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「また、死に損ないましたわね」

 最低限の調度品と壁面モニター。壁収納ベッドに横たえられ、包帯で固定された身体。

 意識を取り戻したヒペリカム・ラトクリフは自嘲気味な声を漏らした。

 無策無謀な戦いは一度として行ったことはない――恩人達に繋いでもらった命を無駄にしない為――が、『出来る限り一人でも多くの命を救う』という流儀(スタンス)の関係上、死線は何度も体験しており半世紀以上の戦歴で死神の顔を拝みかけた事は一度や二度では済まない。

 陶酔染みた自己犠牲など御免被るが、命を惜しむ事もしないのがヒペリカムの生き方。

 何度も死を覚悟して、ついに遠い場所へ旅立ち感謝と謝罪を言えると安堵する度に、悪運が強いのかなんらかの因果が関係しているのか、現世に引き戻されて生き恥を晒し続けている。

 越境能力により展開された閉鎖空間は、越境者の意識が断絶することで崩壊する。

 完全に防護服が破壊された瀕死状態の生身で宇宙空間に放逐されていないのは、誰かが無防備なヒペリカムの身体を宇宙船(ふね)に収容したからだろう。

 そして、その誰かは明白だった。

「まあ、そう()ねるなヒペリカム。何事も生きていればこそだ、死んだら後悔すら出来ないぞ?」

 カメラなどで監視していたのか、タイミングよく自動スライドのドアが開き部屋にアカギが入室してくる。ただし、怪我や衰弱の影響からか、その歩みは足を引きずるように重く、片手で補助杖をつき姿勢を支えていた。

 身体が真面(まとも)に動かないため、首だけを向けてヒペリカムは返答する。

「ただの愚痴ですわ、気にしないでくださいませ。老いたとは言え、(わたくし)も傭兵。誇り高い大鳥(おおとり)などではなく、死肉を貪ってでも生にしがみつく禿鷹(ハゲタカ)。敵の施しなど受けないと(のたま)う程、潔癖ではありませんわ」

「そうか、それは重畳。折角助かったんだ、自害でもされたら目覚めが悪いと思っていたところだ」

 少々ふらついたアカギの指先がヒペリカムの胸部、正確には心臓の真上を指した。

「あのままだと、全身を駆け巡るエネルギーの過負荷に耐え切れず、内側から弾け飛んでいた。悪いとは思ったが、起点の心臓を潰させてもらった」

 その話を聞いたヒペリカムの胸中には、驚愕があったが同時に納得もあった。

 精神感応素材である変化布と融合する事で行う『変身』は、肉体の超過駆動にして酷使。限界を超えて『変身』を行使しつづければ、その身が砕け散る。

 それを外部から無理矢理にでも止めようとするならば、全身へエネルギーを供給している心臓を止めるしか手段がないのは、当人であるヒペリカムが一番よく分かっていた。

「……一応お聞きしますが、心臓を潰されて私が生きているのは何故かしら?」

 義体化技術の産物である人工臓器を移植するには時間が短すぎる上、施術を行えるような設備もない。

 それでも、ヒペリカムの胸の内には今尚、確かに脈動する音があった。

「手持ちの薬液(ポーション)でそっくりそのまま同じ臓器を再生させてもらった。拒絶反応は起きないが、完全に馴染むには少々時間が掛かる。二、三日は安静にしていることをお勧めする」

 連盟の秘匿技術、ナノテクノロジーを用いた再生医療ならば欠損した臓器を蘇らせること自体は不可能ではない。

 ただし、細胞の培養から始めるので少なくとも一カ月以上の時間が掛かる。

「有り得ない、と否定するのは簡単でしょうけど―――ええ、貴方の仰っている事は事実なのでしょうね」

 大質量で押しつぶされていたアカギの左半身がもう原型を取り戻している事、大会三回戦で明らかに致命傷だったアマギ・ハクアが短期間で万全な状態にまで快癒し決勝に参戦している事が証左。

 ヒペリカム自身がそうであるように、戦いに身を置く者ならば秘匿している『奥の手』の一枚や二枚はあるものだ。(くだん)の薬液の出処や仕組みを聞いたところで、はぐらかされるのは目に見えているため、傭兵は話題を変える。

「私は、敗北したのですか?」

 アカギが、端末を操作しヒペカムの前にARを小窓を投影させる。

 そこには、大会運営委員会が選手達に共有している戦況情報が記載されており、選手一覧のヒペリカムの名前の上に大きく『Knocked Out!』の文字が被せられていた。

