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第11話「あっちの世界」

「んーと、今日の品物は長めの包丁と、羊羹と、殺虫剤と……あ、そうだ。マナ、今日の昼飯は何がいい?」


 荷物をリュックに詰めるマナに尋ねる。

 彼女は少し逡巡した後、伏し目がちにして、


「……カラアゲ……がいいです」


 と呟いた。

 ほうほう。この子はまだあのフロストドラゴンの唐揚げの味が忘れられないのか。よっぽど気に入ったようだな。

 よしよし。作ってやるぞ。フロストドラゴンじゃなくて鶏肉だけどな。


 キッチンを使い、手早く弁当を作る。

 唐揚げに、おにぎりに、卵焼きに……食べてくれる人がいると、なんか作るのも楽しいな。


「よっしゃ、行くか!」


「はい」


 二人でリュックを担ぎ、市場に向かう。

 マナは大分喋ってくれるようになった。表情も幾分明るくなったと思う。

 まだちょっと、俺に対して遠慮している感じがあるが……ま、この分ならどんどん慣れていってくれるだろ。


「いらっしゃいませー」


「ませー……」


 二人で品物を売る。今では彼女も立派な商売の相棒だ。


「お、今日もやってるな!? 黒の魔技師!」


「ああ、どうも」


 彼はお得意様の戦士だ。黒衣の男との料理対決でも大変世話になった。


「そういえば、新しい殺虫剤を入れたんですよ。こいつは火を点けて置いておくタイプで、いつものよりずっと長持ちします」


「ほんとか? じゃ、買うわ!」


「まいどありー」


「ありー……」


 戦士を見送る。

 しばらく時間が経つと、また見覚えのある人がやってきた。


「む、ホーチョー屋の主人……」


「あ、これはどうも。この前は本当に助かりました」


 眼光の鋭い黒装束のおじさん。異世界忍者だ。


「あの、新しい包丁を入れてみたんですよ。ちょっと見ていきませんか?」


「む!? こ、これは……」


「いつもより長いんです。これは大きな魚とかをさばく包丁なんですよ」


「……素晴らしい。一本、いただこうか」


「まいどありー」


「ありー……」


 今日の商いも上々だ。

 夕方になるとレジャーシートをたたみ、家へと引き上げる。

 二人で慎ましやかな夕食をとる。


「じゃ、マナ。留守番よろしくな」


「はい……ご主人様」


 マナのその言葉に、俺は苦笑する。


「マサルでいいって」


 しかし、そう言っても、マナは首を振って『ご主人様』と呼ぶことをやめなかった。

 俺は彼女を奴隷として扱っているつもりはないが……彼女自身がなかなかそれを認めようとしない。俺としては、ちょっと悲しい。


 マナに見送られ、俺は我が家を後にする。

 向かったのは、異世界のゲート。

 くぐると、相変わらず狭い東京の空が出迎えてくれる。


 いくら異世界の商売が順調だからって、四六時中向こうにいるわけにはいかない。今日は久しぶりの帰還だ。正直言うと……少し気が重い。


「マサル君!! 一体どうしたんだ!? 無断で一週間も休むなんて!」


 バイト先のマネージャーが俺に怒声を浴びせた。

 これが怖かったんだ。でも、事実だから仕方ない。ちゃんと謝らないとな。


「はい……すみません」


「理由はなんだ!? 聞かせてくれよ!」


「……ちょっと身内に不幸……というか、のっぴきならない状況になりまして。つきっきりで見ている必要があったというか……」


「えっ!? そ、そうなの? ……そ、そうか……でも、連絡は入れておくようにね。代わりを探すのも大変なんだから」


 それで説教は終わった。

 大分お人好しなマネージャーだと思った。あれだと苦労してそうだ。ごめんな、迷惑かけて。


 業務に入る。

 深夜のコンビニ業務。店員二人。客は少ない。

