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 武術というものは、次の世代へと継承していくことを旨とするが、同時にその技術を秘匿することも旨としている。これは、使い方次第では容易に人を殺すことのできる力を、不心得者に悪用させないためだ。

 黎明歴に突入し科学の灯の再点火と共に、武術の殺人技術としての価値は下がった。

 単純な話、人を殺す力が欲しいだけならば何年も掛けて修行を積むよりも、ブラスターの一挺でも持った方が対費用効果的も理にかなっているからだ。だが、暗殺などの局所で必要とされる場面は依然として存在し、多くの武門・流派は継承者不足に悩みながらも、その技を伝える弟子は厳選しなければならないという、ジレンマを抱えている。

 団員全てが武芸者である《ヴィンセント・ヴァルキリーズ》もその矛盾からは逃れられない。

 総代が団を創設して以来、数多くの武芸者あるいは武術の才ある者を取り込んできたV.V.には様々な流派の合理・術理が蓄積されている。悪用せずとも、安易な考えで手を出せば自他の区別なく傷つけ場合によっては死ぬことすらある災いの枝が保管されているのだ。

 よって、その技術を伝える相手は熟考の上で選定しなければならない。

 団のルールでは、外部の者に技を伝授する場合、総代を含めた序列一位から四位までの五人で採決を行い、過半数の賛成を以って、可否を決める。

 つまり、事前の相談も申告もなく勝手に戦技教導を行うと言ったハクアの行動は完全なルール違反だった。

「いや~、戦技教導希望の人なんて滅多に来ないから、ウチの決まりをすっかり忘れてたよ」

「そうですか」

「いやホントに勝手な事したのは反省してるからさ、みっちゃん、これ解いてってば~」

 ハクアは今、全身を縄で縛られ天井の(はり)から吊るされていた。首には、『私は悪い事をしました』と書かれたプラカードを下げて。

「駄目です。常習犯のハクアの言う事には耳を貸す気はありません。明日の朝までそのままでいてください」

「え~」

 違反者への始末をつけると、眼鏡をかけた少女はアカギへと向き直り頭を下げた。

「申し遅れました、私は不在の総代と序列一位に代わり団の指揮を任されている序列二位、ホウセン・ミツルといいます。本日は、身内の者が御迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」

 ミツルがハクアを縛り上げている最中、アカギは傭兵団のメイド達に歓待を受けていた。待っている間に稽古場の冷たい床で寒さを感じないようにと床板を編み込んだ植物で覆った敷物、畳を態々(わざわざ)床に敷き、その上半透明の黒いゼリー似たヨウカンと呼ばれる菓子に、甘さを引き立たせる適度な苦みを持つ緑の茶まで供されていた。

 実害がほぼなく、誠意のある謝罪にこれだけ饗応を受けて尚腹を立てる程、アカギは狭量ではなかった。

「構わない。寧ろ、これだけ美味い菓子や茶をご馳走になり、礼を言いたい気分だ」

 軽薄な態度を取りつつも、確認を怠り適当な事を言ったという自覚はあったのか、ハクアも同じく頭を下げた。

「ゴメンね、お兄さん。技を教えてあげるの、ちょっと無理っぽい。ん~、でも変だな。ボク、お兄さんとは多分初対面だよね。名刺あげた憶えないんだけど」

「その認識は正しい。君と無差別争覇杯の予選で戦った少年がいただろ。ケビンと言うんだが、俺は奴のスポンサーをしている。その伝手で、名刺は譲ってもらった」

「あ~、そういうことか」

「渡された本人ではなく、別人が来たという点では、こちらにも非はある。騙すような真似をしてすまなかった」

 アカギもまた、頭を下げ謝罪を現す。

「ん、別にいいよ。あの子が今よりも強くなったら、戦った時面白そうだなって思って渡しただけで、大して気にしてない」

「そうか、それは幸いだ」

 自身の眼鏡型のデバイスのツルに軽く触れると、ミツルは公式に発表されている大会の出場チームの情報を閲覧する。

「ケビン……《ウェット・ファイターズ》……なるほど、そういうことですか」

 事情を理解した少女は、堂々と敵地へ訪れた『戦士』を見据えた。

「アカギ様の目的は、敵情視察と言ったところでしょうか?」

 ミツルの視線に敵意や悪意はない。例え、この先潰し合うかもしれない相手であっても有利な状況を利用して害しようという思惑などなく、ただ冷静に相対する仮想敵を見定めようとしている。

