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PV6000&ユニーク2100突破!
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リングの上で戦うハクアの姿を、ミツルはV.V.所有の屋台船内部の一室にてARモニター越しに食い入るように見ていた。
斬撃が往なされ、白髪の少女がリングの上を転がる度に、知らず知らずの内にミツルの手は拳を作り、握りしめた内部には熱が籠りだしていた。
「そんなに心配なら、試合会場まで行けばよかったじゃねえか」
ミツルに声を投げかけたのは、試合前の約定にてV.V.での治療のために大会の救護棟から搬送されたケビン・リーだった。大事を取ってベッドの上で寝てこそいるが、凄まじい回復力を発揮し明日には治療も必要なくなる予定だ。
「何のことでしょう?」
二人がいるのは、船内の治療室だ。名目上、ミツルはケビンの介助のためにここにいる。モニターが室内で投影され試合の光景を描画しているのは、あくまでのケビンがそれを望んだからであり、それが偶々目に入っただけだとミツルは主張する。
「いや、アンタ……ハクアの奴が心配なんだろ?」
「皆目見当もつきません」
ミツルとて自覚はある。手が掛かり身勝手な、しかし見捨ててはおけない妹分の為に方々に手を尽くし装備や状況を整え、本人にも喝を入れた。
無差別争覇杯にて武術の有用性を証明するという団の目的に沿ってはいるが、多少の越権行為も含まれていたことは否めない。
情に絆されたことを恥じ入る様に、ミツルはケビンに問い返す。
「貴方こそ、アカギ様が敗北するかもとは考えないのですか?」
「全くないな」
ベッドの上で胡坐を組み、ケビンは悪態をつく。
「正直、俺はあの野郎が負ける姿を想像できない。アイツに会ってから四六時中どうすれば顔面に一発叩き込んでノセるか考えてるが、頭の中ですら勝ちを譲らねえ」
考えだしたら余計に腹が立ってきたと悪し様に罵るが、その言葉の裏には確かな信頼と尊敬があることを、ミツルは見抜く。
「ケビン様、武芸者たるものもう少し言葉遣いを……」
微笑ましいものでも見るような年長者の眼差しをした傭兵団の序列二位は、視界の端に捉えていたモニターの映像が切り替わった事に気付いた。
投影された映像内では、ハクアの抜刀術がアカギの胸を切り裂く光景が描画される。
「よっしゃおらっ!」
思わず反射的に、ミツルは力強いガッツポーズを決めた。
『使徒』達の身体は、グランドクエストの達成――引いては『勇者』を守護しその道程を阻む全ての障害を打ち砕く為、群を成し相互補完し合う霊長兵器として設計されている。
『勇者』の権能により誕生したその瞬間から戦術兵器としての機能を発揮できるよう、常人とはかけ離れた身体能力・身体強度を持ち、《霊核基幹》の熟練度が限界値に達した暁には外見が人間と似ているだけの全く別の存在となる。
不老であるが不死でなく、無双ではあるが無敵ではない。それが、『使徒』だ。割り振られているリソースは多くとも有限。より能力を先鋭化させるために『使徒』には能力の方向性を定める為のクラスが存在する。
特化型の『戦士』、『盗賊』、『魔法使い』、『僧侶』。
万能型の『聖騎士』、『兵士』、『魔導具使い』、『賢者』。
『使徒』としての基本性能の大元を決定するメインクラスに『戦士』、補助機構としてのサブクラスに『聖騎士』を設定されているアカギの能力は、頑強さと強靭性、特に物理的な攻防の総合力は全ての組合せの中で最上位。
例え寸鉄も身に帯びぬ状態であっても、常時発動型の《スキル》が二重三重の城壁となってアカギを不落の要塞とする。アマギ・ハクアが練り上げ凝縮した《気》を上乗せし神速の速度で放たれた三昧至宝|《沙羅双樹》の刃であろうとも、『戦士』の身体を損傷させることは不可能。
現に横一文字に刻まれた胸部は僅かに赤く変色しているのみで、傷らしい傷はほぼ無い。
だと言うのに、アカギは喉奥から込み上げてきた血液の塊を吐き出した。
