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毎度読んでくださっている方々、非常にお待たせしました。

いつも遅筆な筆者にお付き合いくださり、誠にありがとうございます。

 黎明歴425年9月29日。

 月の光に濡れながらアカギは漂着惑星の湖畔にて一人、一献傾けていた。

 芝生の上で胡坐をかき、横には陶器の酒瓶。空に浮かぶ四つの衛星を(さかな)に、杯を口に運ぶとじっくりとその酒が長い年月の中で熟成させてきた味の深みを味わっていく。

 穏やかな水面(みなも)が奏でる水音が静かな夜に響き、身体の内側に涼し気な清涼感が吹き抜ける。

 いい、夜だった。

 明日の30日に向けての仕込みや下準備、やるべきことは全てやり終えた。後は、どれだけコンディションを最高の状態にまで持っていけるか。

 決戦前の最終日は、メンバーは全員自由行動となっている。アカギ以外のメンバーも、今は連日連夜の特訓で酷使した身体を休めている最中であった。

《手酌で(あお)るなど、風情がありませんね。折角高い賃金で雇入れているのです、誰か《ヴィンセントヴァルキリーズ》の団員でも呼んで注がせればよいものを》

 担い手の真横、大剣状態で地面に突き立てられている『カネツグ』は、情報端末を介することで己の主に苦言を呈する。

「別に、酌をさせるために彼女達と契約を結んだわけではない」

 アカギが見込んだのはV.V.の職業倫理の高さとそのサポート能力。超一流の料理人レベルの調理技能を多くの団員が修得していたのは嬉しい誤算であったが、それはあくまでも余禄に過ぎない。

 約一週間の特訓中、団員総出での献身的な仕事ぶりには頭の下がる思いであり、やる事をやり終えた最終日位は休んでいて欲しいと願うばかりだ。

「それに……今は静かにひとりで呑みたい気分でな」

《ひとりで……ねえ》

 大剣状態であるため今の鋼の精霊に顔は存在せず、発せられる言の葉も端末を介した抑揚の薄い合成音声。それでも、長年の付き合いであるアカギは整った相貌で疑いの眼差しを向け呆れ顔をする相棒の姿を幻視してしまう。

《ところで、担い手様。明日はクエストの成否に関わる大一番の決戦。『戦士』として体調は万全の状態に整えておく事が責務であると私は考えます》

「そうだな、俺も異論はない」

《担い手様は、昨日から夜通しで小娘共の装備を作られていました。一仕事終えた後の一杯も結構ですが、いい加減に睡眠を取るべきかと。それに……何故その胸の傷(・・・)を何時までも放置されているのですか?》

 一陣の夜風が吹き抜ける。

 月の一部を覆い隠していた雲が散らされ、地上の影も同じく散っていき、暗がりによって隠れていた部分が露になる。

 アカギの胸部を走る斬撃痕。

 浅く細く、命へは到底届かない僅かに血を流させるのみの一筋の線。

 されど、アカギが自ら作成した防具である《せんきのコート》を切り裂き強靭なる『使徒』の身体に直接刻まれた確かな痕。

《その程度の軽傷、睡眠を取らずとも手持ちのポーションを使えば今すぐにでも治癒可能なはずですが?》

「あ~、それはだな……」

 いつも明朗かつ堂々としたアカギには珍しく、その反応は幾ばくかの逡巡や迷いが含まれていた。

 それでも『戦士』は、眼を(つむ)り杯を飲み干すと数秒で自身の心に整理をつけ己の感情を吐露した。

「アイツらの成長が、嬉しくてな。ついゆっくりと噛みしめたくなった」

 胸に走る傷、それはケビン達全員がこの特訓中に積み重ねた努力と工夫の結果だ。

 初日では一方的に蹂躙され無残な姿を晒した若者達は、それでも心折れる事無く挑戦し続けた。

 アカギは、特訓の最終目標の敵としての役割に徹すべく一切手心は加えなかった。

 『カネツグ』の《六》と《七》などの使用に制限のある手札は切らなかったが、逆に言えばそれ以外は全て晒し全力で挑戦者を迎え撃った。

 加えて、大会三回戦時点では効果(こうか)覿面(てきめん)であったハクアの浸透斬撃も、戦いの中でその環境下に適応し進化していく『使徒』の身体が《気》への対抗策を編み出したことで有効打ではなくなっている。

