08
音が響く。
鋼の音だ。炎の音だ。命を燃やす音だ。
八角柱の巨大な炉の内部で、真紅の炎が燃え上がる。傍らに立つアカギは、熱線に身を焼かれながらも、止むことなく戦鎚の如き威容の鍛冶鎚を右腕で振るい、鋏で掴み込むことにより長大な金床に固定した、赤熱する金属塊へと命を送り込む。
融点の高い扱いづらい素材を加工・精錬する為、鍛冶工房内の温度は凄まじく、汗が数秒足らずで蒸発し、常人ならば熱に呑まれて、ものの数分で死に至る灼熱の箱庭と化していた。それは、強靭な肉体を持つ『使徒』であっても、あるいは楽に意識を失えない分だけ、より責め苦を味わう生き地獄であった。
鍛冶とは、単純に力任せに鎚を叩きつければいいだけの力作業ではない。
一打する毎に、素材は熱と衝撃で形を変容させる。一打する前の素材とは別のものになる。次に打つべき一打は、前と同じものであってはならない。角度を変え、速度を変え、強度を変え、声なき声と、鎚を振り下ろすことで言葉を交わす。己の意思を一方的に押し付けるだけでは、器はいとも簡単に崩壊する。必要なのは、素材の望む形へと、力と技を以ってそれを後押ししてやる事。
時折、そこには閃光や爆炎が生まれる。それは、別の形に生まれ変わろうとしている素材の絶叫。痛み無くして、変化はない。その苦痛の喘ぎを、その身で受け止めるのも、また鍛冶に携わる者の責務。泣き言一許容できないようなら、鎚を握る資格は無い。至近距離から浴びせられる紅蓮の大火が、薄絹さえ纏わぬアカギの肉体を蹂躙する。《スキル》やアイテムによる回復は行えない。鍛冶の工程は、僅かな隙間さえ許さぬ程に遊びが無い。一瞬でも余事に気を散らせば、それまでの工程は全て無に帰す。
正しく、全身全霊。例え消し炭になろうとも、鎚は止めない。音は、響き続ける。
痛みと血と熱こそが、物言わぬ素材に命を吹き込む。その工程を経たものだけが、唯一無二の『本物』の器になる。
アカギは、己の命を燃やし続けた。
《造るべきは、船ではない。剣である》
突然届いたそのメールは、そう綴られていた。
未登録のアドレス、差出人も不明。第一、防衛衛星もないような秘境も秘境で、中継サーバーも経由せずにどうやって情報端末にメールが受信されたのか、エマには理屈が分からない。
戸惑う少女を置き去りに、ひとりでに文字入力ソフトが立ち上がり、文章の作成が始まっていく。
「ちょ、ちょっと、何の操作もしてないのに・・・・・・」
《宇宙を飛ぶ船の改修が叶わぬと言うのなら、宇宙を飛ぶ剣そのものを鍛造すればよかろう》
「はあ?何を、訳の分からない事を……」
反射的に答えた声にも、律儀に文字は応答する。
《小娘、汝ここ数日で、自身の常識から外れた事象など、山の様にあると知ったはずであろう。学習せい、学習を。猿でもできることじゃぞ》
「み、見ず知らずの貴方にそんな事を言われる筋合いは、ありません!大体、私の端末を勝手に乗っ取って遠隔操作している貴方は誰なんですか!?」
《なんだ、まだ、気づいておらんのか。汝、我の名と存在は担い手様より、伝え聞いているはずであろう》
ひどく呆れた体で、――声色が分からないので、あくまでエマの想像でしかないが――正体不明の侵入者は、態々ARビジョンで文章を空中に投影すると自らの名を名乗った。
《我の名は、『カネツグ』。鋼の精霊にして、担い手様の愛剣『カネツグ』である》
機械関係に関しては門外漢で口を挟まなかったアカギだが、その名には思わず反応を示した。
「お前……あの、『カネツグ』なのか?」
《左様です、担い手様。我が身が中精霊に甘んじているばかりに、担い手様と言葉を交わすことすらできず、長きに渡り負担をかけ続けた不忠、この場を借りてお詫びいたします》
「気にするな。お前がいなければ、俺などとっくの昔に屍を晒している。寧ろ、常々お前には礼を言いたいと思っていた」
《担い手様……なんたる恩情深き心。この『カネツグ』、歓喜の念に堪えません。しからば、数百年の空白を埋めるべく、より濃密な時間を我と共に……》
「待ちやがれ、で・す・よ!」
何故か、自分でも判別不明な感情を高ぶらせながら、エマはARビジョンを解除し、手首の端末を無意味と知りながら睨みつけた。
