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またしても非常にお待たせしてしまって申し訳ございません。
筆の進みの遅い作者ですが、拙作に付き合っていただければ幸いです。
黎明歴425年9月19日。
コロニー・ナタ内標準時、午前二時十八分。
性能耐久テストの目安とされていた予定時刻を一時間以上短縮し、トランス航行を実用レベルで運用可能な新機軸宇宙船《ノイマン》は港区画に帰還した。
ほぼ同時に出港したはずのOOEの最新鋭宇宙船の《火塊赤》は、未だにコース上の難所で立ち往生し完走すら遂げられていない。現行機の最高峰に大差を付けてその性能を如何なく見せつけた《ノイマン》は、流線形の船体を港に固定しタラップを展開した。船から降りてくるのは、多目的防護服を装備したエマ・フラメルだ。
手首から展開されるARの操作パネルを操作し、防護ヘルメットの頭部固定を解除。背中側にスライドさせ分解収納すると少女のダークブロンドの髪が肩に零れ落ちた。
肌を撫でてくる外気の感覚に、エマは安堵の息を吐く。
「ふぅ……気分的なものでしょうが、コロニー内でもやっぱり生の空気は違いますね」
船には当然オート・パイロット機能や自己診断プログラムも搭載されており二十四時間常に気を張り続ける必要は無いが、何分新造船でありどれだけ事前準備を怠らなかったとしても、性能の限界面に挑戦するテスト中には何が起こるか分からない。テストの結果次第で故郷の星系の命運が左右されるため、精神的負荷は相当なものであろうことは想像に難くない。
心に重くのしかかる負荷を撥ね退け見事な結果を出し、王族として、為政者としての責務を果たし続けるエマを、先に港に待機していたフラメル王国の臣下達が敬意と忠節を以って迎え入れる。
「お帰りなさいませ、エマ・フラメル王女殿下!」
五帝との交渉はあくまでも非公式なものであるため、コロニー・ナタ内にいる王国の人間は十名に満たない。
その人員の大半は入港した《ノイマン》の整備・点検や緊急時の脱出ルート確保などの不可欠な実務に割かれており、無駄に予算のかかる虚飾や儀礼を嫌うエマは出迎えなど不要と申し出たが、万が一にも過酷なテストの影響で使節団内で唯一交渉を行える王族が体調を崩していた場合ただ事ではすまない。
有事の際、即座に対応できるようにと臣下に押し切られ二名がこの場に立ち疲労困憊であろう主をホテルにまで送り届けるための専用車を用意していた。
港に降り立ったエマは、笑顔で手を軽く振り自分の壮健さをアピールする。
そして、タラップを完全を降り切り出迎えにきた者達の顔を見渡すと、ふと疑問符を浮かべた。
「レイホウは、どうしましたか?」
元々の予定では、この場にはエマの補佐の役割を担っている眼帯の少女がいたはすだった。それが、別の者に置き換わっている。
試験中は不正を防ぐために外部との一切の通信を遮断していため、エマは状況の説明を求めた。
「はい、それが……」
問われた臣下の一人が、沈痛な表情で声を潜めて応答する。挙げられてきた報告に、エマは思わず身体を仰け反らせ額に手をやった。
「レイホウ、またあの子はっ……」
フラメル王国が直接交渉をするための時間を割くことが出来ず、実の祖父であり元より繋がりの深いシュン・ライコウとの対談に、単独で臨みたいとの進言をエマはレイホウからテスト前に受けている。
五帝の地位売却の決議が出る前に一人でも多くの五帝を取り込まなければならない王国の事情もあり、エマはその進言に許可を出した。ただし、決して無理はしないようにと言い含めて。
結果、ライコウを引き入れる事には成功したが、レイホウは交渉の席で自らの義眼を抉り出した末に昏倒。現在は、意識不明でコロニー内の医療施設にて治療を受けている最中である。
