第18話「襲撃」
幌の外。山々の間の空に何かが見える。
鳥ではない。あの、巨大な翼は……
「飛竜!?」
車を曳く地竜は何度も見てきたが……空を飛ぶ個体を見るのは初めてだった。
目にして思う。この断崖絶壁に、あの巨体と爪や牙……
恐ろしい以外の感想が浮かんでこない。
先程の衝撃は、飛竜に遭遇したために竜車を急停止したことによるものか。
「違う! マサル、飛竜の背を見ろ!」
魔法使いちゃんが叫ぶ。
飛竜の背……!? 何があるというのか。
と、それを確かめる前に、何かが飛び降りてくるのが見えた。
「あ、あれは!?」
飛竜に比べて圧倒的に小さい。
だが、何かを手にしている。
あれは、槍、斧、剣……武器!?
武装した集団が竜車を取り囲み、迫ってきている。
「盗賊だ!! 王都へ向かう旅人を狙って襲ってきたんだ!!」
盗賊。日本においては、まず遭遇することはあり得ない。
だが、ここは異世界。冒険者や魔物がいるのなら、盗賊もいるだろう。
彼らが狙うのは、旅人の持ち物や金品だろう。それらを奪った後……いや、奪うために、旅人はどうなる?
奴らの形相を見る。目が血走っている。涎を垂らしている。
ハッキリ言って、常軌を逸している。あんな連中が、武器を持って襲ってきたら……
「こ、殺される!!」
恐怖した。汗が滝のように吹き出し、心臓が早鐘を打つ。
マナが俺の手を握る。俺は握り返し、彼女を抱きしめた。
盗賊たちが迫ってくる。
もう、すぐそこまで。
襲われる。殺される――
そう思った時。
竜車から、緑色の影が飛び出した。
風に豪奢な緑の髪が棚引く。
懐から鋭い光の太刀が閃いた。
「お前ら、本気だな……? じゃあ、オレも本気を出すぜ」
「セ、セアーラさん!!」
彼女が盗賊たちの前に立ちふさがった。
「ひゃっは――――ッッ!!」
盗賊たちが雄たけびを上げながら彼女に襲い掛かる。
剣を持った盗賊たち。それが同時に三人。
ま、まずい。あんなに一度に来られたら……!!」
「ふん」
セアーラさんが鼻を鳴らす。
その瞬間、彼女は俺の視界から消えた。
「ギャアアッ!?」
「グアッ!!」
「ゲェッ……!!」
盗賊が地面に倒れ伏せる。
何が起こったのか、と思う。
セアーラさんが一瞬にして盗賊三人を切り伏せたのか。
俺がそう思った時には、彼女はすでに別の盗賊に躍りかかっていた。
「らあああああッッ!!」
「ひいいっ!?」
「うわああああっっ!!」
すごい。彼女の動きは、まさに閃光だった。
長剣を手にし、盗賊たちの間を風のように舞う。
時折太陽の光を受けて反射する刀身が、キラキラと俺の目に映る。
盗賊たちはなすすべなく彼女に切り伏せられていく。
彼女は盗賊を圧倒している。
まさか、セアーラさんがあんなに強いとは。これなら、助かるかもしれない――
「マサル、正面からも来るぞ!!」
「え!?」
俺がホッとしたのも束の間、魔法使いちゃんが叫んだ。
セアーラさんは竜車の後方に陣取っている。
その間に、盗賊たちは飛竜から降り、正面から竜車を襲ってきた。
挟み撃ちだ。
竜車の中で悲鳴が木霊する。
まずい、いくらセアーラさんが強くても、両方同時には……!!
