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仕事関係で非常に立て込んでおり、
投稿が遅れてしまって申し訳ございません。
ただ、いつもより二倍ぐらいの文章量がありますので、
愉しんでいただければ幸いです。
遅筆な筆者に付き合っていただき、毎度ありがとうございます。
今後とも、よろくしお願い致します。
ヒペリカム・ラトクリフは、長年ある種の精神疾患を抱え続けている。
サバイバーズ・ギルト、メサイア・シンドローム、その病を分別する際の呼び方は幾つかあるが共通するのは、自己保全を度外視した『自分以外の他者を救わなくてはならない』という強迫観念に取り付かれているという症例。
発症したのは、半世紀以上も過去、圏外が今以上に仄暗く商人同士の血で血を洗う抗争の火種が燻っていた時代。
ヒペリカムは、服飾で財を成したファッションブランド創業者ラトクリフの一族に生を受けた所謂深窓の令嬢であった。
誰もが羨む裕福な経済状況で育っており、幼少期に衣食住で苦労したことはなく、治安の悪い圏外内でも安全が保障された環境下で一流の高等教育を受ける事が出来た。誕生日などの祝い事の際には、各界の大物達が贈る貴重な品々が山の様に積み重なっていた。
特に、プレゼントの中にあった黄金期の複製文化財の魔法少女モノと呼ばれるジャンルに幼いヒペリカムは熱中し、それらの遺物の鑑賞・収集は今尚続く彼女のライフワークとなっている。
また家庭環境も非常に恵まれており、企業の重役ポストであり同じ星に一日以上留まれない程に多忙でありながら定期的に必ず時間を作って会いに来てくれる父親、デザイナー出身で仕事と家事と育児のどれも疎かにせず熟していた母親。
ごく一般的な家庭とは少々毛色が違ったが、ヒペリカムにとっては二人は最高の両親に他ならず、極々自然に自分も大人になったら二人の仕事を手伝えるような人間に成ろうと夢見ていた。
転機は、ヒペリカム・ラトクリフ十歳の誕生日。
節目の年ということもあって、父親は仕事の関係上偶然手に入れた貴重な黄金期の装身具、赤い色の変化布を娘にプレゼントした。
母親の手によって綺麗に首元で結ばれたその姿は、いつもより少しだけ大人になったようで、ヒペリカムはとても嬉しい気持ちになった。
だが、それよりも嬉しかったのは滅多な事では長期の休みが取れない両親がスケジュールを一年以上前から調整して、家族旅行に連れて行ってくれた事。
両親共に多忙な為、三人揃っての旅行は初めて。
温かな幸せと喜びに包まれ半ば夢心地な旅行の最中、ヒペリカムは地獄を見た。
富裕層が主に使用する旅客宇宙船を狙った襲撃事件。
多数の乗客の中に紛れ込んでいたテロリスト集団が宇宙船を占拠しようと一斉蜂起、富豪達が雇っている護衛の傭兵がこれに抵抗し激しい銃撃戦が勃発した。
逃げ場のない船内、無力なヒペリカムは悲鳴と怒号が飛び交う惨劇の場で怯えて眼を瞑り縮こまる事しか出来ず、両親に抱き締められ震えていた。
最悪な事に、宇宙船はエーテル航行――超光速での移動中――であった。
戦闘の余波でテロリストの持ち込んだ爆発物が暴発。計器や制御システム、内燃機関に異常が発生。
折り悪く発生した巨大なエーテルの《波》の接近を察知出来ず直撃を真面に受け、制御の利かなくなった船は超光速で吹き飛ばされた。
幾つもの星系を跨ぎ、何百光年もの距離を強制的に移動したところでようやく船は停止した。
ほんの数分前までは喧騒が満ちていた船内は、異様なまでの静寂に満ちていた。
そのあまりの静けさに気味が悪くなったヒペリカムは、両親の腕を掴み揺すった。
何が起こったの、怖いよ、と。
ぐらりと、温もりをくれていた両親は、力なくその場に倒れ伏した。
最初は訳も分からず呆然とし、動かない二人に縋りついた。