 俺と一緒にオペレーションするのは、若い女の子だ。彼女とはほとんど話さない。


 淡々と業務を進める。

 売れ残りの商品を無心で下ろしていく。これ、全部廃棄かぁ……異世界に持ってったら売れないかなぁ……と考えていた時だ。


「てめえ、舐めてんのかあ!!」


 怒声が聞こえた。レジの方からだ。


「申し訳ございません、お客様……もう一度おっしゃっていただけますか……」


 蚊の鳴くような声が聞こえる。バイトの女の子か。

 立ち上がり、レジへと向かった。


「だから、アレだっつってるだろ!! 何度言わせるんだ!!」


「ですから、アレではわかりかねますので……」


「ふざけやがって……おい、店長呼べ!! 店長!!」


「お客様、いかがされました」


 彼女との間に割って入った。


「……マ、マサルさん!」


「あ? てめえが店長か?」


「いえ。ただいまの時間、店長は不在です。御用がありましたら私が伺います」


「ふざけんな!! いますぐ呼べ!! 訴えるぞ!!」


「お客様。近隣住民の皆様のご迷惑になりますので、大声は控えていただけますか。それと、このようなことで店長を呼ぶことはありません。ご容赦ください」


「……てめえ、舐めやがって!! ぶっ殺すぞ!!」


「キャアッ!?」


 急に胸倉をつかまれた。

 手に力がこもっているのが分かる。

 俺を殴る気か。あるいは、首でも締める気か。


 この状況になって、俺は……妙に冷めていた。

 こんなやつ……黒衣の男に比べたら、恐れるに足らない。

 顔が赤い。息が臭い。ただの酔っ払いだ。


 俺はしばらく、そのまま……冷ややかな目で男を見下ろしていた。

 沈黙が店内に流れる。

 男の呼吸が、徐々に静かになるのを待った。


 そして、ゆっくりと指を掲げ……ある物を指した。


「……落ち着いてください。カメラ、写ってますよ?」


「……あ」


 男がわずかに狼狽したのが分かる。

 そうだ、自覚しろ……このままだと、お前は警察行きだ。

 そう、言外に目で語ってみせた。


 男の手の力が弱まる。

 急に自らの行いを省みはじめたのか、汗をかきだした。

 そこで俺は、いつもの営業スマイルを見せた。


「お客様、もう一度ご用件をうかがいます。どれをご所望ですか?」


「あ……タ、タバコ、くれ……86番」


「はい、ありがとうございました」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ふー……」


 業務を終え、着替えを済ませる。

 今日も無事に終わったな。もう疲れた。こっちでゆっくり寝よう……


「あの、マサルさん!」


「……ん?」


 顔を上げると、同僚の女の子がいた。

 彼女も上がっていい時間だ。どうした?


「き、今日は、ありがとうございました」


「……ああ。うん、お互い災難だったね」


「私、もう、本当に怖くて……! 助けてもらえなかったら、どうなってたか」


「いいんだよ。仕事仲間じゃん。また、明日からもよろしくね」


「はい。……ええと、あの……」


 ん? まだ何かあるのか?

 何か言いたそうで言い辛そうにしている。

 やがて、一思いに口を開いた。


「何か、お礼させてもらえませんか? 二人がオフの日に」


「え……」


 お礼……お礼か。そんなに大層なことだったろうか。

 別に気を使ってもらわなくていいんだが。


「いやあ、そんなに気を遣わなくていいよ。言葉だけで充分」


「そ、そんなことはないです!! なにか一緒に、その……買い物とか」


「買い物……」


 その言葉に、ちょっとピンとくるものがあった。

 そういえば、気になっていたことがあった。

 料理対決の時に、おばさんに言われた言葉……みすぼらしいとか、なんとか。

 

