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企業広告のARが空中で飛び交う中、一番大きなメインモニターでは無差別争覇杯予選の映像が配信されており、吹き抜けロビーは客席チケットを購入することができなかった観客でごった返してした。
試合が動くたびに、一喜一憂の歓声が上がる。
大会出場選手には全員無料で提供されている、治療ポッドによる施術をケビンが受けている間、アカギは空中に投影されている試合のライブ映像を観戦していた。
今のところ、番狂わせや波乱といったものは発生しておらず、前評判通り定評のあるチームが順当に本戦へと駒を進めていた。
また予選の大会映像とは別に、好事家達の有志により作成された今大会の注目選手を紹介する番組も並列して配信されている。
画面内では、番組司会者と解説者が対談形式で、何人かの選手の解説をしていた。
『つまり、比較的弱い選手が集められている一試合目に出場していたアマギ・ハクア選手ですが、その実力は寧ろ無差別争覇杯でも上位に食い込むと?』
『ええ。傭兵団《ヴィンセント・ヴァルキリーズ》は、所有している武装船の数こそ少ないですが、対人戦に特化しています』
傭兵団と一口に言っても、団によってその毛色は変わる。
多くの傭兵は、需要の多い商船の護衛を主な収入源とするが、より専門性に特化し、それを売りにしている団もある。
暗殺や破壊工作に諜報活動、逆にそれを防ぐための護衛や防諜。どれだけ時代が進み、技術が進歩しても、人同士の争いが無くならない以上、そこには人の力が必要とされる。
『《ヴィンセント・ヴァルキリーズ》・・・・・・V.V.は団員全てが何かしらの喪失武術の使い手であり、その腕前も一流。過去にはテロリストに占拠された発電プラントを半日で奪還したという記録もあります。ハクア選手は、その傭兵団でも第三席、つまりは上位の実力者であり、ルール制限で遠距離武器の持ち込みが難しい大会本戦では、かなり有利に立ち回れるかと』
『成程、では前大会決勝戦でS級闘士マクシミリアンを傭兵団《グレイヴバルチャー》のラファエル選手が破った時のような大物食いが起きると?』
『そうですね、可能性はあります。ただ、私個人としてはこの大会のみ参加する外部組よりも、日頃から闘技場で活躍している闘士達に活躍して欲しいと願っています。マクシミリアン選手は、シード枠で本戦への出場が確定していますから、是非とも本戦では前大会での雪辱を晴らして欲しいところです』
『マクシミリアン選手は、マッドマックスの愛称で親しまれファンも多いですからね、多くの方が、彼のリベンジを期待するところではあるでしょう』
アカギは、自身に近づいて来る気配を感じ取り、視線をモニターから逸らした。
やってきたのは、施術を終えてきたケビンだった。肉体の損傷は完全に治っていたが、その表情は思うところがあるのか些か曇っている。
アカギはいつもの様に笑って少年を出迎えた。
「よう、見事に予選突破だな」
「嫌味かよ。試合、見てたんだろ。俺は、何もできてねぇ・・・・・・」
「褒めてるつもりなんだがな」
レベルアップ現象による《霊格基幹》の成長と《ななほしブドウ》の摂取により、単純に身体能力が向上したこともあるが、課題を達成したことでケビンは心身ともに飛躍的に成長を遂げている。
仮に、自暴自棄一歩手前の頃のままであれば、最初の光線が飛び交う嵐の中で生き残る事は出来なかったであろう。
『戦士』は、少年を贔屓目抜きで賞賛している。
変わる為の切っ掛けは、確かに与えた。しかし、そこで自らの心にこびりついた劣等感や焦燥感を払拭し殻を破ったのは他でもないケビン自身の功績だ。
やはり年頃の若者は、扱いが難しいとアカギが述懐しているとケビンは、歯噛みし顔を顰めた。
「多分、心の何処かに甘えがあったんだ」
相手は、義体化施術を受けた人間であり、生身の自分では負けるのは仕方がない。