 正々堂々と試合で決着を付けたい、というよりもそれは傭兵の流儀によるものだ。

 殺し殺されが身近にあるからこそ、その線引きは明確に行い、無用な争いは避ける。一種の職業倫理からくる行動だった。

「ああ、バレたのか。白状するが、そちらの実力、実戦経験豊富な武芸者の技を、戦う前に直接観察してみるつもりだった。あわよくば、俺も《気》とやらを使えるようになりたいとも思ったが、どうやら教えを乞うのは無理のようだ」

 湯飲みに口を付け、茶の温かさと苦味を最後の一滴まで味わうと、アカギは立ち上がった。

「今日は、このあたりでお暇させてもらう。次は、客として金を払って茶を飲みに来るから、また熱い茶を淹れてくれ」

「はい、そちらの業務でしたら、喜んでお受けします」

 メイドに見送られ稽古場を出ようとした時、ふと『戦士』は蓑虫になっている少女へと声を掛けた。

「ハクア」

「何、お兄さん?」

「余計なお世話かもしれないが、もし武器が壊れて使えない状態なら、俺に言ってくれ。今日飲み食いした代金として無料で修復する」

「ん?話が読めないんだけど」

「君の得意とする型は二刀流だろ?」

 僅かに、ほんの僅かに、ハクアの相貌から狂おしき衝動が漏れた。瞳孔の収縮、口角の吊り上がり、言葉にすれば微細な変化。されど、それは確かな変化だった。

「なんで、そう思ったの?」

「試合中、重心が少しだけ左に傾いていた。本来は、腰の両側に一振りずつ帯刀するスタイルじゃないのか?」

「あはっ!いいねアカギ(・・・)さん、すごくいい!」

 ハクアは、笑った。

 犬歯を覗かせる凶暴な笑みは、正しく獣のソレ。

 貪欲な白き獣。

「大丈夫だよ、ボクのもう一振りの刀は刃毀れ一つないし、ウチにはお抱えの職人もいる。それよりも、さあ」

 瞳を爛々と滾らせ獣は吠えた。

「今すぐ、ボクと戦ってよ!アカギさんの強さ、味わってみたくなった!」

「反省の色なし。よって、追加の懲罰を代理権限で行使します」

「え?ちょっと、みっちゃん、今いいとこっ」

 ミツルが眼鏡に触れると床の一部が変形し、ハクアの真下に四角い穴を作り出す。槍の穂先が垂らされた縄を断てば、蓑虫が床に呑まれた。

 再び指先がデバイスを撫でると、全ては元通りに収まる。

 身体を深く折り畳み、再びメイドの少女は謝罪を述べた。

「躾のなっていない阿保で、誠に申し訳ございません」

「元気があっていいじゃないか。若い頃は、血気盛んなくらいでちょうどいい」

「お心遣い、感謝します。アレは懲罰房の地獄コースに叩き落しましたので、10分程は時間が稼げるでしょう。噛みつかれない内に、お帰りください」

 身内に対する扱いに苦笑しつつ、アカギはその場を立ち去った。




 メイド服をボロボロにしながらも、約500秒前後の時間で稽古場まで戻ってきたハクアだったが、既に目当ての人物は帰った後だった。

「あっちゃ~、やっぱ遅かったか」

 残っていたのは、畳の上に正座し新しい湯飲みで茶を飲んでいたミツルだけだった。

「ハクア、戻りましたか」

 勤勉な少女がデバイスを操作すると、ハクアの前にARが投影された。それは、大会運営委員会が公式に発表している情報だった。

「先程、委員会から本戦出場チーム全てに通知がありました。トーナメントの組合せが決定したようです」

 合計32チームの名が連ねられたトーナメント表。シード枠である、前回大会の準優勝と優勝チームである《グランドチャンピオンズ》と《グレイブバルチャー》は、端と端、第一試合と第十六試合に固定であり、それ以外の30枠が運営委員会の恣意性が強く反映された抽選により決定されていた。

 自然と、ハクアは自分チームよりもアカギのチームがどこに配されているかを探してしまう。

「あ、アカギさんのチームとは三回戦で戦うんだ!待ち遠しいな!」

「《ウェット・ファイターズ》は二回戦で《グランドチャンピオンズ》とぶつかるようですが、彼等が負けるとは考えないのですか?」

「全然」

 ハクアの認識の中で、三回戦でアカギと戦うことは、確定事項だった。確信めいたその解答に、ミツルは眼鏡をブリッジを押し上げる。

「また、覗いた(・・・)んですね、ハクア」

 アマギ・ハクアは、超感覚系の越境者である。

 氷の様なその瞳は、物質を透過して事象を観測する。人間を観察すれば、骨格、筋繊維、神経を丸裸にして、その人物の実力を測ることができる。

「いや~、あれは眼福だったね」

 うっとりと、まるで恋する乙女の如く頬を染め狂い咲く感情の花。剥き出しの肉と骨に感極まる同僚の性癖に辟易しつつも、ミツルはその勘の鋭さ感性自体は評価しており、対戦する可能性の高い相手の情報を集めることにした。

