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PV5000&ユニーク1700突破!


読んでいただけた方々、誠にありがとうございます。


皆さんのPV数やブックマーク数、評価などは、私の励みになります!

 真っ暗な闇の中で、幼いアマギ・ハクアは涙ながらに叫んでいた。

 その切なる声は、少女の先を歩き何処か遠くへ往こうとする一人の老人へ向けられている。多くを語らずとも真っすぐと伸びた背筋、確かで力強く矍鑠(かくしゃく)とした足並みが、それまでの頑固で愚直に生きてきた老人の人生の軌跡を如実に表していた。

 懸命に小さなハクアは老人を引き留めようとするが、その背中に言葉は届かない。

 喉を()らす程に叫んでも、如何なる言葉を並べても、振り返りいつもの心から安心できる厳しさと優しさを内包した怒鳴り声を返してはくれず、老人は何処とも知れぬ場所へと進んでいく。

 全ては、幻だ。実際にはこんな状況は存在せず、何度も繰り返し体験してきたことで、ハクアはこれが自身の後悔が作り出した夢であること自覚している。夢の中には必死になって老人、養父のアマギ・ビャクヤを止めようとする自分がいる一方、成長し《ヴィンセントヴァルキリーズ》のメイド服と刀を身に着けその光景を冷めた目で見ている傍観者のハクアもいる。

 夢ならではの現実性のない状況で、傍観者の少女は過去の自分に嫌悪の視線を送る。

 ビャクヤが逝去する前日、ハクアは初めて師匠に逆らった。

 短期間の内に、流派:ムラクモの初伝、中伝を完全に修め、更に上の奥伝を身に着けるための修行に早く入りたいと希望する弟子へ師匠は言ったのだ。

『馬鹿弟子がっ!今のお前に、これ以上流派の業を伝承させる事など出来るものか!』

 当時のハクアは、酷く動揺した。

 流派の教えを受け継ぎ、後世に伝えていく事こそ自分の存在意義であり、身寄りのない孤児を温かく育ててくれた養父へ報いることの出来る唯一の恩返し。それが叶わないとなれば、ハクアは己の価値の全てを喪う。

 焦りもあった。

 見た目こそ頑固一徹で元気そうに見えるビャクヤだが、臓器の病を患っており時折血を吐く姿が散見されていた。義体化施術で人工臓器に身体を置換すれば延命も可能だったが、その選択は五臓六腑を巡る気の通り道である《経絡》を寸断するに等しく、武芸者としての死を意味する。

