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 威風堂々と決勝戦参加の意思を宣言し何を言われても決して退かぬ姿勢を崩さないエマ・フラメルに、ホウセン・ミツルは挑発的な言葉を吐いた。

「威勢と口先だけで戦えるならば、全ての傭兵は廃業です。もし御自身の有用性を示したいならば、今すぐにこの場で証明してみせてください。尤も、『御姫様』に何が出来るとは思いませんが」

 口元に手をあて口角の吊り上がりを隠す仕草は、さも本物の戦場を知らない小娘を(わら)うようであった。

 感性よりも理性を重んじる普段の自重的な振舞からはかけ離れた言動だが、一時の感情で茹で上がる程、ミツルの心胆は惰弱ではない。

 全ては、正体不明のエマの越境能力を警戒し団長代行として他の団員を守るための行動。露骨に煽ることで精神干渉系の疑いのある能力を自らに向けさせ、その性質を見極めようとしていた。

「……いいでしょう。そこまでおっしゃるのなら、私の切り札をお見せします」

 一方で、エマ・フラメルの心中には焦りや動揺があった。

 ここ半年で様々な交渉や経験を繰り返したことで、ただの学生であった頃から肉体的・精神的にも見違える程に成長し、五帝との会談では更に一皮剥けた。

 しかしそれでも、『魔王』エマ・フラメルはまだまだ二十歳に満たぬ少女の未熟さが残る若輩であった。

 強敵・難敵に対しては怯むことなく傲岸不遜に振舞えても、好意の対象であるアカギに対しては迷惑をかけてしまったと考えるだけで、酷く動揺し醜態を晒してしまう。

 『魔王』の支配の力は、強力過ぎる程に強力。

 強大な力はそれが存在するだけで、羨望を、嫉妬を、恐怖を誘発させ数多くの敵を生む。故にその開示や使用には細心の注意を払わねばならず短絡的な行動を繰り返せば、いずれ銀河の全てがエマの敵に回ってしまう。

 今、エマはそんな少し考えれば容易に想像がつくことさえ失念しており、一刻も早く有用性を提示する事で決勝に参加し、アカギの助けになろうとする事しか頭に無かった

「――――――――――」

 少女の翡翠色の瞳が閉じられ、途端に場の空気が重みを増す。

 立ち会った何人かの感覚の鋭い超感覚系の越境能力を持つ団員達は、眼球で、鼓膜で、鼻腔で、味蕾で、皮膚で、それぞれの一部が黒に塗り潰されていく不快感を得た。

 まだ、能力の発動自体は行われていない。エマが己の『魔王』としての支配の力を自覚してから約半年。日々の訓練は欠かしてはいないとはいえ、能力を瞬時に使用する事はまだ出来ておらず、意識してから発動までに数秒のタイムラグが存在する。