 特訓終了までに『戦士』へ一撃を叩き込める可能性は、限りなく低かった。

「やはり、今を生きている者は強い」

 一日一日、一秒一秒。

 ほんの瞬く間にも命を燃やし、若者達は成長していく。

 時間を重ねる毎に目まぐるしく変化し、全員の力を結集させることで予想を超えて遂にはほんの僅かな可能性を掴み取ってみせたのだ。

 アカギは、自身の胸に手を置いた。

「『使徒』の身体は大抵の傷なら一晩寝れば治る。治って、しまう。これまで散々この身体には世話になってきたし、今さら嘆くつもりはないが……」

 横に置いていた酒瓶を掴むと、杯に注ぐこともせずアカギは一気に酒を呷る。何度か喉を鳴らしながら火が着く度数の酒を大量に五臓六腑に流し込んだその顔は、不自然なまでに素面(しらふ)であった。

 僅かに、ほんの僅かではあるがその瞳には陰りさえもが見え隠れする。

 空洞。悲しみ嘆くわけでもなく、何も衝動も感情を抱かない無の相貌。

「まったく……我ながら、なんとも難儀な体質だ」

 『使徒』が酒精に惑う事はない。

 常に如何なる時も万全の戦闘態勢を保全しようとする不老の身体は、摂取したアルコールを凄まじい代謝機能で分解し酩酊に陥る事を許さない。

 古来より人類の多くが享受してきた悲しみや怒りなどの精神的負荷を一時の高揚や幸福感で癒すというささやかな安息を、『使徒』は得る事が出来ない。

 故に、アカギは普段から滅多なことでは酒の類を口にしない。

 どれだけ銘酒を空にしても、後に残るのは余韻ではなく空虚だからだ。

 されど、今宵だけは事情が違っていた。

「それにしても………ああ、今日はいい気分だ」

 虚ろな表情が瞬く間に消え、にやけ緩んだ顔を隠そうともせずアカギは大の字に寝そべる。

 胸の傷がくれるじんわりとした熱が、得も言われぬ充足感や満足感へと変じていく。

 実際に酔っているわけではない。場酔いやプラシーボ効果の類似であり、全ては錯覚。

 それでも誤認識の産物でしかないその幻想は、『使徒』にとって得難いものであった。

《だらしがないですよ、担い手様》

 咎める口調ではあっても、精霊の言の葉に険はない。明日を考えれば無理矢理にでも主を休ませるべきだが、数百年ぶり訪れた一時の微睡みに水を差すのは気が引けた。

 それに、態々止める必要も無いこと精霊は知っている。

 にやけながら最後の一滴まで酒を飲み干しアカギは、よしっと己への掛け声を発し、勢い良く立ち上がった。

《もう、よろしいのですか?》

「ああ。流石にいつまでも飲兵衛ではいられないからな」

 調子を取り戻したその顔は、いつもの泰然とした余裕の笑みで結ばれていた。

 こと戦いに於いて、アカギが成すべき事を見失うことはありえない。

「見回りにでも行くか。歳を食って擦れている俺と違って、アイツらはまだまだ若いからな。過度に緊張でもしてるようなら、軽く揉んでおいてやらないとな」

 突き刺さっている愛剣を背中の『棺桶』に収納しようとするアカギを、『カネツグ』は止めた。

《担い手様、少々お待ちください》

「なんだ?」

《私も久方ぶりに一人で夜風にあたりたくなりました。暫くこのままにしておいていただけないでしょうか?》

「構わないが、珍しいな」

 常日頃から自身はアカギの一部であるとでも主張するかのように、必要がない限り鋼の精霊が主の傍を離れる事は滅多にない。

《ただの気紛れです。担い手様には四六時中御一緒させていただき御世話をさせていただいておりますが、たまには私も一人の時間を楽しみたくなる時があるのです》

「はは、それは耳が痛い話だ」

 世話になりっぱなしであるとの自覚のあるアカギは、その提案に首肯する。

「分かった、見回りが終わった後で回収しに来る。何かあれば端末に連絡をくれ」

《はい、ありがとうございます》

 赤毛を夜風に靡かせながら主が湖畔から立ち去り、その背中が見えなくなり、端末での位置情報を確認した上で、『カネツグ』は周囲に展開させていたドローン一機を介して合成音声を発する。

