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ロスト・プレイヤーズ  作者: 潮見高流
第1章 エンカウント アンノウン
3/75

02

 『勇者』の帰還を待ち続けて幾年、待ち続けることを止めたアカギは、住んでいた小屋を引き払い、『勇者』探しの旅に出た。

 社会的に高い地位にいる『僧侶』や、自由気ままで束縛を嫌う『盗賊』、自身の研究に没頭し隠棲している『魔法使い』。嘗ては、肩を並べ、背中を預け、生死を共有してきた仲間達は、既に『勇者』が姿を消したことに対し、何らかのスタンスを決定して、それぞれの道を歩んでいる。未だに『勇者』の影を追いかけているのは、『戦士』であるアカギだけだった。

 己の道を進む仲間達を、アカギの個人的な未練に突き合わせるわけにはいかない。『勇者』不在の為、《天海要塞》による空路海路は使えず、一日で千里を駆け抜ける《神馬スタリオン》も寿命により大地へ還った。自らの足による徒歩の陸路、商業船による海路で、一度は隅々まで巡った世界で、『勇者』を探す。

 旅の中で、一度は衰退の果てに何もかもが枯れ切った世界が、復興している様を見るのは、嬉しい反面、身勝手な虚無感もあった。魔物の出現は、日々減少傾向であり、家や生活の基盤を蹂躙されて涙する人々は、もうほとんど見なくなった。目先の脅威が消え去れば、今度は人間同士の戦争が始まりそうだが、そこは先見の明を持つ『僧侶』が宗教の権威により地盤を調整し、上手くバランスをとっているらしく、取り返しのつかないような大規模な戦いはここ百年は発生していないようだ。

 アカギが『勇者』達と歩んだ足跡を、知る者はもういない。『魔王』を退けた当初は、その偉業を称える彫像が多くの国々で乱立し、変装なしではまともに街を歩けない程だったが、今となっては素面を晒すアカギに、誰も気づかない。伝説は架空のお伽話になり、後世の訳知り顔の歴史家や為政者達が、自分達の納得できる都合のいい歴史を作り上げていく。

 世俗の富や名誉が欲しいわけではない。事情を知らない人間達に、何かを強制する気もない。ただ、忘れ去られていくことだけが、アカギには寂しかった。

 旅に出てから一年が経過した。何度か、仲間達の所には顔を出した。『僧侶』は相変わらず腹黒で、『盗賊』は自分勝手で、『魔法使い』はよく分からない理由で怒っていた。変わらぬ仲間の姿が、アカギは嬉しかった。旧来の仲間達と情報交換をした結果、『勇者』がいる可能性があるとすれば、世界の果て、極東の終末の海に存在する未実装エリアであると結論がでた。

 未実装エリアとは世界(システム)が構築しかけ、結局は手付かずになっている領域のことだ。法則から外れた、様々な瑕疵(バグ)が不定期に発生する危険地域であり、場合によっては瑕疵によって自己の存在意義が歪み二度と戻れなくなる。言うまでもなく、危険な領域であり、帰ってこれる保証もない。

 だが、再度世界中を見て回り、あらゆる可能性を精査していった結果、残る可能性はそこだけだった。

 アカギは、再び『勇者』と会うため、未実装エリアへ赴くことを決めた。

 万が一、帰還できなくなった時のことを考え、アカギは自らが所有する《星辰武装》、《精霊器》、アイテムの殆どを仲間達へ預けた。いずれの品も、二度と手に入らぬ、使い様によっては無為存在さえ屠る事が可能な規格外の武器達だ。今の世界が平和でも、いつの日か新たな脅威が現れるかもしれない。そんな時に、それらへの対抗手段の力を失うわけにはいかなかった。

 結局、持っていくのは、商店で買い込んだ大量の食糧と水に回復薬等の上級冒険者用品一式。高性能な防具の《ドラゴンのよろい》をはじめとする市販品で金銭による入手が可能な防具やアクセサリー。使徒として誕生した瞬間から装備していた初期装備《はがねの大剣》、そして『魔法使い』がいつもの罵声と共に押し付けてきた自主製作アイテム群だ。

