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お待たせしました。
三か月ぶりの更新です。
「何を、しているんだ?」
アカギの口から漏れたのは、そんな間の抜けた問いかけだった。
心胆を定めごく短期間で成長し自らの限界を超え、立ち塞がる困難を打破する。それは今を生きる者達が持ちうる輝きであり、人間の持ちうる可能性の一端。
土を舐め泥を啜るような劣悪な環境から這い上がり前へ前へと進み続ける少年の姿は、骸の如き『使徒』の冷たい身体にも熱い風を吹き込ませる。
半年前のエマの時と同じく、クエスト云々を抜きにしても肩入れせずにはいられないでいる己を自覚するアカギは、だからこそその光景に呆然とした。
両腕で一抱えするには優にある白い花弁の山、その横では花束の花弁を一心に一枚一枚むしっていく少年。
絶体絶命の死地であっても常に活路を模索し続ける事を止めない歴戦の『戦士』は、額に手をあて空を仰いだ。
「あ?なんだよアカギさん、いたのかよ。なんか用か?」
背後の気配に振り返ったケビンは、訓練場で立ちすくむアカギに目を止めた。そして普段とは違うその様子に少年は怪訝な表情をした。
「どうしたよ、用があるならさっさと言えよ」
「そうだな、思ってもみればまだ経験の浅い十代半ば。すまない、気付いてやれなかった俺の落ち度だ……」
「はぁ?」
アカギはケビンの傍に腰を下ろすと、その肩にそっと手を置いた。
「明日の決勝……花占いに縋ってしまう程、不安なんだろう?」
「ちげえよ、馬鹿!」
「大丈夫だ、大一番を前にした緊張や不安で奇行に走るのは恥ずかしい事じゃない」
「うるせぇ!そんな理解のある年長者みたいな顔してんじゃねぇ!」
乱暴に肩に載せられた手を振り払うと、ケビンは花束から一輪の白い花を抜き取りアカギの目の前にまで持ってきた。
「いいか、その節穴の眼玉を開いてよく見てろよ」
一輪の花からは既に花弁がむしり取られた後であり、雄しべや雌しべなどの部位が大きく露出していた。
ケビンは、花を持つ右手とは逆の手で花弁の山から一房を掬い上げると、花の頭の部分に左手をすっぽりと覆いかぶせた。
指と指の隙間から零れ落ちヒラヒラと舞う花弁。左手がどかされた下から出てきたのは、たった今摘まれたばかりのように五枚の花弁を携え生き生きとした満開に咲く一輪の花であった。
「これは……」
「外力通の応用、そして内力通の基礎でもある。ガキの頃、死ぬほど師匠にやらされた修行の一環だよ」
外力通と内力通。
武芸者が《気》を扱う上で必要不可欠な両輪たる基礎技術。
外力通は、皮膚から《気》放出し身体や武器に纏わせ強度や剛性を高める、身体の外で《気》を操る技術。対し内力通は、《仙丹》で生成した《気》を《経絡》を通して全身へと広げ身体能力や自己治癒能力を高める、身体の内側で《気》を操る技術だ。
どちらに重点を置くか、どのように運用するかは各流派ごとに異なるが、ほぼ全ての流派の業はこの二つの技術が根底にあると言って過言でない。
「うちの流派:コンゴウだとな、《気》の扱いでまず最初に習わされるのは外力通。んで次に内力通を覚えるんだが、修行にはまずコイツを、ヤコウミスミの花を使う」
ケビンはまた一輪花を手に取ると、今度は両手で上下を持ちそのまま茎部分を引き千切った。
「《気》の扱いに失敗しても外力通なら、裂傷なんかを負う程度で済むが、《経絡》は替えの利かない神経や臓器とも複雑に絡みついてるからな。加減間違えて下手こくと自分の内力通で脳の血管弾き飛ばして死ぬ」
茎を持ったままの上下の手がゆっくりと近づいていく。分断されたヤコウミスミの茎の断面と断面が間隔1mm弱程度の距離で制止。
目を凝らすアカギがその間隙に見たものは、細い半透明な糸だった。