 その時間の空隙に、乾いた快音が鳴り響いた。

 合掌。

 掌同士を勢いよくぶつけ合わせることで、空気を震わせる動作。

 座していたアカギが両手で音を響かせたことで、場の流れが一旦止まる。

「ミツル、茶を淹れてくれないか」

 唐突に発せられた言葉に、V.V.団長代行は疑問符を浮かべた。

「お茶、ですか?」

「ああ、前に出してくれたヨウカンとマッチャだったか、あれが欲しい。態々(わざわざ)足を運んでくれた客人に、(ねぎら)いの歓待もなしでは俺の顔も立たないからな」

「……分かり、ました」

 雇い主の意図を計りかね水を差されたミツルだったが、そこはプロである。一度奥に引っ込むと、事前に準備していた茶菓子と茶を折り目正しい所作で配膳していく。

「エマ」

 アカギが、《オロチぶくろ》から取り出した小瓶を布でくるむと軽い動作で放り投げる。放物線の落下地点にいたエマは、反射的にそれを受け取った。

「ポーションだ。布に含ませて額を(ぬぐ)うといい、その程度の傷ならすぐ治る」

「アカギさん……」

「意気込みは買うが、まずは頭を冷やせ。話はそれからだ」

「っ!」

 たった今、自分が迂闊にも何をしでかそうとしていたかに気付かされたエマは、小瓶の蓋を取ると中身を一気に自身の頭の真上からぶちまけた。

 冷たい薬液がダークブロンドの髪を伝い首元にまで広がる。額の血液ごと布でゴシゴシと擦り、エマは深く息を吐いて煮立っていた意識を切り替えていく。

 配膳された湯気を立たせる湯飲みに口を付け嚥下すると、改めてその翡翠の瞳は冷静にアカギを正面から見据えた。

 緊張や焦りの感情を沈静化させた少女の様子にアカギは満足気に頷くと、言葉を吐いた。

「エマ、もし君が自分の行動に負い目を感じて大会に参加しようとしているなら、やめるべきだ。王族である君が優先すべきは、俺ではなく自国の民の安寧だ。優先順位をはき違えていけない」

 諭すようでいて、エマの覚悟に問いかけるその声は力強い。口先だけの誤魔化や取り繕いは許さないとアカギの態度が語っていた。

 故に、エマは自身が最も信頼する相手に真っ向から対峙する。

「いいえ、事ここに至りフラメル王国も無関係ではありません」

 今回の騒動の当事者の口から語られたのは、運営委員会からの通知では語られていなかった、フラメル王国とギルド間で展開された交渉の内容だ。

 学友のシュン・レイホウが五帝の一人の孫であったため、会談の席を設ける事が出来た事。悪魔の船と呼ばれた《ラプラス》の後継船でテストを行った事。各五帝達との交渉、無差別争覇杯の決勝の勝敗如何で、フラメル王国そのものが隷属化すること。

 そして最後に、ギルドの乗っ取り自体が途中過程の一つであり、最終的には連盟を相手に千人戦争を引き起こし最高評議会副議長のクリシュトフの首を取ることが目的であることを告げた。

 全てを聞き終えた後、アカギの横で話を聞いていたケビンは感心と呆れが混じり合った微妙な顔をした。

「アンタ、イカレてるのか?政治や国家運営なんてもの、俺にはさっぱりだがよ………やってることが賭博師の所業だぞ、それ。捨て身すぎるだろ」

「心外ですね、私は至って正気です。ここ半年の間に集め続けた交渉材料(リソース)を一気に吐き出し印象付けるためのパフォーマンスも併用していますから表面上は派手に見えますが、リスクとリターンを天秤に載せ判断した上での堅実な選択です」

 そもそも、とエマは付け加える。

「私達フラメル王国の目的の一つであるクリシュトフの首を取るには、早急にギルドを掌握する必要があります。その為なら、国を丸ごと賭けることもやむを得ません」

「なんでそこまでするんだよ。最初から、《ノイマン》とやらを手土産にギルドに売り込めば、それなりの待遇で受け入れられたんじゃねえか?堅実云々吐くなら、国を豊かにするとか、ギルドに喧嘩売るよりも他にやることがあるだろうが」

 どんなに願い、どんなに努力をしていたとしても、現実の壁を突き崩す事が容易ではないことは、五年間最底辺で苦汁を嘗め続けたケビンは身に染みて知っている。

 銀河連盟という超国家連合群の事実上のトップを抹殺するというのは、もはや途方もない妄想の域だ。

 そんな事の為に護るべき国を危険に晒すのかと問うケビンに、エマは静かに言葉を紡いだ。

「理由は色々とありますが………ええ、この際です(はら)を割ってお話ししましょう。私達フラメル王国に、武芸者の方々が重んじるような道義はありません。私達が目指しているのは、ただ二つ。報復と国家存続です」

 怨恨。フラメル王国がクリシュトフを討とうとしている理由の一つは、その二文字で表せる。

 技術格差から来る国力の優位性を背景に加盟国へ一方的な従属を強い、数々の不平等な条約を結ばせる銀河連盟を打倒せねばなどという義憤に駆られた行動ではない。

 王族を筆頭にフラメル王国に住まう誰もが、隕石衝突未遂事件の首謀者であるクリシュトフという怨敵を心の底から憎んでいるからだ。

「王族には、マーズマ本星に入植し礎を築いた先祖より受け継いできた国土や財産、なによりも民を守る義務があります。吐き気のするような糞以下の理由で、『身内』に手を出してきた人面獣心の畜生に、私は王族としても個人としても地獄を見せてやらなければなりません」