「アカギさんも、血は赤いんだね。人外染みてるから、青とか緑の血でも流れてるのかと思ってた」
反復訓練により腰の鞘の位置・角度を感覚で掴んでいるハクアは手元を一瞥もせずに納刀、再装填を終え《気》を瞬間的に圧縮させると神速の刃を放つ。
縦一閃。腹からへ胸の一文字と交差する様に太刀筋が走ると、またしてもアカギが吐血しその異常な現象が単なる偶然でないことが証明される。
これが、ハクアが行った五千回の夢想稽古の中でたった一度だけ拾上げる事の出来た唯一の勝ち筋の一端。浸透勁を応用した肉体内部への浸透斬撃だ。
単純に掌底や拳打で打ち込むだけでは接触面積に対して波紋の様に広がり拡散していく《気》を、《沙羅双樹》という《気》を収束させる最上級の触媒を用いる事で面ではなく線の形で体内に切り込ませ、内臓や骨を《気》の刃にて刻む武芸者の妙技。
「ムラクモの業、内臓がズタズタになるまでたっぷりと御馳走してあげる」
三度目の神速抜刀。
歴戦の『戦士』の眼を以てすれば、三度見たならばそれはもう見切ったも同然。刃に触れ攻撃を無効化しようと斬撃の軌道内に差し込まれた左手は、しかし残像を掠めるのみ。神速の刃は、重ねてアカギの臓物を切り裂いた。
物理に依存する攻撃ならばほぼ全てものを完封する楯無しの至極単純な弱点。
それは、速度だ。
攻撃にどれだけの大きなエネルギーが込められていようとも、楯無しは往なすことで掌握し自在にベクトルを操るが、隕石の精霊の放った光速拳のようなアカギの反応速度を超える攻撃に対しては左手で触れることが出来ず楯無しが機能しない。
流派:ムラクモの業は、その速度の運用に重きを置いている。
基本の初伝から秘奥の皆伝まで、ムラクモの抜刀術は全て同じ姿勢同じ構えから始まる。そして起点が同じながら、神速で繰り出される刃の軌跡は千変万化に顔を如何様にも変える。
それは空を分厚い叢雲が覆い隠す時、地上の者が上空に姿を現している天体を星か月か太陽か判別できぬように、鞘で刀身が覆われた納刀状態では攻撃の軌道を予測出来ず、鞘から刀身が抜き放たれた瞬間には既に捉えきれぬ神速に達しているため反応が出来ないという二段構えの構造を流派:ムラクモは備えている。
単純な速度だけでなく、敵に対し速度に適応させない対策をも有するがこそ、ムラクモは百八門派でも最速の称号を得ているのだ。
一気呵成とばかりにハクアは肉体を限界まで駆動させ、《仙丹》から汲みだした《気》の刃に乗せ神速抜刀を放ち続けた。左右の薙ぎに袈裟、逆袈裟。切り上げから振り下ろし。その数、都合三十九回。既にアカギの身体には拷問でも受けたかのようなおびただしい数の赤い線が走っており、人体の穴と言う穴からは逆流してきた赤い液体が零れ続けていた。
更にと追い打ちを掛けようとした瞬間、ハクアの肺の奥から全身、指先にまで走る激痛。
極々短時間の内に連続超過稼働をさせた《仙丹》が、《気》を絶え間なく循環させ続けた《経絡》が悲鳴を上げていた。ここまでの連続かつ短い間隔で神速を使用した経験はハクアにはなく、限界の線引きに達するのも初。
身体を使い切るのはまだ早いと判断し、ハクアは数秒間内に酷使した反動の痛みが走る《仙丹》を休ませるため、濃霧を纏った風が吹き込んできたタイミングに乗じてアカギに蹴りを放ち宙へと身をやる。
軽やかに着地を決めたハクアは、思わぬ負傷に動揺したのか牽制の蹴りをまともに受けリングに仰向けで倒れ込む赤毛の男を見た。呼吸を整え痛みを緩和させながらも、氷瞳は油断なく対戦相手を観察し見据える。
無差別争覇杯、一回戦からほぼ無傷で完勝してきたアカギが得た、初めての傷。
ハクアは素知らぬことであるが、漂着よりの半年間、真正の超常の存在である隕石の精霊と決戦を除けば、基本的な身体性能で劣り、凡百の《霊核基幹》しか持たない只の人間により与えられた傷でもある。
仰向けで吹き抜け天井からコロニーの対面側を見つめるアカギは、息を漏らした。
「――――――君は、凄いな」
血液と共に口から零れたのは、至極単純な感嘆の言。心からの賞賛。
「………へっ?」
