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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
今年も、宜しくお願い致します。
三次元マップ上に存在する敵影、その数は十二。
直近の《イースター・エッグ》の観測データでは、接近して来る《ウェット・ファイターズ》は確かに三名のみであった。残りのメンバーが一斉に集結したとしてもあきらかに数がおかしい。
《ニンジャ!ニンジャ!》
《ドロンッ!ドローン!?》
《ドロロロロ、ドッドーン!》
十二の敵影は、接近しつつも組んでいた陣形を崩し散開を開始する。
各個体が《イースター・エッグ》をそれぞれ目指し、別方向から距離を詰めてくる。
《後付けの観測システムが気に食わなくて遺産兵器が機嫌を損ねたのか、それともこれは奴等の隠し玉か何か……》
《メタル・トループ》の副官を務める男、ブラスの脳髄の中で、幾つかの予想が駆け巡る。
システムの異常だけならばまだ対処のしようもあるが、データに無い未知の越境能力によるものならば、非常に厄介だ。
団の所属する企業の親会社のCEO、ザイ・コンウェイからの情報によれば、W.F.内で能力が判明しているのはアマギ・ハクアの透視能力、猿の獣化能力、そしてその活動記録からエマ・フラメルは電子機器類に干渉可能な物質変成系越境能力者ではないかと予想されている。
能力が判明していない残り二名だが、アカギはこの場におらず、ケビンは過去の闘技場での戦歴から越境者ではないと判断できる。
《いや、今の今まで今日の決戦に備え能力を隠してきた可能性も……》
《ドンッ!》
《スィンク!》
《フィール!》
《お前はいつも考えすぎだ、ブラス。そこの三馬鹿を見習ってまずは、攻めろ》
疑心暗鬼に陥りかけていた副官を、傭兵団の長である団長のアラリコが窘めた。
《ただでさえ、この濃霧のせいで光学的視界はほぼゼロ。この遺産兵器は攻防の性能と引き換えに、機動性と感知機能が犠牲になっている。まずは、こちらから攻めて相手の手の内を探れ、少ない情報で悩んでも考えるだけ無駄だ》
《了解だ、団長……出力を絞って威力を最低限に、広範囲に拡散して収束歪曲砲を斉射する》
《気になったら、とりあえず一発ヤッてみる!それが、ジャスティス!》
銀の球体、《イースター・エッグ》の鏡面装甲が波打つ。
凹凸のなかった表面が隆起を繰り返し浮かび上がり固定されたのは、360度の全方位に展開された十数の砲身。
表面を覆い尽くす流体金属の変化でもって状況に対応する《イースター・エッグ》の砲身には狙えぬ角度はない。
一射目が何もかもを呑み込む巨大な『渦』とするなら、二射目の多段的に放たれるそれは威力と範囲を狭める代わりに速射性を高めた『矢』だ。
一秒と開けず、高精度で収束された斥力の塊が射出され、十二の標的を次々に穿っていく。
人の容を成していた五体の内、不可視の『矢』に穿たれた右手はあらぬ方向に曲がり、腹に大穴が空き、首が飛んだ。
だが、十二人にまで増殖した『エマ達』は悲鳴一つ零すことなく進み続ける。
《ちっ、そういうことか……団長、ありゃ全部囮だ!》
『矢』が命中した際の反応や質量変化の観測情報を得て、システムが再度三次元マップ上の敵の映像を瞬時に更新する。
そこには、鉄屑を人型に組合せ、ボード状の浮遊ユニットで地表を滑走する本物のエマ達に似せた案山子が映り込んでいた。
《誘導弾と破壊された撮影用ドローンの残骸を組み合わせて作った即席デコイ、現地調達の残骸を再利用してやがる》
《ヒュー、コスパいいね!》
《トレンドは、エコロジー!》
《自然に優しく!》
