03
7~10日間隔で更新していくことを目標に頑張ります。
四つの太陽が、完全に沈み切り、夜の帳が深く降りていた。
森林は未だ鎮火せず、残り火が燻っていた。『使徒』ではないただの少女にとっては、なお危険地帯。エマの体力も考慮しアカギは湖畔で野営をすることに決めた。聞かなければならない事は多いが、疲弊した状態ではまともな会話など成立ないだろう。ましてや、言葉が通じない状態でなおさらだ。今日は、エマを休ませ、体力を回復させることに専念する。難しい話は、明日からでいい。
《オロチぶくろ》から背もたれ付き椅子を六脚取り出そうとして、手を止め、アカギは改めて自身と少女の分の椅子、そして丸机を出した。
野営地の四方に使い捨ての簡易結界柱を突き立て、念の為に《せいはい》の粉を周囲に散布する。一晩の魔物避けなら、これで十分。寝床であるテントを二張、設営。後は、中央にランタンスタンドを建て、《精霊灯》を吊り下げる。《精霊灯》は空気中の極小精霊を励起させて範囲内の温度・光量調整を行ってくれるため野営には欠かせない。
「疲れただろう、座って休むといい」
アカギが椅子を引いて視線を向けると、動作と表情で察したのか、エマは花束を両手で持ったまま頷く。緊張しながらエマが椅子に座るのを確認すると、アカギは夕食の準備に取り掛かった。
とは言え、権能のおかげで調理器具と食材アイテムさえ用意できれば、僅かなウインドの操作で瞬く間に料理を作成することができたのは過去の話。現状のアカギにとっては、戦闘行為よりも何倍も厳しい難行。創造の瞬間から剣を握っていたアカギだが、包丁を握ったことは数える程しかない。
《万能調理台》を《オロチぶくろ》から出す。流石にサイズが大きいので、手掴みで取り出すのではなく、出現位置を予め指定しておき、アイテムウインド操作で出現させる。
白の配色が眩しく見た目違わず清潔、U字型に設計されたそれは、給排水、加熱、換気、作業スペースの全ての機能を備え、内部には多種多様の器具、各種調味料完備のあらゆる料理の作成に対応する、アカギにとっては、宝の持ち腐れにも等しい程の一流の調理器具アイテムだ。『魔法使い』などは、何故か直接自らの手で調理することに拘りを見せ、同種の《万能調理台》を自分用にカスタマイズして焼き菓子などをよく焼いていた。
今回使うのは、《にんじん》と《キャベツ》、肉は《ポーク》。小さく刻んで、火を通し、塩を振りかければ食べれるものが出来るだろうと、アカギは考え、作業スペースで《キャベツ》を包丁で刻みだした。
勧められた椅子に腰かけながら、エマは少年の背中を備に観察する。
理由は分からないが、エマは少年に保護され歓待されている。花束と共に向けられた笑みからは、少なくとも悪意は感じなかった。腰の抜けたエマを助け起こし、背に乗せて運ぶ所作からはむしろ気遣いや労りが感じられた。少しだが、エマはその時不覚にも涙腺が緩くなっていた。胸の中に、生き残れたという感慨がじんわりと広がり、少年の背中で嗚咽してしまった。
だが、それで安心するのは早計だ。豚は太らせてから食えでは無いが、エマの生殺与奪の権利は、完全に少年の手中にある。煮るなり焼くなり、それこそ慰み者にするのも少年の思うがままだ。あの怪鳥をいとも簡単に殺す事が出来る少年は、花を手折るよりも容易くエマの首を圧し折れる。脅威は、依然としてそこにあるのだ。
故に、観察。力では到底敵わない。ならば、少年の目的を探る。
「解析率は……まだ、低いですね」
既に手元に残った唯一の装備、手首拘束型の情報端末には少年の言語のライブラリ作成を命じている。語彙の収集と文法の解析が終われば、簡単な会話位なら成立させることができる。会話という行為は、情報を交換し合う行為とも言い換えることができ、意思や感情を一定ルールに則って伝達し合うのだ。そこから、少年の情報を引き出す。
所属しているコミュニティは存在するのか、何故単独で行動しているのか、他に仲間はいるのか。知りたいことは山程あるが、重要なのは、少年から敵意を持たれない事。そして、エマ自身の有益性を何か提示し、利用価値があると認識してもらう事。
エマを追い詰めた、怪鳥。あの個体だけが特別に強かったと考えるのはあまりにも、楽観視過ぎる。この惑星には、あのレベルの在来種が数多く生息していると考えた方がよい。そして、そんなエマにとって過酷な環境を生き抜くには、少年の手助けが必要不可欠。逃げるのに必死で、予備のLスーツやドローンの入った圧縮鞄はコンテナ近くに置き去りにしてきた。まともな装備や知識の無い状態で、こんな原生林の奥に放置されれば、三日と経たずにエマは獣達の腹に収まる。使える人間だと判断されれば、好悪の感情は別として、少年の庇護下に入れる可能性が高くなる。