その場にいたライコウが即座に対応したため事なきを得たが、少しでも時間が遅れていた場合、良くて失明。最悪の場合、感染症を引き起こして命の危機すらあった。
エマとレイホウの付き合いは、《スクール》入学から始まり約一年程。
ただ、そのあまり長くない期間であっても、レイホウの特異性は何度か見え隠れしていた。
片目眼帯片目義眼の少女、シュン・レイホウは自己の安全をまるで省みない。
女怪エリザベス・スチュアートとの交渉で自ら首の骨を折らせたように、エマもリスクとリターンを天秤にかけそれが必要不可欠な行為と判断したならば、己の身を危険に晒す事を厭わない。
が、レイホウの場合は一つしかない自分の命を容易く消耗品の様に扱う。死にたがっている訳でも自己嫌悪からくる自罰的な代償行為でもない、ただ単純に極端なまで己の身命の価値が低いだけなのだ。彼女にとって視力を失うことは、『無理』でもなんでもない。
おそらく、仮に今回の一件で生涯に渡り残り続ける重度の障害を身体に負ったとしても、今後肉体の欠損を繰り返し人型から大きくかけ離れた姿に成り果てようとも、いつもの間の抜けた声と笑顔でレイホウはエマに笑いかけるだろう。
交渉ごとに於ける機微を深く理解し各勢力の情勢に詳しく、補佐能力も高い。占いを通じて結ばれたコネクションはこれからのフラメル王国にとって喉から手が出るに魅力的だ。
だが、シュン・レイホウという少女は下手をすればすぐに捨て身となる危うさがある。
フラメル王国第一王女にして外交官と王権代行者を兼ねるエマ・フラメルは、宇宙に生きる全て人々を救いたいと考えるような理想家ではない。立場上、国家の安寧を脅かすような切り捨てる必要のあるモノは人でも物でも躊躇なく処理する。
しかし、同時にエマ・フラメルは『魔王』として覚醒を遂げる程の銀河でも屈指の強靭かつ凶暴な愛情の持ち主でもある。一度でも、身内であると己の懐に迎え入れたモノであるならば、己の出来る事には限界があるのを承知の上で全身全霊を以って守り抜こうと動く。
エマの中に、学生時代からの親友を見放す選択肢は最初から存在しない。
「意識が戻ったら、レイホウには怪我が完治するまでは病室から一歩も出るなと伝えておいてください。後で直接、私の方からも二度と同じことをするなときつく言っておきます」
「御意に」
目頭を押さえつつも、エマは本日9月19日午後八時に行われるフラメル王国側とギルド側の代表が直接対談を行う二度目の交渉に向けて状況を整理する。
テスト終了から一日を空けずに強行軍の日程だが、分刻みのタイトスケジュールの五帝達が大会中に再度全員集合可能なのがこのタイミングしかなく、また連盟と千人戦争を行うため一日でも早く《ノイマン》を圏外に普及させたいフラメル王国の思惑が重なり予定が定められた。
この会談で、五帝の地位売却の成否が決定する。
五帝の内、エマとレイホウの交渉の甲斐あり年長組のエリザベス・スチュアートとシュン・ライコウはフラメル王国側へと引き込むことに成功した。ザイ・コンウェイ率いる若手組にも現行の最新鋭機に大差を付けて《ノイマン》が性能を見せつけたことで、単純な新機軸の宇宙船であるだけでなく、圏外の物流を左右する次世代の船であると証明することができた。
方向性や目的は各々違うが、五帝は皆そこに利益が発生するならば己の地位や名誉など一遍も未練もなく『商品』として売買できる根っからの商人だ。ギルドの首脳陣のポストに着いているのは、それが一番利益を生み出す事が出来るからであり、席を売却することで現状以上の利益を生み出せるならば退く事に否は無い。
エマ達フラメル王国は利益と未来を語り、それを証明するデータと結果も出した。
機に敏な商人ならば、巨万の富を生み副次的に経済の発展へとも繋がる《ノイマン》を無視できる者はまずいないだろう。