上下の断面部分から生えた細い細い繊維の糸は、絡みつき合い結合する。一本のみならず無数の糸が断面から次々に頭を出して繋がっていく。
時間にすれば数秒。
ケビンが上の手を離した時、そこにはもう何事も無かったかのように一輪のヤコウミスミの花があった。
「だから、自分の身体でやる前に、花なんかで生体を修復する感覚や内側に《気》を通せる限界量なんかを学ぶ。普通、自分の身体以外を治癒させるにはかなり専門的な修行を積む必要があるんだが、ヤコウミスミに関しちゃ何万回も失敗を繰り返したおかげで、俺程度の使い手でもこんな芸当が出来る」
無造作に投げられた花を空中で摘まみ取ったアカギは、花を回転させながら様々な角度で観察した。
「は~、武術に関して俺は門外漢だが、これは大した技量だ。上下の継ぎ目がまるでない」
「クソ師匠が、『バラバラになった花を元通りに修復出来るようになるまで内力通の修行は禁じる』とかぬかしてよ。こんなちまちまとした修行なんてやってられるかさっさと内力通を教えろって言ったら脳味噌シェイクするレベルで何度もぶん投げられた」
容易に想像出来るその光景に、アカギは思わず笑ってしまう。
「はははは、目に浮かぶようだ」
「うるせぇ、笑うな」
「だが、投げられはしたが痛みは無かったんだろ?」
投げ技とは、極論すれば相手の重心を崩しを己の重心の運動で絡め取ることでベクトルエネルギーの渦を操る技術の総称だ。
アカギの使用する左手の防御法、楯無しもまたこの技術の延長上にある。
硬い地面に相手の頭部を激突させれば、てこの原理や遠心力で以って集約されたベクトルエネルギーにより頭蓋を割り致命傷を負わせるものも容易。
逆に、投げ飛ばす対象を高速で回転させるなどしてベクトルエネルギーを霧散させれば、三半規管を一時的に麻痺させるのみに留め、相手を無力化した無傷の状態で倒す制圧術としての運用も出来る。
ある種、きかん坊の鼻っ柱を折るにはうってつけの業である。
「………けっ、見透かしやがって。ああ、そうだよクソ師匠に嫌って程技量の差を思い知らされて、当時はヤコウミスミの内部構造を理解するために解剖刃で部位ごとに解体したり、維管束の伸び方の傾向とかをサンプル集めて比較したりとか、嫌々色々やった」
最初に弟子の心折ってくるとかやり方が陰湿なんだよ、と口で悪し様に己の師を罵る少年の顔には、懐旧とほんの僅かな寂しさがあった。
軽く息を吐き、ケビンはそのままの体勢で地面に身体を預けて仰向けに寝そべった。見上げたのは星空であり、思い浮かべたのは過去の情景。
「アカギさんのお陰で、俺は少しだけ周りを広く見れるようになった。そんで今更ながらに気付いたんだよ、師匠の課した修行はどんなに小さなものでも全部意味があったんだって……」
闘技場最下層、人体欠損など日常茶飯事な環境下で今日までケビンが五体満足でいられたのは、若い年齢にそぐわぬ程の精度と速度で自己治癒を行える内力通の練度あってこそ。
ケビンの師匠、オウ・ガシンが自身の死後の未来までを見通せていたかは最早定かではないが、その教えは確かに弟子に根付き歩みを支える柱となっていた。
「一度、自分の原点ってやつを再確認したくなってよ。修行で使ってたヤコウミスミの花をミツルさんに無理言って用意してもらちまった」
寝転がったまま軽く背伸びをしたケビンは、欠伸を漏らした。そして、自身の端末で時刻を確認する。
「夢中になってやってたらもうこんな時間か。まあ、やる事はやったんだ、後はジタバタせずにたっぷり寝て明日を待ちゃいいか」
無差別争覇で《ウェットファイターズ》が優勝できるか否かには、様々なものが掛かっている。
アカギならばクエスト、引いては勇者との再会。エマならば故郷の命運。外ならぬケビンもまた、優勝賞金を獲得出来なければ義妹の病気を治す事は叶わない。
W.F.の一人として試合に出場する以上、異界や政治の知識は深く知らずとも、その重責はケビンも十二分に理解している。