《奴等、事前にこの状況を予測して鉄屑を集めてやがった!》
副官のブラスは知らない。
即席デコイを作製出来たのは、爪に火を灯すような極貧の出自故、『あ、これ高値で売れそう』と染みついたエマの貧乏性が黒糸を通じて《コロコロくん》の機構腕に伝播し、ほぼ無意識の内に残骸が背嚢に詰め込まれていたからに過ぎないことを。
ただ、その偶然を戦術に組み込んだのはエマ・フラメルの強かさ。
自身の制作技術とハクアの磁力で動く案山子を短時間で作り上げ、ケビンの業により発生させた濃霧で光学的視界を奪うことで、標的を誤認させ欺瞞を成功させた。
使えるモノは何であろうと躊躇なく利用し、自身の目的を果たす為の道具にする、『魔王』の手管である。
「風向き、距離、仰角、全て問題なし……ハクアちゃん、発射のタイミングは任せましたよ」
「心得たよ、エマさん」
『矢』によって起こされた空気の流れ、風が霧を晴らしていく。
徐々に姿を現す、異様な構造物。
勅令・強制献心にて共有化された《気》の性質付与技術。屑鉄を使って二人分の磁力操作にて組み上げられたのは、そそり立つ巨大な砲身。
直径1m以上の大口径は、空に浮かぶ銀卵を狙い定めていた。そして、その先端にてハクアは立ち、手で指鉄砲の形を作ると片目を瞑って笑って見せた。
「それじゃあ、頑張って耐えてね?――――Bang!」
『矢』を放った直後のほんの僅かな間隙に、砲身内で電磁加速された鉄の塊が空へと放たれた。
瞬間的に音速を突破。重力に逆らい、空気を裂いて軌跡を描く。
《『矢』の撃ち過ぎで残弾数を切らしたとでも思ったか!》
戦場の熱に充てられ残弾を撃ち尽くす新兵のような真似を、ベテラン揃いの《メタル・トループ》の精兵がするはずもない。
しっかりと確保されていた迎撃用の『矢』が即座に飛ぶ。
だが、斥力の鏃に穿たれるよりも早く、鉄塊は上下に割れた。
二段加速、多段式ロケットの様に下部に満載されていた誘導弾・鳥兜から頂戴した高性能火薬が爆ぜ、爆圧で上部を更に天高く打ち上げる。
『矢』の雨を掻い潜り鉄塊が飛び出たのは、銀卵の直上。
《無駄だ。全ての爆薬をかき集めてきたとしても、《イースター・エッグ》のオリジナル偏向シールドは100メガトン級の爆撃にも容易に耐えうる》
遺産兵器内のセンサー類が、飛翔体内部で発生した熱源を捉える。直後の凄まじい爆発を予想し、ブラスはシールドの出力を急上昇させるが、計器が観測した数値が明らかにおかしかった。
《熱量があまりに低すぎる……なんだこれは、あの鉄塊の内部に積まれていたのは爆薬ではなく……人か!?》
「だぁ、くそっ!こんな役ばっかだな俺は!」
鉄塊、その外装を内側からつき破り空中に飛び出したのは、若き武芸者ケビン・リー。
流派:コンゴウ奥伝《狐狗狸》。
《気》と不随筋さえも制御して行う、身体操作術。意図的に体温を低下させる事で人体を仮死状態へと移行させ、脈拍、呼吸さえも止めることで敵の目を欺き、ケビンは鉄塊の中に潜んでいた。
「こっからはもう、手加減なしだ!」
ケビンの両手に握られているのは、筒状の小瓶。
携行ホルダーから取り出されたそれらが握り潰された瞬間、風に運ばれ空に舞ったのは大量の花弁。
ヤコウミスミの花。
ケビンの故郷、極寒の惑星ヤコウに原生する在来種。師の元で、内力通の修得のために目に焼き付く程に観察し倒し、手に色素が染みつくまで繰り返し《気》を通し続けてきた雪割の花。
それは即ち、ケビンの《気》を内包させ蓄積させる条件を満たしている事を意味する。
流派:コンゴウ中伝《氷橋》。
空に舞い散る無数の花弁を基点とし、空気中の水分を凝固させ広がる凍結現象。その凍てつく波濤は《イースター・エッグ》の上半分以上を易々と呑み込み、氷の空中回廊を一瞬で築き上げた。
