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何時も読んでいただいている方々、誠にありがとうございます。
作者です。
3月に入ってから私の就業状況が大きく変化し、今までの様に執筆時間を取ることが難しくなったために、設定した更新ペースを守る事ができませんでした。
すいません。
これからも更新は続けていくつもりですが、4月からはペースを落とし11日~14日間隔で、更新をしていこうと考えています。
筆の進みの遅い作者ですが、気が向いた時にでも本作を読んでいただければ幸いです。
優雅に試合を観覧するはず貴賓室は、現在進行形で戦いが繰り広げられているリング上と遜色無い程に一触即発の緊張感で満たされていた。相違点で言えば、動と静。リングでは選手達が目まぐるしく位置を変え火花を散らしているが、貴賓室のそれは契機となった椅子の破砕音と除けば、室内にいる三人の呼吸音だけが響いていた。
憤怒の感情を剥き出しにし、今にも暴走せんばかりのエリザベス・スチュアートに、エマは席から立つと正面から相対した。
「やっと、本音が出ましたね。これでようやく本当の貴方と交渉が出来そうです」
エリザベスが豪胆でやり手の女商人の仮面を脱ぎ捨てたように、エマも礼儀作法に長けた王女という仮面を捨てる。
向かい合うのは、剥き出しの感情と感情。
半世紀近くに渡り周囲を欺き続ける、嘗ては大衆を魅了した大女優の演技力の粋を以って形作られた仮面の強度並みではなく、壁を作られた状態でエマが何を言ったところで届かない。真の意味でエリザベスをフラメル王国側に引き入れるには、まずは女怪の素顔を曝け出させる必要があった。
腹から声を出し、エマは言葉をぶつけた。
「エリザベス・スチュアート!貴方の復讐を果たす為に振るった手腕や行動力は驚嘆すべきものです!同じことが出来る者は銀河広しと言えども五人といないでしょう!ですが、貴方の復讐には決定的に欠けているものがあります!それはっ……」
「賢し気に語るんじゃないよ!」
防護服の外付け筋肉の機能により強化された拳が振るわれる。元大女優と言えど、戦闘技術があるわけではなく、生死を分かつ実戦を潜り抜けたエマならば容易に避けれる単調な攻撃。
剛腕に頬を殴打された少女の身体が、壁に叩きつけられた。レベルアップ現象で身体強度そのものが上昇していなければ、首の骨が折れていただろう。
「エマちゃん!」
割って入ろうとするレイホウを、エマは手で制止し決然たる表情で首を横に振った。
交渉の為とはいえ、触れ得ざる今尚心身を苛む過去の傷を抉ったのはエマ自身。国の政に携わる王女以前に、一人の人間としてエマ・フラメルはエリザベス・スチュアートの憤怒の全てを受け止める義務がある。
口端の血を拭いながら立ち上がると、エマは言葉を続けた。
「貴方の復讐に欠けているもの・・・・・・それは、未来です」
女怪の計画を追っていけばそれはおのずと分かる。
食を牛耳ることで連盟の基盤に深く食い込み、首に縄をかけていく手法。連盟の食糧事情がエリザベスに依存しきったところで一気に手を引けば、組織のみならず圏内全てに大打撃を与える事ができる。
食糧不足で疲弊したところでエリザベス側から会談の席を設け、そこにトップであるクリシュトフを交渉相手に指名し謀殺する。あるいは、他の五帝と結託し圏内の混乱を更に加速させ、防衛・防諜機能が下がったところで要人暗殺を請け負う武芸者集団を差し向けてもいい。
だが、例えどんな手を使ってもエリザベス・スチュアートは死ぬ。
最高評議会副議長が殺されたとなれば、連盟は銀河規模の組織力を集結させ実行犯のみならず指示を行った者や関係者全員を必ず見つけ出し、ありとあらゆる汚名や罪科を被せて処刑する。
連盟という組織が存続し続ける限り、エリザベス・スチュアートは史上稀に見る大罪人として永久に歴史に名を遺すことになるだろう。
「命を捨てて行う復讐は、殺されるのと同じです!夫や子供のみならず、自らの命さえもあの男にくれてやるつもりですか!?」
「だったらなんだ!?今更諦めろとでも言うつもりかい!?」
エマの身体が太い腕に宙吊りにされ、怒りがこめられた指が首に深く沈み込む。気管が押し潰される感覚にも屈することなく、エマは言葉を吐いた。
「フラメル王国には、合法的にクリシュトフを殺すプランがあります!」
僅かに、ほんの僅かに緩む指先から、エマは女怪の中で動揺や驚きが生じたことを知る。