思わぬ形で不意を突かれ気の抜けた表情するハクアに、負傷を感じさせぬ軽快な仕草で起き上がったアカギは、具合を確かめるように胸や腹に手を当てながら言った。
「身体の内側が、ものの見事に切られている。しかも、これはただ単に切ったと言うよりも、構造的に脆い部分を見抜き的確に刃を通した、人体に対する解体。本当に、見事だ」
「それは………どうも」
まさか内臓や骨を内側から切り刻んだ相手に褒められ腕前まで評価されるとは夢にも思っていなかった白髪の少女は、その含みのないアカギの言に思わず毒気を抜かれた。
『使徒』という存在を知らずとも、ハクアはアカギの身体を何度か透視により観察したことで、戦艦と殴り合える肉体強度は内部機構であろうとも健在であり、無防備な内臓に浸透斬撃を叩きつけたとしてもまるでダメージを与えられないことを理解していた。
そこでハクアは、V.V.入団後に団長やミツルによって叩き込まれた調理加工の技術を応用した。外殻が非常に硬いある種の被子植物は、考え無しに刃物を突き立てても、刃の方が欠けてしまい実は取り出せない。ただし、その構造を理解した上で特定の箇所に切れ込みなどを入れ、適切な力を加えると、驚く程簡単に殻が解け実が露出する。
物体が物体としてそこに存在している以上、必ず存在する構造的脆弱性。
ハクアは透視能力を活用することにより、アカギの身体を解体したのだ。不落の要塞とて、内部から自重を支える柱や壁を破壊されれば、自己崩壊を起こす。
網膜に投影したステータスウインドで自身の状態をチェックしたアカギは、口端から零れ落ちてくる血を拳で拭い、今度は自嘲で口角を吊り上げた。
「それに比べて、俺はどうだ。まったく、我が事ながら年の功が聞いて呆れる。『勇者』探しにかまけて目の前の相手を正視しないとは、耄碌のしすぎた」
百年間の冒険の旅路で、アカギは多くの人間達と出会い言葉を交わした。
単純な力の尺度で見れば取るに足らない有象無象、背負う役割もなく世界の趨勢に関わる事もない端役。
皆、『勇者』や『使徒』と比べると一様に弱く、そして誰もが眩い。
特別な役割も力もない代わりに、人は自由であり強くなれる可能性を宿していた。
痩せ細った土地でも育つ植物の品種改良に人生を捧げ、荒れ果てた大地を満開の花々で埋め尽くした夫婦がいた。
忠義や友愛の為、寡兵にて洪水の様に押し寄せる魔物の大群を塞き止め、力なき人々が逃げるための時間を稼いだ名もなき兵士達がいた。
両親を亡くしたその日に、見知らぬ少女の涙を拭い抱きしめた少年がいた。
可能性と多様性。
敷かれた設計図以上には成れない『使徒』では持ちえぬ、人間が持つ酷く儚く、しかし眩い輝き。
今リングの上に立つ白髪の少女は、その輝きを武術に費やし磨いてきた武芸者だ。決して、アカギの庇護が無ければ潰えるような無力な存在ではない。
「前言を撤回し謝罪しよう、すまなかった。アマギ・ハクア、君は敬意に値する倒すべき敵だ。そして、感謝する。君のお陰で――――――久方ぶりに滾ってきた」
楯無しでも補足できぬ神速抜刀は、間違いなくアカギの命に届きうる一手。互いを殺しうる手段を持ちえた者同士の鎬の削り合い。これこそ、一方的な虐殺などではなく、本物の勝負。『使徒』さえ脅かす人間の持つ可能性の光、その輝きがアカギの乾き枯れ果てていた心に熱き血潮を滾らせていた。
肩に乗せられていた『カネツグ』が降ろされ、その切っ先がゆっくりとハクアの方を向いた。
「返礼だ、本当の『戦士』の戦い方を見せてやろう」
直後、ハクアの眼前には大剣を振り下ろす寸前のアカギがいた。
間合いを詰める移動、攻撃の予備動作、そこに至るまでの過程を全て省略したかのような結果のみを相手に押し付ける理不尽な動き。立ち込めていた濃霧さえも、まるで今アカギが動いたことに気付いたかのように遅まきに渦を巻く。
全身の産毛が粟立つ感覚にしたがい、ハクアは咄嗟に《沙羅双樹》でその剛撃を受け止める。
響く金属の悲鳴。三昧至宝の刃は、その中ごろまでを大剣に断たれていた。重量と力で叩きつけたのではない、速度と技量を以てして鉄塊が如き剣を自在に操り切り裂いたのだ。