「率直な意見をお願いします。ハクアから見て、アカギさんは強いのですか?」

「優等生面してるけど、みっちゃんこうゆう所はチャッカリしてるよね」

「いいから、早く言ってください。でなければ、更に懲罰を追加しますよ?」

「分かったよ。………正直言うとさ、分かんないってのがボクの感想」

 同僚へハクアは忌憚のない心情を語った。

「生まれついてなのか、体内に《仙丹》がなかった。だから、武芸者ではないと思う」

 《気》の運用を根幹とする武芸者にとって、それを生み出す源泉である《仙丹》の強靭さそのまま強さに直結する。《仙丹》がないとなると、どれだけ修行を繰り返したとしても武芸者にはなれない。

「でも、頭の先から爪先に至るまで、細胞一片余すところなく鍛え上げられた肉体。色んな人の身体を見てきたけど、思わず我を忘れるレベルで呑まれたよ。構造と性質から予想できる馬力、強度が凄すぎてもう、人体っていうよりも、人間サイズの要塞って言ったほうがいい。あの身体なら、多分だけど素手で戦艦と殴り合えるね」

「そこまで、ですか」

 《気》の循環による内力通にて身体能力を強化し、外力通で全身を覆ったとしても、そんな戦略兵器のような力は出せない。人体というサイズの制限がある以上、義体化人も同様だろう。

「身体強化系の越境者の可能性もあるけど、違うねアレは。元から才能とか適正もあったんだろうけど、愚直なまでに人生の大半を戦いや修練に捧げた結果、成るべくしてそう成ったっていう単純な帰結。うん、ここまで極端な事例、見たことないよ」

 武芸者としての技を極めれば極める程、《気》の生成や運用に重点を置くようになる。肉体はあくまでも《気》を通し循環させる器であり、要訣は《気》にあるというのが多くの流派で共通する理念だ。

 器のみをアカギと同レベルにまで鍛え上げた者を、ハクアは知らない。

「間違いなく、肉体としての性能は度を超えている。でも、既存の指標では計れない。だから、『分からない』が、ボクの感想」

 一瞬、ミツルは頭痛を憶え、眼を閉じた。

 敵の未知数さに怖気づいたわけではない。寧ろ、その条件によって引き起こされる惨事が容易に予想できるため、軽い嫌気を憶えたのだ。

 案の定、彼女の同僚、ハクアは頭が沸いていた。

「嗚呼、アカギさんとの試合、楽しみだな~。技も力も心も、全部喰らいつくして、早くムラクモの糧にしたいよ~」

 一度クールダウンさせるため、ミツルは再度身内を懲罰房へ叩き込んだ。




 所有船シルバー・セブン内にて、更新されたトーナメント表のデータを見ながらアカギは《ウェット・ファイターズ》の勝ち筋を考えていた。

 アカギ達のチームには致命的な弱点がある。

 それは、数だ。

 試合形式がもし『星取り戦』なら、敵チームが出場枠を五つ購入した時点で、アカギとケビンしか登録選手のいない《ウェット・ファイターズ》は戦う前から負けが確定する。一試合目と二試合目でどれだけ圧勝しても三~五試合目が不戦勝となり、二勝三敗の結果になるからだ。

 本戦に進むチームは何処も財力も武力も十二分に備えた集団ばかりであり、戦わずして勝利を得られるなら、喜んで出場枠代である十五万クレジットを払うだろう。

 他にも少数が不利に働く試合形式は幾つかあり、チームが勝ち抜くためには、大前提としてネットワーク上で行われる前哨戦の競売でなんとしてでもそれらのランダムで出品される『試合形式』を競り落とさなければならない。

 選手登録数が五人に満たない場合、大会開催中のメンバー追加もルール上は認められているが、コロニー・ナタでの実績のないアカギと、弱者の代名詞であるウェットのケビン達の所属するチームに加入し、死ぬ可能性すらある大会に参加してくれるような物好きはいないだろう。

