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 黎明歴425年9月16日。

 無差別争覇杯の大会開催中ということもあって、行き交う船でごった返している港に誘導ビームに牽引されて一隻の宇宙船が到着する。優美なシルエットの船は、危なげない操舵で接舷し船体を固定した。展開したタラップからは、二人の人物が降りてくる。

 亡き母より受け継いだ長いダークブロンドの髪を揺らし、フラメル王国第一王女エマ・フラメルは宇宙船《禍福号》のタラップを降り、コロニー内の港区へと降り立った。

「ここが、コロニー・ナタ」

 エマ達が銀河連盟本星アーバロンの首都ブランタイトを飛び立ってから約六日間の道程。連盟の勢力圏の中心地から、ギルド・アライアンスの御膝元であるコロニー・ナタに移動するには、本来ならばもっと煩雑な手続きや厳しい検問を通過する為に時間が掛かるのだが、それらを金とコネと権限と各方面への根回しという名の揺さぶりで省略してみせたのが、エマの隣に降り立つ眼帯を付けた義眼の少女、シュン・レイホウである。

「相変わらずここは、運気が混沌としていますね~。人の欲望でコロニーが弾け飛びそうです」

 五帝の一人、シュン・ライコウの孫という立場での繋がりは勿論、レイホウ自身も各界と独自のコネクションを持っている。人の運気を視認するという越境能力を活用することで彼女は極めて的中率の高い占いを行う事が出来る。彼女の助言で危機を乗り切った政治家や豪商も多く、その縁が義眼の少女に俗世での力をもたらしていた。

 例え何の助力がなくとも、エマは遠くない未来に五帝の一人と交渉する場を設ける計画を動かしていたが、五帝全員との非公式の対談交渉の場を一週間以内に設ける事が出来たのは、間違いなくレイホウの功績だった。

 値千金の手土産の対価にレイホウが要求したのは、エマ直属の配下となること。フラメル王国に属するのではなく、エマ・フラメル個人の元へ降る事を望んだ。

 エマの尺度でそれは、まったく釣り合いの取れていない取引だった。苦難の道を歩こうとする弱小国の姫に仕えて何の益があるのか、見出すことができない。

 友人の一人として、王国の未来を担う一人として、エマは言葉を紡いだ。

「レイホウ、最終確認です。貴方の望みは、私の配下となること。相違はありませんね?」

「はい、間違いなく」

 いつもランチを共にした時と同じ笑顔で、レイホウは首肯する。

「今なら、要求内容を変更する事もできます。私達フラメル王国は貴方のもたらした利に対し出来うる限りの力で応える用意があります。そして、もし貴方が私の配下になった場合、銀河の半分が貴方の敵となり、最悪死すら生ぬるい凄惨な最期を遂げる可能性さえあります。その事を留意した上で答えてください」

 王国の王女であるエマが第一に保全すべきはフラメルの国益と民の安寧。それを守るためには、他は切り捨てると、王女は宣言する。

 嘘や誤魔化しは許さない真剣な眼差しでエマは、学生時代唯一の友人である少女に問いかける。

「シュン・レイホウ、貴方は見返りに何を望みますか?」

「私は、私の全てをエマちゃんが作り出す未来に投資することを望みます。その未来へ辿り着くために私の犠牲が必要だと言うのなら、喜んで覇道の礎となります。この選択に、迷いも後悔もありません。初めて会った日から私はエマちゃんの(しもべ)に成ると決めていましたから」

