第10話「実験」
マナをかけた料理対決から数日。
彼女はよく食べるようになった。っていうか俺より食う。
俺の方も、彼女にジャンクフードばかり食べさせるわけにいかないので、不器用ながらも自炊を始めている。今の所……彼女は美味そうに食べている。
まあ、異世界のドッグフードみたいな飯に比べれば、幾分俺の作ったものの方がマシだろう。
「おーい。今日は一体何の用だ? こんなところに呼び出して」
魔法使いちゃんが足をブラブラさせながら言った。
今日、俺達は街から少し離れ、魔物の少ない平原に来ている。
もちろんマナも一緒だ。魔法使いはこの世界のことについて色々詳しいから、呼んでみた。
「まあ、待てよ。今日は面白いものが見れるかもしれないぜ」
リュックから次々と品物を取り出す。
持ってきたのは……日本で買ったものが多いが、この世界の物も混じっている。
品物をレジャーシートに並べる度、マナが興味深そうにそれを眺めた。
「ふむ。これは……君が普段売っている物か?」
「いや、今日持ってきたのは売り物じゃねえ。ちょっと実験しようと思ってな」
「ふーん……しかし、どれもこれも変な包装ばかりだな。何が書いてあるのかさっぱりわからん。あの混じりけのない水といい……一体どこで仕入れてきてるんだ?」
「そ、それは企業秘密だ」
「私にも教えてくれないのか?」
「わ、悪いな。こればっかりは話せない」
……気まずい沈黙が流れる。
俺はその雰囲気を誤魔化すように、二つの物を手に取った。
「ま、まずはコレだ。こっちはこの世界のロウソク。こっちは俺のロウソクだ」
「何か違うのか?」
「まあ、それはつけてみればわかる」
まずは、この世界のロウソクだ。
チャッ〇マンで火をつけてみる。
ジー……、とロウソクの火を眺める俺、魔法使い、マナ。
「なんてことない火だな」
「まあ、ここまでは予想通りだ。問題はこっちのほうだ」
俺は日本から持ち込んだロウソクに火を点け……
「おわっ!?」
「おおっ!!
「ッ!?」
火を点けた瞬間、大きく燃え上がった。
その後も日本のロウソクは、明らかに大きな炎を灯している。
「やっぱり……! 思った通りだぜ!」
「……どういうことだ? 明らかにお前のロウソクの方が火の勢いが強い」
「さあ? 仕組みはわかんねえなぁ。でも、なんとなくこっちの方が強いんじゃないかって思ってたんだよ。正解だったな」
「なんだ……? ロウソクを構成する成分に違いが……? それとも、何か特別な魔法が付与されているのか……?」
ロウソクの火を見ながらブツブツ言う魔法使い。
よしよし。お前ならそうくると思ったぜ。しっかり分析してくれよ。
「それだけじゃねえ。こっちは俺の普段売ってる包丁。こっちはこの世界で買ったナイフだ」
常々思っていた。なぜ日本の包丁はよく売れるのだろうと。商売人としては売れればいいので、特に理由を追ってみたりはしなかったが……この前この世界で料理をしてみて、なんとなくわかった。
まな板の上に置いたのは、この前分けてもらったフロストドラゴンの、肉についていた骨だ。
この世界のナイフで骨を切ろうとしてみると、見事に欠ける。とても断ち切ることなどできない。だが、日本の包丁だと……
「切れる!」
スッ、と刃が入った。恐ろしい威力だ。
こんな、ドン〇ホーテで売ってるただの千円の包丁が……この世界ではそこらの刀剣を上回る威力を発揮する。売れるわけだ。
「こら、マナ。食べないの」
「あう」
この前のから揚げを思い出したのだろうか。骨をかじろうとした。
ダメですよ。そんな、ばっちいの。また病気になるからね。
「なあ、どう思う? どうして俺の売ってるものは、こんなに威力があるのか」
魔法使いちゃんに尋ねる。
彼女は難しい顔をして唸った。
「うーん……見たところ、魔素などは感じられない……材質については、私はよくわからないし……あえて言うなら、特別な加護が付与されている可能性が……」
俺はポン、と手を打った。
「加護! そうだ、あの忍者のおっさんもそんなこと言ってたな! 何なんだ? 加護って」
「加護とは、神や精霊の寵愛を受けた物に宿る、奇跡の事だ。加護を受けた物は、様々な超常的な効果を発揮すると言われている」
「おお、ファンタジーっぽいな。日本の……おっと。俺の物には、その加護が宿ってるのか?」
「……残念ながら、私にその有無は分からない。中には加護の有無を見分けられる人もいるらしい。あのニンジャ? のおっさんも、その手の能力があるのかもな」
「へえ~、そっかあ。加護かあ。なんとなく理由っぽいのが分かって、ちょっとスッキリしたかも」
「まだ加護とは決まってないぞ。あくまで私の推測だ」
「いやいや、お前の言うことなら大概合ってるっしょ。お前には何度も助けられたもんなぁ」
「む……」
ん? どったの。なんで顔を隠すの。ちょっと、まだ話は途中ですよ。こっち向け……あ?
