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状況への介入を始めた老獪に、コンウェイは心中で苦虫を嚙み潰す。
当初の予定では五帝の古参勢が動き出す前に賭けを成立させる目算であったが、王国側の行動が賭けを利用して勝負を挑んでくるという想定外のものであったために会談を短時間で切り上げることが出来ず、結果極力衝突することは避けたい手合いの介入を許してしまっていた。
紋付羽織袴を纏った姿は、コンウェイが生まれる前から五帝の席に座り続けてきた古豪の風格を漂わせ、ギラギラとした瞳孔は老い枯れて尚も脂の乗った若き日の姿を容易に想像できる程に生命力に漲っていた。
「にしてもコンウェイ、お主少々ケチ臭すぎやせんか?」
その鋭い眼光が最初に射抜いたのは、真横にいる若手筆頭だった。
「エマのお嬢さんが掛け値なしの全賭けで勝負しにきているというのに、儂等のような先達が、圏外最高の商人である五帝が、後進に対して度量を示さず日和ってどうする?」
「リスクマネジメントを考慮した上での判断です。エマ王女には失礼な言い方になりますが、フラメル王国の国内総生産や建造物・国土の資産価値を鑑みれば、私が手塩にかけて成長させたOOE一つでも賭けの対象としては大きすぎる程です。それにシュン氏、貴方はこの賭けではあくまでも部外者だ、余計な口出しは差し控えていただきたい」
並みの商人であれば睨みつけられただけで委縮してしまうその威圧に、コンウェイは理路整然と返して見せる。その様を見て、ライコウは薄く笑いながらゆっくりと若手商人の肩に手を置く。
「まあそう言うな、コンウェイ。お主の仕切りでお嬢ちゃんとの賭けの勝負にこそなっているが、そもそもこの場は五帝全員で地位売却の決議を採る場。他四人の承認なく独断で話を進めておいて口出し無用では―――――――筋が通らんよな?」
一瞬、コンウェイは肩に置かれた手が突如何百倍にも重くなり肉にめり込む錯覚を得た。
実際の所は、強引に状況を推し進めたという痛いところを突かれ、反応が僅かに遅れただけであったが、そこにライコウの圧力が加わったことで有り得ない幻覚を体感させていた。
そして、その相手が怯んだタイミングで更に言葉が重ねられる。
「しかしまあ、矢面に立つ重責を背負わず口だけ出して来る外野が鬱陶しいというのは同感じゃ。そこで、儂もお主等と同じく鉄火場に立とう」
五指を大きく広げたライコウの右手が、眼前の情報端末が内蔵された机に勢いよく振り下ろされる。叩きつけられた際の音は無く、寧ろ机側が手形の形に凹みだし手を受け入れた。
五帝最年長の右腕は、義体である。
シュン・ライコウが生まれたばかりの頃、圏外はまだ仄暗い時代であった。
今では不文律となっている流儀や掟は広くは浸透しておらず、ギルドも設立して日が浅かった。星系各地では抗争の火種が現代以上に燻っており、些細な諍いが発端で血で血を洗う惨事に至るなど日常茶飯事。
そんな時代を一人の商人として暗闘を繰り返し生き抜いてきたライコウの身体は、四肢を含めた多くの部位が欠落している。喪失した部位を生体偽装を施した義体で補完しており、その右腕は決して盗まれることない個人認証鍵となっていた。
机の端末との接続により、王国側と五帝側の中間に浮かぶARの横に五帝ライコウ個人を指し示す、草書体の『雷』の文字を図形化した独特なアイコンが浮かび上がる。
「そうじゃのう……では儂は、《ウェット・ファイターズ》の優勝に賭けようか。代償は無論、有形無形を問わず五帝として個人としての儂自身に帰属する全てじゃ」
正に轟く雷鳴の如く、アイコンがW.F.の名前の横に刻まれる。