 最期の瞬間まで武芸者であることを頑なに望むビャクヤは、義体化施術を決して受ける事はない。

 幼いハクアは、ならばせめて一日でも早く自分が流派の継承者となることで養父を安心させ少しでも長く生きてもらうのだと、密かに決めていた。

 だが、修行を打ち切られてしまえば全てはご破算となる。

 普段はビャクヤの怒鳴り声に文句を言いながらも素直に従うハクアだが、この時ばかりは反論を口にした。

『この頑固ジジイ!つべこべ言わずに、さっさと業を教えてよ!』

 売り言葉に買い言葉で、初めての反抗であったことも加え加減が分からず、気づけばハクアは心にもない酷い言葉を次々と口にしていた。

『どうせ拾われるならもっとお金持ちの家が良かった!』

『誰もやらない時代遅れ武術なんか身に着けても、意味なんてないじゃないか!』

『師匠なんか、大っ嫌いだ!』

 それが、最後の会話。その時吐いた言葉を、ハクアは今でも一言一句憶えている。

 アマギ・ビャクヤは、人生の最後に残り少ない寿命を費やして育てた弟子に裏切られて死んだのだ。

 故に今のハクアは、泣き叫びながら養父の名を呼び続ける幼い自分を嫌悪する。

 無力な自分。無能な自分。

 何よりも度し難いのは、自ら恩を仇で返すような真似をしておきながら、逝かないで一人にしないでと泣きじゃくる傲岸無知さ。

 耳障りな声に耐えかねた今のハクアは、手にした刀で過去(じぶん)を切り捨てた。




 黎明歴425年9月19日。

 早朝。大量の冷水を顔面に浴びせられ、稽古場の床で大の字になって寝ていたハクアの意識は覚醒した。

 透き通り冷え切った液体は、微睡むという過程を許さず脳を強制的に起動させ五感を鋭敏化させる。

 透明度の高いアイスブルーの瞳を開き、ハクアは呆れた顔で自らを見下ろす同僚のホウセン・ミツルを確認した。

「あ、みっちゃん、おはよう」

「ハクア、私は稽古場で寝落ちするなと、何度も注意したはずですが?規律以前に、質の高い睡眠もまた修行の一環。戦場ならいざしらず、平時は規則正しい睡眠と食生活を送る事こそが、より高みへの道に繋がります。よもや、忘れたとは言わせませんよ?」

 起き掛け直後に聞かされる説教に、ハクアはばつが悪そうに顔を(しか)める。

 武器を振るうだけでは武術の真髄に至れないことは、白髪の少女も重々承知している。武術とは文化や芸術、哲学なども内包した複合大系科目であり、単に武器の扱いが上手いだけでは徒弟以下。極めるには人生を通して一日一日全てを修行とし、食事や睡眠であっても手を抜かずに大事な一工程として捉える必要がある。

 ただ、それを理解してはいてもハクアは無差別争覇杯の三回戦、《ウェット・ファイターズ》のアカギとの対戦への対策を用意する為に自己の許容値を超えて修行を行ってしまい、結果として鍛錬を積むことが目的の稽古場で眠りこけるという醜態をさらしてしまった。

 自己の至らなさを自覚するが故、ハクアは言い訳をせずに真摯に頭を下げ、額を床に擦り付けた。

「ゴメン、みっちゃん。罰なら後で幾らでも受けるからさ、今だけは勘弁してくれないかな。今日の試合は、ある意味決勝以上に重要なんだ」

 流派に連なる先達たちが連綿と紡いできた業の数々を、ただ一代のみで再興するなどという難行に挑むハクアにとって、アカギとの試合で何を勝ち取れるかは今後の人生を左右する。

 元より、勝ちの極めて薄い勝負。罰則を受けることで調子を崩し、みすみす低い勝率を更に下げるわけにはいかなかった。

「その言葉に、二言はありませんね」

 言質を取ったとばかりに、ミツルは指先を突きつける。

「神聖な稽古場で熟睡など、言語道断。よってV.V.の規則に則り断食から始まる罰則用の荒行を受けてもらいます」

 言動こそ違反者を厳しく取り締まるものであったが、ハクアは同僚の眼鏡の奥の瞳に不器用な優しさを見る。

「第二席、団長代行として発します。アマギ・ハクア、荒行は大会終了後(・・・・・)に拠点にて行います。これは如何なる理由・事情があろうとも免除されません。必ず、生きて帰り罰則を受けてください」

 口喧(くちやかま)しく、時には煩わしくもある。それでも、何だかんだと世話を焼かれ、気づけば言う事を聞いてしまう。あるいは自分に姉がいればこんな存在なのかと、ハクアは思う。

 にへら、と気の抜けた笑みを少女の顔は自然と作っていた。

「みっちゃんのそういうところ、ボク好きだな~」

「はい、そこ!ふにゃふにゃしていないで、ちゃんと返事をする!」

「………分かったよ。流派の創始者の名に誓って約束するよ、ボクは必ず皆の所に戻ってくる」

「分かればよろしい。では、規則を守らせるべく、私も助勢しましょう」

 隙無く乱れ無く着込まれたメイド服のエプロンドレスから呼び鈴を取り出し、ミツルは音を鳴らす。予め部屋の外で待機していたのであろう、V.V.の団員の一人が両手で人間一人を優に格納できる異様なサイズと形状の箱を抱えて、稽古場に入ってくる。

 横たえるように床に鎮座させられた上下が球形、中ごろに(くび)れのある独特な形状の箱は、傭兵達の愛用する棺桶(コフィン)と呼ばれる携帯式兵装保管ホルスターの上位機種。同系列の系譜ではるが、使用用途としては寧ろ真逆。運搬よりも、内部に格納した危険性の高い武装を厳重に保管し容易に使用させないための封印装置、《(べに)(ひさご)》である。