 大剣と鎧は装備し、後は《オロチぶくろ》に収める。《オロチぶくろ》は、同一のアイテムを99個まで保管でき、内部での劣化も防いでくれるとても便利なアイテムだ。『多頭次元オロチ』を素材として作成されており、同一個体の『多頭次元オロチ』から作られた《オロチぶくろ》は、例え複数個存在していても、中身が全て共有されおり、アカギが持つ『オロチぶくろ』に収納したアイテムを、『魔法使い』の《オロチぶくろ》から取り出すといった芸当もできる。手紙など収納すれば、郵便代わりとして使用もできるが、距離が離れすぎると、その分だけ共有化に時間がかかり、未実装エリアと通常エリア間での共有化実験は危険すぎる為、前例がない。つまり、やってみなければ分からないのが現状だ。

 未実装エリアに向かえば、無事に戻れる保証はない。寧ろ、二度と帰ってはこれない可能のほうが高い。他の仲間達の様に、区切りをつけ、今の世界で自身のやれること探すほうが、賢い選択なのだろう。事実『魔法使い』にも、分からず屋と罵られて殴られてしまった。

 ただ、それでも『戦士』アカギは、『勇者』にもう一度会いたかった。

 だから、アカギは、『勇者』伴わない初めての冒険に出かけた。




 『戦士』が立つ場所は、常に最前線であり、最終防衛線でもある。戦場では常に壁役として敵に胸を晒すことで立ちはだかり、敗北などの撤退時には、殿として残り最後まで戦線を離れることがない。

 『戦士』とは最も死に近しい位置に座す『使徒』だ。死亡率も当然高くなる。だが、『戦士』アカギは死ななかった。倒れ伏すことは、数え切れぬ程あった。それでも倒れるたびに立ち上がり続けたのは、阿吽の呼吸が可能な仲間達の手厚い支援と、資金や時間を注ぎこんだ潤沢な装備、そしてなによりアカギ自身の仲間を絶対に護りきるという覚悟が、不撓不屈の『戦士』アカギを成立させていた。

 如何なる強敵、難敵、天敵を前にしようとも、アカギは諦めたことがない。

 だが、今回ばかりは膝を折りそうになっていた。

「ここは、何処なんだ?」

 『戦士』アカギは、盛大に迷子になっていた。

 未実装エリアまで船でたどり着いた矢先、船は巨大な嵐に飲み込まれた。『イカだいおう』などの海洋魔物が相手ならば、切って捨てる自信がアカギにはあったが、大空を丸ごと回転させるような大渦のうねりが相手では、アカギ一人では抗う術が無かった。

 船ごと、大波に飲み込まれ、気づいた時には、何故か森の中にいた。何処かに漂着するなり、海を漂流している、最悪海の底に沈む事も理解できるが、如何なる理由かアカギは深い森林の中で目を覚ました。

 幸いなことに、《オロチぶくろ》や装備一式は紛失しておらず、《ステータス》にも異常はなかった。

 おそらくだが、あの大渦は特異な《旅の(きざはし)》ではないかとアカギは考えている。《旅の階》とは、『勇者』の言葉を借りるならワープポイントだ。異なる点と点を繋ぐ、過程を省略する階段。世界には幾つか《旅の階》が発生するポイントが存在し、通常は人の背位の渦だが、未実装エリアの瑕疵の影響で狂ったサイズにまで肥大化した《旅の階》が発生してもおかしくはない。

 どことも知れぬ土地に飛ばされたこと自体は、大した問題ではない。『勇者』を世界中の知りうる限りの全ての場所で探したのだ。寧ろ未知の場所に行けるは、願ってもないことだ。

 大事だったのは、意識を取り戻すと既に発生していた、世界刷新(アップデート)だ。

 世界(システム)からの事前告知もなく、正しく青天の霹靂の如く施行されたそれは、『使徒』の力を大きく縮小した。

 アカギは創造されてから、地図というものを購入したことも、所持していたこともない。概念自体は知識としてあるが、それを使用したことは一度もない。何故なら、創造の瞬間から、念じれば頭の中に世界の地形と、今現在自身がどこにいるかの座標が浮かび上がる権能、《世界の標》を習得していたからだ。初めて訪れた場所も、敵地でも、あの無限回廊の最奥ですら《世界の標》が機能し、現在地を特定することができた。だが、今となっては東西南北の判別さえつかない。如何に権能に頼り切った旅路だったのかを理解し、アカギは自分が情けなくなった。