何度も、何度も、ヒペリカムは父と母に呼びかけ続けた。
身体を揺すり、顔に触れ、何の反応ないことに怖くなっていき必死になって叫んだ。
感情とは別の、高等教育によって醸成されたひどく冷静な頭脳がもしかしてと予想した考えを、幼い心は嫌だ嫌だと否定して塗り潰す。
声を枯らし、礼儀作法などかなぐり捨て泣き叫ぶ娘を、いつもは優しく抱きしめる両親は、もう動かない。その悲痛な声に応える事は、二度とない。
慣性制御システムが正常に機能していない状態でのエーテル航行。
船内の安全など望めるはずも無く、《波》を受けた直後、何百人もの人間が思想や立場も関係なく一瞬で押しつぶされ絶命していた。
ヒペリカムの両親も、例外ではなかった。
破損し制御不能の状態で何処とも知れぬ宙域にまで流された宇宙船。
そこからが、ヒペリカム・ラトクリフにとっての本当の地獄。
冷たく暗い宇宙での終わりの見えない漂流の始まりだった。
「ドゥーベ・ライトォォッ―――」
真紅のドレスを靡かせる威風、麗しく。
夜空の星光をその身に受け、《魔法少女》の名を体現したヒペリカムは、純白のオペラグローブで包まれた右手を天に掲げた。
五本の指先から手首までを十重二十重と光輝く繊維が覆い、厚みを増すことでその手を煌めかせる。
指一本一本を握り込み形作られるのは、拳。
「―――パァァァンチ!」
引き絞り、振り抜かれる一打。
変化布から溢れ出たヒペリカムの精神エネルギーの余剰分を拳状に凝縮、連続で射出することで行う、噴射乱打。
流星のような残光を生じさせる超光速の攻撃は、超短距離超短時間エーテル航行であるエーテルダッシュを駆使し回避運動を行った『カネツグ』さえ捕捉した。
「っつ!」
一発命中したのを皮切りに、拳の流星雨が『カネツグ』に降り注ぎその身を打ち据える。嘗て隕石の精霊も類似の攻撃を行っていたが、それよりも尚強く尚速く、そして何より巧い。
単純なパワーやスピードだけを追い求める単調さとまるで別物。
連続攻撃の一打一打には虚実が織り交ぜられ緩急が存在し敵を翻弄、そして次の攻撃へと繋がる布石が内包されている。
連打は、あくまでエーテルダッシュで動き回る敵をその場に釘付けにするための牽制。
「アルカイドォ・ヘビィィィ―――」
機動力を削いだヒペリカムが、距離を詰め『カネツグ』を拳の間合い(クロスレンジ)にまで呑み込む。
振り上げられる、本命の左。
精霊が放ったのは、クロスカウンター。
大振りの一撃に対し、小さく正確な無駄のない動作で腕の振りの内側に捩じり込むように穿たれたそれは、的確に敵の顔面に刺さった。
されど、揺るがず、身動ぎさえせず、ヒペリカムは止まらない。
収束する眩き光、握り込まれた《魔法少女》の拳は今、万物を砕く鉄槌となった。
「パァァァンチィィィ!」
咄嗟に引き戻して交差させ防御した『カネツグ』の両腕に亀裂が走った。
精霊が得意とする高速演算能力にて百分の一秒未満の時間でダメージの予測を行った『カネツグ』は、打撃の威力をそのままに受け入れ後方へ大きく跳躍した。
両の足が再び地面に着いた時、その両腕は肩口から粉々に砕け散っていた。
他部位へ浸透したダメージもひどく、後寸毫退くのが遅ければ、破壊の衝撃は全身を伝い『カネツグ』自身が粉砕されていたであろう。
エーテルを凝縮して作り出すデミ・オリハルコンの身体と違い、今の鋼の精霊の身体は《シルバー・セブン》を基礎としているため、大部分がエーテル・リフレクション・マテリアル、即ちミスリルで構成されている。
アカギの世界では数多くの武器・防具に使用され強度でデミ・オリハルコンに劣っていようとも、とても素手で砕けるような金属ではない。
それを可能にしているのは、変化布を媒介として顕現している《魔法少女》ヒペリカムの並外れた異常な程の精神力。
『カネツグ』が自己を確立してより、凡そ三百年。
