の後ろ。
恐ろしい物が、通りを縦断しようとしていた。
「西の森で採取をしてたら、いきなり襲ってきたんだぜ。すかさずあんたの魔道具を使わせてもらったよ!」
そう言って戦士がポンポンと叩いたのは、カブトムシのような生き物の頭部だった。いや、すでに死んでいるのか。
……そんな事問題じゃねえよ。
「え? これ、虫? 俺の知ってる虫とちょっと、いや、すげえ違うんですけど。俺が知ってる奴は、もっとこう、可愛いんですけど」
「ああ、こいつはちょっと大きめだよな。ここら辺によく生息してる、ギガンティックアトラービートルだ! こいつ、堅くて剣も魔法もなかなか効かないんだよな! 本当に助かったぜ!」
ぎがんてぃっくあとらーびーとる……その頭部は、人の頭の数十倍はあろうかという大きさだった。角なんて、俺の体より長いんじゃないか。
「え、これ、効いたの? キン〇ョールが?」
「バッチリ、あっという間に死んだぜ!」
「マジかよ……」
とても人の敵う相手じゃない。
俺にはそう思えた。
スター〇ップトゥ〇ーパーズかよ。