数多くの敗北を重ねる中、ケビンの心は防衛本能として、負けた理由を作り出していた。そうすることで、武術に長けようともただの18歳の少年でしかない心を守っていた。
しかし、そんな拙い言い訳さえも、非情な現実は許さなかった。
手も足も出なかった相手は、おそらくはほぼ同世代であり、同じく《気》の力を根源とする武芸者。
保身を図る弁明は、最早通用しない。
目の前に横たわる現実に、ケビンは自省と共に闘志を滾らせる。
「確認なんだけどよ、俺に足りなかったものって・・・・・・」
修行を開始する前に、アカギはケビンに言った。お前には足りないものがあると。
少年は、己に足りなかったものを既に心得ている。だから、アカギは答え合わせの意味で不足していたものを教えた。
「心の余裕、だ」
「やっぱ、それか・・・・・・」
ケビンの五年間に戦績と資料映像に目を通した時、アカギは違和感を憶えた。
勝率が一割を切っているにもかかわらず、五体満足で生き残り続けていること。
闘技場に登録している職業闘士は、その戦いの激しさから死亡率も高い。実力が高く資金の潤沢さから手厚い治療の受けられるA~Sランクならまだしも、五年間を最下層のEランクで生き延び、尚且つ肉体の欠損無しとなると、ほぼ前例がない。
劣悪な環境を生き抜く何かを、ケビンは持っているとアカギは考えた。
ただ、同時にそれを活かす術を持たない、あるいは気付いていないとも思い、過酷なほぼ手付かず大自然の中へ放り込むことで、徹底的に自己と向き合わせ雑念を削ぎ落させたのだ。
たかが余裕、されど余裕。
窮地に陥った際、強大な未知の力に目覚め大逆転などと言う都合のいい話は実戦では存在しない以上、物を言うのはそれまでに積み上げてきたモノ。
強力な武器や装備か、血の滲む努力や経験か、巧妙に張り巡らされた作戦や罠か、千差万別であるだろうが、余裕を失い心を乱していては、それらを十全に発揮する事など出来はしない。
「なあ、もう一度あの漂着惑星ってところに行くことは出来るか?」
「可能だが、行ってどうする?」
「次の試合までの今日と明日の間、強くなるためにあそこで修行をしてぇんだ」
「お前、確かハクアって奴に名刺貰ってただろ。そっちはいいのか?」
効率よく上達する道の一つは、優秀な指導者に師事することだ。当然金銭などの対価は要求され、トーナメントで対戦するかもしれない敵に手の内を晒すことにもなるだろうが、短期間で上達する為に一流と評される《ヴィンセント・ヴァルキリーズ》の戦技教導を利用するのは悪い手ではない。
静かに首を横に振り、少年は言った。
「負けたからって、別に意地を張ってるわけじゃねえんだ。ただ、俺がすべきなのは新しいものを付け加えることじゃなく、今あるものを極めることだ」
拳を握り締め、ケビンは思いを語った。
「アンタの課題のお陰で、分かったんだ。強くなるための答えは、何時だって俺の中で眠ってるって。俺が馬鹿だから気付けてないだけで、師匠が遺してくれたものは山ほどある」
発せられたのは苦い勝利の余韻などまるでない、目標を見据えた真摯な感情を載せた声だった。
「あそこでもう一度自分ととことん向き合えば、見えなかったものが見えてくる気がするんだ」
若き武芸者の眼に宿った決意を汲んだ『戦士』は、その意思に応えることを決めた。
「よし分かった、そこまで考えているなら反対はしない。今日明日とは言わず、四日ほど籠って修行して来い」
「……本戦の一回戦はどうするんだよ。遅刻どころか完全に不戦敗になるぞ」
試合日程で言えば、13日に予選、14日に一回戦の前哨戦、15日に一回戦本番となるので、四日も経てば一回戦が終わっている。
「時間を稼いでやる。一回戦は、俺一人で戦う」
大会本戦出場者に、弱者は一人も存在しない。皆が、財力と武力を併せ持つ猛者であり、命懸けで優勝を狙っている。そこに単身で挑むなど、無謀にも程ある。
その前提を認識していながら、躊躇も気負いもなく言い切る『戦士』の言葉を、ケビンは否定することができない。