だからこそ、少年の一挙手一投足を見逃すまいとエマが観察を続けていると、不意に少年が右手を振り上げた。握られているのは、金属製の包丁、だろうか。右手が高速で落下し、ドンと重い音が響く。
「へ?」
何事かとエマが眼を剥くと少年の手元から、二つに両断された物体が転げ落ちた。薄い緑色の丸に近い形状。それは、エマの記憶にある野菜、キャベツとよく似ていた。
少年が困ったような表情で落とした物を拾い上げ、再び手元の作業スペースに置く。またしても、同じく右手を振り上げ、高速で振り下ろす。重苦しい音が響き、植物が飛び散る。
「ちょっ、ちょっと、待ってください!」
エマは、思わず声に出してしまった自分を呪った。少年が行っているのは、エマの予想が正しければ、料理だ。食材を包丁で加工する工程なのだろう。ただ、戦闘能力や野営設置の手際からは考えられない程、杜撰で稚拙。端的に言えば、下手くそだった。経済的に恵まれぬ環境にあったが故、自炊の心得のあるエマとしては看過できずに、つい口出しをしてしまったのだ。
「―――――?」
少年が、驚いた表情で振り向いた。それはそうだ、理解できない言葉で大声を上げれば誰だって気にする。こうなってしまっては、後には引けない。
「ソレ、貸してください」
エマが包丁を指さし、次いで手を差し出すと、少年は刃の背を持ち、柄の部分をエマに向けた。見知らずの相手に武器として使用可能な道具を躊躇なく差し出す事に、エマは軽く驚くが、思い返してみれば、こんな刃物が一本あったところでエマが少年に危害を加えることなど、到底不可能なのだ。
「失礼します」
包丁を受け取り、少年と場所を交代。エマは、再び周囲に転がった野菜を作業スペースに集め、切断された断面図をしげしげと眺めた。植物の葉が幾重にも重なり合って玉に近しい形状を構成する結球構造。手に取った葉の瑞々しい感触と青臭い香り。それは、エマのよく知る、まごう事なきキャベツだった。
星が違えば、環境や生息している動植物の生態系もまるで違ってくる。であるにも関わらず、見知った食用植物がここに存在する理由は、何故なのだろう。
この調理台を含めたシステムキッチンもそうだ。少し触って確かめると、加熱システムのコンロらしき装置や、給水機能を持つ蛇口が設置されてることが分かる。その熱エネルギーや水がどこから生じているかは不明だが、使用法の説明不要な程ユーザービリティが高く、人間が使い易いように配置や形状が設計されている。そこには、確かな文明の息吹を感じることができる。机などの家具、調理台が出現させられた動作のそれも、圧縮鞄等に使われる圧縮固定技術の運用法とよく似ている。
少年が携行していた武装から、文明レベルの低い惑星だとエマは判断したが、それは早計だったのかもしれない。防衛衛星が設置されていない事から、連盟非加入であることは明白だが、だとするとこの技術の出処はどこにあるのか。連盟内で無形財産の流出でも起こっているのか。
「あるいは……まったく別の切り口から立脚した、独自の技術体系が確立している?」
思考に没入しかけていると、少年がじっとエマの手元に視線を注いでいることに、エマは気づいた。頭を振り、思考を切り替える。
「す、すいません。少し呆けてました」
慌てて、左手で野菜をとり、その瞬間エマの脳裏に妙案が浮かんだ。
普段はやらないが、あえてキャベツをまな板の上にはのせず、手元でクルリと手早く回転させながら直接の食用には適さない芯の部分を削ぎ落す。
後ろで少年が感嘆の声を漏らしたのが、エマには分かった。
続いて、キャベツの葉の部分を、まな板の上でリズミカルに、一定間隔で刻んでいく。料理は要領、後は慣れ。過去の先人達が残したレシピや技法は山ほどあるのだ。後は、それをなぞり書き、必要に応じて引き算と足し算、最後に少しの微調整を加えれば、美味いと評価される料理を作ることは難しくない。
ちらりと後ろに視線を向けると、少年は感心した表情をしている。よしっと、エマは心の中でガッツポーズをとった。
有益性の提示。先ほど考えていた案を、図らずも実行することができた。少年の調理技術は高くない。そこにつけ込み、胃袋を掴む。
エマは、巨人のアキレス腱を攻めるべく、頭の中で使えそうな献立を考えだした。
大したものだ、アカギはエマを見て思う。