この自身を象徴する『雷』の一文字を出すという事は、ライコウが本気も本気の証であり、その事を知るコンウェイは額から頬に伝う冷や汗を隠す事が出来なかった。
「……なにも、そこまでされずとも」
「言ったはずじゃ、後進に対しては度量を以って感服させてこその五帝。儂は、己の吐いた言の葉を舌の根が乾かぬ内に違えるほど耄碌はしておらんよ」
「っ………だとしても、五帝内でも重鎮とも言うべき貴方ともあろう人が、王国側に肩入れしW.F.を優勝予想に選ぶのですか?」
五帝の最古参だけあって、シュン・ライコウの個人総資産は公表されている分だけでもコンウェイを上回る。運営している企業や会社、関連している下部組織や縄張からの収益を加味すればその権力は五帝随一。
新参ながらも陣営の全てを賭して挑む王国側と長年かけて築いてきた財を躊躇なく投じるライコウ。この両者に相対しても規模は兎も角一企業でしかないOOE社一つしか賭けないコンウェイでは、世間一般の大衆からの信用を失ってしまう。
王国側に傾きつつある流れを止めるべく、若手筆頭は最古参に提言するがその意志が翻る事は無かった。
「肩入れ?それは違うな」
義腕が指を曲げて手招きすると、中央に浮かぶプレートに添付されていたW.F.の資料映像の幾つかがライコウの周囲に引き寄せられ試合の光景を流し出す。
「W.F.を優勝予想に選んだのは、儂の商人としての経験と勘からじゃ。その勘が儂に囁くんじゃよ、W.F.に賭ければ儲かると」
五帝シュン・ライコウは己の勘働きにより未来を垣間見る越境能力者、などではない。
施術により身体を義体化してこそいるが、そんな人間は圏外にはごまんとおり、何かしらの特殊・特別な能力や技術を身に着けている訳ではない。
既に身体の節々に隠し切れぬ老いの相が垣間見える老人に今尚他を圧倒するものが残っているとすれば、それはどんな地獄の底からでも這い上がろうとする折れぬ欲望である。
現五帝内で唯一、シュン・ライコウは何もない状態からここまでのし上がった人物だ。
他四人が商売に結び付く何らかの知識や技術、あるいは有効活用できるコネクションを生まれや経験から既に持っていたのに対し、圏外の中でも更に辺境の農業惑星の小作人の家の末子として生まれたライコウには最低限の商売のノウハウすら無かった。
惑星規模の大飢饉による貧困から口減らしで取引に来ていた行商人の元へ奉公に出されたのが始まり。ほんの僅かな食料を兄弟同士で奪い合う極貧生活に嫌気がさしていたライコウは、自らの裁量で金を運用する商人を志した。
行商人の雑用担当から始め、仕事の合間に最低限の読み書きや計算を憶え、資金を貯めて二十歳を契機に独立。
先達の商人達の阿漕な手管にやり込められながらも、元から商才があったのか当時の時流に上手く乗れたのか、寝食を忘れ必死になって勤勉に働き商機があればどんな危険地域にも乗り込んでいった努力が実を結びメキメキと頭角を現し上へと登り詰めていった。
生き馬の目を抜く圏外でのし上がり権力や富を得ていくという事は、その代償に何かを支払う事と同義であり、ライコウの場合それは自身の肉体であり豪商としてその名が知れ渡る頃には四肢は義体へと置き換わっていた。
その圏外でも屈指の成り上がりを妬んだ者達は、蔑称としてライコウを『ダルマ』の様だと嗤った。両手両足を失った姿が、閉塞期の母星から伝わる民芸品のダルマ人形と似ていたのだ。
だが、嘲笑われる蔑称だったはずのその名は、いつしか生き様を示した異名へと変わっていった。
五帝の座に届くまで、シュン・ライコウは三度の破滅を経験している。
裏切りや策謀、あるは運気に見放され財産を、信用を、尊厳を、何もかもを失い最底辺の土を何度も舐め腐敗した残飯を漁り食い繋ぐ生活をしながらも、それでも諦める事無く再び返り咲く事、三度。