 エマは、指を一本立てると対面のアカギ達を見据えた。

「そして、これは王族と王家関係者のごく一部のみに共有されている情報ですが、フラメル王国には今後も連盟に狙われ続ける可能性(・・・・・・・・・)があります」

 ここ半年間、フラメル王国が総出で事件の詳細について過去から現在までのありとあらゆる資料を調べ上げた際に、発覚した事実があった。

 その事実に驚愕したエマ達フラメルの一族は、例え何があろうとも銀河連盟を打倒すると決めたのだ。

「まだ確たる証拠が出そろっていないため、この場で詳細をお教えすることは出来ません。ですが、この問題を解決しない限り、私達の国は遠くない未来に滅ぶでしょう」

 だからこそ、とエマは語気を強くする。

「私達は、自身の生き残りを賭け滅ぼされる前に、クリシュトフを抹殺し銀河連盟そのものを滅ぼします」

 ともすれば狂人の戯言ともとれる言に、ケビンは頷きを返した。

「………アンタも、『家族』の為に今まで戦ってきたってことか」

 アテもツテもない状態で家を飛び出し、ほぼ捨て身でがむしゃらに走り続けた五年間。闘士として何度負けても、ケビンが心を完全に折る事がなかったのは故郷に残してきた家族がいたからだ。

 もし仮に、養父母や義妹のレイラを害する者がいたならば、それがどんなに強大な存在であったともしても、ケビンは心を燃やし立ち向かうだろう。

「なあ、ミツルさん。俺は、姫さんが決勝に参加しても構わねえと思う。『家族』の為に身体張れる奴なら信用出来るし、さっき使おうとしてた越境能力は死ぬほど肌がざわついて並みじゃねえって確信出来た」

 ケビンは、指を立て試合に参加する予定のメンバーを列挙していく。

「俺、アカギさんと『カネツグ』さんの二人、V.V.の誰か一人、これで四人だ。勝率を少しでも上げるため、後一人の追加メンバーはどの道必要だろ」

 エマの決勝参加への肯定的な意見に、アカギも乗る。

「死活問題になるのでエマの能力の詳細については一旦伏せさせてもらうが、俺が保証する。彼女の能力は正に戦場でこそ活きてくる類のモノだ、決勝の舞台でなら大いに活躍出来る」

 雇い主であるアカギやW.F.のメンバーであるケビンの意見が揃ったことで、否定的であったミツルは軽い溜息と共に首肯した。

「分かりました。お二人がそこまで仰るのなら、私に否はありません」

 正しい姿勢で腰を深く折りこみ、ミツルは対面の少女へ頭を下げた。

「エマ・フラメル様、貴方様を煽り侮辱するような真似をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。これはあくまでも私の独断です。もし、私の存在が気に障るようでしたら、今後は姿を見せぬよう後方支援に徹しますので、他の団員に対しては御容赦ください」

 誠意を込めた、謝罪。元からミツルはエマに対しての悪感情などは持ち合わせておらず、その能力や行動方針を危険視していたのみ。

 裏を返せば、それだけ高く評価していることにも繋がり、方針が排除ではなく共闘となれば躊躇なく詫びを入れより関係強化に努めようとするのがホウセン・ミツルという人間である。

「いえ、V.V.の皆様方に対して思うところは何もありません。寧ろお陰で自分が如何に未熟かを改めて痛感できたと感謝している位です」

 エマもまた、その謝罪を微笑みで受け入れた。

「私が精神干渉系の越境者でお仲間が操られるのではないかと、懸念されていたんですよね?ご安心ください、能力については後で詳細を私の口から直接お教えします、同意が無い限り団員の方に能力は使わないともお約束しましょう」

