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 《ヴィンセントヴァルキリーズ》側から出された提案に、《ウェット・ファイターズ》のアカギは顎に手を当て思案顔を作った。

 脳内で条件をじっくりと吟味しているのだろうと、ミツルは考察する。V.V.の提案は、言い換えれば幾つかのアドバンテージを捨てろと言っているに等しい。

 個々の実力で優っていても数で多くのチームに劣る《ウェット・ファイターズ》にとって、周囲に知られていない秘匿情報は大きな武器だ。仮に三回戦を勝ち抜いたとしても優勝を狙うなら、準決勝、決勝が残っている以上、ここでアカギが武器を振るう姿を見せれば、当然敵チームに対策される。

また、一回戦の時点からW.F.はルール上で封殺されるのを避ける為、イメージ戦略を行ってきた。マイクパフォーマンスから始まり、最たるは一切の武器・防具を身に着けないアカギの裸一貫(ネイキッド)形態(スタイル)。代名詞と成りつつある己の肉体のみを頼りに戦い抜く姿勢を崩せば、少ない数の観客の失望を買う。

 だが、V.V.との取引に応じなければ、W.F.は戦わずして負ける可能性が高まる。

 直接診断しなければ詳細は分からないが、ケビンの昏倒の原因はおそらく限界を超えて過負荷を掛けたことにより発生した、《仙丹》と《経絡》の急成長だ。筋肉と同じく、《気》を生成・循環させる《仙丹》や《経絡》は使えば使う程に破壊・再生を繰り返しより強く太くなる。

 目覚めれば以前よりも生成できる《気》の総量が増え、武芸者としてより高みに登れているだろうが、体内の器官を作り変える必要があるため、短く見積もって丸三日はまともに動けないだろう。二日後の三回戦には、間に合わない。

 アカギと『カネツグ』の二人だけでは、ルールが『星取り戦』に決まった時点で負けが確定する。

 どう返してくると待ち構えるミツルに、顎から手を外しアカギは視線を向けた。

「君達の取引に応じるか否か答える前に、幾つか言っておきたい事があるんだが、いいか?」

「構いません、どうぞ仰ってください」

 了承を得られたことを確認すると、アカギは言葉を告げた。

「まずは本気、全開の力を見たいという話だが、俺一人で全てを出し切るのは無理だ」

「それは、どういった意味でしょうか?」

 眉を顰めるミツルに、慎重に言葉を選びながらアカギは話を続ける。

「今でこそ単独で動いているが、昔俺は四人の仲間達と共に旅をしながら戦っていた。俺の全力とは、個の力ではなく群の力。単独戦闘で、全ての力を出し切ることはできない」

 単純に戦術兵器としての『使徒』の性能や能力は、『勇者』や他の仲間の『使徒』達との連携を前提に設計されている。『戦士』に限らず、全てのクラスには効果こそ絶大だがリスクが大きすぎる、あるいは使用条件が厳しすぎる《スキル》が幾つかあり、単独で運用することは事実上不可能に近い。

 武装に関しても同様で、『カネツグ』が付与する加護:剣の纏衣(てんい)による七つの形態変成の内、剣が喰らい吸収した大元がキワモノの難物であったため《六》と《七》は仲間のサポートなしでの運用は難しい。

「ただ、俺個人が鍛えてきた個としての強さなら試合中に発揮することは可能だ。それで構わないか?」

「話に出た四人の御仲間達との連携についても興味はありますが………ええ、今私達が知りたいのはアカギ様個人の強さについてです。何の問題もございません」

「それは重畳(ちょうじょう)だ。では、後一つ。取引に関してだが、こちらからも条件を追加させて欲しい」

 おそらくはこの追加条件こそが本命だと、ミツルは睨む。

 予選から二回戦までの動向から推測するに、W.F.のリーダー格アカギの大会参加目的は金銭ではない。七億クレジットの優勝賞金目当てなら、二回戦を勝ち抜くためにだけに一億を惜しげもなく吐き出すアカギのやり方はあまりに非効率すぎる。

 マイクパフォーマンスの尊大な言動は、名声を求め前人未到の記録を打ち立てようとする挑戦者といった印象を与えるが、あれはあくまでも勝ち抜くための戦略的行動であり、手段でしかない。

 試合運びや会談での言葉の遣り取りから、戦いそのものに悦楽や興奮を求める戦闘中毒者(バトルジャンキー)でもなければ、業を極め高みに至ろうとする武芸者の姿勢からも外れる。