「団長に無理を言って、本部から超特急で輸送してもらいました。開封承認の許可も取ってあります」

 呼び鈴と同じく、ミツルはエプロンドレスから取り出した小刀を躊躇いなく親指の腹に滑らせる。滴り落ちる赤い雫が《紅瓢》の認証センサーに沁み込み、内部に登録されていた遺伝子情報と比較照合。数秒の後に電子的物理的なロックが解除され《紅瓢》の内部から一振りの刀がせり出してくる。

「百八門派にて伝承される三昧(さんまい)至宝(しほう)が一振り、《沙羅(さら)双樹(そうじゅ)》。ハクア、貴方が入団の際に団長に預けていた刀です」

 全容を現したのは、絶世の美女の如き目の覚めるような鮮烈さを持つ打刀だ。

 柄糸は浅黄色で編まれ、鍔の意匠には蔦唐草。鞘の塗はハクアの頭髪と同じ処女雪を思わせる純白で彩られている。美しい物は飾らずとも美しいのだと言わんばかりの華美な装飾の一切を排し、武器としての基本に立ち返った一振り。

 戦場で使う事を前提に設計され、洗練された反り返りの具合や柄を含めた全体の長さ、先端から末端まで機能美で溢れる様は最早芸術の域。刀身の全てが鞘の中に収まっている(さま)が、まるで御簾で素顔を隠す貴人のようでいて、見る者を惹きつけて止まない吸引力までも有していた。

「師匠の、刀・・・・・・」

 ハクアが数年ぶりに見た養父の遺品は、思い出の中と寸分違わず不変のまま存在していた。ムラクモの伝承者は、流派の真髄を修めた証として代々この《沙羅双樹》を継承する。

 数ある流派の中でも特に秀でた百八の武門では、《大厄災》以前より受け継がれてきた秘蔵の武具が存在する。人類史の最盛期の技術で鍛造されたそれらの品は、現代では再現不可能なロストテクノロジーの産物であり、三昧至宝の名で呼ばれる。

 引き寄せられる様に伸ばした手を、ハクアは押し止めた。

「駄目だよ、みっちゃん………これは、この刀は使えない」

 苦し気な青褪めた表情で、白髪の少女は首を横に振った。《沙羅双樹》が流派継承の証であるために今の自分にはふさわしくない、という理由でハクアは拒否したのではない。

 三昧至宝は、人を選ぶ。

 折れず曲がらず、切断力を半永久的に保持し続けるという矛盾を容認し、一切整備や手入れを行わずとも常に万全の状態であり続け、破壊されようとも自己修復機能で自動的修復される驚異の性能との引き換えのように武具自体が使い手を選ぶのである。

 現代では解析不能な技術でのセーフティシステムが施されているのか、信心深い武芸者達が口にするように武具に(あやかし)が宿っているのかは定かでないが、三昧至宝に認められぬ者が武具を振るえばたちどころに至宝は三流以下のナマクラに成り下がる。

 過去、ハクアは《沙羅双樹》に拒絶されている。

 アマギ・ビャクヤの死後、残された弟子は一時期生前の師の全てを徹底的に模倣していた。教えを受けずとも、瞼に焼き付いた師の動作を真似る事で未伝達の奥伝、皆伝の業を探ろうとしたのだ。その過程で、得物も師匠と同じ刀、《沙羅双樹》を使い刀身を根元から折るという大失敗をしでかした。

 幸いなことに刀は自己修復能力ですぐに元に戻ったが、ビャクヤの形見に拒絶されるというハクアにとっては忘れがたい痛痒が心に刻まれた。

 以降、V.V.への入団と同時に《沙羅双樹》は団長のダン・ヴィンセントの元へと預けられ、今の今まで厳重に封じられてきたのだ。

 過去を抉られ珍しく弱気な同僚に、ミツルは配慮もしなければ容赦もしない。

「逃げるのですか、ハクア」

 問い詰める視線の鋭さは、正に臨戦態勢。退路を潰し敵を追い詰める武芸者の手管で、ミツルは舌鋒を突きつける。

「元より、ほぼ不可能である流派の再興を目指す貴方が、たかが道具一つに怖気づくのですか?」

 ミツルは自身の手を、震えるハクアの手に重ねた。

 互いに、白魚のような細く繊細な指先の手とはいかない。度重なる修練や実戦で、皮が(めく)肉刺(まめ)が潰れ硬く厚くなった不格好な手。

「この手が重ねた努力を私は知っています。天賦の才、麒麟児と周囲から賞賛される裏で、何度も血と汗にまみれて刀を握り続け、泥を啜り挫折も諦観も味わいながらそれでも(ほど)かなかった頑固な手です」

