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 《シルバー・セブン》、それは死した船の残骸から生まれ、後に『カネツグ』が担い手の旅路を助ける為、己の力を十二分に発揮できるよう大改修を施した精霊船。

 鋼の精霊との親和性をより高めるため、外部装甲は従来のエーテル・リフレクション・マテリアル――ミスリルのままであるが、内部構造には『カネツグ』を鍛え上げる際にアカギが使用した素材とほぼ同質のものがふんだんに使用されている。

 普段、船を動かす際からして担い手と《シルバー・セブン》を結ぶ結節点(ハブ)としての役割を果たしている『カネツグ』にとって、既に白銀の船体は半身にも等しい。

 伝説に名を連ねる武具達を食い尽くし自身を形作ってきた暴食の鉄華には、『大剣』の概念を内包する船を丸ごと己のモノとするなど造作もない事であった。

 迸る、炎。

 《シルバー・セブン》が、白炎に包まれ燃え上がっている。

 武器が新しい(カタチ)に生まれ変わる時、そこにはいつも膨大な熱量が渦巻く。

 白銀の輝きを放ちながら、巨大な船体が極小の粒子に分解され『カネツグ』に吸い込まれ、剣と船は大火に転じる。

 冷たく薄暗い閉鎖空間を悉く焼き尽くすような燦然たる炎の中から現れたのは、和装の少女であった。

 (かんざし)で結われた濡羽色(ぬればいろ)の艶やかな黒髪、瞳は夜空よりも深く、精緻に整った鼻梁(びりょう)は名工の作か。火の粉踊る中での凛とした(たたず)まいは、幻想的ですらあった。

 慎ましくも品のある口元から、声が紡がれる。

「担い手様、今すぐこの女を血祭にあげてもよろしいでしょうか?」

 表情と仕草はどこまでも上品で、微笑む姿は可憐。だが、その瞳は何処までも冷たかった。

 無駄な力みは一切なく、相手をどう捻り潰してやろうかと見据える背筋が寒くなる様な笑み。

 そんな相棒に、アカギもまた苦笑で返した。

「はは、お前、そういうところエマに似てきてないか?」

「そのご意見には、承服しかねます。毎度毎度、我を友達だのツンデレだのと妄言を吐き散らかす頭の沸いた小娘に我が影響を受けるなどありえません」

「本当か?お前、案外楽しそ―――――――」

 ぐらり、とアカギの身体が大きく傾いた。

 出血多量に全身の至る所の骨折。そこへ、《漂流する七人塚(ドリフト・セブン)》の絶え間ない衰弱化による生命力の低下。

 ただの人間ならばとっくに死んでおり、頑健な《使徒》であっても最早死に体。

 最後の力を素振りにより使い切り、床に倒れ伏しかけた身体を、『カネツグ』が抱擁するように正面から全身で受け止めた。

「すまん、後はお前の好きに暴れろ」

「心得ました」

 自身が血で汚れる事を厭わず、『カネツグ』は抱き留めた身体をゆっくりと(いたわ)りながら床に降ろしていく。少しでも痛みが走らぬよう細心の注意を以て背中と膝裏に手を入れ、瀕死の身体を丁寧に横たえた。