 事前情報から、詳細な理由は不明だがアカギの目的とは無差別争覇杯に優勝することそのものと推察できる。富も名声も余禄程度。

 であれば、要求内容は優勝の確実性をより高めるためのもの。譲歩できる条件線引きは、既にミツルの中で終えている。

 アカギの視線が、V.V.の二人へと動いた。

「三回戦でW.F.が勝利した場合に限り、君達V.V.を戦力として雇い入れたい」

 提示された条件が、予想の範囲内で収まった事にミツルは安堵しながらも表情には出さず、詳細を詰める為に確認を取る。

「私達V.V.を・・・・・・数で劣るW.F.の戦力として雇用したい、ということでしょうか?」

 大会ルール上、チームの登録選手数が上限値の五名に満たない場合、敗北したチームから選手を引き抜く事は違反にはならない。ただし、チーム同士が結託し負けた際の保険として利用されるのを防ぐため、引き抜きは一チームに対して一名までの制限がある。

 ゆっくりとアカギは、ミツルに対して頷く。

「その通りだ。今はなんとかなっていても、この先準決勝や決勝ではどうなるか分からない。出来るだけ戦闘能力に優れ信頼できる人員を確保しておきたいが、俺達に伝手はなく、敵も多い」

 《グランドチャンピオンズ》を倒し二回戦突破したことでW.F.の評価は上がったが、同時に危険視されるようにもなった。取るに足らない無名から、ともすれば優勝争いに絡んでくる可能性のあるダークホースに登り詰めたことで、勝ち残った他強豪チームからは警戒されだしている。

 優勝候補のチームともなれば、大会から離れたところでも圏外有数の武力・権力を握っている組織や企業の一角である場合が多い。力のある集団から睨まれない為に、多くの傭兵や闘士はW.F.へ加入することを忌避している。

「俺の強さとやらを観察し自分達の武術に活かしたいんだろ?なら、W.F.で存分にやればいい。協力者に対してなら俺も最大限に便宜を図り、組手でも指南でも出来ることは何でもする」

 圏外には掃いて捨てる程に海賊がおり、それを飯の種にする傭兵団も多い。

 ただ、無数にいる傭兵団の中でも、V.V.の立ち位置は特殊だ。全員が武芸者であり、総代の方針で団員の殆どが女性。傭兵の標準装備である携行光学兵器を持たず、金銭に(なび)かず、利と理の二者択一ならば後者を重んじる独立独歩の気風。

 他の誰でもない己が自身に課した流儀を貫くためならば、時世・体制に反してでも事を成していく。

 V.V.の方針は、権力者に敵視される事を厭わない。よって、条件次第ではW.F.と契約を結ぶことは可能だった。

 また、アカギの述べたように、その超人的な身体能力を武術へと落とし込みたいV.V.にとってチームメンバーとして間近で戦いを観察できるのは、十分に益のある提案。脳内での計算を終えたミツルは、首肯する。

「いいでしょう。三回戦でW.F.勝利時には大会が終了するまでを契約期間とし、V.V.から一名をチームの追加メンバーとして出向させます。報酬に関しては・・・・・・」

 述べられていく契約内容に関して、アカギは苦笑し後頭部を掻いた。その仕草の意味が理解できない眼鏡の武芸者は、訝し気な顔を作る。

「どうかなさいましたか?何か不都合な点でも?」

「いや、すまない。これはこちらの落ち度だ。言い方を間違え、勘違いをさせてしまった」

 仕切りなおすように、アカギは改めて要求内容を告げた。

「俺は、コロニー・ナタにいるV.V.全員(・・)を雇用したいと考えている。設備、人員、その他諸々を含めた組織そのものと契約し、戦闘要員としてはもちろん、24時間選手をサポートし続け敵チームの情報収集なども行う万全なバックアップ体制を構築してもらいたい。この条件で契約することは可能か?」

 出来るか出来ないか言えば、出来る。しかし、短期間とは言え動員可能なV.V.全員と契約するだけの資金があるのかと言いかけ、ミツルは口を(つぐ)んだ。

「勿論、俺の身体の調査や観察も、サポートに支障の出ない範囲でならメンバー全員で行ってくれて構わない。契約期間内でかかった諸経費については全てこちらが持つし、契約料に関しても三回戦の決着が付き次第、そちらの言い値を一括の即金で振り込む。W.Fが優勝すればボーナスも追加だ」