料理の手際だけでなく、魔物に追い立てられ窮状に陥っても諦めず、今も文句ひとつ言わずに気丈に振舞っている。未熟だったアカギの調理が見ていられなかったのか、調理台から追い出されてしまった。もしくは、助けられるばかりの自分を許せないタイプなのか。
どちらにしろ、アカギにとっては、好ましい人種だった。クエストの如何にかかわらずに力を貸してやりたいと思う程に。
いくつかの使えそうな食材アイテムをエマの横に並べて置き、邪魔にならないよう、その場を離れる。
今後の方針を決める為にも、七日間という有限の時間をアカギは効率的に使うべく、席に座すと一冊の本を取り出した。『魔物図鑑』。魔物との戦闘記録が自動で記録されるアイテムだ。一度倒した魔物なら、生息地の分布や特徴的な行動や能力、ドロップするアイテムなどが自動記録される。
明日以降は、エマを故郷に帰す手がかりを探す為、あたり一帯を探索する必要がある。その際、アカギは兎も角、レベルの低いエマにとっては出現する魔物を予め調べておき、対策を講じるかどうかが生死を分ける。拠点を作成し、アカギが探索中の間はエマに身を隠す方法もないわけではないが、単独でエマが魔物に遭遇した場合、おそらく助からない。最善は、やはりパーティーとして行動しアカギがより近くでエマを護衛することだ。
魔物対策を練るためにも、アカギは『魔物図鑑』を開いた。しかし、ページを見返す内に、落胆へと心が向かう。
「やはり、記録の更新はなし、か」
アカギは、エマに接触するまでも、何体かの襲撃してきた魔物を倒している。新種の魔物への対策は、『使徒』にとって急務であるため、倒した直後、アカギは早速『魔物図鑑』を閲覧したが、図鑑に更新はなかった。
「『勇者』達にとって不利な世界刷新は、すぐに施行されるが、有利になる世界刷新は遅れ気味になる、だったか」
『勇者』がよく愚痴っていた言葉だ。図鑑に関しては、更新を待つより他ない。
パワーレベリングで経験値を稼ぐにしても、ある程度の地力が無ければエマが一撃死しかねない。そして、レベルが低すぎると装備のレベル制限に抵触し、アカギが防具を貸与しても装備できない。手詰まりだ。
「こういう時は『僧侶』がいると、安定感が増すんだが」
『僧侶』のクラスは、回復と支援・補助に特化している。防御力を上昇させる《シールド・テクスチャ》、あらかじめ付与しておくことでHPが0になった瞬間、HP1の状態で復活する《リターン・トゥ・ワン》。どれもこれも、パーティーを支える生命線とも言うべき重要な《スキル》だ。『聖騎士』のクラスも、回復と支援の《スキル》を持つが、対象が自己に限定されている為、味方の支援には使えない。
アカギが頭を悩ませていると、目の前に深皿によそわれた肉と野菜の煮込みスープが、少女の笑顔と差し出された。
「―――――――!」
エマはテキパキとアカギと自分の分の料理を机に配膳し、水差しからコップに水を注ぎ、アカギが手伝う暇を与えずに食事の用意を終えてしまう。
「ああ、すまないな。任せっきりになってしまった」
アカギは、せめてこの位はと、《オロチぶくろ》から《バゲット》を取り出し、ナイフでスティック状に切り分け、追加で取り出した皿に盛りつける。
アカギとエマは食卓を挟んで、向き合った。
「さあ、いただきます、だ」
両手を体の中央で軽く合掌。
一瞬、エマが不思議そうな表情をするも、アカギに倣って合掌。『勇者』が最初に始め、パーティー全員の慣習になった食事前の作法。どうやら、エマの育った場所では、一般的ではないようだ。
「――――!――――!」
猛烈な勢いで、スープとバゲットを嚥下していくエマ。緊張と恐怖で麻痺していた食欲が、スープを口に含んだことで正常な状態に復帰し、多くの栄養を欲しているのだろう。口自体が小さいので、一度に噛みしめる量は少ないが、咀嚼の速度が速く、《バゲット》のスティックが瞬く間に消えていく。
あのペースでは、調理台のコンロに乗ってる鍋を空にしても、止まるまい。
他に何か調理の必要がなく、すぐに食べれるものはとアカギが《オロチぶくろ》の内部を漁ると、とあるアイテムに手が触れた。《ななほしブドウ》。名前の如く、七つの大粒の実が一つの房に実る葡萄だ。以前、このアイテム欲しさにパーティー全員で東奔西走した経験がアカギにはある。
甘味と酸味のバランスが良く、たわわな果肉は噛みしめると大量の果汁を口の中で撒き散らし、口内を葡萄色に染め上げる。尚且つ後味もスッキリとしつこくなく、もう一つもう一つと求めてしまう魅惑の吸引性を持つ。