精も根も何もかも尽き果てそれでも立ち上がらねばならぬ修羅場にて、心に秘めた思いを力に変える者は何人か見てきたが、よもや心の力を最大火力の武器とする者がいるなど、悠久の時を生きる精霊でも初の体験であった。
『カネツグ』は確信する。
後一撃、先程の左の剛撃と同等かそれ以上の攻撃をくらえば、精霊としての核である情報集積結晶体・精霊石ごと砕かれ自身は消滅すると。
「それが、貴様の切り札というわけか。資料映像を数千数万と参照し、研究や対策は怠っていなかったが―――実際に我が身で喰らってみると、なんとも馬鹿馬鹿しくそれでいて凄まじい力だ」
効率に傾倒しがちになる『カネツグ』からすれば、無駄・無意味としか評価出来ない発声や各種のポーズ。
攻撃の予備動作を、態々宣言しながら無防備な状態で晒しているようなもので、自己陶酔の極まった狂人でもなければ行わない所業。
だが、それ全てに意味があり、意義がある。
「旧き星々を背負う魔法少女グランシャリオ・プロメス―――この姿になった私は、最ッ高にワガママですわよ?」
精神的な歪みを抱えているが故、常人とは比較にならない程の心の力を宿すヒペリカムであっても、変化布に精神力を注ぎ込めば万能の力を発現出来るのかと言えばそれは、否である。
元より、変化布は戦闘用として運用する事は勿論、使用者と一体化し超人化させるなど完全なる仕様外。
膨大かつ不定形の心の力を制御し実体化させるには、それを受け止め固定化させれるだけの受容器が不可欠。それも、不壊かつ不変なる器が。
ヒペリカム・ラトクリフの場合、それは幼少期から追いかけ続けた理想、魔法少女であった。
どんなに絶望的な状況でも、愛と勇気と希望を胸に可憐に戦うその勇姿。
どれだけ傷つき何度倒れても、人々の笑顔を強大な悪から取り戻してみせるその偉業。
存在そのものが架空であり虚構の中にしか存在しえない幻想であることなど、とうの昔にヒペリカム自身理解している。
それでも、届かぬと理解していながら夜空の星に手を伸ばした古代人のように、ヒペリカム・ラトクリフが目指し続けたその理想は、荒れ狂う膨大な心の力を全て受け止め魔法少女グランシャリオ・プロメスとして顕現させた。
発声や各種のポーズの全てが、理想を立脚させる為のなくてはならぬ支柱の一つ。
もしほんの僅かでも『これは魔法少女グランシャリオ・プロメスではない』とヒペリカムが疑えば、即座に変身は解除される。
他を打ち砕く圧倒的な強靭性、心持一つで儚く散る脆弱性、相反する二面性が理想を体現した《魔法少女》の本質。
「さあ、止めと参りますわ!」
幻想の乙女が、その身を顕現させることの出来る時間はあまりに短い。
魔法少女グランシャリオ・プロメスは抜き差しなしの最大最強の奥の手。全ての精神力を変化布に注ぎ込み超過駆動させる必要があるため、繊維の微妙な変化を読み解く行動の先読みは使用不可能になる。しかも、通常時とは比べ物にならない程の精神力を秒単位で消費するため、変身後は可及的速やかに決着を付ける必要があった。
「ミザール・バインドリング!」
突如として『カネツグ』を取り囲むように現れる無数の六角形プレート。辺と辺で横に連結し、それらは二重三重の輪となって激しい損傷で動きの鈍い精霊をその中心にて拘束し、重力の鎖で縛り上げる。
「くっ………微塵も、動けぬか」
「今度は、逃がしませんわよ!」
再度拳を構えるヒペリカムに、『カネツグ』が追い詰められた状況を物ともせず吠えた。
「舐めるなよ、小娘。両腕を砕かれ全身を拘束されようとも、担い手様に鍛造られしこの身体、容易く滅ぼせると思うなよ!」
鋼の精霊を構築する骨子。
それは、素材として取り込まれた伝説に名を連ねる武具達。剣であり、槍であり、斧であり、刀であり、戟であり、鎌であり、鎚であり、棒であり、鞭であり、鋏であり、数々限りなくが混ざり合い溶け合い一つの容を構成している。