 アカギには、一億クレジットという大金を即決で払える豊富な資金力と決断力がある。一週間にも満たない期間、傭兵団一つ抱え込むことなど容易い事なのだ。

「・・・・・・ええ、そんな好条件で雇入れてもらえるなら、寧ろこちらとしては願ってもないことですが、傭兵団の中でも特異な存在である私達を随分と手厚く遇されるのですね」

「俺も、手にした武器に己の命を託してきた手合いの人間だ。同じ人種として、君達は信用出来ると判断した」

 滅多にない破格の条件での契約。流儀を貫くために仕事のえり好みの激しい団の逼迫した経済状況を誰よりも理解している財務担当のミツルは、思わず飛びつきたくなる衝動を抑えながら、言葉の裏に埋伏した暗器の存在を理解する。

 アカギの提示した条件とは、リングの外で行われる攻撃なのだ。

 数々の好条件が、寧ろ試合に負けた方がV.V.の益に繋がる状況を作り出し、戦意を奪い萎えさせる。流派の名を背負い立ち会う以上、目先の欲を煽られ意図的に負けるなど先達の顔に泥を塗る行為であり、V.V.にはその程度で心揺れる未熟者は一人もいない。

 だが、金銭のみならずそれが後々の武術全体の発展にも繋がるともなれば、手を抜くなどは無いとしても隠し切れない心中の迷いが表面化し、戦闘時の動きに精彩さが欠ける可能性は高い。仮に、リングの上に立つのがミツル自身であったならば、手に握る槍の穂先は間違いなく鈍っていた。

 言わば、自らを餌にした罠であり場外戦術。

 厄介なのは、この罠が理と利の両方を兼ね備えているということ。避ける理由が見つからず、(はま)れば得しかない。

 獲物が自ら罠に飛び込んでいくよう状況を整える手練手管のやり口は、二十歳前後の若者のそれではなく老獪めいた熟達を感じさせる。交渉の場に立ったのも一度や二度ではあるまい。

 規格外の肉体を持つが故、実年齢も外見という規格に縛られていない可能性もある。

「貴方様程の実力者にそう言ってもらえるなんて、光栄です。では、大筋はアカギ様の提案に沿う形で、細かいところを決めていきましょうか」

 端末を起動させ、笑顔で電子文書形式の契約書類を作成しながらもミツルは警戒心を募らせた。




 食事を終えると用事が出来たと言い残し先に席を立ち退出していくW.Fの二人。アカギの背中が見えなくなるまで凝視していたハクアは、個室の扉が再び閉じると気が抜けたようにだらしなく椅子に弛緩した身体を投げ出した。

 普段ならば行儀の悪さを咎めるミツルも、傍に近寄りその額に浮かんだ玉の汗をハンカチを用いて実の姉の様な遠慮なくも優しい仕草で拭い同僚を労った。

「何回死にましたか?」

「ん~多分、五千回位?いや~、やっぱり強いねアカギさん」

 交渉の間、殆ど会話に参加せずにハクアが行っていたのは情報の更新と試行だ。

 流派:コンゴウに天通眼という演算仮想世界を用いて視野を広げる業があるように、ハクアが修得した流派:ムラクモには脳内で仮想戦闘を繰り広げる業がある。名を、夢想稽古。

 相手の動きや《気》の総量などの情報を収集することで、脳内に仮想の敵を作り出し様々な条件の元で命を損ねるような危険な戦闘を安全かつ容易に行うことが出来る。

 夢想稽古の精度は、集めた情報量が多く正確であればあるほどに増す。

 超感覚系越境者であるハクアは、一回目と二回目の接触時は覗き見程度だった透視のレベルを引き上げ、事細かにアカギの肉体、骨格、神経、機構から生じる動作を観察・精査し既存の情報を更新。

 そこに、一回戦と二回戦での戦闘記録を付属させ、脳内で仮想のアカギを作りあげた。

 思考内に於いて、正面から攻め、不意を突き、地形を利用し、手を変え品を変え様々な条件の元で戦闘を行い、ハクアは何度も死んだ。首を落とされ、胴を両断され、心臓を貫かれ、幾度となく散った。物理的な屍が発生していたならば、それは山の如く積み上がったであろう。