「ふう、やれ圏外最強、やれ一騎当千などと謳われても……寄る年波には勝てないということかしら」

 敵味方の戦力や思惑のみならず運否天賦など多くの要素が絡み合う戦いの場に身を置く以上、百戦百勝はありえない。

 時には思わぬ理由で敗北を喫する事もあるだろう。

 それでも、昔の時分ならば手札のほぼ全てを曝け出した状態ならばほぼ負けは無かったが、ここ十年で黒星が確実に増えていた。

「何を言う、貴方は見た目も中身も若い。まだまだこれからだろう」

 はっはと闊達に笑うアカギへヒペリカムは視線を尖らせた。

「……(わたくし)、能力の副作用で外見こそ十歳程度ですが、これでも八十歳近くなのですわよ?」

「百を超えてから花開く遅咲きの大輪もある。自分の限界など案外分からぬものだ」

「ふん、私に説教など半世紀早いですわよ」

「はは、すまんな」

 まるで自分が百歳越えの老人であるかのように語るものだと、ヒペリカムは半ば呆れたが、案外これも事実なのかもしれないと思い改める。

 強力な越境能力の中には、《漂流する七人塚(ドリフト・セブン)》のように越境者に何らかの代償を強いるものもある。

 あるいはアカギも、人間離れした頑強性や強靭性と引き換えに、死ぬに死ねない『何か』を背負い今までの人生を歩んできたのかもしれない。

 自省を試みたヒペリカムの横で、アカギは端末の時間を確認する。

「事前に運営委員会には座標を送っておいた。後五分もすれば脱落者を回収する宇宙船が来るだろう。貴方を受け渡したら、俺も戦線に復帰させてもらう」

「そう、それでは手早くいきましょう」

 なにをだ、と問うアカギの前で、ヒペリカムは上半身を起こした。

 脳天へ一瞬で走り抜ける激痛。

 喉がひっくり返りそうになる悲鳴も、鋭い痛みの後に遅れ来る肋骨あたりの神経を苛む鈍痛も吞み込んで、ヒペリカムは動く。

「お、おい、何をしている!?」

 珍しく動揺するアカギを手で制し、額から流れる脂汗さえ髪をかきあげる優雅な動作の中に掻き消し、両足をベットから垂らしてヒペリカムは真っ直ぐに相手へ向き直った。

 ただ、痛みで引きつったその顔は明らかに無理をしていた。

「ふ、ふふ、私を無作法者にしないでくださる?相対し何かを伝える際には、目を合わせ正面から対峙する、礼儀作法の基本ですわ」

 人間など、薄皮一枚の理性を剝ぎ取れば獣と同類。普段は虫も殺さぬ者が、戦場の狂気に呑まれ獣性を剥き出しにして殺戮に奔る光景を、ヒペリカムはよく見知っている。

 だからこそ、(きゅう)した時にこそ優雅さと礼儀を、人がかくあれかしと定義した規範にてヒペリカムは己を律する。

「ミスター・アカギ、敵対関係にある(わたくし)に手厚い心遣い、深く感謝致します。そして、どこかでモニタリングしているであろう、ミス・カネツグ。知らぬ事とは言え、貴方の矜持をいたずらに傷つけてしまった事を謝罪致します」

 堂に入った深謝。

 完全に傷が治った訳でも痛みが消えた訳でもない。只のやせ我慢にて、ヒペリカムは頭を下げ敵であるアカギへ虚栄、虚飾を排した堂々たる姿を披露する。

 が、それも長くは続かずバランスを崩して簡易ベッドから転げ落ちた。

 床に身体をぶつける寸での所でアカギが脇下から手を入れ支えたが、一歩間違えば治りかけている傷が一斉に開き激痛が全身を襲っただろう。

「安静にと言っただろう、その身体で無茶をする」

「私、感謝と謝罪は思い立った瞬間に告げるようにしていますの。戦場で生きる傭兵にとって、多くの縁は一期一会。―――地獄へ手紙を送る方法がない以上、言いたいことは先に言っておかなければ生涯残る悔いとなります」

「――――そうか……それは、確かにな」

 頷き、アカギは再びヒペリカムをベッドに座らせると、自身の胸に拳を当てた。

「その言葉、その思い、しかと受け取り俺の胸に刻んだ。俺も、あなたの様に強くそして優しさを忘れない、尊敬に値する傭兵と戦えて光栄の至りだ」

 痛みを呼吸で和らげ、ヒペリカムは頷く。

「それでは、最後に一つだけ忠告をしておきます………貴方の可愛がっている、ケビン・リーとアマギ・ハクアの二人。あの子たちを死なせたくないのなら、今すぐに二人にはギブアップを宣言させなさい」