 少しでも言葉に澱みがあれば、あるいは躊躇があれば、エマは友人の願いを拒絶しただろう。あるいは、そうあって欲しいとも思っていた。

 エマの眼の前にいるレイホウは、本当にいつも通りに微笑みを浮かべていた。そこには、何の力みもなく自然体の少女いた。

 溜息をつきながら、根負けしたエマは両手を軽く上げた。

「ふう、分かりました。私の負けです、レイホウ。地獄の底まで付き合ってもらいますから、覚悟してくださいね?」

「はーい!エマちゃんとだったら、地獄観光も楽しそうです」

 共犯者との意思確認を終えたエマは、彼女たちを港で出迎えながらも、二人の様子を察して黙して状況を見守っていたもう一人の同行者へと声を掛けた。

「ヒャクシキさん、すいませんお待たせしました」

 目つきの悪い男だ。目元をゴーグルで覆っていているが、睨んだだけで人を殺せそうな鋭利な眼光がまるで緩和されていない。2m近くある長身は逞しく、着古したタンクトップには日に焼けた茶褐色の筋肉の膨張で今にも千切れそうなほどに負荷が掛かっていた。その上から年季の入った傷だらけのジャケットを着こみ、使い込んだ形跡のある革ベルト。その威圧感のある風貌を敢えて評するならマフィアくずれのならず者とでも言おうか。

 男は、声が掛かるまで歯でガリガリと(かじ)り削っていた棒付き飴玉を噛み砕き、飲み込んだ。

「エマ様、アンタはファミリーを救ってくれた恩人で、今は俺のボスです。そこのお嬢さんと同じく、俺もアンタに賭けた身。気遣いは不要です、どうか顎で使ってください」

 ヒャクシキ・ツハード、《スクール》に在学中エマが自ら圏外まで足を運び、直接交渉で口説き落としたフラメル王国の新たなる人材。エマ直属の臣下でもある。

「ヒャクシキさん、上下関係や恩義があろうとも、最低限の礼節は必要です。その関係を維持するためにも。私の臣下であると認識しているなら、自分を安く見積もることは止めてください」

「了解しました。俺の様な脛に疵持ちの人間には、ありがたい話です」

 対談交渉が非公式ということもあって、目立たぬよう王国側の人員は最低限。この場にいる三人を含めて、十人に満たない。事を進めるには効率的かつ無駄なく動く必要がある。

 エマは、明瞭な声で各員に指示を飛ばす。

「予定を確認します。ヒャクシキさんはこの場に残って、船の準備を整えておいてください。交渉の進捗によっては、即座に使用しなければならない場合もあります。万が一が起こらぬよう、エンジンの調整は万全に」

「はい、抜かりなく」

「レイホウは私に随伴してください。交渉での私のサポートをお願いします」

「はーい」

「私の護衛と礼装の担当以外の者は、全員ヒャクシキさんのサポートを。ここは敵地と捉え、各自油断なきようにお願いします」

『御心のままに!』

 自分達の国を守るという使命に燃えた臣下達の顔を一人一人確認し、最後にエマは笑った。エマが最も信頼を置く赤毛の人物は、よく笑うのだ。その姿を真似ることで、決戦に赴く少女は自らをも奮い立たせる。

「さあ、行動開始です。ギルドを丸のみしてやりましょう!」




 コロニー・ナタ弐号の中心部にそのオフィスビルは建てられていた。

 ナタ運行管理局ビル。他の企業のビルとは、敷地面積、設備、セキュリティー、何もかもが違う。闘技場を含めた多くの施設が体なら、ここはナタの脳髄に相当し、コロニー全体の環境管理から小さな個人商店の出店記録までありとあらゆる情報がこのビル内で管理されている。

 五帝の牙城。

 パンツルックのノースリーブスーツの上から式典用とは違う華美な装飾を排され簡略化された外套を羽織り、王位継承権保有者であることを示す髪飾りを身に着け交渉用の装いを整えたエマと派手過ぎず地味過ぎない従者としての礼装を纏ったレイホウが通されたのは、コロニー・ナタの街並みが一望できる巨大な応接室であった。

 窓を背に、五人の人物が机に着いていた。辺境の希少種の生物の革で作られた滑らかで肌にフィットする質感の革張りの椅子は、彼等の玉座。椅子一つだけでも、連盟の高級官僚の年収が吹き飛ぶだろう。