その上で、若き武芸者の少年は気負いも無く自然体でいるのだ。
重圧からくる自らの心で渦巻く不安や恐怖と言った所謂負の感情とも呼ばれるそれらを否定することなく認め、諦めや怠惰ではなく今出来る事の全てを成したが故の泰然たる様相。
その姿こそ、アカギが初めてケビンを見た時に欠けていると判断した要素、『心の余裕』を体得したものであった。
「心配など、杞憂だったな」
今ここにいるケビン以外のW.F.の面々も、皆が明日に備えて自身の成すべき事を成していた。要らぬ老婆心だったかと、アカギは述懐する。
「ケビン、明日の作戦内容は覚えているな?」
「たりめぇだろ、抜かりはねえ。数で劣ろうが、金が無かろうが、最後に笑うのは俺達だ」
犬歯を剥いて笑みで応える少年に、『戦士』は問うた。
「なら一つ、作戦について話がある」
黎明歴425年9月30日
無差別争覇杯、決勝戦当日。
興行施設コロニー・ナタは、嘗てない程の熱気と欲望で溢れかえっていた。
無差別争覇杯の初日の時点で宇宙船を停泊させる港区画や人が泊まれる宿泊施設は既に満杯。
そこへ決勝戦の日程変更、『無差別戦』のルール適用、五帝自らが乗り出した圏外最大規模の賭けなどの異例の事態が多発したことにより、噂が噂を、人が人を呼びコロニー・ナタが存在する宙域には交通規制を敷かなければならない程数多くの宇宙船が大挙した。
コロニー・ナタは二つの円筒型コロニーを上下に結合することで建造された、収容可能人数五千万人という通常サイズのコロニーの三倍以上の収容可能人数を誇るが、使用しない施設を一時的にパージして余剰スペースを確保したとしても、明らかに押し寄せた人々を収容するには足りていない。
収容可能人数の問題で入港を拒否出来ればそれが一番簡単なのだが、現実はそう単純ではない。決勝戦目当てにやってきた者達の中には、ギルドも無視できないような各界の大物や著名人、圏内圏外の両方に網を張るメディア関係者もおり、これらの人種を門前払いするとなると方々(ほうぼう)への心証を非常に悪くする。
無差別争覇杯運営委員会は、会議の末に全ての者を受け入れる事を決定した。
仮に一部の者達だけを特別処置として便宜を図ればこれもまた方々からの非難必至。
故に、この興行で発生する膨大な利益と各方面に作れる無形の『貸し』を考慮し誰一人欠ける事無く受け入れるよう方針を決定した。
運営委員会は、まずは五帝ならびギルドに直轄商人更には繋がりのある個人・企業の全てに呼びかけ所有している大型の旅客船とそれらを運用できる一流のスタッフを圏外中からかき集めた。そして、集めた船を停泊させる最低限の設備のみの簡易宇宙港を同宙域内の星で建設。
どう逆立ちしてもコロニー・ナタにはこれ以上人を入れる事は出来ない。その為、旅客船を臨時の宿泊施設として機能させる人員と物を集結させたのだ。
富裕層が旅行などに使う大型の旅客船ならば内部に快適に過ごせるスイートルームやプール、レストラン、バーなどの施設を搭載しており、押し寄せてきた人々を一時的に滞在させるには事足りる。後は、決勝戦の映像を中継する通信網を構築する事で、運営委員会はなんとか一応の体裁は保っていた。
普段は、顧客の熱狂と興奮を尻目にプロとして冷静に活動する運営委員会の職員達も、コロニーの機能、在籍職員をフルで活用しなければならない凄まじい忙しさに目を回していた。
しかも、決勝の勝敗如何によってはギルドの権力の半分近くを得体の知れない元連盟加盟国の王女が握るようになるのだ。
常識的に考えれば、コンウェイが賭けに敗北するなどまかり間違ってもありえないが、ありえないとただ思考停止する行為は過酷な圏外では愚行。
多くの職員達は、どんな事態が起こってもすぐさま対処可能なように、ある意味顧客達以上に決勝戦へと意識を集中させていた。