「千人戦争・・・・・・あの連盟の創設者さえ承認した圏内・圏外を問わず効力を発揮する国際条約、これを利用します」
創世期の時代、母星で人類の歩んだ歴史は戦争の歴史であった。
民族大移動から侵略による植民地化、国同士の対立、理由は様々だが一度起こってしまえば多くの思惑や要因が絡まり合うため当事者たちも止める事が出来ず、途方もつかない莫大な資源と取り返しのつかない人命を呑み込んでいく化物にまで成長する。
停滞期にあった母星の技術水準と居住可能な土地面積の関係で数に限界のあった人類が行ってその段階。過去の時代は御伽噺と言われた技術でさえ実現化し、宇宙の様々な星々に人類が種を拡げた現在の状況で、もし銀河規模の大戦が勃発すればどうなるか。
遠くない未来に、人類と言う種は破滅する。
だが、人類が繁栄の道を進めば進む程に集団という制約からは逃れられない。国と国、組織と組織、群れと群れ。異なる二つの集合体が接触すれば、そこに戦いは必ず起きる。人類は、どうあろうとも戦争から脱却することはできない。
であるならば、戦争に明確で厳正なルールを設定した上で執り行えばいい。黎明歴が始まる直前、銀河連盟が成立するより前の国家指導者達はそう結論を出し、圏の内外を問わずに適用される国家間の紛争を解決する為の条約が結ばれた。
それが、千人戦争。
参戦国から代表者を千人ずつ選出し、盤上遊戯の様に一定の広さを持った宙域にて千人対千人で行う代理戦争。この戦争での殺人行為は如何なる法に於いても罪に問われず、将棋の王将、チェスのキングの役割として国家最高指導者あるいはそれに準じる地位の者の参戦が義務付けられている。
つまり、千人戦争を成立させることができれば、連盟と言う硬く厚い防壁の内側にいるクリシュトフ・メルキースを戦場に引きずり出せる。
「自分達以外の銀河の全てを見下しているあの連盟が、アンタ等みたいな吹けば飛ぶ辺境国家の提案に乗るわけがないだろが!」
怒声が飛び、一度は弱まった指先が再び強くエマの首に食い込む。
千人戦争は、当然仕掛けられる側に拒否権がある。条約あくまでも国家間の紛争を解決するための手段であり、両国の合意の元でしか成立しない。
具体的に言えば、仕掛ける側は仕掛けられる側が参戦せざるをえない勝った際の魅力的な報酬を提示する必要がある。
貴重なレアメタルの算出する資源惑星の採掘権、長期にわたる優先条約、国家の命運そのものを賭ける属国化。
銀河の約半分を実効支配し有り余る富を占有する連盟は、基盤が揺らぐような余程の事がない限り千人戦争を受ける事はない。少なくとも、箸にも棒にも掛からぬ一辺境国家に提示できるもので連盟が動くとはエリザベスには思えなかった。
「お忘れですか?王国が持ち込んだ新機軸宇宙船《ノイマン》の事を」
その単語は、怒りで我を忘れた女怪を一瞬正気に戻した。
エーテル航行を行わない、連盟の占有している資源惑星から算出される稀少金属のエーテルリフレクションマテリアルを必要としないトランス航行が可能な船。
もし《ノイマン》が一般普及すれば、マテリアルを独占することで得ていた宇宙船のシェアを連盟は大きく減じる事になる。圏外は態々圏内から高い値段で宇宙船を買う必要がなくなり、船の総数自体も増やすことができる。
圏外の流通・物流の循環性が向上すれば経済は潤い、連盟もこれを無視できなくなり必ずギルドに対して何らかの接触を図る。
「……いいですか、銀河連盟を交渉の席に着かせる為の条件は五帝の名を用いて《ノイマン》を普及させることが出来れば二年を待たずにクリアされます。千人戦争に踏み切らせるための餌、戦場でクリシュトフを仕留める手段、この二つに関しても王国は既に着々と準備を進めています」
女怪の怒りに対し、エマは肉体で抗うことなく瞳を覗き込んで同じく心でぶつかる。気管の圧迫により酸素供給が制限されていても、その意志までは曇ることなく明瞭であった。
「五帝エリザベート・スチュアート!私達は復讐の為の機会とその先に繋がる未来を貴方へ提示します!そして同時に、対価として貴方の権力と地位を要求します!返答や如何に!?」
「わ、わた、しは・・・・・・んっ・・・・・・はっ、はっ!」
女怪の精神は、半世紀に渡る復讐の歳月で疲弊し破綻する寸前であった。
心中で醸成された憤怒と怨念は、憎き相手を殺す事が出来ないでいる自分にまで向けられており、精神的負荷から身体は内外を蝕まれ、僅かなきっかけで自制心の箍が外れやすくなっていた。