ここ半年でフラメル王国官民の総戦力で必死になって作り出した交渉カードを、エマは殆ど出し尽くしていた。そもそもつい一年前は連盟に属する有象無象の小国でしかなかった王国など、本来は五帝に見向きすらされない。
惜しまず機を見計らって手札を切り続けたからこそ最終局面にまでエマ達は辿り着けた。
ここから先は、完全なる出たとこ勝負。
五帝側の反応を備に観察し、臨機応変に判断し対応していくしかない。
専用車の後部座席に乗り込んだエマは、柔らかなシートに身体を沈め目を閉じた。
「少しだけ、眠ります。ホテルに着いたら起こしてください、すぐに会談への対策を詰めます」
目前に迫った会談への緊張や気負いも、今だけは疲労感が勝る。数秒と経たずに少女の口からは寝息が漏れ出した。
その身の護衛を任されている臣下達は、無言で頷き合い専用車を走らせる。ただし、目的地へまでは少しだけ遠回りをして。
フラメル王国とギルドが二度目の会談を行う場所は、一度目と同じくコロニーの脳髄に相当するナタ運行管理局ビルの応接室が選定されていた。
ギルドのトップ達が消える事で多大な利益を貪れる者達から命を狙われる場合もある五帝達全員の身の安全が確保でき、内部での会話を一切外に漏らさない為のセキュリティ対策が万全な場所となると他にはなく、特に反対意見も出ることなく場所は決定した。
必要最低限の休息で体調を整え簡略礼装にて身を包むエマはレイホウの代理となる補佐役を連れ、堂々とした足並みで入室した。
そして、窓を背にし一回目の会談と同じく横一列に並んだ端末内蔵型の机に既に着席着していた五帝達に、胸に手をあてながら礼を以って対峙した。
「御機嫌よう、五帝の皆様方。御多忙な中で二度もこのような場を設けていただき、感謝の念に堪えません」
海千山千の商人であれば分厚い仮面で顔を覆うなど朝飯前であろうが、少なくとも表面上は誰一人この場に於いて迷いの感情を秘めている者はいなかった。皆、商談相手のエマの視線を貫禄のある態度で受け止めている。
席の中央、五帝達の纏め役であるザイ・コンウェイが立ち上がり笑顔を作った。
「いえいえ、エマ・フラメル第一王女が持ってこられた《ノイマン》の一件は、私達ギルドにとっても非情に重要です。船がもたらす将来的な価値を分からぬ者はこの場にいないでしょう。王女が身体を張ってその価値を示してくれたおかげで、判断材料となるデータも集まりました」
両陣営が席に着いたことを確認したコンウェイは手元のコンソールを操作し、ギルド側にアンケート集計用のARを描画させる。
「さあ、既に前置きと確認は済んでおります。早速ですが、この場で五帝の地位売却の可否の意思を提示しましょう」
五帝達が指先で二者択一の選択肢に回答していく光景に、エマは表情を揺らがせずとも緊張から思わず喉を鳴らせてしまう。
この数分足らずの時間で、寝食を忘れて準備を進め続けてきた半年間の成果が、フラメル王国の行く末が決定する。
既に五帝達全員が自身の結論を決めており、集計する人数も少ないため結果はすぐに出た。応接室の中央に、巨大なARのボードが展開される。
――――――――――――賛成票、二。
五人の内、エリザベスとライコウがそれぞれ一票を投じて二票。残りの三人、若手組は後々に利益を計算に入れたうえで賛成に票を投じなかった。
しかし、賛成票に続いて表示された情報に、五帝最年長の翁が冷たく低い声を発した。
「これは――――――何の真似じゃ?」
――――――――――――反対票、二。
――――――――――――未投票、一。
反対票を投じたのは、当然若手組内の二人。五人の中で唯一賛否の票のいずれも投票しなかった人物にライコウは極低温の凍てつく視線を向けた。
「コンウェイ、お主自分が何をしたのか分かっておるのか?」