遠路(えんろ)遥々(はるばる)ようこそおいでくださいました、エマ・フラメル第一王女。我々ギルド・アライアンスは、貴方の来訪を歓迎します。お疲れでしょう、席にお掛けください」

 五人の真ん中に座っていたオーダーメイドの一点物のスーツを着た壮年の人物が立ち上がり、少なくとも表面上はにこやかに寄る辺のない弱小国の王女を迎え入れた。

 ザイ・コンウェイ。ギルドに於ける、運輸部門の代表。

 人類がなんの不自由もなく生活できる程に環境の整った惑星は非常に少ない。大気、水、食料、殆どの惑星では何かの要素が欠けており、仮に過不足なく満たされていたとしても余裕があるならば人類は娯楽・遊興を求めるため、それらを補う星間流通は非常に重要な意味を持つ。

 それは即ち、運輸を担うコンウェイが多くの力を持つ事を意味する。

 例えどんなに優れた商品やサービスを開発したとしても、それが流通に乗らなければ利益を生み出すことは出来ない。

 他の部門にも強い影響力を保持している運輸部門の代表に就くという事は、他の五帝達の実質的な纏め役に成るにも等しい。

「私のような若輩者の身にお心遣い、痛み入ります。それでは失礼します」

 レイホウが椅子を引き、エマは礼と共に五帝とは机を挟んで対岸の席に着く。眼帯の少女は、立ったまま静かにエマの横で控えた。

「さて、出来れば王女の来訪を祝し宴でも催したいのですが、お恥ずかしながら我々は全員分単位でスケジュールが決まっている。早々に我々と対談交渉の場を望まれた理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 柔和な表情を崩さぬまま、コンウェイは王国側へ言葉と態度で王国側を威圧する。

 多忙な我々の時間を消費するだけの価値が、この対談にあるのかと問うている。他の四人も表立ってコンウェイを(たしな)める事無く鋭い視線をエマに向けるのみ。

 反連盟を標榜するギルドといっても、その組織構造は一枚岩ではない。ギルドの繋がりは縦ではなく横。所属する個人や企業同士は、互いへの影響力を有していても強制力を持っているわけではない。が、各々が好き勝手に行動していてはそもそも群れた意味がない。

 各自の利権や利益を調整、経済の循環の為に最低限守らなければならないルールの規定、これらの役目を担うのが五帝と言う機構だ。その地位に着けば、圏外圏屈指の絶大な特権と権限を得るが、同等かそれ以上の重責を課せられ、個人性を擦り減らして事にあたらなければならない場面が多くなる。

 この交渉の場自体、孫に甘い事で有名なシュン・ライコウが無理矢理捻じ込んだもの。五帝の中で一番年配かつ古株であるライコウの顔を立てて交渉の場を設けたが、手早く処理し本分の仕事や役割に戻りたいというのが、五帝達の本音だ。

 五帝は全員、エマの、引いてはフラメル王国の現状を理解している。世界情勢に対する感度が高くなければ、ギルドの首脳陣など務まらない。

 連盟から脱退したフラメル王国側の要望としては、新たなる寄る辺としてギルドへの加入を望むだろう。ただ、単純に加入を申し出ただけでは安く買い叩かれ、便利な駒として使い潰される可能性もある。出来るだけ好条件での加入を引き出す為、曲がりなりにも過密スケジュールの五帝全員を揃えて対談を行う事で自らの手腕、有用性をアピールする。

 小娘の浅知恵、とコンウェイは考えない。そのなりふり構わない姿勢、友人であるレイホウさえも利用するやり方を、寧ろ評価している。連盟が見放した国家を手厚く受けれれば、反連盟としてのギルドの評価もあがる。エマの傍にはレイホウがいる為、彼女に恩情をかけてやることは、ライコウに恩を売る事に繋がる。