それは即ち、『カネツグ』は精霊石に幾多の武具達の『概念』や『神秘』を内包していることに他ならない。
「分霊武装・展開!集え、我が半身たちよ!」
『概念』と言う鋳型へ流し込まれる灼熱した霊力。
その号と共に閉鎖空間に灯された白い炎より現れ出でたのは、夜空の星々とも見紛う絢爛たる武具達の壮観たる光景。
捻じ曲がった枝の剣、不壊なりし呪いの槍、魔縁悪縁を断つ斧、稲光を放つ鎚など、その数は軽く百を超えた。
この幾多の輝きこそが、精霊の生きた精髄。
無銘の剣より発生した『カネツグ』は、己を担い手の最強の武器、最高の奉仕者であろうと強く定義している。己を振るう事が出来るのは唯一担い手のみと定めおり、それは自分自身であっても例外ではなく、顕現した分霊武装を自ら手に執る事は出来ない。
故に、これらの全ての武具達は、撃ちだされた。
「飛べ!」
爆発にも等しい怒涛と響く轟音。
空を裂く、無数の武器群。『カネツグ』のエーテル干渉能力により発生した《波》に超光速で乗り、その矛先には両手を広げて待ち構えるヒペリカムがいた。
味方を救う言祝ぎの聖句、敵を破滅させる怨嗟の呪詛、あらゆる加護と呪いが宿り必殺と化した暴風雨を前にして、勝気で挑発的な笑みで《魔法少女》は、言外に応える。
小細工など不要、正面から打ち破ると。
「――――――はあああああああああっ!」
オペラグローブや真紅のドレスの胸元に連なって装飾されている七つのブローチ。線で結べば、柄杓あるいは古の戦車にも象れるそれは、魔法少女グランシャリオ・プロメスのシンボルであり、力の起点。
立ち昇る超高密度で圧縮されたことにより可視化された精神力の波動、七星の輝きを両の腕に、ヒペリカムは両の手を広げ突き出した。
「七つの輝きを今ここに!トゥインクルッ・スタァバァァァァァァストォッ!」
その叫びと共に、ヒペリカムは限界まで圧縮し練り上げた力の全てを両手で解き放った。
螺旋を描く、七つの燦然たる光の奔流。
余波にはためくドレスと同じく真紅に輝くそれは、一瞬の抵抗さえ許さずに白い炎から現れた武器達を呑み込んだ。
捕食者に食い荒らされた小魚の群れの様に、密集していた陣形は崩れ、多くが散り散りになって四方へ飛散する。
「この程度!」
分霊武装の再展開。間髪入れずの迫り来る光の奔流への再射出。
自身を構成する精髄を武器として顕現させる行為は、文字通り骨身を削る。度を超えれば、自己崩壊をも招く。
それでも、『カネツグ』に躊躇はなかった。
怒涛の勢いで射出されていく分霊武装。
秒間十発以上の『神秘』が炸裂し、光の中に散っていく。
『カネツグ』が大幅に身を削り、弾き飛ばされた武器が墓標の様に幾本もプレートに突き立てられて尚、微塵も衰えぬ螺旋の光。
魔法少女グランシャリオ・プロメスの最強の一撃、トゥインクル・スターバースト。
乾坤一擲。余力や余裕を残すなどと言った考えは捨て去り、今の一瞬に全てを賭け挑んだ者だけが踏み込める領域。
両足を大きく踏みしめ、《魔法少女》ヒペリカム・ラトクリフは、身体の奥底から力を絞り出した。
「っっっっん!どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」
紙一重の瀬戸際で止められていた均衡が、決壊する。
螺旋の光が、最後までの抵抗を続けていた『カネツグ』を展開された武器ごと吞み込むと、奔流の中へと掻き消した。
息も荒く、ヒペリカムは膝をついた。
両手をつき、倒れ伏すのだけは避けられたが、全身から噴き出す汗が止まらず、顎や額から零れた雫がプレートを濡らす。
明滅する視界。
呼吸は短く、心臓は今にも弾け飛びそうな程に鼓動が速い。
変化布の超過駆動を用いた『変身』は、身体の強化であると同時に極限の酷使。重傷の状態で強行した超人化、そこに加えて大技のトゥインクル・スターバーストの使用は寿命を何年分か縮めただろう。