五帝の若手筆頭、細身でオーダーメイドの一点物のスーツを着こなす壮年の男、ザイ・コンウェイが行った手法は、限りなく黒に近い灰色だ。
採決を取る前に吐かれた言葉に嘘はなく、投票をしないというのも一つの意思表示ではある。ただし、圏外の未来の趨勢を決定するであろうこの場で他者を賛否のいずれかに誘導し、自分は不意を突いた後出しのような真似をすれば、不快感を通り越して怒りを買う。
既に賛成と反対が同数で出揃っているため、改めて賛否のいずれかに投票させるやり方ではコンウェイの胸三寸で結果が左右されてしまい公平性が無くなる。全員で再投票を行ったとしても、事前に一度各自の投票結果が出てしまっているためにこれもまた公平性を欠く。
ライコウの鋭い視線と詰問を受けても平然としているコンウェイを、エマは観察する。
このような事態に陥るであろうことは、生き馬の目を抜くことが日常茶飯事のギルドのトップである五帝の地位にまで登り詰めた者が予想出来ないはずはない。つまり、未投票は故意でありこの状況を作り出す為に意図的に行われた策略なのだ。
余裕の体裁を保ったままコンウェイは眼を瞑り独白するように語る。
「シュン氏の御怒りは、御尤も。責任を取れと仰るならば、自ら進んで五帝の地位を降りましょう。ただ、私は五帝という重責を背負う立場の者としてどうしても確かめたかったのです」
ゆっくりと瞼をあげた若手筆頭の眼球には、エマの姿が映り込んでいた。
「彼女、エマ・フラメルが圏外の未来を託すに値する相手かどうかを!」
両手を大仰に広げる様は、まるで舞台役者だ。昔取った杵柄であるエリザベスが、その演技の端々から滲み出る隠し切れない欲望に匂いを感じ取り、表情を僅かに歪ませた。
「これまでも彼女は実利を提示した上で、事故を起こす危険性を孕んだ船のテストを自ら行い言葉だけの夢想家ではないと証明しました。だからこそ、私は知りたいのです。商人として、上に立つ者として最も重要な能力、決断力を!」
その一声で感情の丈を発しきったのか、一転して至極冷静にコンウェイは告げた。
「フラメル王国外交官にして王権代行者エマ・フラメル第一王女、貴方に圏外の未来を背負う覚悟があるならば、私とひとつ賭けをしませんか?もし貴方が勝てば、私は賛成票を投じましょう」
言葉の上では圏外の未来を憂慮する一人の人間であると嘯くも、その発せられる声色や態度は挑発的であり挑戦的。
「賭け、とは?」
エマは、罠と分かっていながらもその提案に乗らざるを得ない。
自陣に引き込んだとは言ってもエリザベスやライコウと王国の繋がりは日が浅く、まだ細い。ここで不甲斐ない態度を見せ組むに値しないと判断されれば必死になって構築した糸が千切れる可能性は十分にある。
また、未投票となった売却可否の最後の一票の存在が大きい。反対票に最初から投じられていたのならば賛成二反対三で否決、結果自体は無念極まりないが連盟崩壊は別のアプローチを考えればいいと割り切れる。だが、最後の空白の一票が、上手く事を運べば五帝の地位全てを獲得できるのではないかという希望を無意識下に抱かせ、不利益を被っても安全を優先するという選択肢をエマから奪っていた。
五帝の中では若手とは言え、コンウェイの熟してきた交渉や商談の数は百や二百では収まらない。国家予算並みの金が動き時には多くの人々の人生をも左右する神経を焙る遣り取りの中で醸成された、言葉や行動により自身に有利な場や空気を作り出す能力により、交渉の主導権を握り込んでいた。
「ここは昔ながらの圏外の流儀に則ったやり方で決めましょう」
フィンガースナップでコンウェイが音を響かせれば、王国側とギルド側の中間地点の空間にARで描画されたのは他でもない現在開催中の圏外最大規模の超大型興行、無差別争覇杯の大会公式バナーだ。
そして、その真下には三回戦を突破した四つのチーム名が刻まれたプレートが一枚づつ並んでいる。