生まれる事すら出来なかった息子の名が切っ掛けとなり噴き出した、抑えきれぬ怒り、糸の様に細くとも差し込んできた希望を信じようとする心。相反する感情のぶつかり合いで、エリザベスは肉体の制御を誤った。
反射的に手を握り込もうとしたことで、指が更に深く押し込まれる。
「――――――――――――――――――――っ!?」
感情の暴走や指先から確かに伝わった首の骨を折る感触に、女怪は呼吸を止めた。
手の力が抜けたことで解放された少女の身体が壊れた人形のように落下し、床に叩きつけられるより前に滑り込んできたレイホウによって受け止められた。
弾性防護服の皮膜越しにも分かる程に顔を青褪めさせたエリザベスは、病人の様にフラフラと揺れながら壁に手をつき、口元を抑え喉奥から込み上げてくるものに耐えた。
犯罪の温床となる要素の多い圏外で商売をしていれば荒事の一つや二つ日常茶飯事であり、エリザベスも商売や自営のために命令を下し宇宙海賊や犯罪者を殺したことなど幾らでもある。だが、害する意思なくあくまでも言葉と意思で相対してきた者を手に掛けた経験は、なかった。
元より愛の深さゆえに復讐に身を焦がした女。本来は誰かを傷つけるような性分ではなく、無自覚ながらも人としての最後の一線だけは守ってきた。
それを、意図せずに踏み外してしまったことで本当の意味でエリザベスは人を捨てようとしていた。思考が漂白され、人間性が損なわれ、心が砕け散る。
霞む視界の中、彼女は光を見た。
淡い輝きが、レイホウによって支えられてるエマの身体から漏れ出していた。眩く照らすのではなく優しく包み込むような深緑の光。
状況を理解できないエリザベスの耳に響いたのは、金属の破砕音。弛緩した身体からだらりと下げられていた腕の先端、エマの左手薬指に嵌められていた指輪が独りでに自壊し、粉々に砕け散った。
「――――――――がっ!ごほぉっ!ごほぉっ!」
突如、力なく寄りかかるだけだった身体が息を吹き返し、エマは激しく咳き込んだ。呼吸を整え、胸を押さえながら再び自力で立ち上がる少女をエリザベスは信じられないといった表情で見た。
「………アンタ、人体偽装を施した義体化人なのかい?」
「まさか、私の身体は頭髪の一房から足の爪の先に至るまで全部自前です。『交渉に臨むのに、相手への対抗手段を用意しない馬鹿はいない』ですからね。こうなる事を予想して、蘇生手段を準備していただけです」
事も無げに語るエマだが、エリザベスはそれがどうやってなされたのかを推測できない。確かに手には、骨を折った感触が今も残っている。少女が絶命に至ったのは虚偽でなく事実であり、それを覆す手段は五帝として幅広い分野に伝手のある女怪物の知識であっても存在しなかった。
ギルドへと持ち込まれた物流に革命を起こす可能性を秘める《ノイマン》は、エマ・フラメルの切り札ではるがあくまでも手札の一枚に過ぎない。未だ開示されていない手札を隠し持っていると、エリザベスは敏に悟る。
死の淵からの帰還を可能にしたのは、五帝の知識の外、異界の力である。
半年前の事件の折、エマはアカギから異界由来の多くのアイテムを貸与されていた。それはあくまでも非力な少女の命を守るための一時的な処置であり、事件解決後アイテム群は返却している。
ただ、幾つか手元に残った物もある。
一つは万が一にも《黒の王》が再び浸蝕を開始した時の保険として、《スキル》を一日一回リセットする《回帰の指輪》。
もう一つは、HPが0になった際自壊することで一度だけ最大値の一割までHPを回復した状態へ復帰させる《みがわりの指輪》。
《回帰の指輪》は永久に貸与するという名目でアカギ自ら残していったが、《みがわりの指輪》に関してはエマが交渉末に契約の対価と言う形で手に入れた。
アカギの世界では普通に市場に流通しているアイテムであっても、エマの世界では技術体系の相違から値が付けられない財宝へと化ける。一度きりと言えども死を退ける指輪になら、財産の全てを擲ってでも求める者が後を絶たないだろう。
エマがアカギに差し出した対価は、『フラメル王国が《シルバー・セブン》の全面改修及び以降船の補修・修理を永続的に請け負う事』だ。値が付けられないが故に、期間を設けずアカギへの支援を行い続ける事を条件にしたのだ。
不老の『使徒』という立場からアカギは、権力者とは距離を置くスタンスを取っている。