 他にも、使用不能・機能縮小になった権能がいくつかあり、未知の環境であることも災いし、アカギは似たような場所をグルグルと頭の悪い犬の様に回り続けていた。何とかこの状況から脱出しようと、使用すればダンジョンから抜け出せる《クモの糸》も、訪問した事のある街へ転移できる《キマイラのつばさ》使用したが、不発。アイテムだけが消費され、効果を発揮することは無かった。

 これも、瑕疵なのか。流石に、正規の手段を用いて入手したアイテムが使用できなくなる等といった致命的な世界刷新は無いはずだ。あるいは、他に何か他の条件があるかだが、アカギには見当がつかない。

「改めて、仲間の大切さが身に染みるな」

 こういった状況が停滞した時の頭脳労働担当は、『勇者』あるいは『盗賊』が担ってくれていた。アカギは仲間の考えたプランを信じて全力で実行するだけで良かった。

 複数の人間の集団であるパーティーでは、役割分担が肝要だ。出来る事と出来ない事を把握し、自身の短所を仲間の長所で補完してもらい、自身の長所で仲間の短所を補完することで、無欠の円を作り出す。

 完全なる真円は、如何なる状況であろうと揺るがない。

 しかし、ただ一人の今の自分は歪な欠片の一つでしかない。

「…野営の準備でもするか」

 落ち込んでいても仕方がない。空を見上げれば、太陽が沈みかける斜陽の時間だった。《オロチぶくろ》に手を入れようとした時、その光景が視界に飛び込んできた。

 流星。暗がりに染まりかける空を裂いて、星が空を駆けていく。


《クエスト:『故郷への帰還』が発生しました!少女エマを、ワーズマ首都まで護衛してください》


 アカギの脳内に響いた世界の(システムメッセージ)は、数百年ぶりのクエストを告げていた。クエストとは、『勇者』や『使徒』へ伝達される、世界(システム)が放置すると危険と判断した要因への出動要請だ。失せ物探しから、指定対象の護衛、あるいは討伐。変わり種だと、女性に背中を特定の鞭で打たれたいなどもあった。無視する事も可能だが、その場合後々に手酷いしっぺ返しを食らう事が多く、どれだけその内容がくだらないように感じても、達成することがベターだ。そして重要なのは、クエストは行き詰った状況を変える切っ掛けになる場合が多い事だ。絶賛迷子状態のアカギは、祈るような気持ちで告知されたクエストを脳内に思い浮かべ詳細を確認する。


クエスト:故郷への帰還

報酬:《しんぴのおうけん》

内容:期限内に、少女エマを故郷まで護衛する。

成功条件:エマが無事な状態で、故郷であるマーズマへたどり着く。

失敗条件:エマの死亡、ないしは七日以上の時間経過。


 スタンダートな対象を特定の場所まで無事連れていく、護衛系クエスト。今までなら《世界の標》の地図上に護衛対象にはイエローマーカーで表示されるのだが、《世界の標》が使用不能である以上、視認による視界マーカーで見分ける他ない。

 護衛系クエストが発生する場合、護衛対象はすぐ近くにいる場合が多い。しかし、周囲を見渡しても、それらしき人影はない。

「まさかとは思うが…」

 嫌な予感がアカギの脳裏に浮かぶ。一応、確認の為、視線を空へと向けた。

 護衛対象を示すイエローマーカーが、落下を続ける流星に煌々と表示されていた。

 アカギは、瞬間全ての躊躇を捨て、全ての地形を無視し、流星の進行方向へ突撃を敢行した。無論、地面の隆起や、群生する植物が行く手を遮るが、止まらない。その一切を踏み潰し、圧し折り、踏破する。アカギの進行ルートは、まるで爆撃にでもあったかのように、剛脚の踏み込みで大地がひび割れ、堅牢な体躯と衝突した障害物が粉砕される。