幾つもの氷の橋が上下左右の縦横無尽に連結され、銀卵に繋がれていく。凝固化された水の重量が秒ごとに数トン単位で急速に増していき尚も止まらない。
空に威容を示していた《イースター・エッグ》だったが、徐々にその重量に耐え切れず降下を始めていた。
《純粋な質量でこの機体を丸ごと押し潰す気か……悪くない作戦だったが、やはり無駄だ》
攻撃用の『矢』に回されていたエネルギーの配分が変更され、偏向シールドの出力が更に急上昇する。
鏡面装甲から発せられる膨大な斥力。架けられた橋には亀裂が走り、破片が散る。数秒後には崩壊し砕ける事、明白。
だが、その数秒の僅かな時間は、ケビンを《イースター・エッグ》の頭上へと辿り着かせるには十分過ぎた。
呼吸と共に吐き出された息は白く、練り上げられる《気》は、四肢に満ちていた。
「トロくせえんだよ、このヌケ作がっ!」
流派:コンゴウ奥伝《氷目矢》。
斥力により砕け散るより早く氷の橋を踏み抜く震脚。下半身から伝導される力と上半身の捩じりを以て、ケビンは指先に握り込んだ花弁と共に掌底を鏡面装甲に叩き込んだ。
ゼロ距離で穿たれる、氷の楔。
強固に硬く凍てついたその先端は、自在に変化する事で物理攻撃を吸収する鏡面装甲さえも凍結で固定し、内部機構まで衝撃を一点に集約させ貫通した。
「ナイスですよ、ケビン君。―――後は、私に任せてください」
少年の視界を黒糸を通して共有していたエマは、手を広げ意識を集中した。
言うまでも無く、エマ達と《イースター・エッグ》の様な大型機動兵器とのサイズ差は虫と巨象以上に大きい。
ケビンの攻撃が通っても、それは極々小さな一点の穴が穿たれたに過ぎない。
虫の一刺しで巨象を殺そうとするならば、その針の先端には『毒』を塗り込む必要がある。ほんの数滴で取り返しのつかなくなる致命的なまでの『毒』を。
「掌握、開始」
《黒の王》による、電子機器の乗っ取り。
《イースター・エッグ》への攻撃は、それが本命。
廃材を利用したデコイも鉄塊も、氷の楔の一撃も、全てはケビンに繋げていた黒糸の一部を遺産兵器の内部にまで伸ばす為。
黒糸はそれ単体でも飛ばすことが出来るが、非常に速度が遅い上に操作性も悪い。
その欠点を、エマは三人の連携によって埋めた。
「第一層、シールド出力機及び姿勢制御用出力機――掌握。第二層から第三層、エネルギー供給ラインへの介入を開始」
エマの脳裏に流れ込んでくるのは、《イースター・エッグ》の内部構造。細かな電装系の配線図から、内部のクローズドネットワークの通信網まで、ありとあらゆる情報が内部に侵入し侵略を続ける黒糸によってもたらされる。
深度を増すごとに情報量と処理すべきタスクは増え、エマは、赤熱してく脳髄の負荷に歯を食いしばった。
彼我の差は、あまりにも大きい。大型機動兵器、それも《黄金期の遺産》である兵器をまるごと支配しようとした経験などあるはずもなく、その甚大な負荷も未体験の領域であった。
崩れ落ちそうになったその身体を、脇に手を入れハクアが支える。
額の汗が肌触りの良い布で拭われ、エマは少しだけ呼吸が楽になった。
「……すいま、せん……迷惑を掛けます」
「はいはい、それは言わないお約束。それよりもエマさん、独り占めはよくないな~」
自身の額をトントンと指で叩き、ハクアが悪戯っ子の様に笑う。
「情報処理や内容の精査ならボクの頭も使いなよ。武芸者は、脳のシナプス構造の情報伝達機能を《気》で強化できるから、脳内加速が可能で普通の人よりもその手の作業も得意なんだ」
「……ですが……それでは」
脳髄に焼きごてでかき回されるような激痛を、ハクアも味わうことになる。
躊躇するエマに、氷瞳は真剣な眼差しをしていた。