 アカギの脳裏には一人、恐怖と信頼を同量抱いている魔王の力を持つ少女が思い浮かんだが、政治的交渉の真っ最中であるため、呼び出すのは気が引けた。おそらく、声を掛ければ万難を排して駆けつけてくれるだろうが、それをするのは最後の手段であるとアカギは考える。

「一回戦の対戦チームは・・・・・・」

 《キリングフィールド》。

 前大会ベスト8。大会の常連組であり、名の知れた強豪。

 A級闘士三名に傭兵二名を加えた混成チーム。五名全員に共通しているのは、前科持ちであり合法的に殺人を行う為に戦場、あるいはリングに立っているという点。

 対戦したチームの死傷率の高さが、チームの残虐性を物語っていた。

《典型的な悪役(ヒール)ですね。運営側の描いたシナリオが透けて見えます》

 順当に行けば、アカギ達と《キリングフィールド》が潰し合う一回戦第二試合で勝ったチームが二回戦でぶつかるのは前大会準優勝、雪辱に燃える《グランドチャンピオンズ》だ。

 大会の興行的成功を画策する運営側が、無名の《ウェット・ファイターズ》を噛ませ犬にすることで、死傷者の発生する試合を《キリングフィールド》に展開させ、その残虐性悪逆性を強調。その上で善玉(フェイス)である《グランドチャンピオンズ》に倒させるというシナリオを想定しているのは容易に推測できる話だった。

 運営委員会は、公正な試合を円滑に運営するという建前の元、様々な干渉を常々行っている。このような試合の組合せの調整から、運営側が勝たせたいチームが有利になるようなルールを競売に多く出品しておくなど、枚挙に暇がない。

 殆どの観客達にその勝利を望まれていない、ひいては大会の盛り上がりに水を差す可能性ある無名チームのアカギ達は、他の出場チームのみならず、ある意味で無差別争覇杯の大会そのものと戦っていく必要がある。

 使える手を模索するアカギは、相棒に問いかけた。

「『カネツグ』、あの石の解析はもう終わっているか?」

 その言葉だけで、精霊は主の考えを察する。

《例の方法を使う分には滞りなく。ただ、蓄積量から一回が限度かと》

「分かった。石を使う可能性もある、準備をしておけ」

《心得ました》

 アカギは、首のデバイスを操作し時刻を表示させた。

「競売開始までもうすぐだな」

 一回戦の競売は14日0時からスタートし、同日24時で終了する。公開入札方式で競り合い、時間内で最も高値を付けたチームが一回戦のルールの使用権を手に入れる。

 日付が変更されると同時に、アカギは競売へ乗り出した。

「まずは、『試合形式』を競り落とし、一回戦の勝ち抜き戦を確定させる。話はそれからだ」




 ふと、空中に投影していた資料を確認する手を止めエマ・フラメルはとある方向に視線を向けた。

 シュン・レイホウ所有の高性能宇宙船《禍福号(かふくごう)》の客室。

 ささいな調度品一つとっても連盟内の人間の平均的な年収を軽く超え、それらの品々が部屋全体を華美になり過ぎない範囲で上品に彩っている。

 それまで作業に没頭していた友人が前触れもなく、船の進行方向を向いたことに手伝いをしていたレイホウは少々怪訝な顔をした。

「エマちゃん、どうかしましたか?」

「いえ、ただ・・・・・・」

 呼ばれた気がした。

 その言葉を、エマは飲み込む。

 声なき声を感じた時、脳裏に浮かんだのは公私両面に於いて報いきれない程の恩を受けた赤毛の男性であり、少女個人としては思慕を募らせる相手でもある。

 そんな人物の幻聴を聞くなど、色ボケにも程があると、エマは自分を戒めた。

「少し、休憩にしましょう。船が目的地に着くまでにはまだ時間があります」

「はい、それではとっておきのお茶を用意します。恋バナ女子トークで盛り上がりましょう!」

「・・・・・・なんですか、それは。言っておきますが、そんな話はしませんよ」

「まあまあ、幻聴を聞いてしまう程に慕っている殿方の話を聞かせてくださいよ~」

「なんで、こちらの心中がだだ漏れなんですか!?」

 エーテルの《波》に乗りながら、船は往く。

 ギルドの掌握を目論む少女達が向かうのは、組織を仕切る五帝全員が一堂に会する唯一の場所。

 超巨大複合施設コロニー・ナタ。

 期せずして『魔王』の道程は、『戦士』と再び重なろうとしていた。

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