 膝をつき一礼すると『カネツグ』は、主を背に敵へと向き直った。

「あら、もうよろしいのですの?今の(きわ)の語らいを邪魔する程、(わたくし)無粋ではありませんわよ?」

 《漂流する七人塚(ドリフト・セブン)》が強制する逃れようのない法則は衰弱だけに留まらない。

 この閉鎖空間内で得た傷は、癒えることがない。

 閉じ込められている限り、武芸者の内力通、身体強化系越境者の自己回復能力、圏内の最新医療ナノテクさえも、掠り傷ひとつ治す事が出来なくなる。

 異界由来の回復アイテム群、『戦士』や『聖騎士』としての《スキル》も、同様に効果が発揮されない。

 傷は塞がらず、出血は絶えず止まらない。

 このまま時間が経過していけば、遠くない内に重傷のアカギの命は潰える。

「今必要なのは、主従の語らいではなく―――――――貴様の()っ首だ」

 何の予備動作も前兆も無く、『カネツグ』はヒペリカムの首を手刀で断ち切る直前にまで迫っていた。

 空気中のエーテルを足元に収束、極小の《波》を発生させそこへ乗る超短距離超短時間エーテル航行、エーテルダッシュ。

 エーテルを自らの身体のみで観測し干渉することが可能な精霊だからこそ可能な芸当。

 人間では前触れを察知する事がほぼ不可能な攻撃。

 それでも、防いで見せたのは熟練の手練手管。

「お人形さんみたいに綺麗な御顔。それによく見れば貴方、二回戦で《グランドチャンピオンズ》と戦ったミス・カネツグではなくて?」

 細く長く、視認困難なまでに引き延ばされ張り巡らされた糸が、十重二十重と『カネツグ』の全身に絡みつきあと一歩のところで動きを拘束していた。

 それは、解けて糸となり超硬度単分子ワイヤーへ転じた変化布であり、白い炎が燃え広がった際、気取られぬよう仕掛けられていた罠。

 その場に括りつけられた『カネツグ』の特に顔を、ヒペリカムはしげしげと観察した。

「あの時は、身体を金属化させる越境者(トランサー)かと思っていましたが……ふふ、これは騙されますわ。《黄金期の遺産(ゴールド・レガシー)》の造形美はやはりモノが違います、見ただけでは質感から何から人間と見分けがつかない」

 ヒペリカムが指先を少し曲げるだけで、絡まる糸はその細い身体を容赦なく締め上げた。五体が全て別方向から強烈に引っ張られ、悲鳴のような音が鳴る。

古美術品(アンティーク)磁器人形(ビスク・ドール)を壊すようで少々心苦しいですが、敵として対峙した以上手心は加えません!」

 糸を握る手を、強く引き絞るヒペリカム。糸はより張り詰めていき、不協和音を奏でる。

 メキメキと断裂音が響き限界が迫る中、『カネツグ』が声を漏らした。

「貴様に一つ、忠告をくれてやる」

 弾け飛んだのは、引き延ばされた変化布。

 引き千切れたのは、『カネツグ』の堪忍袋であった。

「我を―――二度と《黄金期の遺産(ゴールド・レガシー)》などと呼ぶな」

 冷たい怒りを技術にて全て威力に変換した拳が、ヒペリカムの顔面に炸裂した。

 直撃の寸前で元に戻った変化布が防御膜として展開されるも、その勢いまでは殺しきれず、小さな身体が大きく吹き飛ばされた。

 床に激突する事さえ許さず、エーテルダッシュで『カナツグ』はその進行軌道上に割り込む。

「いいか()れ者、よく聞け」

 隕石の精霊より受け継いだ技術、その応用。

 エーテルダッシュを移動と姿勢制御に利用した、空中交差拳撃。

 飛んでくる相手の身体に、『カネツグ』は足場のない状態で真正面から正確無比な拳を打ち込む。互いに真逆のベクトルのエネルギーが人体内部で荒れ狂い、ヒペリカムは血を吐きながら大きく仰け反り再度別方向へ飛んだ。

 拳撃による、強制飛行。

「髪の一房から爪の先に至るまで……」

 鋼の精霊が抱く、原初の記憶には炎と音があった。

 爆ぜる火の粉、響く鎚音。

 自我も希薄な無銘の大剣でしかなかった精霊に、一打また一打と赤毛の男が一人、炎で身を焼かれながらも武器へ魂を込めていた。

「この(からだ)に流れるは……」

 心を冷たく燃やす、『カネツグ』の攻撃は止まらない。

 精霊の高速演算能力を用いて、打ち込んだ拳撃の威力、ヒペリカムの質量、重力勾配などから相手の現在地を特定。即座に回り込んで、更なる追撃を加えていく。

「担い手様が身を削って注いだ、熱き血潮っ」

 精霊の古い記憶の中で、赤毛の男はいつも傷だらけだった。

 常に最前線に立ち続け、自分にはこれしか出来ないからと、血と泥に汚れながら背に抱える仲間達を守っていた。

 何度敗北や屈辱を味わっても、その男が敗因を己の武器のせいにした事は一度としてなく、刃欠け()し折れた武器を(ねぎら)い壊れる度に自ら修復し、戦場に向かっていった。

 ひどく不器用な生き方しか出来ない、呆れる位に仲間や武器を信じぬく頑固者。

 そんな男の背中を守りたい、支えになりたい。

 その欲望(ねがい)こそが、鋼の精霊『カネツグ』の起源。

 アカギが鍛えた最強の剣であることが、矜持であり、存在意義そのもの。

 如何なる理由があろうとも、それを否定されるのは『カネツグ』にとって看過できるはずもない。

「この身を、魂なき有象無象と同列に語るなど―――」

 拳撃、拾上げ更に重ねる拳。

 計算式をより先鋭化し、調整。

 試行回数を重ねる度に、加速。

「――――――――度し難い愚行と知れ」

 終の捩じり込む一撃を以て、ヒペリカムは地上へと叩きつけられた。

 十枚以上のプレートが落下の衝撃に耐えかね粉砕。穿たれた巨大なクレーターが、その威力を物語っていた。

 すっ、とつい数秒前は空中で高速機動を繰り広げていたとは思えぬ優雅な動作で『カネツグ』も地上へと足を着ける。

 息切れや高揚もなく、その深い色の瞳はクレーターの中央地点を冷静に観察していた。

 ヒペリカム・ラトクリフは、まだ倒れてはない。

 空中で一方的に攻撃されているように見えて、その実どんな激痛にも思考を鈍らせることなく致命傷に至る攻撃を的確に判断し変化布で防いでいた。プレートの消滅・出現を操る越境能力で『下』を変更して吹き飛ぶ勢いを減速、叩きつけられた際も『下』は上方向になっており、その衝撃は最小限に留められていた。

