第13話「光と陰」
「ど、どう? ご主人様。美味しい?」
つぶらな瞳が不安げに揺れる。
それを見つめながら、口内の香ばしい物体を咀嚼する。
「んっ、んっ……ごくん。美味い」
その瞬間、つぼみから一瞬で大輪の花が咲いたように、華やかな笑顔が浮かんだ。すごい喜びようだ。美味い物を食っただけこんなに喜んでもらえるなんて、なんていい仕事だろう。
料理を一度作って以来、マナは色んなものを作りたがるようになった。
特に、お菓子に見せる執着は並々ならぬものがあった。
というわけで、今日も彼女のクッキーを食べ、感想を述べた訳である。このままじゃおじさん太っちゃうよ。
マナはというと、鼻歌を口ずさみながらお弁当を作っている。
まずいな。このままだと料理の腕で抜かれてしまいそうだ。とはいえ、マナは最近なかなか俺に料理を作らせてくれないし……ん? 別にいいか? それで。
支度を終え、市場に向かう。
マナはスキップしそうなくらいはしゃいでいる。……なんか本当に犬みたいだな。
「いらっしゃいませー」
「ませー!」
俺はいつも通り気だるげに、マナは元気よく客に声をかける。
なんだったら、客とのやりとりもたまにマナがやる。その方が客受けがいい。
……まあ、わかるよ。マナ、可愛いもんな。
おっ、てめー。何鼻の下伸ばしてんだよ。ぶっ殺しますよ。お買い上げありがとうございましたー。
おかげさまで、商売の方はすこぶる順調だ。
一軒家に被扶養者が一人。東京ならまず無理だが、この世界なら十分やっていける。もう、このままこの世界に居ついちゃおうかなー……いや、仕入れがあるから無理か。どうしてもあっちの世界は切り離せないな。ああ、移住してえ。
お昼になり、休憩の札を出してマナの弁当を食べる。
うめえ。おいおい、マジに腕上げたな……
マナの料理でレストランでもやった方が儲かるんじゃないか?
弁当を食べていると、通りすがりの人がチラチラとこちらを盗み見ているのが分かる。ふふ、うらやましいだろ。やらんぞ。
……そして、その日の営業は終わった。
最近早く売り切れるな。もっと商品を持ってこれると良いんだが……二人で持ち運べる数にも限界があるからなぁ。
市場の数々の店を横目に、帰路につこうとする。
……ん?
「マナ? どうした?」
マナが立ち止まっている。
彼女の視線は、どこか一点に向けて注がれていた。
視線を追ってみると……
「ん? アクセサリー屋?」
彼女が見ているのは、路上の小さなアクセサリー屋だ。
扱っているのは、指輪、ネックレス、髪飾り……髪飾り?
「マナ、もしかして、あれ欲しい?」
「う……」
彼女は俯いた。
なんだ? なんか、言いにくそうだな。どうしたよ。
……あ、もしかして……
「あ、アレか。アイツに上げた髪飾りみたいのが欲しいのか?」
この前、魔法使いに髪飾りをプレゼントした。
俺が見る限り、それ以来必ずヤツはあの髪飾りを付けている。
それでマナも欲しくなったのか。
マナの頬が赤くなるのが分かった。図星か。
「よしよし、わかったぞ、マナ!」
マナが顔を上げる。
期待に目が輝いている。
だが、悪いな……期待は裏切られる。
「今度な、マナ!」
「え?」
彼女の目に不安の色が宿る。
そこで俺は、ニヤリと笑った。
「どうせ買うなら、アイツよりいいのを買ってやる! 今度あっちに行ったら、プレゼントしやるからな! マナ!」
マナの顔が徐々に輝いていく。
尻尾が滅茶苦茶揺れている。耳がピーンと後ろに尖っている。
「うん! ご主人様!」
思いっきりぎゅっと抱き着かれた。
うわ、これ、最高……これこれ、こういうのよ。俺がケモミミ少女に求めていたのは。ああ、ヤバイ……こんなところ見られたら、また魔法使いちゃんに変態呼ばわりされちゃう……でもアラガエナイ……
俺とマナは手を繋ぎながら帰路についた。
ああ……こんな時間がいつまでも続けばいい……
そう思っていた時だ。
突然、マナの手がギュッ、と握りしめられた。
「あ……あ……」
立ち止まり、戦慄いている。
明らかに様子がおかしい。
彼女の視線の先を見る。
「……ッ!! あ、あいつは!!」
そこにいたのは、最近めっきり見ることもなくなった顔だ。
奴隷市場の主人。いつもは街の端っこから出てこない男だが、今日はなぜか……大通りにいた。
彼は一人ではなかった。
彼の他に、男と、小さな人影が一つ……
「ん? おお、あなたは……」
ヤツが俺を見つけた。
俺は後ろ手にマナを隠す。
彼女は震えていた。
安心しろ、俺が絶対に守ってやる……!!
