68
黎明歴■■■年■■月■■日、■■時■■分■■秒。
深く昏い奈落の底。
陽光は遥か遠くの彼方。
凍えそうな程に寒々しく、頭上の宇宙さえ重く身体に伸し掛かる。
「―――『カネツグ』、霊核に異常は?」
《はっ、特に変化はありません》
冥府、深海、あるいは牢獄。
意識の断絶から復帰したアカギの瞳に映り込んだのは、そんな場所だった。
辛うじて視界が確保できる程度の明かるさはあるが、防護服越しにも分かる程に気温が低く呼吸も息苦しい。
踏みしめた足裏から伝わるのは硬質的な感覚であり、人工物らしき金属製の大人一人なら余裕で収まる程の大きさの六角型プレートを何枚も組み合わせたハニカム構造が、地平の向こうまで広がっている。壁は無く、天井も無いため頭上は宇宙が広がっていた。
見ようによっては開けた解放感のある場所とも評せるが、目に見えぬ原因不明の圧迫感と閉塞感がこの空間には満ちていた。
「ここがどこかは、分からんが………恐らくは既に敵の術中」
アカギの脳裏にチラついたのは、意識が飛ぶ直前にモニターへ突然映り込んだ人影。いつの間にか船体から弾き出されており、《シルバー・セブン》も手元にない。
待ち伏せを受け、何らかの罠に嵌ったことは明らか。
「ならば、やることは決まっている」
『カネツグ』七変化が五、《リバース・ケーパー》。
歴戦の『戦士』が選んだのは、逃走。
なにも武器を手に正面から敵とぶつかるだけが戦いではない。戦場の選定、即ち自身に有利な状況作りもまた戦術の一端。
敵の土俵で態々戦う理由は無く、アカギは《リバース・ケーパー》の空間跳躍を使用。
一瞬でその身体は、『足跡』を刻んでいたデブリにまで距離を無視して跳躍する、はずだった。
「これは……」
何度剣を振るっても、その効果が発揮されない。使用する度に、代償のMPは消費しているので発動自体はしているようだが、何らかの要因で効果が打ち消されている。
《担い手様、どうやらこの場所、空間そのものが封鎖されているようです》
高度な知性と確固たる人格を持つ超濃縮霊核体たる精霊の『カネツグ』は、空間に漂う霊力の奔流、即ちエーテルの流れを敏に感じ取ることが出来る。
濃度を問わなければエーテルの《波》はありとあらゆる場所で流れ循環しており、これらを観測する事により『カネツグ』は広い探知範囲を持つ。
《空間内のエーテルの流れが停滞し一切波立たない《凪》の状態に陥っています。電子端末も外部との通信が遮断された完全なスタンドアロン。担い手様……》
「ああ、分かっている」
空間跳躍が機能せず、エーテルの流れが止まり、一切の通信手段が封鎖される。
この状況に、アカギは一つ心当たりがあった。
空間侵食系越境能力者。
六つに大別される越境者の中でも、最も稀少かつ最も強力だと謳われる系統。
その能力は、世界の上書き。
空間侵食系の越境者は、己の内面世界にて現実の世界を侵食する。
構築された閉鎖空間では物理法則は全て過去の物となり、時の流れさえひどく曖昧に揺らいでいく。
空間内は、越境者が抱く心の在り方こそが絶対であり、世界の基盤。
世界そのものを敵に回すが如き、圧倒的に不利な死地。
唯一、同系統の越境者ならば真っ向から上書きし合うことで対抗できるが、そもそも空間侵食系自体が稀少であるため同系統同士がぶつかる可能性は酷く低い。
「最も現実的な脱出方法は、能力を発動した越境者の意識を狩り取ること……」
アカギの胸中を読み解くように、その声は響いた。
ふわりとした髪質の栗毛の少女。
若いと言うよりも幼く、首に巻かれた赤のスカーフはいかにも背伸びをした着飾りに見えた。
くるりとした眼で外見年齢はケビン等の少し下あたりか。小柄かつ細腕。足音は軽く、ヘルメット部分のみを解除した防護服は明らかに子供用であった。
舌足らず、それでいて落ち着いた物言いの声が発せられた。
「御加減は如何かしら、ミスター・アカギ?」
「最悪だ、とでも言えばいいのか、ヒペリカム・ラトクリフ」
どう見てもか弱い幼子にしか見えないその少女に、アカギは油断なく大剣を構える。柄部分、握り込まれた拳からぐっと引き絞る音が鳴った。