いくら蹴落とされても這い上がり画策した首謀者達を逆に地獄へ突き落とし上に登り詰めていく様から、『ダルマ』は決して倒れぬ者の名となった。
不倒翁。それが今のライコウの異名だ。
全てを賭けた勝負であろうとも泰然としていられるのは、必ず勝てるという目算があるからではなく、例え全てを失ったとしても必ず全てを取り戻せるという自信の表れ。
齢九十を超えて尚も失う事を恐れぬライコウの精神的なタフネスを知り得ているコンウェイは、最早老獪の介入を拒むことをしなかった。
「分かりました。そこまで意志が固いようでしたら、私に否はありません」
「私達フラメル王国側にも異存はありません」
静かにエマも頷くことで意を示し当事者達全員の了承が取れたことで、正式にライコウの賭けへの参加が確定する。
W.F.の優勝に莫大な富が賭けられたことで、即座にコンウェイも賭け金を吊り上げる。
「では私もお二人の意気に倣い、私の五帝としての全てをこの勝負に賭けるといたしましょう」
全賭けのライコウの参加を認めた以上、コンウェイにここで出し渋るメリットは少ない。短期的な損失を回避するために、未来の破滅を招き入れるようでは本末転倒。寄るべき無き小国と同格以上の五帝の財を卑怯な手段で奪ったと大衆から拭えぬ悪評を抱かれ先々の信用を失うよりは、万が一に敗北したとしてもまだ何もかもを失い0から始める方がまだましだ。
コンウェイが全賭け勝負に同意したことで、無差別争覇杯の結果如何で動く莫大な富が圏外経済に占める割合をまた上昇させる。
そして、その値は未だ最高値ではない。
「さて、交渉中に横槍をいれるのは趣味じゃないんで静観していたけど、そこの古狸の話も終わったんだ、私も賭けに混ぜとくれよ」
女怪エリザベス・スチュアートもまた、賭けへの参加を表明する。
ライコウとエリザベス、古参同士長く五帝の席に座り続けただけあり何十年単位で互いの腹の中を探り合い続けた間柄。利害の不一致から衝突することも多かったが、だからこそ一見不確かにも見えるライコウの経験と勘に誰よりも信を置いているのがエリザベスだ。
不倒翁が大きく動けば、女怪も動き出す。
既にライコウの参加を認めた以上、コンウェイに制止する言葉はなく、また事ここに至り肚を決める。
「ふむ、ではいっそのこと五帝全員参加の勝負といたしましょう。勿論、何を賭けのテーブルに乗せるかは各々の自由ですが」
その言葉の意図を悟った若手組の残り二人も参加の意思を示し、各自が優勝予想と賭けの対象を告げていく。
結果、予想は真っ二つに割れた。
《ウェット・ファイターズ》:エマ、ライコウ、エリザベス。
《グレイブバルチャー》:コンウェイを含めた若手組全員。
その場にいる誰も彼もが、当然の流れとして賭けのテーブルの己の全財産を含めた何もかもを投じるという一種の狂気染みた行動を躊躇することなく行っていた。
提案者・開催者という立ち位置の関係上、コンウェイ側はW.F.に上乗せされた賭金よりも同等かそれ以上の賭金を投じなければ大衆への体面と保つことができない。若手組は古参組よりも資金力の面で劣っているため、ライコウとエリザベスが五帝としての全てを賭けるならば、若手組全員の持ちうる全てを賭けのテーブルに乗せる必要があった。
常にリスクの度合いを判断し保険をかけてから商売に臨むコンウェイからすれば馬鹿げているとしか言いようのない行動だが、誰も場の流れに逆らえない
そう、エマ・フラメルを起点に始まったその流に。
ライコウ、エリザベスの両名と王国側が繋がりを結んだことは、コンウェイも情報収集にて知り得ている。採決の場で何かしらの連係行動をとってくる可能性も考慮にいれていた。