 越境者の意識が断絶すれば消え去る閉鎖空間が展開され続けているのが、戦闘不能に陥っていない何よりの証拠。

「ふ……ふふ、まさかこの(わたくし)が、ここまで一方的にやられるなんて」

 立ち上がったヒペリカムの姿は、手酷く傷ついていた。

 身を守る防護服は修復不可能な程に全壊。致命打は全て防いでいたが、逆に言えばそれ以外はほぼ全てが直撃しており、能力の代償に常人並みでしかないその肉体は、最早無事な個所を探す方が難しい。

 千々に砕け散りそうな小さな身体を、変化布で縛り上げることで強引に繋ぎ合わせ、無理矢理動いているような状態であった。

「なんて相性の悪さ。手札の半分近くが機能していない」

 全ての生命体の心の動きに反応し行動の先読みが出来る精神感応変化布であっても、あくまでその対象は有機生命体に限っての話であり、製造された黄金期に観測されていなかった金属を器とした精神生命体である精霊など完全なカテゴリー外。

 そして『カネツグ』の今の肉体は、分解・統合された《シルバー・セブン》、すなわち器物。全ての生物の心身を強制的に衰弱させる《漂流する七人塚(ドリフト・セブン)》は無効化され、プレートの消滅・出現を駆使した『下』方向の変更も、空中制動が可能なエーテルダッシュが存在するため効果が薄い。

 アカギには効果覿面のヒペリカムの手札(せんりょく)が、その相棒である『カネツグ』に対してはほぼ封殺されている。

 追い詰められた傭兵に、精霊は冷静に告げる。

「一度だけ問う。閉鎖空間を解除し、降伏しろ。そうすれば、命だけは保障してやる」

「余裕ですわね、それとも侮られているのかしら?………私は、貴方の大切な方を殺しかけているのですよ、情けを掛けられる謂れはありませんわ」

 数少ない言葉や行動からでも、『カネツグ』がアカギに凄まじい熱量の感情を抱いている事は、誰の目にも明らか。その対象を見るも無残な姿にまで追い込んだ相手、地獄の苦しみを味合わせてから八つ裂きにして宇宙の塵にしてやると告げた方が自然だった。

「たわけ者が」

 自身の担い手に心身の全てを担い手捧げていると豪語する鋼の精霊は、それ以外の他者には情など一欠片も――少なくとも表面上は――持ち合わせてない。

 間違いを訂正すべく、『カネツグ』は語る。

「武器を携え戦場に立ったのだ、殺し殺されなど担い手様は覚悟の上。そこに我が勝手に私怨を募らせるなど、それこそ愚行の極み」

 恨みや憎しみなどないと言い切る精霊。

「そして貴様は、一度己の行いを省みろ。不利になる事を承知の上で、敵である担い手様の命を守ろうと降伏を促した行為。その場凌ぎの覚悟の無さ(・・・・・)からくる甘えならば唾棄すべきものだが、人生を懸けて貫き通してきた覚悟故(・・・)の甘さならば、それは最早敬意に値する信念に他ならぬ」

 戦いの場で、瀕死の敵や命乞いをする敵を前にした時の最も容易な安全策は、そのまま止めを刺す事だ。

 後々に、殺した相手の遺族や友人、所属する集団などから恨みや憎しみを買い報復を受ける可能性は大いに存在するが、それもその場を生き残ってからの話。

 まずは、己が背を向けた瞬間に後ろから撃たれる可能性を無くすことが最適解。

 そんな戦場の論理を、半世紀以上そこで戦い続けてきた傭兵が知らぬはずはなく、敵を見逃した事で発生する障害や苦難を全て乗り越えて、ヒペリカムは尚もアカギに一度は命は助けると言ったのだ。