 総合的な支出損得を考え、コンウェイはエマの要求をある程度呑む気でいた。

 エマが笑顔で言い放ったその言葉を聞くまでは。

「率直に言わせてもらいます。五帝の皆様方、五帝の地位を全て私に売却してください」

 時間の無駄だと断じる五帝に対し、エマは、弱小国の姫は、お前達の組織を明け渡せと宣言したのだ。唖然とする五帝達の中で、最初に拘束が解けたのは最年長のライコウであった。

 七十を超える老人は呵々(かか)と、腹を抱え盛大に笑いだした。

「ははっ!レイホウが友人にするだけあって、随分剛毅なお嬢さんだ!儂も色んな相手に商売をしてきたが、組織丸ごと全部寄越せと言われたのは初めてじゃ!」

「シュン氏、笑いごとではありませんよ!こんな契約、飲めるわけがない!」

「分かっておる、コンウェイ。そう急くな」

 一瞬でライコウは、顔から笑みを消し去りジロリと身の程知らずの少女を()めつける。表情に力みはなく、目の前で組まれている手は(ふし)くれ立って枯れ枝のように細い。だからこそ、底冷えのする鋭さと凄味があった。

「お嬢さん、くれと言われたからと言って、はいそうですかと明け渡せるほど、五帝の地位は安くないんじゃよ。一度ならば、若さゆえの向こう見ずさと笑って許そう。だが、二度目は冗談ではすまない。この場でそれを言う意味―――分かっておるよな?」

 背筋が冷たくなる感覚に、一瞬エマは僅かに震えた。半年前のただの学生でしかなったエマならば、その眼の冷たさに恐怖で身が竦み真面(まとも)に会話を続けることなどできなかったことだろう。

 少女を折れさせなかったのは、(ひとえ)に経験の積み重ね。

 無人惑星に放り出され、僅かな可能性を頼りに怪物の住まう森を歩き続け、比喩抜きで何度も何度も死にかけた。故郷滅亡の危機に挙句の果てが、自身の『魔王』へ覚醒。普通なら生涯に一度あるかないか――確率的には一度でもあるほうが珍しい――という修羅場を立て続けに経験したことで、一介の少女のものでしかなったエマの精神は一度壊れかけ、再構築されたことで尋常ならざる太々(ふてぶて)しさと負荷耐性を身に付けていた。

 相手が海千山千の老獪であろうとも、全身謎物質で出来た精霊と宇宙空間で殺し合うよりは遥かにマシだとエマは割り切ることが出来た。

「はい、私とて国家を背負う者の一人。吐き出す言の葉の重さは理解しています」

 並みいる曲者揃いの五帝に対し、少女は決然と変わらぬ意思を示した。

「私は、ギルド・アライアンスを買い上げます。対価として、圏外圏の発展をお約束します」

 発言に対しての反応は、多くの冷笑。

 同じ笑いでも、最初のライコウの闊達で嫌みの無い豪快な笑い声とは違う、多分に嘲りや落胆を含んだ声色。

 コンウェイは自分の見込み違いだったと溜息と共に(かぶり)を振り、交渉を打ち切ることを決める。夢見がちな少女の御伽噺に時間を割くほど、五帝は暇ではない。

「それで、具体的には何をしてくれんだい?」

 コンウェイの機先を制し、続行するよう促す者がいた。エマの発言に対し、冷笑したのは過半数。笑わなかったのは、少女から視線を逸らさず表情筋も緩めないライコウ、そしてたった今口を開いた、五帝唯一の女。

 エリザベス・スチュアート。食品生産部門の代表。若い頃はその美貌と抜群の演技力で連盟内の賞を総なめにした女優であったが、政府の高官とスキャンダルを起こし引退。今では脂肪と欲望の二重巻で寸胴体型の樽女となっていた。