非常に美味な果実なのだが、それ以上に重要なのは、このアイテム、『勇者』や『使徒』の《霊核基幹》を拡張し強化する効果があるのだ。具体的に言えば、この《ななほしブドウ》を摂取するとレベルアップ無しでHPとMP、『筋力』や『耐久』などの七項目のステータスの全てを恒常的に上昇させることができる。他にも、拡張強化のアイテムは存在するが、上昇させられるステータスはせいぜい一から二項目。全てを上昇させる《ななほしブドウ》が最上位に位置する。
当然ながら極めて希少。入手する手段は限られており、運にも左右される。
もっとも、『勇者』を含め、嘗てのパーティーメンバーは既に限界値まで《ななほしブドウ》での強化を終えており、更に言えば《オロチぶくろ》の中には大量の《ななほしブドウ》が死蔵されている。これは、『勇者』が世界刷新による、強化限界値上限解放の更新が入ると予想し、施行された場合は即座に強化できるように備蓄していたためだ。結局、強化限界値上限解放の世界刷新は起きず、『勇者』も姿を消したため、大量の《ななほしブドウ》だけが残った。
「食べるか?デザートにこんな物もあるぞ?」
アカギは、既に鍋を空にして尚も腹を鳴らしているエマの前に《ななほしブドウ》を載せた皿を置く。
希少であっても、アカギには無用の長物であり、『勇者』や『使徒』以外にとっては、美味い果物でしかない。
ならば、目の前の少女を喜ばせる事に使っても、惜しくはないとアカギは考える。
「××××!××××!」
顔を真っ赤にしながら、両手で×を作り、激しく首を横に振るエマ。遠慮、あるいは羞恥か。年頃の娘は、大量に食べる事を恥だと捉えると聞いたことがある。
「遠慮するな、こんな状況だ。寧ろ、食べると時に食べたほうがいい。美味いぞ?」
追加で取り出した《ななほしブドウ》を、アカギは自ら口に含む。正直、食傷気味な程食べた味だが、久しぶりだったせいか、新鮮な果糖の甘味を楽しめた。
エマも、アカギの勧めを強くは拒否できず、そして腹の虫には勝てず、《ななほしブドウ》を口にする。
「!?!?!?」
比喩抜きで、エマが腰を浮かす。そこからは、躊躇など捨て去り一心不乱に、実をもぎ取り、口へ運んでいく。適時、皿の果実を絶やさぬよう、アカギは追加の《ななほしブドウ》を載せていく。
ストックの一割を消費したところで、満足したのかエマは、笑顔で息を吐き腹を撫でた。
「――――――」
ペコリと頭を下げる仕草。お礼、なのだろう。
幸せそうな表情のエマが椅子に身を委ねると、程なくして寝息が聞こえてくる。
「腹が満たされて眠くなったか。まあ、子供はその位がちょうどいい」
寝床へ運ぶ前に、アカギは状態異常などの確認の為に、エマのステータスを視認する。《オロチぶくろ》に収納した食材アイテムに劣化・腐敗は発生しないが、万が一という事もある。
エマのステータスに、特に問題はなく、そのままステータスウインドを閉じようとして、アカギは左手を止めた。
「………ん?」
HP、MP、その他の七項目のステータスが軒並み上昇している。
レベルの上昇は、なし。
「これは…」
エマの様な『使徒』ではない人間が、レベルアップ無しで能力を増減させる例はいくつかある。加齢による肉体の成熟や老化で、変化するパターン。個々人の閃きや後天的な訓練や修行により、上昇するパターンなどがある。
しかし、アカギが知る前例の中で今回のエマの急成長に該当するものは無い。流石に、半日未満の時間で事が起こったとは考えづらい。
アカギは、実が食い尽くされ、房だけになった葡萄をつまみ上げる。
「これが原因か?」
《ななほしブドウ》。『勇者』や『使徒』のみに適用されてきた強化・拡張が、人間にもその範囲を広げた、ということか。だとすると、その価値は計り知れないものになる。一国の軍などは、こぞって《ななほしブドウ》の獲得に躍起になるだろう。数さえ揃えることができれば、一介の兵士全てが屈強な英雄へと変貌するのだ。下手をすると、《ななほしブドウ》の争奪戦で、戦争が勃発する。
無用と思われていたアイテムや《スキル》が、一気に重要性を高め、あるはその逆が発生し、価値が激変する。一種の小規模なパラダイムシフト。
この感覚を、アカギは何度か、そして極々直近でも体験している。
世界刷新だ。
思い返せば、前触れはあった。世界刷新は、基本、バランスの調整を行うことが多い。強すぎる力を弱く、弱すぎる力を強くする。『使徒』の力が弱体化されたならば、逆に強化される力が存在するはず。その対象が、人間であるならば、手詰まりを感じていた明日以降の探索も、希望が見えてくる。
「とは言え……」
今は、寝た子を起こさない方が重要だ。
アカギは、両手でエマを丁寧に抱えると、静かに寝床へ運んだ。