《それで、いつまで隠れているつもりだ、小娘》

 鋼の精霊以外誰ももいないはずの静かな湖畔に、反応があった。

 群生している背の高い植物が織り成している草むらの一つが割れ、そこから翡翠色の瞳をした少女が気まずい表情で姿を現した。

「いや、その、盗み聞きするつもりは一切無かったんですよ?でも、結果的にそうなってしまったと言いますか、いや下心がまるで無かったかと言われれば嘘にはなってしまうのですが、でも悪意からの行動等ではなく……あの…」

《ふぅ……なんだその、失態を隠そうとする政治家の様な迂遠な弁明は》

 呆れながらも『カネツグ』はドローンの投影機能で『↓』のARを描画させ、それまで隠れ潜んでいた少女、エマ・フラメルを自身の横に座るよう促した。

 その小さな身体がおずおずと言った体で腰を下ろすと、『カネツグ』は再び合成音声を発する。

《汝の事だ、キャンプの敷地内に担い手様の姿が見えず気になって探してみるも、いざ見つけるといつもと違う様子で声を掛ける事が出来ず、しかしそのまま立ち去るには気になってしまい動くに動けず、結果茂みに身を潜め今の今まで隠れていた………と、言ったところか》

「っ……まったくもってその通り、です」

 奥歯を噛みしながらエマは拳を握り締める。

「アカギさん、私の見たことない顔をしていました。それが一瞬だけまるでアカギさんでなくなってしまったかのようで怖くて……私は何も出来ませんでした」

 世界に敷かれた既存の秩序を破壊し大きな騒乱を巻き起こす者が『魔王』であるのならば、人類の生存領域の約半分である圏外圏を嘗てない規模で揺れ動かしているエマ・フラメルは間違いなく『魔王』の器に値する。

 嘗て元の世界で支配の力を扱う王と死闘を繰り広げた『カネツグ』としては、エマ・フラメルと言う少女には様々な意味でその存在そのものに最大限の警戒を払っている。

 たった今も、半年前は出来なかった植物への支配・掌握を行い茂みで遮蔽物を構築、アカギが緩み切っていたとは言え使徒の索敵能力から隠れ潜むという芸当を事も無げに行って見せた。

 その成長力と応用力は決して無視出来るものではない。

「……私は、恩知らずです……いつも散々助けてもらって、心の支えになってもらっていて……いざアカギさんがつらい顔をされている時に何も報いる事が出来なかった」

 だが、皮膚を突き破る程に爪を掌に突き立てている少女を見て『カネツグ』は思う。

 何故こんなにも、色恋沙汰でこの『魔王』は不器用なのだろうか。もしかして、自分の眼は節穴なのでは、と。

 その落ち込み具合の重苦しさに辟易した『カネツグ』はしぶしぶながら一計を案じる事にした。

《小娘よ、汝が目にしたのは担い手様が普段は意図して表に出していない部分だ。驚くのも無理はない》

 自我が芽生えてより凡そ三百年、『勇者』や『使徒』 を含めた人間とは違う精霊ならではの視点で物事を見聞きしてきた『カネツグ』は己の所感を語った。

《場合によっては数千年数万年の間活動し続ける我ら精霊は、根本的に生物とは精神構造が違う》

 その性質は、地中に眠る鉱物にも似ている。

 生物と同じく周囲の環境により影響は受けるが、変化のスパンが百年単位の長期的なものであり、変化に乏しい分だけ悠久にも等しい時間の流れにも耐性がある。

《だが、人間社会での活動も必要になる『使徒』は肉体はともかくその精神は只の人間となにも変わらん。そして、基本的に人間の心は百年二百年と保たれるようには出来ていない》

 魂さえも震わせる感動や恐怖に直面した時。

 あるいは、覚悟を以って拳を握り締めた時、絶望により膝を屈した時。

 一瞬だ。切っ掛けさえあれば、一瞬で人は己の存在を変革させる。

 その性質は長所でもあり短所でもあるが、長い長い時の中を生き続けなければならないという状況に於いては、脆弱性が露呈される。

《精神、感情の磨耗(まもう)。年月を重ね繰り返す程に『使徒』の心は、喜びも怒りも悲しみも、何もかもが薄れて擦り切れていき虚無を抱えだす》

 殆どの生物にとって理不尽なる命の断絶は耐え難い恐怖であるが、理不尽に続き続ける命もまた、終わる事のない地獄だ。

《枯れゆく精神と相反する不老の肉体。我が剣より発生した当初担い手様は、今よりもっと直情的かつ頑固で、滅多なことでは笑わなかった。今でこそよく笑っておられるが、あれは喜怒哀楽の内、楽以外の感情が磨り減り、残った部分が表面化し多出しているというのもある》