ハクアの両腕には、衝撃が奔っていた。重い攻撃を受け止めたことによる反動、痺れが毒蛇の様に骨身に纏わりつく。
三昧至宝の修復機能と治癒能力を高める内通力を使用すれば武器もそれを扱う手も治す事はできる。しかし、治癒に処理能力を割り振る間は攻撃を行うことが出来なくなる。
初撃自体が、誘い。緩急の急激な変化により不意を突きながら、ハクアがギリギリ対応できる反応速度を見切った上で攻撃を行い防御させる。そうすることで唯一アカギに有効打を与える事の出来る神速抜刀を一時的に封じたのだ。
アカギの、『戦士』の戦いに卑怯の文字はない。敵に短所があれば執拗に突き、長所があれば徹底的に潰す。それが出来なければ、アカギはとうの昔に屍を晒している。
両手が暫く使い物にならないと悟ったハクアは、距離を稼ぎ回復の時間を生み出すべく牽制の蹴りをアカギの胴目掛けて放った。
足を迎撃するのもまた、足。武芸者と『戦士』の蹴りが交差し、先に折れたのはハクアの脚だった。
下半身の筋肉の密度・質量は無論、片足立ちでも土に根を張り力と重量を余す事になく脚へと伝達する巨木の如き体幹を持つアカギにとって、少女の脚など小枝に等しい。
枯れ木を纏めて圧し折ったような乾いた音、額に脂汗を浮かべたハクアは骨折の激痛に耐えながらも蹴りの衝撃を利用して死地であるアカギの間合いの外へと転がりながら逃れた。
(――――――一旦、時間を稼いで手足の回復をっ!)
「そんなに距離を取りたいのなら、手伝ってやろう」
重低音を伴いアカギの太い脚が、リングを打撃する。
表層から内部の機構を貫通し裏面にまでに奔ったのは亀裂。上空から観測したリングの南西側、ハクアが立っていた足場が、破片を巻き上げながら崩落する。
心身を鍛え上げた武芸者の脚ならば、リングが落ち切る前に安全地帯へと駆け抜ける事は容易。ただし、それは身体機能が十全ならばの話。
ハクアの右足は今、アカギによって砕かれている。時間を掛ければ試合中に癒すことはできる。ただ、今はその時間が絶望的なまでにない。
一瞬得た浮遊感の中、ハクアは決断する。奥の手を見せる事に。
直後、リングの四分の一が崩壊し地上へと落下した。重力加速によって叩きつけられた表層部や重力制御装置が瓦礫と化すも、その中にハクアは存在しない。
黒い鎖。
一部が欠けたリングの突起部分に鎖が巻き付き、もう一方の端は握力の入らない武芸者の手と刀を強固に結び付け、ハクアを落下の危機から救っていた。
その鎖を構成しているのは、無数の金属の破片。その欠片一つ一つは、破壊されたリングの一部であり、何らかの力により吸着し結びつくことで鎖の形状を成している。
黒の鎖は、まるで意思を持つかのようにリングの突起部分を軸として自己を高速で巻き上げ、ウインチとして機能することでハクアの身体を引き上げる。
上昇する勢いでリング上空にまで舞い上がる白髪の武芸者。一瞬無防備になる着地の瞬間を逃さずアカギが大剣を振るうが、少女の身体は足場のない状態で刃を避ける様に慣性を無視して動き、切っ先の外へと逃れた。
「妙な手応えだ……切ってもいないはずが、何かに触れた感覚がある」
歴戦の勘働き、今までに得た情報、戦闘中に得た感覚からアカギはハクアの能力を推察する。
「《気》への性質付与。ケビンの奴は冷気を選択したが、君は斥力……いや、この場合は磁力か。磁性を帯びさせることによる吸着・反発を利用したようだな」
「御明察――――出来れば、最後の最後まで隠したかったけど、アカギさん相手じゃそれも難しかったみたいだね」
本人さえも自覚していない欲望の根源が、この世界とは違う場所を観測したことで生まれた変質性と混ざり溶け合い、ある種勝手に成型されていく越境能力とは違い武芸者の《気》の性質付与はある程度選択権が存在する。
絶体絶命の死地であっても淀みなく使用できるよう、決して揺るがぬ強固なイメージを構築するための時間は掛かるが、鋼鉄さえ溶解させる熱量を放出する火焔や肉体に浸蝕し蝕む毒など選択肢は多く存在する。
ハクアはその中から、磁力を選択した。