《主従の語らいを遮るとは、なんと無粋な小娘》
投影機能を停止させているので、文章は画面のみに表示される。エマが端末に肉薄している以上、アカギには『カネツグ』の出力する文字が見えなくなる。
「私が無粋娘なら、貴方は無礼女ですよ、『カネツグ』。今は、一秒でも時間が惜しいんです。詳しい事情は全部後で聞きます。貴方の所有者の益を考えるなら、要点だけを話してください」
《ふむ、我を『無礼女』と来たか。よかろう、汝は気に食わんが、その言は嫌いではない。担い手様の為にも、ここは至極丁寧に講釈を垂れてやろう》
現状は、簡潔にまとめると以下の通りだ。
一、アカギとエマは惑星を脱出する必要がある。
一、脱出には《惑星流》に乗れる宇宙船が必要。
一、回収した無人船は、エマでは事実上修理が不可能。
《汝、担い手様の事を失念しておるのではないか?》
「アカギさんの事を、ですか……アカギさんは、宇宙船を建造できるような技術や知識をお持ちだと?」
《そうではない。担い手様とて万能ではない。前にも仰っていたであろう『出来ない事は出来ない』と。重要なのは、出来る事に関してだ。汝、我の名を知っておるのだから、我が如何にして成り立ちを得たか、知っておろう》
エマは、情報共有を行った際の、記憶の蓋を開ける。アカギの話は、殆どが荒唐無稽で出鱈目な御伽噺の様な内容で、半分も理解できなかったが、辛うじて自らが振るう大型ブレードの名前が『カネツグ』で、アカギが自ら鎚を握り何度も何度も鍛えなおす事で精霊が生まれた云々の話は覚えていた。
《我という、精霊を宿す至高の名剣を鍛えた担い手様もまた、至高の鍛冶師と言ってもいい。こと武器の鍛造に限って言えば、鍛冶師アカギに不可能はない》
試しに聞いてみろ、と挑発的な文字列が出力され、半信半疑でエマはアカギに問うた。
「あの、ですね……ちょっと、お聞きしたいことがあるのですが」
「何だ」
「アカギさんって、宇宙を飛ぶ剣なんて有り得ないシロモノ、作れたりしませんよね?」
「できるぞ。素材とレシピがあれば」
思わず、絶句するエマ。してやったりと、ほくそ笑む『カネツグ』の表情が、容易に少女には想像できた。
《レシピは、我が用意しよう》
端末に表示されたのは、エマが図面作成ソフトで引いていた設計図をより精密かつ優美に改造された、一振りの巨大な剣であった。丁寧にも、細かい作業工程や素材、作成予測時間、完成時のスペックなども事細かに記載されている。
「なんで、精霊である貴方がこんなものを描けるんですか……」
《我を侮るなよ、小娘。剣より生じた我は、誰よりも器物、殊更剣の構造に通じる。後は、汝の情報端末とやらの内を覗き知識を得れば、この程度ものは朝飯前である》
「って、やっぱり私の端末をハッキングしてたんですね!?」
《核のない道具など、確固たる自己を持つ我にとっては、砂上の楼閣にも等しい。0と1の塩梅で物事を決定するなど、情緒に欠けているとは思わないか、小娘》
「あーもー、れっきとした犯罪行為なのに、悪びれませんね、貴方!」
《時間が無いのであろう?この際、大事の前の小事と捉えよ》
怒りを分かりやすく伝えるエマの言葉も、どこ吹く風とばかりに受け流す精霊。
《剣鍛造の素材には、回収してきた残骸を使用するのが良かろう。アレは、霊力の大量照射を受けて、核が発生しかかってる。後で我が、追加で霊力を送り込めば、素材として過不足のない質となろう》
霊力だのなんだの言われても、エマには詳細は分からないが、状況的な符合により、推測することはできる。無人船の残骸と、エマの端末との違い。辿ってきた経歴。
「もしかして、アカギさんがたまに口にする霊力というのは、私達で言うところの《惑星流》なんですか?」
《然り、と返そう、賢しい小娘。我も、汝の端末から得たそちらの情報、元々の知識を総合すると、同じ結論に至った。《惑星流》、エーテル、即ち霊力の奔流。精霊とは、人格を持った超濃縮エーテルと言い換えることができる》