 数百年前の過去、『戦士』が不愛想な表情で『勇者』を含めたパーティメンバーと喧嘩のような談笑をよくしていた光景を『カネツグ』は記憶している。

 現在とは逆に表情の変化は少ないが、その行動や言動の端々にはハッキリとした感情(ねつ)が宿っていた。

《何も感じず、何も思わず、その場その場で波風立たない反応を返すのみ。仮に、伽藍(がらん)(どう)の器の内側で虚無を膨張させ続けるだけの壊れたヒトガタがあったとすれば、それ最早ただの化物だとは思わないか?》

「………」

 鋭利な言の葉の刃が、エマ・フラメルがアカギと出会ってからの半年間の記憶へと突き立てられる。黒の力に呑まれそうになった少女を救った声も、頭を撫でた分厚い手も、頼もしい大きな背中も何もかもが機械的に抽出されただけの反応パターンの一つでしかなかったのか。

 致死性の猛毒に侵されて灰色に染まっていく記憶に、エマは己の意思を吐き出した。

「ははっ、笑わせないでくださいよ、『カネツグ』さん」

 片腹痛いと『魔王』は毒の全てを飲み干して尚断じる。

 精神の異常性を化物と呼ぶならば、既にエマは己の内に今この瞬間にも成長し続けている愛を冠する欲望(かいぶつ)を棲まわせている。

 そもそも、たとえ『使徒』の歪さ故の虚無を抱えていようとも、そんなアカギに自分の命のみならず家族や故郷、大切なものの(ことごと)くを救われたのがエマ・フラメルである。

 現実がどれだけ残酷で真実がどれだけ無慈悲でも、最早関係がないのだ。

 一度決めたのなら、後はその愛を貫くだけ。

 そしてなによりもと、エマは己の確信を告げる。

「アカギさんは、決して空の器なんかじゃありません」

 少女の愛より生じた能力、《黒の王》。

 その力は支配。半年前の隕石の精霊との決戦で、作戦会議の結果エマは勝利の為の最後の布石とするためにアカギへ能力を行使した。

 《黒の王》は対象を支配する際、相手の精神の奥底の根源へと干渉する。眼を閉じればエマ・フラメルは今でもありありと思い出す事が出来る。五感とは違う能力由来の感覚によって直接触れたアカギの心が発する確かな感情(ねつ)の波動を。

《可愛げのない奴め、少しは動揺しろ》

「ここ半年、私も圏外で大分揉まれましたから」

 アカギを信じる事に限っては、全くもって揺るがない少女の(さま)に、精霊はふんっ、と悪態をつきながらも少女の結論を肯定する。

《ああ、そうだ。汝の感じてきた通り、担い手様は枯れてはいても虚無などに人間性を侵されたりはしない》

 本来ならば耐え切れない数百年の時間の濁流に精神を削り切られる事無く保持していられた訳。長年主従として連れ添っている『カネツグ』は、認めるには少々業腹(ごうはら)な理由を吐き出す。

《担い手様には、『勇者』に胸を張って再び会うという欲望(ねがい)がある。その揺るがぬ思いがあればこそ数百年の時間の中も歩き続けることが出来た。あの身勝手そのものであるあ奴が心の支えであるなど、この上なく腹立たしい事ではあるがな》

 『勇者』。

 アカギのいた世界エクセリアを誇張抜きに理不尽なる暴虐から救った救世主であり、まごうことなき英雄。

 一個人で世界各国の人命・財産・土地などの全ての存亡を託されるなど正気の沙汰では気が狂う程の役割を全うした功績は偉大などという一言でかたずけられない事は小国の王族でしかないエマ・フラメルにも分かっている。

 ただ、それ以上にその名を口にする度にいつもアカギが喜びと懐かしさと悲しみが()()ぜになった顔するのが、ひどく胸を締め付けた。

 エマは顔も見たことも無いない『勇者』が、心底妬ましい。この先の未来、例えどんな過程を経てどんな結果を積み重ね続けたとしても、おそらくエマ・フラメルと言う少女が『勇者』にとって代わる事はない。