「エマ、いいのか?」

 問う赤毛の『戦士』に、エマは頷く。

「はい、先程とは違いよく考えた上での判断です。《グレイブバルチャー》は手札を隠したままで勝てるような甘い相手ではありません。互いの能力を積極的に開示し合い攻略に関して意見を出し合う方がよっぽど建設的でより良い未来に繋がります」

「そうか……君がそう言うのなら、俺もその判断を推そう」

 場の空気の巡りが改善され、話の内容が試合には誰が参戦するかを決める段階になった時、アカギが言った。

「エマ、早速だが少々君の力を借りたい」

「はい、何なりと仰ってください。アカギさんの要望なら国を挙げて奮起します」

 『戦士』が手を置いたのは脇に置いている《棺桶》、正確にはその内部に格納されている愛剣の『カネツグ』であった。

「『無差別戦』では、確かか一名のみ登録されたチームメンバーと交代する形で新しいメンバーを登録することが出来たはずだ」

 試合のルールを競り落とせる無差別争覇杯では、試合前日のオークションで『登録メンバー交代権』が出品されることがある。出場選手は一チーム五人までとう枠組みを一部逸脱するルールなので当然ながら最低落札金額は超高額に設定されており、出品されるのも非常に稀。

 ただ、殆ど全てのルールが有効となる『無差別戦』では、『登録メンバー交代権』も適応されている。

「決勝は、最初から『カネツグ』を武器として運用する必要がある。そこで、新メンバーをスカウトしたいんだが、それに関して協力して欲しい」




 黎明歴425年9月21日。

「命?命だと!」

 エマ・フラメルとアレックス・ガフ。互いに手勢の戦力を廃棄されたアミューズメント施設内で展開し、AR越しでの対談。

 《キリングフィールド》の登録選手である(マシラ)を引き抜く対価として告げられた内容に、アレックスは息を荒くする。

 要約すれば、エマは『死にたくなければ、猿を引き渡せ』と言ったに等しい。格下の小娘に舐められていると憤慨したアレックスは顔を怒りで染めた。

「貴様、言うに事欠いて私を脅迫するつもりかっ!」

 ARで投影された商人の上半身が、エマを指差した。

「少々腕の立つ傭兵を雇っているようだが、だからと言ってこんな横暴が罷り通るとは思わないことだ!」

 五帝の後ろ楯を得たことで気が大きくなっている痴れ者に身の程を教えてやると、アレックスは声を大きくする。

「私は、貴様がすがり付いている五帝ライコウ様の憶えめでたきギルド直轄の御用商人だ。もし私が、ライコウ様に一言献言すれば、貴様など直ぐにでも手を切られギルドから追放されるのだぞ!」

「はい、問題はそこ(・・)なんですよ」

 恫喝を気に留めず、エマはゆっくりと告げた。

「黎明歴423年8月10日、モンジョー星系第三惑星首都」

「?」

 アレックス手勢の武装集団の指揮官は、訝し気に額に皺を寄せる。

 その場にいる殆どの者が、発せられた言葉の意図を理解出来なかった。告げられたのは、日時と場所。ただ、それだけだ。そこに如何なる意味があるか、大多数には意味不明だった。