エーテルが、高度な知性と確固たる人格を持つ。それは、人類史始まって以来の歴史的発見になる。仮に、エマが詳細を論文に書いて発表し学会に認められれば、産業、政治、宗教などの多方面が上から下への大騒ぎになり、パラダイム・シフトが起こることは想像に難くないだろう。
だが、それも目先の問題を解決してからの話だ。エマは、絵に描いた餅に興味は無い。
「エーテルそのものである貴方が干渉すれば、《惑星流》での安定的かつハイペースな高速巡航を行うことが可能。そう言いたいんですね?」
《左様。宇宙を駆ける剣が完成した暁には、我が先導を務めよう。《波》乗りならば、慣れたものだ》
「……分かりました。アカギさんは、貴方に信を置いている。私も、貴方の事を信用し、そのプランを採用しましょう」
アカギは、灼熱の中で鎚を振るう。
鍛冶で作成した部品は、既に千を超えていた。これでも、『カネツグ』が描いた設計図を埋めるのには、まだ足りていない。
鍛冶は、『勇者』曰く、『八種のアクションを使い分ける音ゲー』だそうだ。
剣を打とうが、鎧を打とうが、一つのアイテムを作る鍛冶の作業は60秒で終わる。逆に言えば、完成するかどうかの成否はそのたった60秒で決まってしまう。素材の声を聴き違え、一手でもミスがあれば、途端に素材は未完の器から、くず鉄に成り果てる。
しかも、今回は宇宙船の残骸というアカギにとって未知の素材のオンパレード。長年の経験と勘、後はモノの声に耳を傾ける事により、その扱いについては問題なく理解できるが、その作業工程は、殺人的なまでに複雑怪奇と化していた。
それを、『勇者』風に例えるとするならば、『百種以上のアクションを使い分ける死に覚え鬼畜音ゲー』と言ったところか。最適な一手を選択する為の思考時間はほぼ刹那、その一瞬一瞬の間に、多くの選択肢の中からただ一つの正解を探し当て、一片の迷いなく鎚を振り下ろす必要がある。
厄介なのは、作業の真っ最中に曲自体が別物に変化する点だ。緩やかで重い打撃を要求された直後に、鋭い高速の連打を欲しがり、気紛れに調子を変える。今までは指針の一つであった60秒と言う時間も、最早絶対ではなく、短ければ30未満、長ければ1200秒以上も、息継ぎの呼吸さえままならぬ連続打撃に身を投じなければならない。
しかも、この全速力で駆け抜けながら、複数の針の穴に糸を通す大胆かつ緻密な作業の最中には、不規則なタイミングで眼球を焼く閃光や、肉体を炭化させる爆炎が鍛冶師を嬲る。
「―――これは、年甲斐もなく滾るな」
苦行苦役、いっそ拷問とも称して差し支えない難行の最中、アカギは、より熱く、より激しく己を昂らせていた。
それは、生への実感。
『使徒』は、人間とは寿命の長さも身体の強度も段違いであり、非常に死にづらい。
しかし、その内に宿す感性は、殆ど人間と相違がない。
永く生きていれば、感情は枯れ、心は萎え衰える。心を活性化させるのは外的要因だ。肉体的な痛痒や負荷、新しい物事の発見や身も心も震える程の感動、恐怖、憤怒、喜悦。生が永く続き、肉体が強靭になり、知識を深め見聞が広がる程に、その衝動は小さく細くなる。
創造された当初、『勇者』との旅路が、アカギにとっての最盛期であり全盛期。それ以降は、緩やかな下降であり、数百年経過した今では『戦士』の形をした石像のようなものだった。
それが、未体験の領域に突入したことにより、凝り固まった心に『未知』という名の衝撃が奔り、一時的にではあるが、地中の煮え滾ったマグマが噴火するように、一斉に活性化しだした。
止まらない。鎚を振るう腕が止まらない。素材の構造を見極める眼が止まらない。早鐘の様に鳴り響く心臓が止まらない。引っ切り無しに素材が発する要求さえ遅く感じて、まどろっこしい。
アカギは、炉から赤熱する金属塊を五つまとめて鋏で取り出すと、それらを金床で同時に鍛えだした。複数個を同時に取り扱っても、そこに粗雑さは皆無であり、等間隔に並んだ素材達から響く音とはどこまでも澄み渡り、清らかさえ醸し出す。素材が奏でる、五重奏。
単純に作業量が五倍になっただけでなく、隣り合う素材同士が干渉し合い、要求は更に複雑化し難解となるが、それすらも計算の内。互いに影響させ合うことで、より高みへとその内包する核の純度を向上させていく。