だが、ヒペリカムの心に後悔はない。
既に、七十年以上生きてきたのだ。今更、惜しむような命ではなく、後を託せる後進も育っている。
成すべきは、残された一分一秒を全て燃やし尽くし、最期の瞬間まで走り抜ける事。
激痛を嚙み殺して、ヒペリカムは片膝で上半身を起こし視線を前に向けた。
そして、霞む視界にその敵を捕らえた。
「よう、調子はどうだ……ヒペリカム」
気さくな、偶然友人を見かけたから声を掛けた様な口上。
さも当然のように、大技が直撃した中心地に立ちその大きな背にて動けぬ『カネツグ』を庇い、気軽に笑う赤毛の男。
その立つ位置は、地面に突き立てられた剣は、分岐点。トゥインクル・スターバーストの破壊痕がそこで真っ二つに割れていた。
『戦士』アカギが、そこに立っていた。
「貴方………どうやって」
信じられない光景を目の当たりにしたヒペリカムは、その目を見開く。
依然として、《漂流する七人塚》は継続している。
例え常人ならば失神するような激痛に苛まれ薬物などで意識が朦朧としていても、歴戦の傭兵が戦の場にて絶命以外の理由で意識を手放し閉鎖空間を解除する事など有り得ない。
衰弱効果、不治の制限も消えておらず、元々この場で最も精強であったアカギには、今尚その束縛が心身を蝕み続けているはずだ。
「まさか……越境能力の無効化?今の今まで能力を隠していた?」
越境能力の在りようは、個々人の心の渇望や執着に依存する。全く同一の人間が存在しないように、傾向の似た能力はあっても、同一の能力は存在せず在りようは千差万別。
その無数の能力の中には、越境者殺したる越境者、越境能力を無効化する越境能力も確かに存在する。
しかし、投げかけられた問い掛けに、赤毛の男は首を横に振る。
「そんな便利なものがあれば、最初から使っている。俺が動けるようになったのは………相棒のお陰だ」
裏拳にて、『戦士』は『カネツグ』を拘束していたリングを一撃で破壊。
先程とは、逆の構図。
アカギは、落下してくる少しでも力を籠めれば砕け散りそうな程に傷ついた身体を労りながら両腕で抱き留めた。
「まったく、お前は本当に自慢の相棒だよ」
「ふふ……こうして労いの御言葉を頂けるなんて……『カネツグ』は果報者です」
《魔法少女》の力を開放したヒペリカムの戦闘能力は、『使徒』にさえ匹敵し、精霊としてはまだまだ若い『カネツグ』では勝てない。
故に、鉄華の精霊は最初から己の担い手が《魔法少女》状態のヒペリカムと相対する盤面を作り出す事に全てを捧げた。
高圧的な煽り、後先を考えない捨て身の攻勢、全ては『カネツグ』が仕掛けたヒペリカムの全力を引きずり出しこの状況を作り出す為の布石。
瞬間的に大量の精神力を変化布に注ぎ込む『変身』は、一戦闘内に於いて不可逆の変化。
一度でも使用すれば、消耗の激しさから二度目はなく、解除してしまえば力を使い果たした常人でしかない無防備な状態にまで弱体化するからだ。
切り札である『変身』を使用させた『カネツグ』は、最後に身を削る分霊武装まで展開し、大技を誘発させその役目を全うした。
勝利へのリレー。
か細い勝ち筋を引き寄せるため、担い手は精霊に託し、また精霊は担い手に託したのだ。
『カネツグ』を横たえたアカギは、ヒペリカムへと向き直った。
「如何に強固な結界や防御能力も全身全霊を賭けた一撃、『必殺技』の直後は綻びが生じる。その隙に立て直させてもらった」
アカギの言っている事は、間違ってはない。
その推測通り、最大火力のトゥインクル・スターバーストを放ってからの数分間は精神力の摩耗により、《漂流する七人塚》の効力は弱まる。
だがしかしと、ヒペリカムは同時に思う。
「ですが、綻びと言ってもそれはほんの少し衰弱化の効果が弱まるだけ………今でも息をするだけで肺が痙攣し、心臓が真面に機能せず、立つ事さえ困難なはずですわ!」