袖を引かれる感覚があった。
「ん? どうした? マナ」
「……」
マナはちょっと困った顔をした。
彼女は訊いても答えてくれることはない。まだ俺に慣れてなくて、話しにくいのかもしれない。でも、この場合は……
「そっかそっか。お前をほったらかして悪かったな。暇だよな。よし、こんなこともあろうかと、実験も兼ねて面白いものを持ってきたんだ」
リュックを漁る。
これこれ。今日の実験の仮説を立ててから、自分でも楽しみにしていたのだ。
「ジャーン! 日本の花火セット! どんな火が出るか、楽しみだぜ!」
「ん? なんだそれは? 玩具か?」
「まあ、そんなもんかな。ちなみに、この世界に花火ってある?」
「ハナビ……なんだかよくわからん」
「あっそ。じゃあきっと楽しいぜ。ほら、これ持って」
魔法使いちゃんに手持ちの花火を持たせてあげる。
もちろん、マナにも。
「そうそう、そんな感じ。最初に注意しておくけど、先端を絶対に人に向けるなよ。あと、何が起きても絶対に離すな。危ないからな」
「な、なんだ……? ちょっと、怖いな……」
「大丈夫、大丈夫。そんじゃ、いくぞ!」
チャッカマンの火を花火につける。
「お、おお!? わあああああああああ!!」
「わ、わああああああああああ」
「おおおお!?」
点火した瞬間、花火の先端から、勢いよく色とりどりの光が飛び出した。
しかも、ものすごい勢いで。すげえ。50メートルくらい飛んでないか?
「す、すごい、すごい! マサルぅぅ!!」
「わああああああああああああ」
ふふふ、驚いてる驚いてる。マナも珍しく声を上げてるな。
よし、俺もやるか。俺は、ちょっとバチバチする奴を……
「お!? おわああああああ!!」
「な、なんだそれは!? マサル!! 私もそれがいい!!」
「わあああああああああああああ」
「わははははは!! あっちい! けど楽しい!!」
日本で遊ぶのとは、火の勢いも持続力も段違いだ。けど、バチバチする奴はちょっと危ないな! こっちにまで飛んできそうだ!
笑う。普段は仏頂面の魔法使いも、無表情のマナも。
俺もつられて笑う。楽しい。こいつに会えてよかった。マナに会えてよかった。この世界で商売を始めてよかった――
「よっしゃ! これが今日のオオトリだ! みんな、十分離れろよ!?」
「大丈夫だぞ、マサルー」
岩の影から魔法使いちゃんとマナが顔を出す。
俺が最後に用意したのは、特大の打ち上げ花火だ。これならきっと、街からも見えるに違いない。へへ、どんな火が上がるか、楽しみだぜ。
地面にセットし、チャッカマンを近づける。
点火。よし、後は俺も二人の場所まで離れて、見物――
あ、あれ? 早くない? なんか、導火線が燃え尽きるの、早くない?
え? え? やばくない? やば――
轟音と共に、俺は宙を舞った。
「マサル――ッッ!!」
「どわあああああ――ッッ!!」
吹き飛ばされた。
魔法使いちゃんに抱き起こされる。
花火があった場所を見る。
地面がえぐれている。ちょっとしたクレーターのようになっている。
「……え? 爆弾?」
威力がありすぎるのも考え物だと思った。