炭化した皮膚が崩れ落ち、肉と骨が蓄積した熱と衝撃で悲鳴を上げ、五感から拾い上げられた情報が神経焼き切らんばかりに飽和し、処理速度の限界を超えた脳がもう無理だと訴えるのを止めない。
停滞も、怠惰も、安寧も、静寂もない。
生死の淵。
生きている。
今ここで、生きている。
痛みがあり、熱があり、鼓動がある。
アカギは、歓喜の雄叫びを轟かせた。
「アカギ、さん……」
エマは、夜の闇さえ焼き尽くさんとする赤炎を見た。深く昏い帳の中、八面六臂の神業を繰りだすアカギと工房の周囲には煌々と火柱が幾本も立ち昇り、炎天下の真昼の如く熱気をばら撒いていた。
飛び火することも考慮して、アカギの工房は初日に野営した湖畔の傍に展開されている。エマのテントも距離を十分に離した位置に設置していたが、それでも頬を熱風が撫でる。
ここまで感情を剥き出しにするアカギを、エマは初めて見た。より正確に言えば、ここまで感情を吐き出し、荒れ狂う嵐の様に仕事をする人間を、初めて見た。生じた感情は、畏怖であり恐怖でもあったが、それ以上に尊いと感じた。
語るのではなく、行うことで示される努力の痕跡。頭を撫でられた際に感じた手の厚みは、火傷やマメが重なってできた少年の歴史だ。逆巻く炎を物ともせず、ひたすら真摯にひたむきに、素材と向き合う姿は、胸を打った。
あるいは、エマの端末をまた勝手に操作し、ドローンさえ起動させ三方向から超高画質モードでアカギの作業風景を撮影しながら悦に入っている電脳ウイルスもどきがいなければ、涙さえ流していたかもしれない。
エマは、鞘に納め立て掛けられていた大剣に、無言のドロップキックをかました。
《わ、我の本体が!?汝、なんと無体な事を!》
「じゃかしい、ですよ!この実体無し不定形生物!動画編集してる暇があったら、ちゃんと作業を手伝ってください!」
エマは、新しく鍛造されようとしている『宇宙を駆ける剣』の、操縦席周辺の作成を行っていた。新しい剣は、基礎フレームなどのハード面をアカギが担当し、操作・出力制御などを担うソフト面エマが担当している。とは言え、新機軸の宇宙船を制御可能なOSを一から組み上げるような時間も技術も無いため、無駄に高性能で学習能力の高い『カネツグ』をベースとして、システムを組み上げている。
エマにとっては業腹なことに、この精霊の協力なしでは、新しい船は脳の無い頭空っぽの木偶の坊になってしまう。
《一つ教えておいてやろう、小娘。我は、担い手様専用の武器故、かの方以外の命令は一切きかん。そして、担い手様が汝に協力しろと仰られた以上、その命は我の存在意義にかけて必ず果たす》
精霊には実体が無いため、損傷の激しい廃材から作業用工作アームをエマが自作し、何セットかを『カネツグ』に預けていた。精霊がARに表示させた矢印の先には、その全てのアームが現在進行形で目まぐるしく動き、複数の電子回路基板を高速で修復する光景が広がっていた。
《既に、割り振られた仕事は終えている。今は、汝が書いた難解なスパゲッティコードのリファクタリング中だ。後々の保守・点検も考慮してこその一流の仕事と心得よ》
端末上に表示されたソースコードは、ザっと流し見しただけでも、直感的に分かりやすく、尚且つ無駄を省かれ効率化されており、『カネツグ』の有能さを物語っていた。
「確かに……これはいい仕事してます。なんだか、悔しいですけど」
《うむ、良い物を素直に認める謙虚さ、悔しさを感じつつ拗ねずに上を目指す姿勢、我は嫌いではないぞ》
「私、少し貴方の事を誤解していたようです。すいませんでした」
《良い。間違いは誰にでもある。汝はまだまだ若いのだ、失敗など次への糧としてしまえばよい。どれ、我も仕事に戻ろうか》
よく見もせずに、一方的な勘違いで悪い事をしてしまったと、エマは後悔と共に自らが蹴りつけた大剣を拾上げた。軽く土を払い、作業がひと段落したら、アカギに研ぎ方でも教わろうかと思索する。
《そうだ、下から!下から舐めまわす様なローアングルで動くのだ、ドローン!いいぞ、その脇腹から大胸筋のラインを余さず記録に焼き付けるのだ!》
エマは、無言で大剣を湖に向かって全力投棄した。