それは圏外で傭兵として活動するならば武力衝突する可能性・回数の最も高い義体化人を想定し、精密機械の中枢機構を容易に焼き払える不可視の電磁刃を使えるからでもあるが、一番の理由は金属武器である刀の制御に一番寄与できるのが磁力だからだ。
流派の奥伝皆伝を修める事の出来なかったハクアは、初伝中伝の業を独自に練り上げた。
磁力の反発を利用した抜刀の加速、吸引を利用した納刀の補正。
試合中に放たれた全ての神速抜刀の業には、ハクアの創意工夫が、養父の遺したものを次の世代に伝えようとする足掻き盛り込まれている。
「もう隠す必要もなくなったから、ここからは更にギアを上げてくよ!」
既に手足の損傷は、落下から復帰するまでの時間内で治癒を終了している。
床を砕く勢いで蹴り出し、ハクアは前へと駆ける。特注の鉄板入りのブーツは、蹴りの威力を増幅させるのみならず、磁力の反発する力を利用することで推進力を生み出す。
弾丸の如く突き出された《沙羅双樹》の刃が、火花を散らしながら『カネツグ』によって受け止められる。即座にハクアは身体を回転させることで果敢に切り込んでいく。
各部関節の柔軟な可動域と磁力の反発・吸着を活かした変幻自在な太刀筋。《沙羅双樹》が、ハクア自身が上から下、右から左と踊るように舞動き、刃の軌跡を刻む。
その初見では対応することが至難の太刀筋、打刀の間合い故大剣では自由の利かぬ距離でも、アカギは当然の如く全てを捌き切る。
刀身で、柄尻で、時に楯無しで。何もかもを呑み込む様は正に大海。守りの動作でありながら、水平線まで続く水面を剣で切りつけているような徒労感を相手に強制的に喚起させる。
されど、ハクアの氷瞳は曇り一つなく、アカギは歓喜の表情で叫んだ。
「本当に滾らせてくれるな、アマギ・ハクア!だがどうした、あの瞬間加速はもう打ち止めか!その程度の速さでは、この命に届かんぞ!」
「それは、どうかな!」
人生の大半を武術に、ムラクモの再興に費やしてきたハクアだからこそ解る。アカギの積み重ねてきた研鑽練磨は、尋常ではない。
鍛え上げた身体能力が、磨き抜いた技術技巧が、乗り越えてきた修羅場の数が、比べるのも馬鹿らしくなるほどに違う。
ハクアの持ちうる唯一の有効打である神速抜刀。
一度目の攻防では確かに通った。しかし、二度目以降となればその膨大な経験値から対抗策を用意される可能性があり通じるかどうかはおそらく五分五分、三度目以降に至ってはほぼ確実に完璧な対応をしてくるだろう。
故にこそ、次に神速抜刀を仕掛ける二度目が勝負の分水嶺。
必殺を完遂するため、ハクアは全力で舞いアカギへと向かっていく。
「何をするつもりか知らないが、やるならば存分にやれ!君の培ってきたものを、俺にぶつけてみろ!」
時に百万言を費やしても言い尽くせない程の情報量を、武芸者同士は、武に心血を注いできた者同士は一瞬でやり取りする。濃密な血の通った業の応酬は、何よりも雄弁に当人の性質を吐露する。
ハクアは、刃を通してアカギという存在に触れる。
その太刀筋は、さながら幽玄な霊峰山脈のようであった。
愚直で真摯な修練を積み重ね幾星霜、一つ一つ一日一日の蓄積は小さくとも屈せず腐らず止める事無く貫き通したそれは、天を超え星々にさえ届きうる。
諦めずに努力を続けられるという事は、それだけでどんな才能にも勝る資質だ。
極めれば極める程に、成長の伸び代は小さくなり焦りが募る。目に見える成果や確かな実感がなければ、人の心には病魔の様に諦観の感情が浸蝕し、やがて努力することを止めてしまう。
無力で不出来な自分自身を認め、形を持たぬ障害を乗り越えたその先に、アカギは悠々と立っていた。
神速抜刀無しとは言え、ハクアの繰り出す全ての業を真っ向から受け止め、次は何をしてくるのだと笑い、剣を以って問い返してくる。
勝ちたい、とハクアは切に思う。
一人の武芸者として、その山に登り星を目指したいと、渇望する。
ありとあらゆる要素が敗北を突きつけてきても、それを覆し更に高みへと。
元より武とは、逆境にて吠えた弱者達の足掻きなのだ。
「ボクが修練してきたムラクモの集大成、今ここで見せてあげるよ!」