 コンウェイは咎める視線を向けるが、エリザベスは腹と同じく面の皮も厚いようで、まるで気にもしていない。

「いいじゃないか、聞くだけ聞いてみれば。私はねどんな商談であっても、まず契約内容を確認してから是非を決める事にしてるんだ。どう対応するかは、話を聞いてからでも遅くないじゃないか」

 五帝の年配組二人が詳細を聞く姿勢に入ったこともあり、コンウェイを含めたほか三人の若手組も渋々と言った体で視線をエマへと向けた。

「まずは、こちらをご覧ください」

 エマは、レイホウに指示し自身の背後に一枚の地図を投影させた。

 地図は赤と白のグラデーションにより色分けされており、上部行くほどに赤が濃い部分が多くなり、逆に下部になるほど白く薄い部分が増えている。

 惑星流海図(ストリームマップ)

 航海に必要なエーテルストリームの濃度や流れの情報をまとめたものであり、安全な恒星間航行を実現するためには必須の地図だ。より正確で精度の高い惑星流海図を作るために、連盟は加盟国の全てにエーテルを観測する防衛衛星を配備し、得られた最新の情報を元に今この瞬間も地図を更新し続けている。

 上部の赤の最も濃い箇所には銀河連盟の本星アーバロンの名前があり、下部薄っすらと桃色になっている箇所にはギルドの本部が存在する惑星ホウライの名前が書きこまれていた。

「ギルドが連盟に明確に劣る点、それは速度です。主な恒星間航行の手段がエーテル航行である以上、日常的に《波》が発生している地域ほど人と物と金が動き経済が循環します。逆に、濃度が薄くメインストリームからも外れているギルドは、連盟に対して循環効率の点で圧倒的に不利です」

 エマが述べた事は、五帝全員が、圏外に住まうある程度社会知識のある者なら誰でも理解していることだ。ギルドの歴史は、あの手この手でその位置的不利に抗ってきた歴史だ。

 何を今さらと眉を(ひそ)めるコンウェイ達に、エマは宣言した。

「私には、この不利を覆す手段があります」

 ここに来て初めて、五帝達は全員本当の意味でエマに注目した。

 これは、比較だ。

 五帝は全員、アプローチや方向性は違えどもその問題を解決するために力を尽くした経験がある。ある者は、圏外圏を流れる未発見の《惑星流》を探す為に調査船団を結成した。ある者は、連盟圏内に飛び領地を作り連盟の流通を阻害しようとした。しかし何れの策も、成功と言えるほどの成果を残すことはできず状況を変える事が出来なかった。

 この難題を如何に解決するか、エマの手腕が問われた。

 AR表示が地図から、立体的な構造物へと変化する。衝撃緩和のための流線型の形は既存の多くの宇宙船と共通する思想があり、一目でこれが宇宙を航行する船だと分かるデザイン。

 ある一点を除けば、誰しもがその構造物を一般的な宇宙船だと判断しただろう。

「《ノイマン》タイプ。これは私達フラメル王国が開発した、エーテル航行を使用しない船です。詳細なデータは、今から皆様方の端末に送信します」

 構造物には、多くの場合エーテルとの接触面積を稼ぐために魚の(ひれ)や鳥類の翼などを模した形で船体外部に設置される推進力発生セイルが存在していなかった。エマが提唱したのは、《惑星流》の状態を無視できる、エーテル航行に依存しない新機軸の宇宙船による物流循環の向上。発想としては、既に前例が幾つもあり圏外の技術者の多くが挑み、多くの船が設計段階で机上のものと終わった。