と、その時、俺の隣にいた魔法使いちゃんが立ち上がった。
竜車の先頭に立ち、杖を構える。
「”氷の刃よ、切り裂け!!”」
彼女が唱えた。その瞬間、彼女の周囲に白銀の剣が現れる。
無数の氷の刃が、盗賊たちを貫いた。
「す、すげえ!」
彼女を見る。横目で、チラリと俺に向かって微笑んで見せる。
あいつがまともに魔法を使うところを初めて見た。まさかあんなに強いとは。
すげえ、すげえよ。セアーラさんも、魔法使いちゃんも。
彼女たちが居てくれて良かった。助かる。彼女たちが居れば、この旅も無事に――
「ご、ご主人様!!」
マナが竜車の外を指さす。
その方向を見て、背筋をぞっとする感覚が駆け抜けた。
見えたのは、巨大な口。
飛竜が竜車に接近している。
喉の奥に何か見える。赤い、炎のようなものの揺らめき。
まさか、まさか――
「や、やべえ!!」
俺はリュックを漁る。
咄嗟に手にしたのは、巨大な虫の魔物に襲われたとき用に持ってきた殺虫剤。
これは本来ならスプレーすることで効果を発揮するが、当然竜の炎には無力だ。
だが、コイツは別の使い方もできる。
こういう時のために、密かに実験して確かめておいた。
その効果は抜群である。
先端にライターの炎をかざす。
「いくぜ」
そう俺が口にした瞬間、竜の口から赤々とした炎が解き放たれた。
同時に俺も殺虫剤のトリガーを引いた。
爆炎が竜車から放たれる。
「ギアアアアアアアッッ!!」
飛竜の絶叫が谷に木霊する。
殺虫スプレーから放たれた炎は、竜の炎を飲み込み、そのまま竜の全身を焼き尽くした。
殺虫剤は可燃性のガスで出来ている。そこに炎を近づけると、火炎放射器のごとく爆発的な炎を作り出すことが出来る。まして、ここは異世界だ。日本から持ち込んだものは加護により、超常の力を発揮することを確認している。その威力は、竜ですら撃ち落とすほどだ。
「ご、ご主人様!! すごい!!」
マナが俺の手に抱き着いて言った。
周囲からもおお、と感嘆の声が漏れてくる。
俺はマナに微笑みかけながらも、さらにリュックを漁る。
飛竜は一体だけではない。まだ複数いる。
奴らを追っ払う。
手にしたのは、小さな球体。本来ならば、これはただの玩具だ。だが、この世界においては――
「くらええッッ!!」
竜の集団に向かって投げつける。
飛竜たちがそれを迎撃しようと炎を吐いた。
炎が球体に触れた瞬間。
「「「ギャアッッ!?」」」
爆音と閃光が飛竜を怯ませた。
癇癪玉はこの世界においては花火ではない。立派な爆弾だ。
飛竜たちが離れて行く。
しめた。活路が開けたぞ……!!
「今だ!! 二人とも、戻れ!!」
セアーラさんと魔法使いちゃんが俺を見た。
彼女たちが頷き、車内へと乗り込む。
御者に発車を促すと、竜車は再び動き出した。
全速力で山を進む。
追いかけてくるものはいない。窮地は脱した。
「ふう……二人とも、お疲れ」
俺が脱力してマナにもたれかかると、彼女たちが笑った。
「セアーラさん、すごかったね。まさかあんなに強いとは思わなかったよ」
「オレを見くびるなよ? そんなことより、マサル。お前も結構すごかったぜ。やるじゃねえか」
「全くだ。昔は私に縋りついて泣いてばかりだったのに……成長したな、マサル」
「い、いや、そんな泣いてねえし……」
多分。あれだよ。マナが熱を出した時と、料理対決の時と、泥棒に入られた時と……結構多いじゃねえか。
ともかく、みんな無事で何よりだ。
本当に、彼女たちが居てくれてよかった。魔法使いちゃん。意地悪して悪かったな。やっぱり、彼女は俺に必要な人だ。今度、はっきり伝えようと思う……
「た、大変だ!!」
「ッ!?」
ホッとしたのも束の間、御者が悲鳴を上げた。
乗客たちが一斉に彼の叫んだ方向を見る。
「あ、あれは……!?」
異様なものが立っていた。
身の丈10メートル以上はありそうな巨人。
それが前方を塞いでいた。
巨人はこん棒のようなものを手にし、それを振りかぶり――
「みんな、伏せろおお!!」
御者が叫ぶ。
竜車が舵を切る。
巨人が振りかぶった棒は外れたが、地面を大きく砕き――
竜車は、谷底へと落ちていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「う……」
ゆっくりと目を開ける。
体中が痛い。幸い、大きなけがはしていないようだが……
あちこちぶつけてしまった。今日の夜は眠るのが辛いかもしれない。
しかし……腕の中を見る。
気を失っている。
だが、マナは傷一つ負っていなかった。
良かった、とホッと息をつく。
「……無事か? マサル」
魔法使いちゃんが俺の手を握った。
彼女にひかれ、立ち上がる。
周囲には、俺と同じようにフラフラと立ち上がる者がたくさんいた。
竜車に乗っていた乗客たちだ。
見たところ、誰も欠けている様子はない。
だが……
「ガアアアアアッ……!!」
悲痛な叫び声が聞こえる。
竜車を曳いていた竜は、足を怪我していた。
御者がその様子を見ている。立ち上がるのは難しそうだ。
「起きたか、マサル」
「セアーラさん」
彼女が木々の間から姿を見せた。
「周囲を探ってきたが、ちょっと不味いかもしれないぜ……盗賊の連中があちこちにいた形跡がある。ここは奴らの縄張りだ」
彼女は一足先に目覚め、周囲を探ってくれたらしい。
「盗賊は略奪行為に魔物も使うと聞くが……まさか、トロルを手なずけているとはな。ヤツがいる以上、このまま無事に済むとは思えない」
魔法使いちゃんが腕を組んで唸った。
「ああ。奴ら、諦めてないぜ。俺達が足を止めている間に、どこかで襲ってくるはずだ」