 それは、客席から頻繁に飛ぶ挑発や嘲りではなく、未来ある若者を案じる年長者としての言の葉であった。

「《廃鬼人(はいきじん)》……あの男は、武芸者の天敵であり――その先へ進んだ者。尋常の武芸者であれば、勝ち目はありません」




 黎明歴425年9月30日、午前12時30分55秒。

 衛星軌道上のアカギの端末からの連絡が突然途絶えて既に十分以上の時間が経過している。何か不測の事態が発生したのか、連絡も出来ない程に追い詰められているのか、地上にいるエマ達には詳細を把握することが出来ない。

「――――行きましょう、今は僅かな時間も惜しい」

 チームの最大戦力を欠いた状態で、チーム最弱のエマ・フラメルは進路を西へ、最初の作戦を変更することなく果敢に超音速のボードで移動し続け敵に向かっていく決断をした。

「だな」

「異議なーし」

 そして、その決定にケビンやハクアも異を唱える事をしなかった。

 その行動の根底にあるのは、アカギに対する絶対的な信頼。例えどんな困難に陥っていようとも赤毛の『戦士』が、いつもの様に力強い笑みと共に生還する事を疑わない。

 今すべきなのは、アカギの連絡を待ち続け無為に時間を消費するのではなく、一人でも多くの敵を倒す事。

 今現在の他三チームの位置情報は、アカギの活躍により撮影用ドローンの情報が集積される送信衛星の通信プロトコルの設定が変更されたことで、リアルタイムでエマ達の端末へ届いている。

 攻撃衛星群が、切り墜された(・・・・・・)ことで、進路も開けた。

 目指すは、離接しているエリアBに構える傭兵団《メタル・トループ》。

 超音速のボードで荒野を進み続ける一行を待ち構えていたのは、同じく超音速の鉄塊弾だった。

「っ!エマさん、ケビン君、来てるよ!」

 越境能力の透視によりあらゆる遮蔽物を無視し、《気》の内力通により視覚聴覚を強化することで遠く広い索敵能力を持つハクアが、空を切り裂くソレ(・・)の接近にいち早く気付いた。




『おいおい、ここは兵器の見本市か!?随分な稀少品(レアもの)が飛び出すじゃねぇか!自慢のイチモツ乱れ飛びでパーティってか!?』

 司会進行役のロビンソン・ヤマモトの下ネタ混じりの笑い声が飛ぶ。

 それに釣られ観客達も騒がしくエキサイトしていく。

 会場に投影される多くの視線を集める巨大なARの多面モニター。

 俯瞰図の広域マップには、《ウェットファイターズ》の三人に対し、多数の飛翔体が超音速で接近している光景が展開されていた。

 誘導弾(ミサイル)

 維持コストなどの運用面に優れた光学兵器の台頭により使用率・普及率こそ下がったが、質量のある鉄塊を音速でぶつけ爆発させるというシンプルかつ殺傷能力の高さは、光線に劣るものでは無い。

 なにより、実戦で使用されてきた年数で言えば、誘導兵器は光学兵器よりも遥かに長く、運用データから来るフィードバックの積み重ねにより、その信頼性、安定性は高い。

「ふむ、ミツル殿……少々良いかの?」

 煌びやかな大広間。特設モニターで試合を観戦していたシュン・ライコウが発した問い掛けに、反応したのは《ヴィンセントヴァルキリーズ》の団長代行ミツル、ではなかった。

「はっ、出たよ妖怪達磨爺(ダルマジジイ)の色ボケが。若い娘を見たら直ぐに手を出そうとするその節操のなさは、どうにかならないのかい?」

 圏外の重鎮である五帝ライコウに対して歯に衣着せぬ物言いをするのは、同じく五帝の席に座すエリザベス・スチュアート。人の頭蓋が丸ごと入りそうな特別規格のグラス片手に巨体を大きく仰け反らせ鼻で笑う様は、正しく女怪の異名にふさわしい。

「どれだけ金を積んでも品性は買えないからねぇ、歳を食った分だけ助平心が透けて見えるよ」

「うるさいわい、妖怪大樽婆(オオダルババア)。余計な口を挟む出ない、儂は有識者に知見を求めただけじゃ」

 ごほん、と大きく咳払いをしてライコウは再び問う。

「で、ミツル殿、W.F.の装備で誘導弾は防げるのかのう?」

「まず、無理でしょうね」

 エマ達の特訓のサポートを請け負い、決勝用の武器・防具の制作を担ったアカギとも多くの意見を交わし合ったことで装備について熟知しているミツルは簡潔に言い切る。

「エマ様達の(よそお)いは、対光学兵器に特化したもの。基本の防御力は勿論高いですが、対戦艦用の兵器の直撃を防げる程ではありません」

 こちらをご覧ください、とミツルは折り目正しい所作で端末を操作しライコウ達の前に誘導弾の3Dモデルを表示させる。

「コンウェイ様方がご用意されたのは、独特な軌道と可変翼の形状から推測するにおそらくは、このマゴロク重工業製造、超音速誘導弾・鳥兜(とりかぶと)三式。投入資金に糸目をつけていないだけあって、兵器(モノ)の性能は文句なしの最高峰(ハイエンド)です」