しかし、時にはそう言った体制側の力が必要になることも理解しており、また装甲の全てを稀有で希少価値の高いマテリアルで構成された《シルバー・セブン》を安全に補修する為の船舶ドックを欲していたという事情もあり、アカギは契約を受諾した。
『勇者』を探し銀河を放浪するアカギと確かな繋がりを持て、有事の際には大手を振って支援できる名目を得、更にはアカギの手から指輪をまで貰えるというエマからすれば得しかない契約を『魔王』は結んで見せたのだ。
《みがわりの指輪》はエマにとって大切な品であり、繋がりの象徴でもある。半年間肌身離さず身に着け、心が折れそうな時も手を握り締めると力が湧いた。
砕け散った破片を拾いあげ、眼を瞑り心中で感謝を述べるとエマは女怪へと視線を向けた。
「もう一度、改めて聞きます。エリザベスさん、私達と手を組みませんか?」
一度は死の淵に立って尚曇らぬエマの翠の瞳を見たエリザベスは長い溜息を吐くと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「一つ、いいかい?」
その表情は、幾分か落ち着いてた。図らずも、その手でエマの命を奪いかけた恐怖が煮え滾った思考を冷却していた。
「なんで、私なんだい?数を押さえたいなら五帝二人の傘下を持つ若手筆頭のコンウェイ、話のつけ易さなら孫のレイホウを介して繋がりのあるライコウの所に交渉に行けばいい。なんで、保険をかけてまで私の所に来た?」
「簡単な話です」
エマは隠すことなく、胸の内を語った。
「身の程を弁えずに言えば、私と貴方は同じ類の人間だからです」
エリザベスが人生を賭けてクリシュトフへの復讐を行ったように、アカギの介入がなければエマもまた『魔王』として覚醒し愛する者を奪った男を地獄に落とすべく、幾多の星々を巻き込んで銀河を混乱の渦に巻き込んででも復讐を成し遂げようとしただろう。
手段や方法の違いは、手元に配られたカードの違いでしかない。エマがエリザベスの立場ならきっと同じ事をしたと少女は確信している。
「エリザベスさんなら、例え銀河の趨勢がどう変化しようとも復讐を止める事はない。だから、信用できるんです。手を組むのに最も重要な、目的の一致。これが成立するのは、エリザベスさんを於いて他にいません」
他の五帝ならば、後々の利益や発展の為に適うならば連盟と共存共栄の道も模索することもありえる。それがないのは、復讐者のエリザベス・スチュアートのみなのだ。
「同じ目的を持つ私を引き入れる為に、殺されるかもしれない交渉に来たと?」
「はい、そうです。それだけの価値が、エリザベスさんにはあると判断しました」
瞼を閉じ、女怪が想起したのは若き日の自分。
同じ類の人間だと明確な言葉にされて、エリザベスは何故半世紀近く顔と癒着するまでに根深く張り付いて仮面が、ただの小娘に剥がされたのかを理解した。
妬ましかったのだ。
エマ・フラメルは、失う前のエリザベス・スチュアートだった。愛したものを護るべく、考えうる全ての手段を用いて、時には自己の命さえも天秤に載せ、今この時も必死になって懸命に行動し続けている。
エリザベスがどれだけ切に望んでも二度と戻らないものを、エマは持っている。愛するものが二度と脅かされることのないように、銀河の半分を相手に事構えようとしている。
長年の精神的疲弊で本人さえ気付けなかった妬み嫉みが無意識化で働き、仮面が剥がれ落ちたのだ。
そして激情に駆られながらも、いざ命を奪ってしまったかもしれない事態に陥った時、酷く動揺したのは殺人に手を染めた恐怖もあったが、嫉妬が芽生えると同時に共感という名の相反する感情も萌芽していたため。
現在の銀河の情勢、フラメル王国の将来的価値、《ノイマン》によって生じる変化、そして自身の理性と感情。
様々な要素を計算し、予想・予測を組み立てながらも最終的にエリザベート・スチュアートの口から出たのは他愛もない世間話の様な言葉だった。
「アンタ、惚れた相手はいるかい?」
「―――――――はい!勿論です!」
年相応、どこにでもいる十代の少女がするような溌剌とした回答に、エリザベスは今日初めて笑った。
「そうかい。なら、アンタの言う未来とやらに私も乗ってやろうじゃないか」
握手を交わすことで、契約が結ばれる。
この時、唯の一人で孤独で復讐に生きてきた女は、共犯者を手に入れた。
もう何一つ奪わせない、本懐を遂げた後も必ず生き残り、残りの余生を夫と子供の二人を弔いながら生きていく事をエリザベスは決意した。