 一々地形に合わせて迂回をしていては、護衛対象を見失う。故に、全てを踏み越えて往く事を、アカギは選択した。

 『使徒』はメインクラス、サブクラス、パーソナルクラスの三要素によって、主なステータスや習得可能な《スキル》が決定される。メインクラスに『戦士』、サブクラスに『聖騎士』を持つアカギの『使徒』としての性能は、移動速度や俊敏性では並み程度だが、肉体の頑強さ、強靭性に於いては、全ての組み合わせの中でもトップクラスを誇る。ましてや、アカギは『使徒』としての熟練度(レベル)限界値(カンスト)に達しており、『戦士』クラスの全て『聖騎士』クラスの八割の《スキル》を習得済み。常時発動(パッシヴ)型の《スキル》が二重三重の城壁となりアカギを歩く要塞へと押し上げる。樹林がどれだけ深く厚みを持とうとも、魔物ですらない植物など物の数ではない。

 だが、それでもやはり流星の方が早い。単純な話、アカギがどれだけ障害物や悪路を無視できたとしても、速度そのものが上昇しているわけではない。遮蔽物の一切ない空を行くほうが勝るのは当然の帰結だ。

 空に描かれる一条の光が、地平線の彼方へ沈みこんでいく。

「うおおおおおおお!」

 アカギは、腹の底から吠えた。

 視界マーカーの射程からイエローマーカーが消えようとも、足を止めず、後ろを振り返らず、必死になってか細い手がかりを追いかけ続けた。

 星の軌跡に追いすがるアカギの行く手に、炎の海が広がる。原因は不明だが、前方で広範囲の森林火災が発生してる。それでも、アカギの足は前へ進む事を切望する。

「《炎上》効果のダメージ地形だからと言って、止まれるか!」

 突入。炎に身を晒し、紅蓮の森を進む。

 熱波の渦流、焼け落ちてくる倒木、高密度の炎の壁。悉く、その身で粉砕。直進。

 曲がらない。

 走り続けるアカギの耳に、鳥獣の甲高い咆哮が聞こえた。視線の先、森が開けた空間では、興奮し戦闘態勢の大きな鳥の魔物、そして全身が銀色の人、のような者が対峙していた。追跡してきたイエローアイコンは、銀色の人の頭頂部で光っている。だとすると、銀色の人が、『少女エマ』なのだろう。

 アカギは、背の《はがねの大剣》を片手で抜くと、地面に突き刺し制動を掛けた。体ごと回転し、地面に歪んだ円を刻んで速度を殺す。

 明らかに、鳥の魔物は興奮状態で『少女エマ』を襲う寸前。あの場に割って入れば、間違いなくあの鳥を刺激し、『少女エマ』が致命傷を負う可能性がある。まずは、敵愾心をこちらに向けさせる必要があると、アカギは判断した。

「・・・《憎悪の城塞》」

 アカギは、《スキル》を使用する。今回使ったのは、移動力を犠牲に、防御力を上昇させ、自身のヘイト値を高める《スキル》だ。ヘイト値とは、敵対する対象から向けられる、敵意、悪意、害意などの総称であり、高ければ高い程敵対者から狙われやすくなる。

 《スキル》の発動を示す、赤い光のエフェクトがアカギの全身を包み込み、一瞬で霧散する。世界刷新後も、《スキル》については弱体化などもなく、今までと同じ使用感で運用が可能なのは、迷子になっていた最中に実験済みだ。

 案の定、容易く釣れた。

 鳥の魔物がアカギを最優先で排除すべき敵と判断し、威嚇の声を上げる。アカギは狙われやすいよう、ゆっくりとした歩みで森から姿を現した。

 大剣は構えず、片手で持ったままだらりと下げた無防備な態勢。主導権を鳥の魔物に明け渡し、後は待つだけでいい。

「――――――――――――、――――――!」

 銀色の人『少女エマ』が何かを言っている。アカギの聴覚はその声を明瞭にハッキリと感じ取るが、まるで理解できない。これもまた、世界刷新の弊害。言語疎通の権能が機能停止しているため、『少女エマ』の言葉をアカギは解読できない。

 何と返せば良いか、思案しているとアカギの首筋に鳥の鉤爪が突き立てられた。が、浅い。表皮の薄い層に僅かに沈むのみ。一滴の血さえ流れない。HPゲージの最大値から察するに、鳥の熟練度は四十前後。これではいくら攻撃貰ったところで、アカギは痛痒を感じない。