「既に御存じでしょうが、嘗てギルドが結成されるより昔の時代、圏外は今以上に混沌としており、血で血を洗う抗争が至る所で頻発していました」
互助会であり調整役でもあるギルドが結成される前、暗黒時代とも呼ばれる時世で最も激しく干戈を交えていたのは宇宙海賊や傭兵などではなく、一クレジットでも多くの利益を上げようとする拝金主義の商人達だ。
袖下や鼻薬を多用する彼らに法の枷など事実上存在せず、販路や資源の奪い合いなどの利害の対立は、そのまま兵器を交えた戦いにまで発展する場合が多い。商売敵の船団を海賊や傭兵を雇い襲わせるなどまだましな方で、人質を用いた脅迫や暗殺などの表沙汰にはできないありとあらゆる暗闘が横行した。
当時、圏外の殆どの商人達は自衛と報復のためにこぞって兵器や戦艦を買い腕利きの傭兵や海賊を雇い入れ、私設の武装集団と化していた。
ただ、彼等は何処まで行っても拝金主義の商人達であり、次第にこう思うようになった。
『この軍備に充てているコストを、他に回せばもっと利益を上げることが出来るのでは?』
商人達が最も嫌うのは、未来に繋がらない、利益を生み出すことない無意味な消費だ。明日でも十年先でも、それが何かしらの形で利を生み出すのなら商人達は投資を惜しまないが、日々肥大化し財政を圧迫していく軍備にいい加減見切りをつけ出していた。
無駄をなくすため、更なる金儲けをするために当時の圏外でも名の知れた商人達が集結し話し合った結果、無法にも等しい圏外でも通すべきスジ、流儀を制定した。
それが、代理決闘制。
圏内の千人戦争と同じく最短かつ最小のコストで円滑に組織間や個人間での紛争を解決するための掟。
制定された代理決闘制では、商人間で利害が対立した場合、雇入れた傭兵や海賊を自らの代理として明確なルールとレギュレーションの元で戦わせ、勝利した側が争いの元となった利権を得る。勝敗が確定した決闘は、如何なる理由であろうとも覆らず、不履行にしようものなら掟を決めた有力商人達全員でもって違反者を潰す取り決めだ。
制度の決定より、抗争の絶えなかった圏外は初めての共通ルールが誕生したのだ。
「今日に於いて、争いを調停する代理決闘制の掟を定めた商人達の集まりはギルドの前身となり、決闘は形を変え無差別争覇杯のような闘士達が競い合う興行と化しました。ならば、ギルドの未来を決定するこの賭けには、この大会を用いるのが相応しい」
コンウェイが端末を操作すると、バナー直下にあった四つのチーム名入りプレートがエマの元へと移動する。付属情報としてチームに登録されている選手リスト、試合のダイジェスト映像などが展開する。
「無差別争覇杯の優勝チームを的中させた方が勝者。これはそういったシンプルな賭けです。エマ王女は闘技場に関して深くは御存知でないでしょうし、選ぶ先手はお譲りしましょう。考える時間や使節団の方々と相談を欲されるのでしたら、明日の同時刻までにご回答いただければ、問題ありません」
「……っ!」
一見それは、選択権を与え熟考する時間も認めているようでいて、その実賭けにすらなっていなかった。
ギルドとの会談とは直接的には関係しないためエマも無差別争覇杯の出場チームの一つ一つの詳細まで知り得ているわけではないが、レイホウより大会の裏側は伝えられている。
実力は折り紙付きの猛者達が鎬を削り合い、戦闘能力に財力、時の運までも兼ね備えたチームが優勝すると謳われているが、実際の所無差別争覇杯は大会をストーリー仕立てにしたパフォーマンスショーや各有力商人が有する手勢の傭兵団の力を見せつける示威目的の色合いが非常に強い。
大会運営委員会は意向にそぐわないチームをあの手この手で潰しにかかるため、ベスト4にもなると圏外の最有力商人である五帝や委員会の手垢の付いていないチームはほぼ皆無だ。