そんな顧客側、運営側共に熱でひりつき誰もが騒がしくしているコロニー・ナタの中でも最も賑わい喧騒に満ちているのが、メインストリートである。
コロニー内での制限ギリギリまでの高さを誇る摩天楼の群れ。大型商店が軒を連ね興行最終日を狙った大型セールやキャンペーンは最高潮。ここ一週間で右肩上がりで上昇し続ける人口密集率は並みではなく、見下ろす事ができれば、波打つ人の絨毯が見えるだろう。
互いの肩と肩がぶつかりそうな窮屈な空間を、最小限の動きで通り抜け規則正しい歩調で進む黒と白で身を纏う集団があった。
武術の二文字を背負う戦乙女達、《ヴィンセントヴァルキリーズ》である。
黒とは即ち忠節と仁義のロングスカート、白とは即ち貞淑と清廉のエプロンドレス。
各々が動きやすいよう独自のカスタマイズ、素材である最上級の特殊繊維を惜しげもなく裁断・縫製して編み込まれたメイド服。
背筋を伸ばした正しい姿勢と滑らかな足運びによって成立する歩行運動は、乱痴気騒ぎ寸前のコロニー内にあっては気品すらうかがえた。
周囲の騒動に当てられる事も無く我が道を往く一団の姿が気に食わなかったのか、V.V.の通行を妨げるように肉体を義体化した一団が立ち塞がった。
数は十人前後。この場にいるV.V.の団員よりも数が多く、壁の様に隙間なく幅を詰めているため、また人垣により横に避ける事も出来ず団を率いているホウセン・ミツルは足を止めた。
「何か御用でしょうか?」
「いやいや別にどうってことはねえんだけどよ、この前の試合の借りを返させてもらおうと思ってなぁ?」
違法改造により明らかに人体のシルエットが崩れ一部内部構造が剥き出しになっている義椀や義足に身体を置換している男は、ミツルに粘質性の高い笑みを向けた。
男に率いられた他の者達が次々に高出力の無反動ブラスターの安全装置を解除し、義体の内臓火器を開放していく。
「確か傭兵団《マーダー・ハンズ》の団長、ナンゴウ様でしたか。その節はどうもお世話になりました」
無差別争覇杯の二回戦で、V.V.とM.H.は対戦している。
銃火器類使用可のルール元でぶつかり、結果はV.V.の圧勝。先鋒として出場したハクアが五人抜きして、対戦相手全員を切り伏せている。
「再戦の申し出ならば、武芸者として受けて立つのはやぶさかでないですが、ここはコロニー・ナタの戦闘禁止区域です。それに今は少々急いでいるところでして、後日改めて再戦の日時と場所を決めさせてもらえないでしょうか?」
「うるせぇ!てめぇらみたいな時代遅れの連中に舐められたままとあっちゃあ、傭兵稼業なんてやってられねえんだよ!」
M.H.の団長ナンゴウは、右手の鉤爪状になった五指を振り回しながらミツルの眼前へと突き付ける。腕の軌道を完全に見切っていた武芸者は微動だにせず、その前髪だけが僅かに揺れた。
「知ってるぜ、あの厄介な白髪のチビ、今は童貞野郎のチームに出向中なんだってな。アイツさえいなけりゃカビの生えた喪失武術なんてメじゃねえ!」
なんて短絡的なと、ミツルは呆れるしかなかった。
コロニー・ナタは、五帝シュン・ライコウの所有施設であり御膝元。ここでのルールを無視し殺傷能力高い兵器を振り回せば定点カメラや監視用ドローンに感知され、出動してきた鎮圧部隊に拘束される。
犯罪者として罰せられるだけならばまだいい。五帝の顔に泥を塗ったとなると、裏と表の両方の経済圏から弾き出され、干される。
日々の糧を稼ぐための仕事に就けず、物の売買すら出来なくなり、待っているのは緩慢な死であり、破滅だ。
そう言った暗黙の了解があるからこそ、ここコロニー・ナタでは殴り合い罵り合いなどの喧嘩は日常茶飯事であるものの、殺傷能力の高いブラスターを抜いた死傷者が出るような取り返しのつかない事件にまで発展する事は滅多に起きない。
それでも一時の感情にかられ頭に血が上った、ナンゴウのような者はどうしても出てしまう。