「エマさん、今のボク達は一蓮托生の同胞だ。ケビン君が身を挺し、エマさんが身を削っているなら、ボクも身命を惜しむ気はない」
決して譲らぬ断固の意思を見せるハクアに、エマは首肯する。
「……分かりました。では、お願いします」
「応ともさ!」
黒糸を通して流れ込んできた怒涛の情報量に、一瞬ハクアは膝を折りそうになるが、足を再度踏ん張ることで体勢を立て直した。
「す、すごいな、エマさんは。頭の中に焼石でも突っ込まれたみたいに、熱くて重い。こんなのにいつも耐えてるんだ……」
「私も、流石にこのサイズの大型機動兵器を支配しようとしたのは初めてですが」
「なら、尚更に手助けがいるね。いっくよー!」
《黒の王》の対象を支配する力は、距離が近ければ近い程に増す。少しでも乗っ取りの手助けをするため、全身フル装備状態のエマを担ぎ上げるとハクアは《イースター・エッグ》へ猛然と駆け出して行った。
《くそっ、システムが次々に乗っ取られてやがる。防護壁も何もかも丸ごとと喰いつくす気か!?》
《イースター・エッグ》内部の最奥の制御プロセッサー部、機体制御の中枢であったそこは、今やその機能を失いかけていた。
《ガッベッ、ガッベッ、グガガガガガァギグガガガォゴ!》
《PPPPPP不正―――黒黒黒、マッマッマッオー!》
《オ■■チノコトハ、■■スンナ!マダ■ダ■■ウ―――――■■■■》
基幹システムを手順や定石を無視して貪っていく外部からの不正アクセス。燎原の火よりも早く、『黒』が火器管制や機体制御を司る部分に侵食し呑み込んでいく。
狂ったように鳴り響く警告音と止まる事のないエラー表示の羅列。
それは、瀬戸際であるという事を示していた。今はまだ、システムが侵入者を侵入者として探知出来ているが、いずれはその警告音すら止まり《イースター・エッグ》が完全に乗っ取られる。
進退窮まった状態で、《メタル・トループ》の団長アラリコは表面上はなんの感情も見せずに問うた。
《ブラス、システムは……いや、セリオ達の三馬鹿は後どれだけもつ?》
団員の脳を格納した五つのブレイン・コア。内三つから発せられる電子コードに明らかに乱れが生じていた。
翻訳装置。
団長と副団長以外の三名のメンバーが請け負っていた役割。
遺産兵器のシステムは、根本的な規格からして現代のものとは異なっている。現行規格のブレイン・コアと接続し機体を制御するには、誰かが大量に押し寄せるデータの波を受け止め翻訳し扱えるように調整する必要があった。
脳の許容値を超えかねないデータ量に押し潰され意識を混濁させながらも、セリオを始めとした三名は自ら危険なその役目を買って出て全うしていた。
《………元々、かなり無理な接続だったからな。それに加えて、敵からの強制介入での神経ダメージが深刻だ》
常にモニタリングしていた三名のパラメータ数値が、危険域に到達しようとしている現状にブラスは歯噛みする。
《もって三分が限界だ……くっそ、俺がW.F.の奴等に翻弄されたばかりにセリオ達の頑張りを無駄にしちまった!》
《戦場では、結果が全てだ。悔やむ前に、まずはセリオ達をシステムから切り離し、安全を確保しろ》
《……そうだな、すまねえ団長。取り乱しちまった》
《俺達は、依頼者からの料金分の仕事を果たした。これ以上、命を賭ける理由もない。撤退の準備も並行して行え。それに……》
直上を駆けずり回り《イースター・エッグ》の動きを少しでも凍結で阻害しようとするケビン、システムの掌握を続けるエマにそれを運んで近づいて来るハクア。
三次元マップ上に存在する三者の動きを睥睨し、アラリコは告げる。
《全て、作戦通りだ。契約は終了だ、この戦場に拘る理由はもう無い》