 確かに、言われてみると……俺は服に無頓着な気がする。

 正直言って、自分で何を買ったらいいのかさっぱり分からない。

 彼女なら……うん、身なりはしっかりしている。アドバイスをしてもらうのもいいかもしれない。


「それじゃ、服を一緒に見てもらっても良いかな。俺、どんな服を着ていいかよくわかんなくてさ……教えてもらえると、助かるよ」


「は、はい!!」



 ――翌日。俺は異世界に行くのを少し遅らせ、彼女と買い物に行くことにした。

 場所は新宿。俺はあまり来ることが無いが、ここなら大概の服は揃うらしい。

流石だ。俺とは見識が違う。


「あっ、マサルさん! すみません、待たせましたか?」


「いや、全然。じゃあ、今日はよろしくお願いします」


「はい!」


 俺達は近くのルミなんとかいう建物に入った。ここは色んなブランドが揃っているらしい。

 ほえー……、俺の知らない世界。なんかキラキラしてる。


「いっぱい服屋があるなぁ。どこがいいんだろう」


「そうですね。セレクトショップは色々揃ってて便利ですよ」


「セレクトショップって何?」


「色んなブランドから、良いと思ったものをお店が揃えている所です。使いやすいアイテムが多いですよ」


 おお、俺の店と同じだ。これは俄然親近感がわくな。

 一先ず、一番近くにあった店に入って見ることにした。


 俺は服を眺める。

 ふうむ……このジャケット、材質は皮か。

 どれ、少し拝見……


「マサルさん、それ、気になるんですか?」


「ああ……防御力はどれくらいかと思って……」


「え? 防御力?」


「ああ、うん。何でもない」


 あぶねえ。つい、異世界の尺度で服を見てしまった。ここは日本だ。必要なパラメーターは「かっこよさ」のみだ。プラチナシリーズとかがいいかもしれない。


「うーん、ごめん。やっぱりよくわかんないや。どういうのを着るといいと思う?」


「そうですね……ジャケットは良いと思いますよ。これなんか、綺麗目でいいと思います」


 俺は勧められるがまま、そのジャケットを着てみた。

 ふーん……かっこいいじゃねえの。これ、おいくら? 29000円……たっけ。ホーチョー・ソードが29本買えちまうぞ。


「あっ! 似合います、似合います! すごくいいと思いますよ!」


「そ、そう……? じゃ、買っちゃおうかな」


 ちょろい俺。彼女はなかなかの商売人になるかもしれない。


「あ、これ、何色かありますね。色、どれにします?」


「黒だな。黒の魔技師にはこれが相応しい」


「マギシ? ってなんです?」


「いや、こっちの話」


 俺と彼女は、その後も買い物を続けた。

 ちょいと痛い出費になったが、全身、いい感じにそろったと思う。

 これでもう異世界おばさんに文句を言われることはあるまい。


「おっ。こいつは……武器に使えるな」


 通りがかり、面白いものを見つけた。

 思わず手に取って見る。


「ええ? それ、ただの玩具ですよ」


「いや、戦えるんだよ、これで。たぶん、ドラゴンとかも倒せると思う」


「またまたあ」


 本当なんだけどな。まあ、無理もないか。異世界忍者が包丁でドラゴンと戦ってる、なんて言っても信じてもらえまい。


「ふふっ。マサルさんって、思ってたより面白い人なんですね」


「そう? 友達からはよく気が利かないだとか、頑固だとか言われるんだけど」


「そんなことないですよ。……あの、マサルさん。また、一緒に買い物に行ってもらってもいいですか? 今度は、私の買い物を手伝ってもらいたいな――……って」


「え?」


 改めて彼女を見る。

 彼女はどことなく……気恥ずかしそうにしていた。


「ダメですか?」


「……いや、いいよ。今日は本当に助かったからさ。お礼ってことで」


「ありがとうございます!!」


 帰路につきつつ、俺は思った。

 お礼、お礼か……そういえば、俺も世話になりっぱなしの人がいたな。

 たまには、俺も何か……彼女にするべきなのかもしれない。


 俺は来た道を振り返り、再び巨大なショッピングセンターに入っていった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「お帰りなさい、ご主人様っ」


「ああ、ただいま」


 家に入ると、マナが出迎えてくれた。

 彼女の頭を一撫でし、居間へと向かう。


「むっ? どこ行ってたんだ、マサル。お菓子が足りんぞ、お菓子が」


「あれ? 来てたのか」


 居間に入ると、魔法使いがいた。

 彼女は図々しくも、俺が留守の間に家に上がり込み、お菓子をむさぼっていたらしい。


「……どうしたんだ、マサル。その恰好は」


「ああ、どう? 新しく買ってみたんだけど、似合う?」


「……ふ、ふん。馬子にも衣装というヤツだな。まあ、それでマナに相応しくないと言われることもあるまい。悪くないんじゃないか」


「おお。褒めてくれてるんだよな、それ」


「好きに解釈するがいい」


 相変わらず素直じゃないやつだ。

 でも、それでこそ魔法使いだ。

 これなら、俺も気兼ねなく対応しやすい。


「なあ、ところで、お前に渡す物があるんだけど」


「なんだ? 新しいお菓子か?」


 振り向きざま、彼女の頭につけてやる。

 ……うん。結構似合うな。

 彼女は何が起こったのか分からずに固まっている。

 これで呪縛が解けるかな? 鏡を見せてやった。


「どうだ? いつもお世話になってるから、お礼にと思って、髪飾りを買ってみたんだが……」


「……え」


「似合ってると思うぞ。……あれ? 気に入らなかった? もしもし、もしもーし」


 反応が無い。どうしたどうした。お前らしくもない。


「……ん? どうした、顔が赤いぞ。風邪でも引いたか?」


「……み、みみみ、見るなあああぁぁぁ!!」


「なんで?」


 魔法使いは走って家を飛び出してしまった。

 理由はよくわからないが、それきり戻ってこなかった。


 だが、翌日にはまた顔を出した。

 髪飾りが捨てられていたらどうしようかと思ったが……頭にはしっかりと髪飾りがついていた。多分気に入ってもらえたんだろう。

 良かった良かった。

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