「そこはまあ、やせ我慢だ」
ふざけないでくださいませと言いたげな険しくなるヒペリカムの表情に、アカギは苦笑する。
「……痛い、辛い、苦しい、その手の感覚には割と慣れていてな。何度も経験すれば、自ずと瀕死状態での身体の動かし方は、分かってくるものだ」
仲間達と共に歩んだ百年間、アカギはあらゆる場所であらゆる敵と戦った。全身で害悪に蝕まれなかった箇所は一つとしてなく、死の淵でも剣を握らねばならない場面は幾度とあった。
窮地に於いても戦闘能力を維持し続け、活路を見出すための戦闘論理。血肉の通った知識や経験こそ、霊格兵器の性能に依存しない『戦士』の折れぬ支柱。
まあ、それでも痛い物は痛いんだがなと、アカギは笑う。
「さあ、ここからは我慢比べだ」
どれだけの粘り強さと余裕を見せようとも、あらぬ方向に捻じ曲がった四肢を辛うじて機能回復した随意筋と不随筋を総動員して無理矢理動かしている事実に変わりはなく、《漂流する七人塚》の綻びが解消されれば、アカギは今度こそ間違いなく意識を失い戦闘不能に陥る。
それどころか、少しでも気を抜けば心肺機能が停止し死にかねない。
瀬戸際に追い詰められた鉄火場で、尚もアカギは笑う。
突き立てられた剣が引き抜かれ、切っ先がヒペリムカを向いた。
「いつまで片膝をついているつもりだ、《魔法少女》。目の前の理不尽や不条理に真っ向から対峙し打ち砕くのが、《魔法少女》のはずだろう。それとも、貴方が抱いてきた欲望はその程度だったのか?」
「また、知ったような……口をっ!」
激痛に喘ぐ身体を叱咤し、無いはずの力を振り絞ってヒペリカムは立ち上がり拳を構えた。
消耗の激しさから、ピンクブロンドの髪は半分以上が元の栗毛に変色し、真紅のドレスも所々が破損、超極細繊維と体組織が剥離しかけて傷口が開き出し、目に見えて『変身』が解除されかかっていた。
それでも、その心には一辺も曇りなく。
故にその姿は、雄々しくも可憐であり、輝きに満ちていた。
「《魔法少女》を、舐めるんじゃないですわよ!」
速攻の踏み込みからの横殴り。剣腹を殴打された武器が砕け、無手となるアカギ。
拳の勢いをそのままに身体を回転させ、ヒペリカムは回し蹴りを放つ。
首を狩り取るハイキックに、『戦士』は己の足裏を合わせて勢いを吸収し高く飛び上がった。
「武器も無しに、空中に逃げたところでっ!」
速射性、射程距離に長じる右の拳撃、ドゥーベ・ライト・パンチ。一打ごとに奔る激痛と噴き出す流血を無視し、ヒペリカムは空中へ連打を放った。
「武器なら、ある!―――――『カネツグ』、手を握れ!」
加護:鋼の握手。
『装備』している武器に対し、装備者あるいは武器側を基点として互いを引き寄せ合うアカギに与えられた加護。
動けぬ『カネツグ』の代わりに飛来し馳せ参じたのは一対の双槍。
「はは、至れり尽くせりとはこの事だ!」
分霊武装。
鉄華の精霊の血肉であり、その骨子。当然、加護:鋼の握手の効果対象となる。
最後まで『カネツグ』が分霊武装を射出し続けたのは、攻撃の為ではない。それは、己の身を削ってでも武器を戦いの場に配置する事により、瀕死の身体での戦い余儀なくされる担い手の一助とする為の献身。
無数の武器が突き立てられた閉鎖空間は今、武器庫と化していた。
空中でアカギが、両手に一本ずつ構えた分霊武装を振るう。
元来、槍は突き刺すイメージが強い武器だが、武器の王とも称されるその機能の妙は突きのみには留まらない。
左右の手首の返し、肩の連動を伴っての高速二重円旋回。
『戦士』の練達した技量を以って繰り出される一分の澱みも無い技巧の冴えは、容易く殺到する拳の弾幕を往なし躱し火花を舞い散らせながら無力化していく。