「あら、圏外で今話題沸騰中のニューフェイスに名前を憶えてもらえているなんて、私も捨てたものではないのかしら?」
「どんな戦いも、敵の情報収集は基本。それに、圏外の傭兵で貴方を知らない方がモグリだ――――元祖・《大物喰い》」
ヒペリカム・ラトクリフ。
《グレイブバルチャー》、最古参メンバー。
無差別争覇で格上の相手を下していく様からアカギや《ウェットファイターズ》のメンバーが《大物喰い》の代名詞になりつつあるが、大会の長い歴史の中で初めてその渾名で呼ばれたのは、他でもないヒペリカム当人だ。
今と何一つ変わらぬ容姿で、六十年前に開催された記念すべき第一回大会に優勝。現在との相違点があるとすれば、今大会とは違い個人で出場しその栄光を勝ち取ったという点だけだ。
「あらあら、その名で呼ばれるのも久方ですわね。それだけ調べているのなら、当然私の越境能力についても御存知かしら?」
「ああ、知ってるとも!」
踏み込みと共に振り下ろされる刃。脳天から股下、人体を両断する軌道。
アカギが、必殺の意を込めて放った一閃は、ヒペリカムの真横に落ちていた。
「ふふ、情熱的なお誘い!」
薄手の布。
異常なまでに長く伸びた帯状のスカーフが、刀身から更には右腕にまで登りほつれることなく巻き付きその軌道を逸らしていた。
精神感応変化布。分子単位で結合構造を変化させることで、使用者の意思を反映し伸縮自在、硬軟自在を実現する天衣無縫。現在の技術では再現不可能な《黄金期の遺産》。
が、実に恐るべきは脳内加速が可能な武芸者や超高度感知センサーを備えた義体化人、超感覚系越境者でも見切れなかったアカギの太刀筋を、ヒペリカムが完全に補足していた事。
切っ先が脳天に達する寸前、ヒペリカムは首元から解いたスカーフで大剣を絡めとり力に逆らうことなく真横に逸らしたのだ。
「ダンスは、お得意かしら?」
鋭利な刃がアカギの顔面目掛けて飛んでくる。
それは、ヒペリカムが放った、大剣に絡みついている一端とは逆側のスカーフの先端。
赤子の肌の如ききめ細かな質感から鋼鉄さえ寸断する単分子刃さえも、天衣たる変化布は即座に再現する。
『戦士』の目は、その攻撃の軌跡を捉えていた。
首をどれだけ逸らせば最小限の動きで回避し、反撃に繋げられるかを即座に見抜いていた。
だが、予測していた軌道から刃が逸れ、アカギの首筋からは鮮血が飛び散った。
「ぐっ!」
頸動脈数ミリ横を走った痛みを食いしばり放ったアカギの蹴りが、虚しく空を切る。左足を軸にそこから連撃へと繋げるが、ふわりふわりと風に舞い地を滑る小さな身体に紙一重で躱される。
アカギの今までの大会対戦相手で比較するなら、速度ではハクア、力では猿がヒペリカムの上をいっている。
単純な戦闘能力で劣っていながら、歴戦の『戦士』さえ翻弄し主導権を握り続けるのを可能にしているのは、ヒペリカムの驚異的な先読み能力。
一手、二手、三手。行動の先の先をまで見抜く力は、能力差を補って有り余る。
「それっ、それっ!一、二、三ッ!一、二、三ッ!」
足がステップを刻む度に、赤い飛沫が弾け床には斑点が広がっていく。アカギも曲線的な攻撃を卓越した技巧で捌いていくが、それ以上に相手が上手い。
半世紀以上もの間、肌身離さず所持し続け血と汗と涙が沁み込んだ変化布は、既にヒペリカムの一部となっている。
左手で変化布の中頃を持ち時に縛り時に撓めることでアカギの動きを阻害、足さばきで絶妙な距離感を保ちながら、右の腕をしならせることで先端を飛ばし攻撃を行うと言う複雑な動作さえ難なく実行し続ける。
そして、先読みの要訣もまた、変化布にある。
今は製造方法が喪われている精神感応素材で作られた変化布は、使用者のみならず周囲のある程度高度な知性を持つ生命体全ての心の揺れ動きに感応し波打つ。
無論、心の内が覗けるような便利なものではなく、精々大きな感情発露に対して僅かながらの反応を返す程度。
だが、変化布を己の一部とするヒペリカムにとって、その反応は十分すぎる程に鮮明。