ホウセン・ミツルは、他の団員達へM.H.からは見えないよう背中でハンドサインを作り指示を飛ばす。
相手方の装備に数に陣形、実力差から考えて、V.V.がこの場から逃げるだけならば極めて容易。しかし、そうなると血気に逸った傭兵達がブラスターを見境なく乱射し商業区を行き交っている無関係な人々に被害が出る可能性がある。鎮圧部隊が現場に到着するまでに、何人の犠牲者が出るのか。
逃走は選択肢として採用できない。
ならば、先手必勝。現状の装備と人員を用いて二秒以内でM.H.を無力化。明晰な頭脳にて計画を瞬時に練りあげたミツルは、メイド服の着脱可能な飾り布に《気》を通し暗器として使用しようとした時、その音を聞いた。
甲高いプロペラ音。主に、滑走路を必要としないeVTOLから発せられる風切音だが、音の大きさからドローンなどの小型の無人機ではなく、積載量重視の大型機であるとV.V.を率いる才媛の傭兵は判断する。
「な、なんだありゃ!?」
驚くナンゴウの視線の先、商業区とは別区画の上空から高速で黒い塊が飛来してくる。
摩天楼の間を縫う様に四対の回転翼を高速回転させて鋼鉄の箱が降下し、ミツル達の頭上で数メートルの位置で滞空する。
「はっはははは、すまないね。君達の到着が待ち遠しくてこちらから来てしまったよ!」
eVTOLのスライド式ドアを開け、鷹の意匠が施された覆面を被る巨漢が身を乗り出す。
闘技場に通うファンならば、否、圏外に住まう者ならば知らぬ者はいない、その漢。
S級闘士にしてマッドマックスの愛称で親しまれる闘技場のチャンピオン、マクシミリアンである。
「とぉう!」
躊躇なく果敢に空中に飛び出す巨体。
金属質な着地音が鳴り響いたかと思うと、既にチャンピオンは右足、左膝、左手の三点のみで降り立つ見事な三点着地を決めていた。
旧い時代の古典文化において『スーパーヒーロー着地』などとも呼ばれていた、落下の衝撃を一切殺さない完全に見栄え重視の着地法。
膝を中心とした完全義体ボディに軽減なしの負荷が掛かるのは明白であるが、何時如何なる時も人々を魅了してこそのチャンピオン。ダメージなど二の次三の次、全ては声援をくれる観客達の笑顔こそが第一。
「私の所有するeVTOLだ。遠慮せずに乗ってくれ、これなら会場までひとっ飛でいけるぞ!」
先日のエキシビジョンマッチ、野次馬に会場を包囲され立ち往生をしていたアカギ達に救いの手を差し伸べたのは、他でもない二回戦にW.F.とぶつかり敗北した《グランドチャンピオンズ》のリーダー、マッドマックスであった。
親友から受け取ったと言う完全義体を粉々に砕き、優勝の悲願を潰しファン達の期待さえ裏切らせた事を恨んでいないのかと問うケビンに、闘技場の王者は親指を立て歯を見せた笑顔のサムズアップで応えた。
『試合が終われば、No side!全力でぶつかり合ったのなら、好敵手だ!友人を助けるに、理由がいるのかい?』
闘技場関係者のみが使える会場地下から延びる専用通路に案内されたアカギ達は無事に拠点まで帰還することが出来た。
その時から、アカギ達はマッドマックスと友誼を結ぶ事と成った。
何かと敵の多いW.F.の面々への物資の融通や情報提供、運営委員会を陰で操るコンウェイ陣営の妨害工作の排除、漂着惑星で後顧の憂いなく出場メンバーが特訓に打ち込めたのは、多大な影響力を持つチャンピオンのコネや力に助けられた部分も多い。
その無償の援助に感謝の念が絶えないアカギ達に、マッドマックスは快活に笑った。
『はっは!なに、気にすることはないさ。敗北を得たことで、私はより成長出来た。それに私のチームに勝利した君達なら、決勝でも観客達を熱く激しい興奮の渦に巻き込んでくれるのは間違いないからね!』
親睦を深めていく中で、V.V.全員分のチケットを用意することが出来なかったため決勝は動画配信サービスを使って冥途喫茶ヴァルハラから応援しようとしていたミツル達をマッドマックスが誘い、会場から共に直接応援する予定であった。