 3Dモデルの真横にそのスペックデータの数字が表示され、それらの情報をミツルは掻い摘んで説明していく。

「最高速度マッハ11、最大射程一万km超。戦場に選定された無人惑星の円周は、約一万km。つまり理論値だけの単純計算なら、鳥兜三式は惑星全土の何処にいようとも二十分程度で爆撃のデリバリーサービスが出来るという訳です」

 惑星上の何処にも逃げ場がないという事実に、ライコウは顎に手を当て思案顔をする。

「回避する事は可能かのう?」

「それも難しいかと」

 誘導弾の3Dモデルの真横に投影されるのは、たった今エマ達が操っているボードの3Dモデル。

「アカギ様より提供されたボードの最高速度はマッハ3~4弱。速度で負けている事に加えて、誘導弾には制御AIが搭載されており、可変翼と可変ノズルによる推力偏向制御で自在に軌道を変え、更には一発一発が連携しながら標的を追い詰めていきます。信管が起動した際の爆発と衝撃の有効範囲も加味すると、回避はほぼ不可能であるかと」

 次々と列挙されていく不利な条件。それでも、その状況を快活に笑い飛ばす巨漢がいた。

「はっは、逆境に次ぐ逆境!正に、エンターテイメント!W.F.の試合は毎回スペクタクル満載で、大いに盛り上がるな!」

 オーバーリアクション気味に腕組みで大口を空けて笑うのは、闘技場王者マッドマックス。

 不安な素振りを一切見せず、寧ろこの程度の状況など、リングの上で己を曝け出し全力でぶつかり合ったが戦友(トモ)達ならば容易く超えるという確信が、チャンピオンを動じさせない。

「ミツル君、これで終わりじゃないんだろ?」

 マッドマックの目配せに、エマ達一週間鍛え上げた鬼メイドは首肯する。

「無論です。回避も防御も出来ない、となればここからがエマ様達の腕の見せ所」

  自信を以って、傭兵は告げる

「我が団自慢の特訓メニュー、『モード:すぺしゃる』を潜り抜けたW.F.の皆様方の力量……存分にご堪能ください」




 光線の類を吸収する事で無効化するエマ達。それに加え多くの攻撃衛星が撃墜された事で、コンウェイ陣営が攻撃方法を誘導兵器へと変更する。

 山を越え谷を越え、白い尾を引きながら何本もの飛翔体がエマ達に超音速で迫っていた。

 惑星全土を射程に収めた鳥兜三式に、逃げ場はない。

 装備の性能差から、防御も回避も不可能。

 故に、エマ達が行うのは迎撃。

「フォーメーションを変更、お互いの相対位置に気を付けてください!」

 スリップストリームで速度を稼ぐために縦一列だったエマ達の陣形が変化する。

 それは奇妙な二つの重なる円。

 超音速で進み続けるエマを中心に、その周囲をケビンが一定の距離を保ちながら衛星軌道の様に円を描き、その更に外周を一定距離でハクアが周回。

 重心移動でボードを制御しながら、二人の武芸者は呼吸を深くし肺の奥にある《仙丹》を振るわせる。練り上げられた《気》が《経絡》を通じて五体の隅々にまで循環し、身体より漏れ出た光が弧を描き円周を輝かせていく。

 大小の光輪の中心点にてエマも、己の装備を起動させた。

「私も行きますよ、《コロコロくん》ver.2.0――――Boot up!」

 追加装甲や外部アクチュエーターを限界まで追加した全身武装の多機能防護服(マルチジャケット)の背部、ハードポイントで後付けされた黒い背嚢(はいのう)が展開する。

 内部機構の一部を露出させ、内部に折り畳まれていた『腕』が、関節から駆動音を鳴らしながら鎌首をもたげる。

 それは、二対四本の多段関節機構腕マルチスタッグ・ジョイント・アーム

 義体に新たな器官を増設する拡張(エクステンド)型の義体化技術のフィードバックから生まれた産物、伸縮自在の機械の(かいな)

 元は、エマの圏外での人材発掘行脚で使用されていた断崖や密林などの悪路踏破用デバイス《コロコロくん》を戦闘用に改修したものであり、四肢の機能を高精度・高出力で延長・拡張させる万能兵装。

「――――二人共、特訓の成果を見せる時ですよ」

 着弾までの時間を計算し、エマは檄を飛ばす。

「これは証明です。私達の事を、アカギさんにおんぶに抱っこの足手纏いだとほざく脳空(ノーカラ)のピーマン野郎共の鼻を明かしてやりますよ!」

『応っ!』

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