生死を孕む戦闘行為であるからこそ発せられる緊張、焦燥、恐怖。その音に耳を澄ませ、更に長年の戦場に居座ってきた経験より培われた独特の勘働きを複合させることで、ヒペリカムは戦いの主導権を我が物とする。
「ふふ、激しいのはお好き?」
瞬間、天地は逆転する。
アカギの足元の六角形プレートが突如消失し、頭上高く高く、ほぼ豆粒程度にしか見えない距離に現れる。
越境者が支配する閉鎖空間に於いて、万有引力など過去のガラクタ。
重力は下ではなく、六角形プレートのある方向が『下』として定義される。
真っ逆さまに、アカギは頭上へ『落下』した。一瞬の浮遊感を置いてきぼりにして加速し、星空へと吸い込まれていく身体。
向かう先には、硬く厚みのある六角形プレート。重力加速により叩きつければ、容易に肉を潰し骨を砕く凶器と化す。
「こ、のっ!」
『カネツグ』七変化が一、《らいめいのてっつい》。
攻防の強化から移動の補助まで、七つの変化の中で最も汎用性が高く使用頻度も高い形態。落下しながらもアカギが、大剣を掲げれば変化布の隙間から見える刀身が雷光を放った。
《らいめいのてっつい》の電磁浮遊の効果を使用すれば、身体を浮き上がらせ直撃を避けられる。
「無駄、ですわ」
一歩先を往く先読みの力は、アカギが『カネツグ』を用いて状況を打破しようとしている事さえ看破する。
ヒペリカムの意思に反応し、変化布がその性質と形状を変えた。
無数に枝分かれし広がる帯。何本にも分かれたその先端は、床のプレートに付着し根を張った。
「ミスター・アカギの仰る通り、敵の情報収集は基本中の基本。ですので、その《黄金期の遺産》と思わしき武器についての対策は既に講じておりますわ」
伝導体化。
アカギの右腕と『カネツグ』に巻き付いている変化布が、発生した電撃を吸収。逆に絶縁体化されたヒペリカムの持ち手部分のみを避け、アースとなった根から床に伝導し広範囲に拡散し無力化される。
圏外での最高峰たる傭兵集団の《グレイブバルチャー》が、敵への情報収集を怠りその対策を用意していないなどありない。
「名が売れるという事は、それだけ競合相手の同業者に研究されるという事。今後の参考にするとよろしいですわ」
激突の瞬間、閉鎖空間に響いたのは破砕音。
あまりの衝撃に六角形プレートは粉々に砕け、全身を強打したアカギは口からは大量の血を吐いた。
そして、それだけでは終わらない。
「随分と御自身の頑丈さに自信があるようですが、これならどうかしら?」
ヒペリカムが手元の帯を引き寄せれば、伸びきっていた変化布が今度は逆に凄まじい勢いで収縮を開始する。連動し、アカギの真下、消失していた六角形プレートが再び現れ重力の方向がまた変り、再度の天地逆転。
「この閉鎖空間を形作るプレートは、縦に重ねれば重ねただけ形成する重力を強くします――――――さあ、情熱的なキスをくださいな」
即座に、二枚の金属の板が追加で重ねられる。
重力三倍、加えて変化布の高速収縮による引き寄せ。
結果は、踏み潰されたカエルの完成だ。
「がっはぁッ!」
超高速叩きつけられ、重力により蹂躙された身体は、四肢の何れもがあらぬ方向へねじ曲がり変形した。内蔵が口から飛び出さなかったのは、幸運以外の何物でもない。
首の骨だけは辛うじて守ったアカギだが、最早立ち上がる事さえ出来ずに粉砕され降り注ぐプレートの残骸を浴びその身体を埋めていた。
「本当、呆れた頑丈さですわ。普通、ここまでやれば大抵の方々は気を失うのに、まだ意識を手放していない」
ヒペリカムは、変化布を通じてアカギの戦う意思がまだ潰えていない事を感じ取っていた。
「さて、どうされますか?何事も命あっての物種、退く事も勇気。業界の先人として、前途有望な新人にはギブアップをお勧めしますわ」
油断なく、アカギがおかしな行動をすれば即座に仕留められるよう観察を続けながら、ヒペリカムは告げる。
「――――それに貴方、もう相当キているでしょうに」
独壇場たる狩場の閉鎖空間。