既定路線として現在勝ち残っているチームの内、優勝はコンウェイ自身が雇入れている《グレイブヴァルチャー》でほぼ動かないだろう。残りの内、二チームのスポンサーはOOE社の子会社であり、最後の一チームに至っては聞いたこともない完全な無名だ。
賭けで優勝チームを的中させること非常に容易だ。単純に《グレイブヴァルチャー》を選ぶだけでいい。
だが、それはコンウェイへの従属を意味する。
自作自演、何もかもが都合よく整えられた舞台で若手筆頭の描いた筋書きに沿って行動してしまえば、今後フラメル王国はギルドのトップの座を『勝ち取った』のではなく『譲られた』という動かしようのない事実を抱えていくこととなる。大きな負債を立てに、何をするにもザイ・コンウェイの援助や支援と言う名の干渉が常に付きまとい、将来的に王国は傀儡にされる。
極々短い時間で迷いや葛藤の表情を見せるエマに、コンウェイは内心ほくそ笑む。
コンウェイの一番の狙いは、新機軸宇宙船《ノイマン》である。
ギルドの運輸部門を司りその道に深く通じる者からすれば、圏外の物流を一変させる可能性を秘めた船は、何をしてでも手に入れたい金を産む鳥。
最初からコンウェイが票を反対に投じれば、地位買収が叶わなかった王国は今回繋がりを得る事のできたエリザベスやライコウと結託して船を量産しコンウェイの既得権益を食い破っていくだろう。かと言って賛成に入れれば、ある程度の恩恵を受ける事は出来ても、五帝の地位から退いたコンウェイは王国のやり方に口出しすることは出来ず、歯痒い思いをすることとなる。
故にこそ、コンウェイは自ら音頭をとり採決を促しながらも自らは未投票という暴挙ギリギリの行動を取った。それが年配組の不興や不快を買う事を差し引いても、《ノイマン》とそれを開発したフラメル王国ごと手に入れることが出来れば将来的には益になると踏んだのだ。
「どうやらエマ王女は酷く悩んでおられる御様子。どうでしょう、一旦会議は解散し明日また改めて回答されては?」
笑顔で気遣いの言葉を掛けるコンウェイだが、その表情の下地には明らかに自身の優位性が揺るがないことを確信した笑みがあった。
場の流れが完全にコンウェイに移りつつある現状に、エマは左手に嵌めている指輪を右手で五指ごと強く握り締めた。
本来であれば、出場チームの中で五帝や運営委員会の影響下になく優勝を狙えるチームは、たった一つだが存在していた。
闘技場の覇者マッドマックス率いる《グランドチャンピオンズ》。前年度に《グレイブヴァルチャー》とも接戦を演じたかのチームであれば、十分に優勝も狙えた。番狂わせで二回戦敗退などという珍事さえ起きなければ、まだフラメル王国が未来を紡げる可能性は残っていたのだ。
口惜しさから、エマは《グランドチャンピオンズ》を下したというそのチームのプレートに目をやり、登録選手の中にその名前を見つけた。
少女の翡翠に似た瞳が大きく見開かれ、驚愕の表情は添付の試合映像から確信へと変わる。
「………あはっ」
思わずエマは、満面の笑みを零した。
怪訝な顔をするコンウェイを無視して、尚も『魔王』は高らかに笑った。
「あっはははははははははははははははははは!」
全知からは程遠いエマに、その結果が発生した起点や過程はまるで分らない。別にエマを助ける為にそこにいた訳ではないだろう。偶然、本当に偶々そこにいただけなのかもしれない。
だが、それだけで十分過ぎた。
心の奥底から生じる愛の衝動こそが、エマの力の根源である。
「猶予は不要です、今この場で選ばせていただきます」
自然体。
コンウェイの構築した場の流れ、精神的重圧を意に介さぬ晴れやかなる表情、堂々たる微笑。気軽に一枚のプレートを手に取ると、エマはその場にいる全員に見せつけた。
「《ウェット・ファイターズ》、優勝するのはこのチームをおいて他にありません」