角度、速度、手を変え品を変えての多面的な攻撃も、持ち手の位置を滑らせ流水の如く柔軟に遠近広く変化する槍捌きは、撓りの深みを以って拳を包み込み、その衝撃さえも足場のない空中での姿勢制御に利用し射程外のより高く上空へ跳躍させる。
胸を突き出し腕を引く事で全身を弓なりに逸らし、力を引き絞っていくアカギの身体。
多機能性に長じる槍のまた別側面。
短槍投擲スキル《フォルティス・フルメン》。
身体の絶叫、雄叫びであり悲鳴。筋繊維を断裂させ、骨格を砕きながら、解き放たれた槍の一撃。空気を焦がし落ち往く様は雷の如く。
寸前のところで飛び退き躱したヒペリカムの足元が爆散した。
穿たれた地表から衝撃で舞い上がる粉塵と破片、そして無数の武器達。
そして、ヒペリカムは見る。
既に落下しながら二射目の発射体勢に入っているアカギを。
「っ!メラク・ウォール!」
上空に向けて展開するのは六角形プレートを多重連結させて作り出した巨大な天蓋。何層にも重ねられ厚みを増したヒペリカムが持ちうる最大防御。
しかし、二射目の軌道は捻じ曲げられていた。
跳弾、反射。
空中に撒き散らされた無数の分霊武装が中継点となり、多角的に飛翔する槍の軌跡が変化する。
その攻撃は、二段構え。一射目で攻撃の軌跡を相手の目に焼き付け、二射目で全く同じ動作とタイミングで投擲を行いながらも、全く別の軌道を描かせる意識の外からの攻撃。
背後、精神力の顕現たる真紅のドレスさえも貫通して槍の穂先が背骨を穿った。
「――――――――がっ!?」
突起状の返しが回転しながら臓腑を抉り、肚に大きな穴を貫通させて身体が傾く。
赤熱し、焼き切れそうになる意識の中、ヒペリカムが放ったのは悲鳴ではなく蹴り。
展開した天蓋を渾身の力で蹴り出す事で、防御ではなく攻撃へ転化。
巨大な質量の塊は、存在するだけで必殺の凶器ともなる。自分さえも捩じ切りながら一撃を放った直後のアカギにこれを防ぐ術はなく、直撃した。
多重連結プレートに押し潰されながらアカギが地表に激突するのと、ヒペリカムが力なく倒れたのはほぼ同時。
矛を交える前から既に、お互い重傷。攻防を重ねる度に血を流し命を削っていく。
だが、それでも退いてはならぬ、立たねばならぬ理由がある。
「こ………この、場所で………」
越境者の能力は心の在りように大きく依存する。
空間侵食系ならば、展開される閉鎖空間にその性質は色濃く表れる。
「遠くにいる方々が、見ている前で………」
塚には、信仰の祭壇や墓場の意味が含まれる。
《漂流する七人塚》とは、地獄の漂流から唯一生き残ったヒペリカム・ラトクリフが背負った業。
遺骸さえも回収されず、今も冷たい宇宙の何処かを彷徨っている死者達への弔い。
何時の日にか、役目を果たした後は自分もそこへ逝くという覚悟。
閉鎖空間を構成するプレート一枚一枚が、亡き者の名が刻まれた墓石であった。
「無様を晒す事だけは、死んでも御免被りますわ!」
立ち上がる。
《魔法少女》ヒペリカムは、何度でも立ち上がる。
その心に背負った宿業を、曇らぬ輝きに変えて。
「………ここまで死にかけるのは、百年ぶりくらいか」
右手で握った剣を杖にして、辛うじて立ち上がったアカギの左半身は、ぐちゃぐちゃだった。
肉も骨も神経も金属塊に乱雑に押し潰され、元の原型がどうであったかは判別不能。その身体は、最早半分以上が死体であった。
「仲間達が今の俺を見たら、なんと言うかな」
アカギが思い出したのは、在りし日の光景。
『魔法使い』が、『僧侶』が、『盗賊』が、そして『勇者』が傍らにあった日々。
皮肉を吐き出し憎まれ口を叩きながら、戦友達がアカギの死角を守らなかった日は無かった。
今も、喧しく、それでいて耳朶に小気味のよい声が響いている。
遥か遠き日の幻影に、アカギは応える。
「―――――ああ、分かっている」
右手で剣を引き抜き、ダラリと下がった左手を、もう殆ど感覚の無くなった左手を震わせながら剣の柄に添える。