 それだけ、エーテル航行の完成度の高いのだ。発祥としては航海期と古く、人類の技術の最盛期である黄金期を経へてより洗練され、高水準で完成されている。

 言わば、長い時間を掛けて紡がれた人類の叡智に対し、百年も経過していないぽっと出の技術で対抗するようなもので、その差は並大抵のものでは埋まらない。

 エマがどんな手を使ってきたのかと、ライコウは自身の端末に送られてきたデータを眺め、訝しげな表情を浮かべた。

「こいつは・・・・・・・・・」

 全く未知の技術や発想の元に設計されている宇宙船、ではない。(むし)ろライコウは以前によく似た宇宙船の実物を見たことがある。

 思い出したくもない過去の記憶を海馬から引き揚げ、ライコウはエマに問いかける。

「……お嬢ちゃん、これが何なのか分かってるのかい?」

「はい、御察しの通り《ノイマン》は二十年前、大事故を起こしたWCS008型《ラプラス》の発展・改良機です」

 具体的に名前を挙げられたことで、若手組も曖昧な輪郭だった像がしっかりと描画され、構造物が一体どういった代物なのかを理解した。

 黎明歴400年代、銀河中の人々は黄金期の再来ではと沸いていた。今日(こんにち)では宇宙船の標準装備にもなっているプラズマジェネレーターが、とある一人の天才少年によって発表されたのだ。

 航海期や黄金期のテクノロジーに(すが)り、それ以上のものを生み出せないでいた人類にとって、旧来の技術と比較しても遜色ない性能を叩きだしたプラズマジェネレーターは革新的であり、誰もがそれを生み出した天才少年の動向に注目した。

 天才少年は、銀河最高学府である《スクール》を主席で卒業後、連盟の超一流企業の勧誘を全て断り、挑戦の場を求めギルドへと所属した。当時の五帝の手厚い支援を受け、天才少年は革新的な新たな航行法を行える宇宙船を開発することに成功する。それが、WCS008型《ラプラス》である。

 そして、圏内圏外を問わず銀河中が注目する中で実施された《ラプラス》の公開デモンストレーションは、大惨事となった。

 デモ中に突如としてコントロールを失った宇宙船は、近郊の居住コロニーに超加速状態で激突。天文学的な損害が発生し、補填しようもない人命が多く失われた。

 後のギルドの調査にて、事件当時の《ラプラス》には不安定な部分が多く未完成であったにも関わらず、後々に発生する巨万の富に目が眩んだ五帝の一人が開発チームの反対を押し切ってデモを断行したことで発生した人災的な事故であることが判明する。

 デモを断行した五帝は莫大な負債を抱えて失脚。世紀の大事故の片棒を担いだ一人として大衆からバッシングを受け、身勝手な世間の手の平返しに世俗に対して見切りをつけたのか天才少年も表舞台から姿を消した。

 唯一残ったのは、曰く付きの未完成の宇宙船、《ラプラス》の設計図。

 事件を起こしたとはいえその性能自体は素晴らしく、エーテル航行から脱却するため多くの個人や企業がその完成を目指し研究・改良を重ねたが悉く失敗に終わり、生みの親以外からの手を加えられるのを拒むかのように、設計図を元に製造された《ラプラス》達は何度も事故を起こした。

 いつしか、オカルトめいた噂が関係者の間では拡散していった。

 曰く、《ラプラス》は不幸を呼ぶ悪魔の船だと。

 無神論者であるコンウェイは、そんな架空の存在を信じているわけではない。ただ、これだけ事故が続くとなれば、《ラプラス》の基本設計に何か致命的な欠陥があっただけだという常識的な考えの他に、眼に見えぬ何かがあるのではと勘ぐりを憶えてしまうのも事実であった。

「エマ王女、貴方にはこの不幸を呼ぶ船を御せると言うのですか?」

「いいえ、私には無理です」

 あっさりと否定し、エマはデバイスを操作することで外部との映像通信用のウインドウを開いた。

「ですので、本人にやってもらいました」

 映り込んだのは、威圧感のある相貌。褐色肌の巨漢が歯を見せてニヤリと笑った。

「御久し振りです、ライコウさんにエリザベスさん。相変わらず殺しても死ななそうな(ツラ)で安心しました」

 嘗て名を馳せた天才少年、その本名をヒャクシキ・ツハードと言う。

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