 真剣な眼差しで、ミツルは強く言い切る。

「断言します、この手を拒絶するならば三昧至宝と言えどもその程度の器だったということです」

 触れ合っている指先や掌を通して、感情(ねつ)が伝播する。言葉の真意を問うまでもなく、ハクアには長年の付き合いから戦友が心からの本音を告げているのだと理解する。何時しか震えは止まり、ハクアの手は指先を絡めてミツルの手を強く握り返した。

「言ってくれるなぁ、みっちゃんは」

 感謝を伝えるように、一際強く手を握り締めるとハクアは手を離し《沙羅双樹》の鞘へと乗せた。気負いなく持ち上げると、刀を腰へと佩く。

 三昧至宝が、元々身体の一部であったかのような一体感を与えてくれる。握った柄は手に吸い付き如何様にも振るえる確信が芽生えた。

「その(あか)瓢箪(ひょうたん)、もういらないよね」

 抜刀一閃。

 《紅瓢》が、一刀の元に上下に両断される。危険物を内部に格納・保管する関係上、ホルターケースの強度は開封時であっても戦艦の装甲並み。それを切断したということは、無論使い手の技巧の冴えもあるが、三昧至宝がその性能を発揮した証左に他ならない。

 アマギ・ハクアは、《沙羅双樹》に認められたのだ。

「出来、た」

 過去には無かった、確かな手応え。掌からは、刀の放つ鼓動のようなものが感じられた。

 殆ど抵抗なく切れた武器の性能に驚きつつも、事実をゆっくりと認識するごとにハクアの表情には喜色が広がっていった。

「出来たよ、みっちゃん!」

「この大馬鹿娘!」

 戦友へ喜びの抱擁を行おうとしたハクアの脳天に、手刀が炸裂する。

 目から星が飛び出しそうな程の衝撃でふらつく同僚を捨て置き、ミツルは今しがた真っ二つにされた《紅瓢》へと駆け寄った。

「嗚呼っ!メインユニットが丸ごと両断されています、これではもう修理も出来ないっ!また予算が、予算が!」

 鬼気迫る表情で無残にも破壊された残骸を胸に抱くミツル。その光景から、ハクアは冷や汗が背中から噴き出して止まらなかった。

「もしかして、ボクやっちゃった?」

「盛大にやらかしてますよ、この超大馬鹿娘!《沙羅双樹》は貴方の個人所有の武器ですが、《紅瓢》は団の備品なんです!いらなくなった即破棄とはいかないんですよ!アレを購入するのに一体幾らかかると思っているんですか!?」

「えーと、ボクのお給金三か月分位?」

「十年タダ働きしてもまだ足りませんよ!」

 ただでさえ逼迫している団の財政状況に、ここに来て追い打ちの如く発生する高価な重要機材の破損。

 あーうーと頭を抱えて唸るミツルは、補填、何かで補填しなければと暗い眼で呪詛を吐き出し、視線をハクアへ向けた。

「ソウダ、コイツノ両手両足ノ骨ヲ折ッテ三回戦ニワザト負ケレバ、アカギサンノ超大口ノ契約ガ・・・・・・」

 勘の鋭い武芸者でなくとも、その言葉や表情に仄暗く関わってはいけないモノが混じっていることは明白。原因を作った下手人が今出来るのは、逃げの一手のみ。

「あ、ボク試合前の最終調整に入るんで、みっちゃん後はよろしく!」

 《気》を循環させることで身体能力を向上させる内力通を用いて、ハクアは脱兎の如く走り出した。必要とあれば、逃走を躊躇しないも武芸者に必要な素養の一つである。

「待テヤコラァ!」

 序列下位の団員達の注目を浴びながら、その追走劇は試合開始のギリギリまで続いた。

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