 ただ一人、アレックス・ガフを除いて。

 その日時と場所を聞いた瞬間、商人の身体は僅かに震えた。

 顔面に浮かび出したのは、『まさか』という猜疑心と『そんなはずは無い』という否定の感情。

 嗜虐的な薄い笑みを浮かべたエマは、言の葉の刃を容赦なく突き立てていく。

「黎明歴423年6月7日、ヴィネルガ星系第五惑星衛星軌道ステーション」

「……や、止めろっ」

「黎明歴422年10月25日、マシュー星系第一惑―――」

「止めろ言っている!」

 告げられていく情報の羅列を自らの大声で掻き消し、アレックスは憎悪の籠った視線でエマを睨みつけた。

「貴様、何処でその情報を知った!?」

「ふふ、ギルド直轄の商人を名乗るだけはありますね。御自分の行った取引の日取りと場所をちゃんと正確に憶えていらっしゃる」

 エマが指先で空を撫でると、そこに投影されたのは日付や数字などがずらりと並んだ一見するとただの表。しかし、それを一目見ただけでアレックスの顔は真っ青になっていた。

「でも、いけませんね………五帝とも繋がりのある御用商人の方が、麻薬(クスリ)の売買なんて」

 裏帳簿。

 それは、アレックスが行ってきた表沙汰には出来ない金を動きを記録したものだ。

 腹心の部下複数人に分割した状態で管理させ、一部を入手しただけでは全体像がつかめないようデータに細工が成されていたはずのそれが、完全な状態で衆目に晒されていた。

「圏内圏外を問わず、麻薬の製造・販売は御法度中御法度。この禁を破ったとなれば、全財産没収程度ならまだ御の字。ライコウ様は五帝の中でも特に御法度には厳格な方―――偽死七選(ぎしななせん)も大いにありえるのでは?」

 現代では、極刑と死刑はイコールで結びつかない。

 偽死とは、義体化技術の発展により圏外で誕生した刑罰だ。

 元々人体には存在しなかった器官を新たに増設する拡張(エクステンド)型の義体化人の義体には、後付けの器官を自在に操るための高度に電子制御された補助脳が搭載されている。

 補助脳は、元の脳と直結しシナプスの動きを正確に観測・記録することで増設器官に脳からの命令を伝達し運動系制御を柔軟に行うことが出来る。

 それはつまり、義体化人が息絶えた場合、絶命の瞬間の脳が体験した『死』をも記録するということだ。

 仮に、遺体から回収した補助脳を、外科手術で生きた人間の脳に繋げればどうなるか。

 本来、死とは生命の終端だ。生前にどれだけの艱難辛苦を味わおうとも、死より先には一切何もない。

 だが、補助脳はありえないその先を疑似的に体験させる。

 たとえ眼を潰し、耳を削いだとしても、強制的に脳に送り込まれてくる『死』の記憶は五感に深く浸透し、末期の断末魔が精神を犯す。

 これを都合七度繰り返し行う刑罰、即ち偽死七選である。

 偽死七選で身体が傷つくことはない。補助脳を埋め込まれる以外は拘束されることも苦役を強いられることもない。自由に日常生活を送り刑罰が終われば、義体化施術のノウハウの応用で手術痕すら残さずに安全に補助脳は取り除くことが出来、後遺症の心配もない。

 だが、今だかつて偽死七選を終えて無事だった者はいない。

 不規則なタイミングで訪れる『死』の連鎖。苦痛、恐怖、絶望。圏外中から収集された選りすぐりの七つの『死』を繰り返す内に、多くの罪人は絶叫する。

『殺してくれ、もう死にたくない(・・・・・・・・)!』

 自分が死んでいるのか生きているのかすら曖昧になっていき、最後に辿り着くのは人としての何もかもが朽ち果てた完全な無だ。

 御用商人として五帝ライコウの苛烈さを知り得、《不倒翁》と敵対した者の末路を見た事のあるアレックスは、顔面を蒼白しにして拳を震わせた。

 やる。ライコウは、周囲にケジメを着ける意味でも偽死七選を執行することに躊躇いを持たない。

「嗚呼!私も、かの《不倒翁》様の後ろ盾を得ている身。こんな裏帳簿を見つけてしまえば、献上しないわけにはいきません。ですが………」

 その口角が吊り上がった顔を、アレックスは見た。

「私としては、決勝を勝ち抜くためにはどうしても(マシラ)さんが今すぐにでも必要なのです」

 ゆっくりと、エマは手を伸ばした。

 まるで、その姿は供物を要求する残忍な女神のように悪辣であった。

「どうでしょうか、裏帳簿の存在に関しては既に報告を終えているのですが、データそのものはライコウ様にまだお渡し出来ていません」

 もしと付け、エマは微笑む。

「無償かつ穏便に猿さんを引き渡してくださるのなら、今提示しているデータ、私の所で握りつぶしても構いませんよ?」

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