物理的な手段での脱出法がなく、外界との通信が遮断され、地形変動とそれに伴う重力変動。それらを歴戦の傭兵たるヒペリカムが効率的に利用してくるのだから、それだけでも厄介な事この上ないが、最も脅威かつ、アカギを苦しめ続けている要素は別にある。
《漂流する七人塚》。
それが、ヒペリカム・ラトクリフが持ちうる越境能力。
その真価は、閉鎖空間に取り込んだ全ての生物の心身を強制的に衰弱させていく事。
即効性は高くなく、直接的な殺傷能力があるわけでもない。
だが、如何なる手段を用いても逃れる術が無い、盛者必衰の理。
四肢からは力が抜けていき、直に立つ事すら儘ならなくなっていく。心臓の鼓動が徐々に弱まり、心肺機能が低下することで呼吸困難に陥る。
明らかな死の淵であっても、精神は衰弱の効果により危機感を覚える事が出来ず、怠惰と無気力に支配されひたすらに萎えていく。
閉鎖空間に取り込まれた瞬間から、そして今もアカギの心身は緩慢たる死に蝕まれ続けていた。
「誇っていいですわよ。ここまで覿面に私の越境能力が刺さる相手はそうはいない」
《漂流する七人塚》の衰弱効果には法則性が存在する。
より強者、肉体的・精神的に強靭であればある程に優先的に衰弱していき、その度合いも増す。つまりは空間内では、生物的に強ければ強い程に弱くなっていく。
嘗て、ヒペリカムが《大物喰い》と謳われたのもこの性質故。
越境能力の副作用により、ヒペリカムの身体は十代前半程の状態で『固定』されている。
どれだけ長い年月鍛え磨き血を吐こうとも、線が細く脆弱な少女の身体から脱却する事が出来ず、傭兵を生業としながらも、身体能力的には一般人とさほど変わりがない。
しかしその弱さが、数々の強者達を退けてきた。
肉体的な脆弱さ故、《漂流する七人塚》の衰弱効果は常に閉鎖空間内に閉じ込めた敵へと集中する。
「さあ、負けを認めてしまいなさいな。失うモノは多くとも、命さえあれば次につながります。ここで死んでしまえば、何もかもが終わりですわよ」
「……………ふ……ふふ、思った、通り………貴方は優……しい……人、だ」
盛り上がった残骸が崩れていく。
剣を杖代わりにして、壊れた身体でアカギが立ち上がる。
そして、その顔は力強く笑っていた。
まだ、そんな力が残っていたのかと驚きながらもヒペリカムの表情は揺るがなかった。
「優しい?激痛で気でも触れましたか、御自分の状況が理解できていて?それに私が、今まで何人の人間を手に掛けてきか御存知かしら?」
「だが、それ以上の人命を貴方は救ってきた」
決勝前、エマ達の特訓に付き合う傍らアカギは公式的な資料のみならず《ヴィンセント・ヴァルキリーズ》のコネクションなども利用して非公式な傭兵間での噂話や与太話なども収集し、徹底的に《グレイブ・バルチャー》の団員達を調べ上げた。
「G.V.が関わった事件・事故、紛争・抗争では死傷者の数が通常のものと比べて少ない傾向にある。それでも、全てのケースが該当する訳ではない。一体何かの共通点は無いかと探した時、そこにはヒペリカム・ラトクリフの名がいつもあった」
かの傭兵は、世界情勢がどれだけ目まぐるしく変わろうとも、半世紀以上も戦いの最前線で常に力なき人々の為にその手を汚していた。
「人質を助ける為、危険なテロリストのアジトへの単身突入。窮地の味方を逃がすための、孤軍奮闘の殿。記録に残っていないものも含めれば、もっとあるのだろう」
長く戦場にいれば、人の生き死にや醜い部分は嫌になる程見てきたはずだ。それでも、ヒペリカムの瞳には一点の曇りすらなかった。
「生かす為に殺す。自己矛盾を抱えながら………たとえ助けた相手に裏切られ報いられることが何一つなかろうとも、そう生きると決め、貫いてきた貴方の人生は―――――眩く尊いものだ」
「……見透かしたように語るのは勝手ですが、だから何か?」
冷たくあしらうヒペリカムに、アカギは笑みを崩さない。
「つい、思ってしまった………もしぶつかった場合、俺では勝てない、と」
所々から血が噴き出す震える両足で立ち、螺子くれ曲がった両腕で『カネツグ』を構え、『戦士』はその眼で前を見た。