 夢想稽古は肉体に一切傷はつかないが疑似的な死を何度も繰り返せば、精神的な疲労、脳への負担は着実に使用者の心身を苛む。

 掌をハクアの額に乗せ《経絡》へ微弱な《気》流し込むことで脳や神経に損傷が無いかを探るミツルは、同僚が述べた絶望的な数字に顔を険しくする。

「単純に考えて、勝率は0.02%以下、ですか」

「アカギさん、あれで奥の手とか色々隠してるっぽいから、多分数字はもっと下がると思う」

 ハクアの読みでは、アカギと真剣勝負を行い勝てる確率は一万分の一あれば御の字。

「でも、勝機が(ゼロ)でないなら、ボクが勝つ」

 一万回戦い九千九百九十九回負けるならば、唯一勝利した一回を一番最初に持ってくれば良いだけの話。

 アマギ・ハクアには、流派:ムラクモにはそれが可能であり、躊躇もしない。

 たとえ代償として、命を失うことになっても。

 予想通りとは言え、仕掛けられた罠を気にも留めず氷の瞳に戦意と闘志を滾らせる少女を見て、ミツルはまた溜息を吐いた。

 総代と序列一位が不在の現在、V.V.の指揮権は序列二位のミツルが握っている。

 代表者代理としての立場で行動するならば、ハクアがどれだけやる気を見せていようとも取り返しのつかない事態へ陥る可能性のある試合はならば避けさせるべきであり、言い出したら聞かない気質を鑑みて、試合の事で頭が一杯になり隙だらけになっているこの瞬間に拘束して不戦敗になるまで折檻部屋に放り込んでおくのが最良。

 それが分かっていながら、ミツルは溜息を零すだけでハクアを止めようとしなかったのだ。

 二人の付き合いは長い。

 V.V.への入団もほぼ同時期で、未熟な下積み時代は同室で共同生活を行っていた。路上暮らしが長く勝手気儘なハクアと武門の名家で生まれ育った真面目なミツルとでは何もかもが違い、日々の生活や仕事の中での軋轢が重なり殺し合いにまで発展したことなど幾度とある。

 決して相容れなかった二人だったが、飽きる程に刃を交わす中、継承した流派を極め後々の世にまで伝えていこうとする思いだけは同じであることが、互いの業を通して伝わった。

 より成長する為、二人は反目し合いながらも言葉を交わし互いを学んだ。

 ミツルは、流派の型に(はま)らない奔放なハクアの剣筋から自在なる柔軟性を吸収し槍の円運動の旋回をより苛烈に磨いた。逆にハクアは、流派の型の意味を正確に理解し体現できるミツルの合理による力の乗算を吸収し、斬撃の威力を飛躍的に高めた。

 自身に無いものを学ぶための観察と対話を繰り返す内、いつしかミツルはだらしがないハクアの世話を焼くようになり、気儘なハクアもミツルの言う事だけは比較的素直に聞くようになった。

 ホウセン・ミツルにとって、アマギ・ハクアは切磋琢磨するライバルであり、手のかかる妹の様な存在であり、背中を預け合う仕事仲間でもある。

 長い時間を共有してきたミツルは、白髪の少女の狂気の根源を知っている。

 養父のアマギ・ビャクヤが遺した流派を、完全には継承出来なかったという自責の念。

 ムラクモの業を引き継いでいく事こそは、その日その日を生きる事で精一杯だった少女が抱いた初めての目標。空っぽで何も持っていなかった孤児が、亡き養父に報いれる恩返し。

 喪失した流派を再興し再編する事こそが今のハクアの人生の指針であり、自己の存在意義を確立させる唯一の手段。その為ならば、アマギ・ハクアはあらゆる難事を厭わず身命を惜しまない。

 嘗ては、ミツルもその命知らずの行動を止めようとした。助けたい一心から言葉で、行動で、考えられる全ての方法で不器用にしか生きれない同僚を、諭し諫めた。

 そして、根気よく説得を重ねていく中で理解した。

 流派を継承出来なかったという心の(くさび)は、代償行為を継続しているからこそ停止しているのであって、もし仮に動く事さえ止めてしまえば更に奥深くにまで浸透し亀裂を生じさせ、ハクアの心は完全に砕け散る。

 以来、ミツルは同僚の無茶な行動を止めるのではなく、裁量の及ぶ範囲で手助けすることで手綱を握り続け、生死の境だけは超えさせないよう努めてきた。

「尻拭いはしてあげます。団の損得を考えずに好きに戦ってください。ただし・・・・・・」

「命を捨てる真似だけはするな、でしょ?分かってるよ、みっちゃん」

 椅子から立ち上がったハクアは、長時間同じ姿勢でいた身体を屈伸運動で(ほぐ)し出した。気負いなどは無く、ニュートラルな精神状態で落ち着いている。

 だからこそ、注意が必要だった。

 平常心の正気の沙汰の時ほど、ハクアは危うい。

「先に謝っておくよ、きっと大口の契約先を一つ潰すことになるから」

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