だが、無差別争覇杯の優勝チームを的中させる勝負は、あくまでもコンウェイ側からの提案。
事前の打ち合わせも無しに、繋がりを構築して日の浅い三者がこれ以上ない程のリスクを背負う全賭け勝負に同意していたとは考えづらい。
となれば、答えは一つ。
この場に集った全員の行動方針と現状を読み切り、小国の王女が圏外最高峰の商人である五帝達を手玉に取ってみせたのだ。
国家の全てを賭した一世一代の捨て身の一手は、罠を張ったコンウェイへの反撃などとう範疇には収まらず、この五帝達を二分する盤面を作り出す為の布石。まるで連鎖反応のように策謀の罠が、様々な要素が影響し合うことで塗り替えてられてしまった。
圏外でのし上がれる商人は皆、人の皮を被ったケモノの類であるとコンウェイは考えている。言葉巧みに人を食い物にして金を貪るケモノだ。その魑魅魍魎達の元締めであり伏魔殿の住人でもある五帝ですら自在に転がし、自らの望む状況を作り出してしまう存在。
対面で微笑む翡翠の瞳の少女こそが、天魔の化身だとでも言うのか。
「…………」
加熱していく思考を意思の力で強制的に冷却し、コンウェイは明確にエマを全力で叩き潰すべき敵として認識した上で覚悟を決めた。
「全員の予想が出揃ったところで、細かい取り決めなど決めていきたいのですが、五帝全員が参加し己の全てを賭けて戦う勝負など圏外でも史上初。これを利用しない手はありません」
若手筆頭は、指を一本立てた
「一つ、私からご提案がございます」
ナタ運行管理局ビルを後にしたザイ・コンウェイは、他二人の若手組の五帝を引き連れて自身が宿泊している最高級ホテルへと早々に帰還した。最上階のワンフロア丸ごとを占領するロイヤルスイートのサービスや居住性を全く愉しむことなく、一直線に部屋に持ち込んだ専用の椅子へと身体を横たえた。
コンウェイの生体データを観測した椅子型のデバイスが背もたれ部分に格納されていた可動式アームが展開、ARのコンソールを含めた様々な情報の投影を開始する。
「至急、特務室室長に繋いでください。これから送るW.F.のメンバー全員の経歴の洗い出しをお願いします。情報の内容に優先度は着けず、どんな些細なことでも構いません、判明した情報は全てこちらにまわしてください」
足早に部屋に戻ったのは、予想外続きであった会談の疲れをいやすためなどではない。寧ろ何も終わっておらず、始まってすらいない。
今後数十年の銀河の趨勢は、エマ・フラメルが五帝の座を手に入れるか否かで大きく変わるだろう。今は若く未熟であろうともかの王女はいずれそれだけの大器に至ると、これまでの会談を通してコンウェイは確信した。
最初、罠にはまった際は間違いなく経験不足を露呈した小娘だったが、W.F.の映像を目した途端にまるで内に眠っていた何かが目覚めたかのように変貌を遂げた。
W.F.。
エマ・フラメルがその力を発揮できるか、五帝全員参加の全賭け勝負もの行方さえも、W.F.がいかなる存在であるかが鍵を握っている。
圏外至上最高額の賭博を勝ち抜くには、このチームの情報を全てつまびらかにしなければ、始まらない。
「OOE特殊技研の第八格納庫を私の権限で開放します」
コンウェイは、若手の二人にも命令を下す。
「黄金期の技術解析用の研究資料として保管されていた『遺物』を持ち出します。貴方方は、あの兵器をコロニー・ナタにまで運搬し、その性能を十分に発揮できる戦場を整えてください。この際です、予算の上限は設けません。商人としての辣腕を存分に振るい各方面への根回し・懐柔を行ってください。無差別争覇杯の優勝も、《ノイマン》も、全て私達が手に入れるのです」