「おや……これは」
マッドマックスが着地したのは、ちょうどナンゴウにより鉤爪を突きつけられているミツルの真横。
空中からの突然のダイブに呆気にとられている周囲に二、三度視線を動かすと、経験則からチャンピオンは状況を判断した。
軽快なフィンガースナップ音。
「そうか、君達は私のファンだね!握手なら、いつでも大歓迎さ!」
突き出されていたナンゴウの鉤爪の装備された義手が、それよりも更に太く強靭な指先で絡め取られ握り込まれる。
「は、放しやがれ!」
「ははは、恥ずかしがることはないさ!」
「こ、のっ!」
ピクリとも動かない右腕に業を煮やしたナンゴウは、振動刃の装備された凶悪な左腕を大きく振り上げた。
本来の義体のスペックなら完全なワンオフ品で値段・性能共にハイエンドな完全義体に一介の傭兵が所有できる程度の量産モデルが敵うはずはない。
だが、大会二回戦でチャンピオンの完全義体は破壊されている。ワンオフ品は替えが利かないからワンオフ品なのだ。
たとえ完全義体であっても、同じ量産モデルであるならば鋼鉄をバターの様に切り裂く振動刃で殺傷できる。
「おお、私としたことがファンの要望を間違えるとは!これは失敬失敬!」
右手を開放したマッドマックスは、振動刃を振り上げたことで空いたナンゴウの胴に自らの両腕を回しその身体を己の胸元に抱え込んだ。
「がはっ!?」
体格的には、2mを超えるマッドマックスの方が大きく、ナンゴウの身体は宙吊りとなって分厚い胸板と丸太の如き両腕で挟み込まれる。
四肢は拘束されていないため、暴れる鉤爪や振動刃が闇雲に完全義体のボディに叩きつけられ火花が散るが、その体躯はビクともしなかった。
「はっは!君が欲しかったのは、抱擁だったんだね!勘違いしてしまったお詫びに、追加でファンサービスだ!」
回転。右足を軸に、ナンゴウの胴部をしっかりとホールドしたままマッドマックスの身体が高速で回り始める。
錐揉み状態で相手の脳天を上空高くからリングに叩きつける決め技、ラスト・ショットの愛称を呼ばれるフィニッシュホールドの一部を疑似体験できるファンからは御馴染みのマッドマックス流のファンサービス。
数十回におよぶ回転がようやく止まり、拘束を解かれて足を地に着くことができたナンゴウは、左右に酩酊状態のようにふらつき、そのまま尻餅を着いて目を回し倒れた。
「さあ、次に私と握手や抱擁を希望するのは誰だい!?」
「か、勘弁してくれ!」
歯を見せた陽気な笑顔とサムズアップが向けられると残りのM.H.のメンバーは団長をその場に捨て置き逃げ出した。雑踏の中に吸い込まれていく傭兵団の背中を見送ったマッドマックスはミツルへと振り返る。
「どうやら彼らも満足したようだし、改めて会場に向かうとしよう」
ただの一人も怪我人を出さずに場を収めてみせた王者に、武芸者は一礼する。
「マッドマックス様、ありがとうございます。おかげ様で助かりました」
「何のことだい、私はファンと交流を深めていただけだよ?」
両肩を大仰に竦め、片目をつぶって見せた巨漢に、ミツルは口元に手をあてて笑ってしまった。
快男児、そんな言葉が良く似合う男。それが、チャンピオン・マッドマックスである。
「ところで、W.F.の皆の仕上がりはどうなんだい?」
「ご心配には及びません」
力強く、ミツルは断言する。
「皆々様、私共V.V.の誇る最高難易度育成コース『モード:すぺしゃる』を突破されました兵。今となっては、彼の方々は屍山血河さえも渡り歩きます。少なくとも、決勝戦でマッドマックス様を退屈させるような事はないかと」
「Excellent!それは、素晴らしい!」
満足げに頷くマッドマックス、改めて
「さあ、それでは行こうか。彼等の奮闘を特等席から応援しよう」