「……俺は結構な若作りでな、貴方のような人間には何度か会った事がある。そういった者達――人生を懸けて己の信念を貫く者達は、力の大小に関わらず凄まじく強い。能力的な相性も含めて、俺では貴方に勝てない」
その動作があまりに自然で、ヒペリカムは気付けていなかった。
いつの間にか、アカギの両腕が上段にまで振り上げられていた。
「だが、俺にも出来る事はある」
素振り。
振り下ろされていく刃。
動作の兆候すら感じ取れなかった事に驚きつつもヒペリカムは、即座に己の意思を変化布に走らせた。右腕と『カネツグ』を絡めとっている部分から延長させ、全身へと広げる事で止めを刺す。
自身の五体を動かすよりも早く正確に動く変化布は、しかし何の反応も返さない。
「っ!?」
逆流してきた濁流のような精神の波濤が、一瞬ヒペリカムの脳を焼いた。垣間見えたのは、長い時間を掛けて紡がれてきた思いの果て。血反吐吐きながら何ら報われずとも繰り返されてきた修練の結晶。
アカギの腕に巻き付いていた変化布が、過負荷に耐えかね千切れ飛んだ。
世界が、張り巡らされた法則が、切り裂かれている。
本来ならば空間侵食系同士のぶつかり合いでしか発生しない法則の上書きが、ただの素振りによって引き起こされていた。
逃れえぬはずの盛者必衰の理を断つもの。
それ即ち、斬撃の理。
この現象に、ヒペリカムは覚えがある。
大会三回戦、W.F.対V.V.戦での最後の攻防。速度だけならば確実にハクアが上回っていたところを、まるで何かもが制止し、全てに先んじたアカギの攻撃が競り勝った。
(閉鎖空間の展開も無しに因果さえ捻じ曲げるのは脅威に値します・・・・・・ですが!)
圏外最強と謳われる傭兵集団G.V.は、既にその攻撃の性質を見切っていた。
言ってしまえば、アカギの素振りは『全ての事象に対して必ず先行する』だけなのだ。それそのものは驚愕すべき事実であるが、こと戦闘と言う尺度内でどう攻略するか考えるならば対策は幾らでもある。
お互いが射程圏内に入った早撃ち勝負のような場面でならアカギの素振りは絶大な効果を発揮するが、一度大剣の間合いの外に出てしまえば、それはただの『早いだけの素振り』にまで価値を落とす。
アカギが落下した地点とヒペリカムが立つ位置には距離がある。
それは砕け飛び散った破片が当たらぬよう安全のために設けた間隔的余裕であり、どう踏み込んでも大剣の間合いの外であった。
(素振りの動作が終わった直後に、再度変化布で締め上げて落としますわ!)
十分の一秒さえも見逃すまいと見開いたヒペリカムの目に飛び込んできたのは、眼球の数ミリ手前まで迫った無骨な大剣であった。
「っ!」
咄嗟に、ヒペリカムは身を逸らし避けた。
飛来した金属の塊は、背後の薄暗い闇の中に吸い込まれていく。
素振りが終わりきると同時に、アカギは指の力を緩めていた。握りから開放されたことで、『カネツグ』は振り下ろしの勢いのままに飛んだのだ。
瀕死の状態から絞り出した最後の攻撃にしては、あまりにも肩透かし。一体何の意図がと思考を加速させたヒペリカムは、思わず叫んだ。
「まさか、狙いはっ!」
空を切り裂いて飛ぶ刃が、地に落ちる事無く空中で突如静止した。
否、それは何もないはずの空間に突き刺さっていたのだ。
それを見たアカギは、崩れかけの身体で口角を吊り上げる。
「落下している時、一瞬だが確かに見えた。そこだけ、電流の流れ方が他と違っていた」
変化布の伝導体化により電撃が方々に散り無効化された際、六角形プレートに叩きつけられる直前であっても『戦士』の観察眼はその僅かな差異を見逃していなかった。
『カネツグ』を起点として、閃光が走る。
姿を現す、星の光を受け静かに輝く白銀の装甲。鋭角的であり優美で長い全長。基本コンセプトからして特異、おそらく銀河でも唯一であろう宇宙船。
《シルバー・セブン》。
閉鎖空間内に引き込むと同時に、相手の戦力を削ぐ目的でヒペリカムの手で光学迷彩シートを被せられ存在を隠匿されていた船が、今再び姿を現した。
「貴方には、俺では勝てない………だから、俺達で勝たせてもらう。さあ、出番だ『カネツグ』、お前の力を見せてやれ」