「お久しぶりです、マサル様」
「ああ、久しぶりだな……」
「おや? 後ろのその子は、もしや……」
「……」
俺は答えない。彼女をヤツの前に晒したくない。
だが、ヤツは仕草から、マナの事を悟ったようだった。
「まさか、あの時の、ドギー種……?」
その言い方が、癇に障る。
彼女はもう奴隷じゃない。名前だってある。
「驚きました。もって数日だと思っていましたが……おお……素晴らしい。毛並みに、筋肉……見違えました」
「……見るんじゃねえよ」
「おやおや。褒めているのですよ? 今のその子なら、金貨千枚では足りないでしょう。買い戻したいくらいですよ」
「……てめえ、何してやがる? こんなところで」
奴隷市場の主人は、視線を下に向けた。
そこにいたのは、小さな獣人が一人。おそらく、奴隷だ。
「こちらのご主人が、奴隷を売りたいとのことで。査定に参った所です」
「なっ!?」
俺は獣人を連れた、その主人と思しき男を見た。
男はポリポリと頭を掻いた。
「あ、あんた、なんで……?」
「え? ああ、こいつ、物覚えが悪くてな。ちょっとうちじゃ使えないなって。新しいのを買う下取りにしようと思ったんだよ」
俺は、俺は……地面に穴が開いたかのような錯覚に陥っていた。
まるで立っている気がしない。ここは、本当に俺の知っている世界なのか……?
視線を下ろし、獣人の男の子を見る。
目に光が無い。体が震えている。
その姿は、まるで――俺の所に来る前の、マナを見ているようだった。
「あ、あんた? 本気? 本気でこいつに売るのか? 自分の、ど、奴隷を……?」
「ああ? そうだよ。あんただってこの人の所で買ったんだろ? その子」
「そ、そうだが……こ、こいつの所に売るってことは、体に妙な焼き印を入れたり……下手すると、殺されちまうかもしれないんだぞ!?」
「……だからなんだよ。奴隷なんだから、そういうことだってあるだろ。それとも、アンタが買い取ってくれんのか?」
「……え?」
虚を突かれ、思わず言葉に詰まった。
奴隷市場の主人が笑みを浮かべる。
「私としても、マサル様に買い取っていただけるなら、構いませんよ。正直言うと、この子は値がつけづらかったところです」
俺は、俺は……ゆっくりと懐を確かめた。
金貨、十二枚。それと銀貨が少し……
とても足りない。
最近は、二人で暮らせればいいからと、ほどほどにしか稼いでこなかった。金庫にあるのを合わせても、金貨百枚もないだろう。
「俺が……か、買えねえ……金がねえ」
「なんだよ。じゃあ文句言うなよ。主人、頼む」
「はい」
男が獣人の子の背を押す。
奴隷市場の主人が男の子に首輪をかけた。
「くっ!!」
俺は、駆けだした。
マナの手を引いて家へと向かう。
クソ、マナに嫌な所を見せちまった……!!
彼女の顔を見るのが怖い。
「はあ、はあ……」
世界から隔絶するように、扉を閉める。
ここは、安心だ。俺とマナだけの世界。他の誰にも邪魔されない。
そのまま息が落ち着くまで、玄関で座り込んでいた。
「……夕飯、支度しますね」
頃合を見て、マナが声をかけてくれた。
彼女は、大丈夫なのか……あんな恐ろしい場面を目にしたのに。
くそっ、しっかりしろ、俺……マナを見習え。
夕食を食べる。
せっかくマナが作ってくれたのに、全然味がしなかった。
夕食を終え、支度をする。
今日は日本に戻る日だ。こんな日にマナを一人にしたくはなかったが……仕様がなかった。こっちの生活があっちの仕事で成り立っている以上、ないがしろには出来ない。
「じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい、ご主人様……」
扉を閉める直後。マナの寂しそうな顔が、脳裏に焼き付いた。
久々の東京の空気。寒い。ここにいるべきではない気がする。
俺は、バイトに向かう間……いや、バイトの間も、ずっと向こうでの生活のことを考えていた。
いっそのこと、マナをこっちに連れてきてしまうか……
いや、やっぱりそれは無理だ。彼女は異世界の住人だ。この世界で生きるには、不都合がありすぎる。
それに、今日見た奴隷の男の子……どうしても脳裏から離れない。
彼のような者を、放って置くのか……俺は聖人じゃない。
だが、マナはどうなる。マナは今日の出来事を見て、平静でいられるのか。
やはり、あっちでの生活を基本に考えなければいけない。
……必要なのは、金だ。金さえあれば、今日の事もどうにか出来たのだ。
向こうで俺が、成功して……一生住んでも問題ないくらい金持ちになれば……
時間はあっという間に過ぎ去った。
バイトが終わるころには、頭の中がマナの事で一杯になり、眠ることも出来なくなった。
俺は走っている。
異世界の扉を潜り、家へと一目散に駆けつける。
「……?」
何かおかしい。
家の近くに、人だかりが出来ている。
アレは一体……マナ……?
「マサル!!」
「ッ!?」
横合いから、魔法使いに話しかけられた。
彼女の顔は切迫していた。
「大変だ!! マサル、お前の家が!!」