 片手格闘スキル《蛇絡(へびがら)み》。アカギは《スキル》を使用し、鳥の足を左手で絡めとると、固く拘束する。

 アカギの主要武器《はがねの大剣》は種別:大剣。通常ならば、装備スロットの『右手』と『左手』を使用して装備しなければならないが、アカギは常時発動スキル《トゥーハンドグリップマスター》の効果で、『右手』スロットのみで装備できる。多くの場合、空いた『左手』には攻撃力の追求ならば片手剣などの武器、防御力に寄るならば盾を装備する。敢えて、アカギが『左手』を空にしているのは、多様性と臨機応変に長じるためだ。

 『右手』『左手』などの装備スロットを空白にしていると、素手による格闘スキルが使用可能になる。単純な攻撃能力や防御能力では、片手格闘スキルでは片手剣スキルや盾スキルの攻撃、防御能力に及ばず文字通り片手落ち程度の性能しかないが、片手格闘スキルには《蛇絡み》に代表されるような片手剣スキルや盾スキルにはない拘束系の《スキル》が存在する。敵を捕縛・固定することで、後衛の攻撃を命中しやすくする、敵そのものを肉壁として守りに利用するといった幅広い運用が可能なのだ。

 アカギは、重心を低く構え、左手を捩じ切るように振り下ろす。

 片手格闘スキル《天空(てんくう)(おろし)》。大空の狩猟者を地へと引きずり落とす。巨体が空を切り、大地が陥没する。

 拘束状態から、投げ技に移行することも可能。単発の使用では、攻撃力が高い代わりに初動が遅く実用的でない投げ技でも、《蛇絡み》で拘束してから使用すれば、確実に決まる。ダメージで動けなくなっている鳥に、間髪入れず続けざまに《天空颪》をかけ続け、HPバーの値を削っていく。

 鳥のHPが赤く染まったところで、《はがねの大剣》で首を刈り取り、アカギは鳥の魔物を倒した。

 確認したいこともあるが、まずは護衛対象の安全確保が最優先。アカギは、《はがねの大剣》を背の鞘に納刀すると呆然としてる『少女エマ』へ歩み寄った。

 全身銀色の人型なので、表情は全く読めないが、何故かその様は怯えている様に、アカギは感じられた。少女を襲っていた魔物は、討伐したのでもう脅威は無いはずだと、一考すると、おのずと答えは出た。

 少女は、アカギに恐怖しているのだ。おそらく、戦闘能力を明らかにしたことで『使徒』であることが露見した。『使徒』は、人間とよく似た姿形をしているが、人間とは本質的に大きく相違する部分が多い。隣人が、指先一つで自分を殺せる力を持っていると知った時、人間は恐怖する。他に、人間を滅ぼそうとする脅威があれば、擦り寄り力を(こいねが)うが、脅威が消え去れば、数を頼りに排除へと向かう。『盗賊』は、それが分かりきっていたから正体を隠し気ままな風来坊になり、『魔法使い』は外界との繋がりを断ち、隠者となった。

 経験は、感情を鈍化させる。恐怖されても、アカギには特段悲壮な感情は沸いてこない。ただやはり、少し寂しいだけだった。

「―…――?」

 『少女エマ』が、意味不明な言葉と共に後退り、腰を抜かした。それと同時に、全身を覆っていた銀色が剥がれ落ちていく。露出した内部に見えたのは、アカギの見知った人間の、涙目の少女だった。年齢は若く、二十歳は超えていないだろう。どうやら、銀色の人に見えたのはアカギの知らない何かアイテムを使用していたからであり、たった今その効果時間が終了したのだろう。

 表情が見えたことで、より鮮明に少女の怯えや恐怖が伝わってくる。有無を言わせず担いでいくことは至極容易だが、最悪、少女のトラウマに成りかねない。信頼関係を築くことは絶望的になる。幼い子供ならお菓子なり玩具なりを与えればいいのだろうが、年頃の娘となると何を渡せば良いか、アカギは皆目見当がつかない。綺麗な服か、宝石の類か。

 悩みに悩んだ末、アカギは無害であることを示す為、左手でステータスウインドを操作し、装備の全てを《オロチぶくろ》に収納した。

 そして、新たなアイテムを取り出す。

「大丈夫だ、俺は君に危害を加えるつもりはない」

 ガチガチの不器用な笑みと共に、アカギは少女に花束を差し出した。



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