 アカギの誕生の瞬間から共に歩み、百年ものの長い長い旅路の中で生死を共有し苦楽を乗り越えてきた事実は、動かしようがない。

 被造物であるアカギにとっての絶対的な唯一無二。それが、『勇者』。

 己の愛しき者達全てを護りその手で抱き締めるためにありとあらゆる計画を練り行動し続けているエマだが、思考を重ねれば重ねる程に『勇者』の存在の大きさが分かり、口惜しさで表情に滲ませるしかなかった。

 その名が持つ威により敗北感に打ちのめされそうなエマに、精霊は告げる。

《そしてな、これまた滅法腹立たしい事ではあるが、今の担い手様の心の支えになっているのは――――――汝達だ》

 VRで描画された『↓』を向けられたエマは、思わず間の抜けた表情をとるしかできなかった。

「私、達?」

《ケビンの小僧にハクアの小娘、直近では猿もだ。お前達のような足掻き続ける未熟者こそが、担い手様の心に火を灯す》

 自分は恩人に何も返せていないのではないか、そんな考えに捕らわれる少女の内を見透かすように『カネツグ』は告げていく。

《担い手様が数百年の時の中で自己を見失わなかったのは『勇者(ヤツ)』が理由だが、この世界に来てから昔と比べてよく笑われるのは、汝達が理由だ。感情の摩耗だけが理由でなく、単純に嬉しいのだ。お前達と共に在る事が》

 だから、と精霊は発する。

《自信を持て、エマ・フラメル。汝が汝らしく生き抜き、自身の可能性に挑戦してく限り、それは必ず担い手様の力となり汝自身の力にもなる。これは、たとえ『勇者』であったとしても出来ない事だ》

 はっとした表情でエマは横を振り返る。そこには如何なる表情も映さぬ無骨な鉄塊の如き大剣が突き刺さっているのみ。

 それでも、その瞬間少女の翡翠の瞳には、不機嫌そうな顔でそれでいてすこし恥ずかしそうな顔の精霊の姿が映り込んでいた。

「ありがとうございます………やっぱり、『カネツグ』さんって友達思いのいい精霊(ヒト)ですね」

《毎度否定するのは心底うんざりしているが、一度でも否定をやめればなし崩し的に汝は事実として押し通そうするので改めて言うが―――――我は汝の友達でもなんでもないからな、勘違いするなよ》

 おそらく照れているのだろうとエマは優しく微笑み、昔次兄と共に見た創世期時代の映像作品での『カネツグ』のような人物を賞賛する言葉を御礼として贈った。

「ナイス、ツンデレ!」

《その沸いている頭をカチ割ってやろうか、小娘!?》




 アカギは、その光景に思わず呆然と立ち尽くしていた。

 メンバーの状態を確認するべく行っていた見回りは、ほぼ順調に推移していた。

 新しい環境にいきなり放り込まれ決勝の大舞台に立たされる事になってしまった(マシラ)は、一人で気負いなく瞑想を行い自己最終調整を行っていた。その背中は適度な緊張と戦意が載っており、不安要素はまるで見受けられなかった。

 二言三言だけ言葉を交わし、アカギは他のメンバーを探した。

 一番年若く身体も発展途上、特訓で一番負担の大きかったハクアは、テントで熟睡していた。お気に入りのぬいぐるみを抱える幼子の様に三昧(さんまい)至宝(しほう)の《沙羅(さら)双樹そうじゅ》を抱いているのはどうかと思ったが、ミツル曰くいつもの事であるらしく危険はないと太鼓判を押された。

 寝た子を起こさないようハクアの頭を軽く撫でてアカギは静かにその場を後にした。

 矛を交えた試合のみならず舌戦が展開される交渉事、二面三面の戦い強いられていたエマに関しては直接話したと言う『カネツグ』から連絡があり、メンタル等に問題はなくこれまた順調であった。

 色々な意味でエマから眼を離さないようにとの相棒からの助言に首肯しアカギは見回りを続けていった。

 最後の一人、キャンプ地に設けられた開けたスペースを利用した訓練場に武芸者の少年はいた。

 軽く汗を流し猿と同じく最終調整でもしているのかと思い近づいていき、アカギはその光景を見た。



 そこには、訓練場に座り込み大量の花束を脇に置き、その花弁一枚一枚を丁寧に数えながらむしっているケビンの姿があった。

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