指の一本一本を苦労しながら動かし、握りしめた剣を構えるその姿には、気迫が漲っていた。
「冒険している限り、俺達の道はいつでも繋がっている」
未知の先には、目指す場所には、『勇者』がいる。
ならば、アカギが歩みを止める理由はない。目の前の敵を打倒し、突き進むのみ。
「―――――――――」
「―――――――――」
両者、既に死に体。
技術も能力も経験も何もかもはぎ取って、最後の最後に残った意地だけが唯一の支え。
か細い呼吸音と流血の零れ落ちる音だけが響く中、アカギが猛然と動いた。
極単調な、否、それしか選択肢がない故の、生命力の最後の一滴を絞り出した、全力の突き。
もう、止まらない。止められない。止まればそこから動けなくなる。
文字通りの死力を尽くした一撃に、ヒペリカムは立ち尽くしたように開いた右手を前に差し出すのみ。
切っ先が掌を貫通し鮮血が飛び散る。
「―――――捕まえましたわ」
「っく!」
貫通した掌ごと血塗られた刃を真紅のドレスの一部が解けて雁字搦めに拘束する。
装飾された七つのブローチが、最後の輝きを放ちだす。
そして、右手に左の手が添えられ開かれる。
ヒペリカムの狙いは、至近距離の密着状態での最大火力、トゥインクル・スターバースト。
回避不能、防御不能、正に必殺。
限界を超えて、身体が破裂しそうな程に高まる心臓の鼓動。強制的に超加速していく意識の中で垣間見たのは、両親と、幼いヒペリカムを地獄から救った四人の恩人。
一人は退役軍人で、一人は技術者で、一人はただの一般人で、最後の一人は事件の発端となったテロリストのメンバーだった。
彼等が何を思い何を考え我が身を犠牲にしてでも足手まといでしかなかった見ず知らず少女を助けたのか、ヒペリカムには分からない。
倫理観か、義務感か、罪悪感か。
現実はいつも残酷で、死体は語らず、時は戻らない。
あるいは、ヒペリカム・ラトクリフが傭兵という生き方を選んだのは、一人でも多くの命を助ける道を選んだのは、彼等の気持ちを知りたかっただけなのかもしれない。
「っあああああああああああああああ!」
叫びと共に《魔法少女》ヒペリカムは、己の何もかも全てをその一撃に込める。
「トゥインクルゥ・スタァァァァ―――――――ッッ!?」
両足を広げ発射体勢に入ったヒペリカムを、強く気圧する力があった。
その真紅の閃光が瞬く中、『戦士』が前に進む。
拘束された剣を、腕のみならず脚のみならず全身で押し出し、前へ、前へと歩みを進め、その切っ先を届かせようとしていた。
今にも心臓が止まりかけている体のどこにそんな力がと、驚愕するヒペリカムは見た。
アカギの背中に、夥しい数の分霊武装が突き刺さっているのを。
そしてその数は、今尚も増え続けている。
(武器を引き寄せる能力で、自身を串刺しにしてその勢いを前進する力に変えているっ!?)
白銀の軌跡が描かれるたびに、鮮血が弾けてアカギは一歩前に進む。
激痛と流血を伴った道程であっても、その歩みが止まる事はない。
拘束していたはずのヒペリカムの右手が押し戻され、刃の先端が伸び続ける。
「過去からは、誰も逃げられない。いつもまでも立ち止まったままでは、いつかは過去に潰される」
告げられた言葉は、ヒペリカムに対してのものであり、アカギ自身への戒めでもあった。
「悪いな、貴方も色々と背負っているのだろうが―――俺にも譲れぬモノがある」
たった半年の間に、いつの間にか出来ていた失いたくない者達を思い浮かべ、アカギは最後の一歩を踏み出した。
勝敗の差を分けたのは、ほんの一秒未満の僅かな時間。
十分の一秒の時間があれば、閉鎖空間の綻びは修復していた。
百分の一秒の時間があれば、『必殺技』は放たれていた。
その差異が、決定的な分水嶺。
「――――我慢比べ、俺達の勝ちだ」
勝敗を決する最後の一突きが、ヒペリカムの心臓を貫いた。