「その信念、見事なり。それだけの生き様を見せつけられれば、我も倣うしかなかったまで。この程度の事も分からぬ程、貴様はたわけ者なのか」

 傲岸と言い放たれた賛辞と罵倒が入り混じった理解しがたい言葉に、ヒペリカムは思わず状況も忘れて呆気に取られてしまった。

「……………今のはひょっとして、(わたくし)を褒めていらっしゃるのですか?」

「はっ、笑わせるな。我は、担い手様しか賛美せん。それ以外の者に下すのは一定基準を元にした評価のみだ。勘違いするな、誰が貴様などに賛辞を告げるものか」

 要するにそれは、空世辞(からせじ)などではなく時には綺麗事をと揶揄される、出来る限りの人命を生かそうとするヒペリカムの生き方を肯定し認めると言っているにも等しい。

 お互い多くのモノを背負い譲れぬからこそ死力を尽くして潰し合っている現状で、あまりも場違いな事を言われたヒペリカムは、破顔一笑で表情をほころばせた。

「……ふっ、ふふ、なんですの、その拗らせたツンデレみたいな台詞(セリフ)。人の事を、優しいだの見事だの………まったく、困った主従(コンビ)ですわ。思わず、少しときめいてしまいました」

「貴様もか、貴様も我にその珍妙な属性を押し付けようとするのか」

 機嫌悪そうに顔を顰める『カネツグ』に、ヒペリカムは朗らかに笑って見せる。

 全身を固定していた変化布を解除、スカーフ状にして胸元で強く握り締めた。

「敬意を払っていただいたお礼に、こちらからも忠告をお返ししますわ」

 静かに、しかし力強く、その言葉は紡がれた。

「――――――(わたくし)、まだ切り札を出してはいませんわよ?」

 嘗て、ヒペリカム・ラトクリフは無差別争覇杯の下馬評を覆す戦歴から、《大物喰い》の渾名で呼ばれていた。

 だが、その事実は最早過去のものであり、今や彼女をその名を呼ぶものは皆無。

 現在の圏外最強と謳われる傭兵団の古参メンバーとしての、呼び名。

 その由来が、開陳される。

「―――――――ラジカル……マジカル……トゥインクル・マキシマム!」

 その言葉に意味はない。

 単なる単語の羅列であり、文法も支離滅裂。

 誰に何かを伝える為のものではない。

 (それ)は、己自身に立てた誓約を喚起させるもの。

 其は、己自身に戒めた制約を開放するもの。

 其は、弱き己を脱却し生まれ変わる為の、変身の言葉。

「スタァライトベール、ドレスアップ!」

 ヒペリカムが握り締めた血を吸いより赤くなった真紅の変化布(スカーフ)が一瞬で原子レベルにまで(ほど)け、幾万幾億幾兆の光の糸となりその華奢な身体を包み込み、溶け合い一つとなった。

 ほぼ全壊であった防護服が砕け散りインナーのみとなった姿に纏うのは、紅玉色の糸を精緻に編み込んだ真紅のドレス、ふんだんにあしらわれたフリルは千の花より麗しい。

 柔らかく膨らみ短く切られたスカートの裾から垣間見える脚線美、パフスリーブから伸びたか細い腕、それらを覆うのは真紅と対になる純白のサイハイブーツとオペラグローブ。

 変化布との融合によって超極細繊維(ナノ・ファイバー)が体組織を保護・強化、傷や損傷を縫合し肉体は超人へと昇華する。

 肉体の変化に同調し頭髪は栗毛からピンクブロンドに染め上がり、ボリュームのある髪が大輪の花が咲き乱れるように風に靡く。

 ヒペリカムは、高らかに名乗りを上げた。

「夜空に輝く七つの光―――――グランシャリオ・プロメス!」

 その姿は、限界を超えた境地の体現。

 勇ましく可憐なる、綺羅星(トゥインクル・スター)

 精神感応変化布(テレパシー・クロス)は使用者の使用者の意思を反映し自在に姿を変える。ただし、実の所あくまでも本来の使用用途は着飾り用の装身具でしかない。

 戦闘用、ましてや人体と融合し使用者を超人化させるなど、人類の最盛期にあたる黄金期に変化布を制作した技術者達でさえ、完全なる想定外。

 両親が幼い娘へ形見にと託した遺品(スカーフ)は、一人でも多くの命を救いたいと願った少女の欲望(ねがい)に応え、少女が幼き日に憧れた無敵存在(ヒロイン)を現出させた。

「絶望の闇、このグランシャリオが切り開きます!」

 真紅のドレスを(なび)かせ目の前の見えない壁を手刀で水平に切断する様にポーズを決めたこの姿こそ、ヒペリカム・ラトクリフの切り札。

 百花繚乱なりし一騎当千。華奢な見た目にそぐわぬ冗談のような重圧、圏外の精強な傭兵達が瞬く間に沈んでいく光景、あまりにもあり得ぬ在りようから、ヒペリカムはこう呼ばれている。

 《魔法少女》と。

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