常識外れの腕力と見た目に不釣り合いな技量の妙。飄々としているのに、付かず離れずの距離で見守られているかのような安心感は、どこか亡き師匠であるガシンに似ていた。
「………アカギさん、任せたぜ」
「おう、行ってこい」
ケビンを漂着惑星へと送り届け、四日分の食料や水、野営道具などを渡し終えると、アカギは《キマイラのつばさ》の効果でコロニー・ナタへと舞い戻った。
これだけ躊躇なく消費アイテムを使えるのは、故郷であるエクセリアの仲間達が定期的にアイテムを補充してくれているからに他ならない。
同一個体の『多頭次元オロチ』から作られた《オロチぶくろ》は、例え複数個存在していても中身が全て共有されおり、この内包物共有化の特性を利用することで、手紙のやりとりを行いアカギの現状は既に仲間達へ伝えている。
最初に手紙を送った時、返信されてきたのは連絡が遅れたことに対する叱責やアカギの身を案じる言葉で埋め尽くされた手紙だった。未実装エリアで行方不明になったため、相当心配をかけてしまったらしい。
それでも、新たなる異世界で改めて『勇者』を探すことに決めたアカギの選択を、旧来の仲間達は心配しつつも喜んでくれた。出来る事があれば協力すると申し出、こうして支援もしてくれる。
旅路を同じくした時代から数百年が経ち、遠く世界を隔てようとも変わらぬ仲間達の友愛に、アカギは思わず目頭が熱くなった。
ただ、定期的に来る仲間達からの手紙の内、何故が『魔法使い』の手紙だけやけに攻撃的だった。『魔法使い』がよく分からない理由で怒っているのはいつもの事だが、一緒に冒険を共にしたエマの事を手紙に書いたあたりから、やけに返信の内容に罵詈雑言が増え、筆圧が強すぎて紙がヨレヨレになっている事が多い。
おそらくは、デリカシーに関して疎いアカギが年頃の少女に対して配慮に欠けた無神経な行いをしていないのか憂慮しているのだろうと、『戦士』は考えている。昔から、アカギは『魔法使い』にはよく『乙女心を理解しろ』などと注意を受ける事が多く、何度も改善を試みているが結局『全然分かってない』といつも呆れられるのが日常茶飯事だった。
気遣いを忘れるべからず、と自己に対し自省を促し、アカギはコロニー内の喧騒に湧く街を歩く。無論、方向音痴は完治には遠いため、『カネツグ』のナビに従ってだが。
向かう先は、決まっている。件の《ヴィンセント・ヴァルキリーズ》の拠点である。
《少々調べたところ、奴ら大会開催中も平時と変わらず営業活動を続けている様です。余裕の表れでしょうか》
「普段通りの行動を、普段通りに行うことで、平常心を保つように心がけているのかもしれんぞ」
使わないからとアカギがケビンから譲り受けた名刺カードは、集積回路が埋め込まれた一種のスマートカードになっており、その内部のデータには、目的地である大会開催中の臨時出張店舗のエリア情報も付属していた。
目的は、敵情視察と武術に関する情報収集。
課題を経て成長したケビンを容易く制したアマギ・ハクアの実力は、大会参加者の平均からも突出していた。情報とは武器だ。相手の手札をどれだけ知っているかが、勝敗を分かつのは、世界を跨ごうとも動かぬ事実。単なる力押しだけでは、いづれ遠くない日に限界が来る。アカギは、トーナメントでぶつかる可能性の高いチームの練度や能力を戦技教導の指導を受ける事により計ろうとしていた。
また、これを機に浅い知識しか持っていなかった武術に関して、理解を深めようとする狙いもある。《気》による身体強化は、MPを消費して行使する《スキル》とはまた違った技術のようであり、これを体得することが出来れば戦術の幅は大きく広がる。例え、身に着ける事が出来ないとしても、そのメカニズムを学ぶ事で、対武芸者戦の対策を練る事が出来るため指導を受ける意味は十分にある。
「ここか」
商業区の一部、数多くの商業船が縦横整然と並ぶ屋台エリアと呼ばれる場所に、『戦士』達は辿り着いた。
屋台船という種別がある。
船自体が商品販売やサービス提供などの店舗としての機能を有し、運航能力を駆使することで様々な場所で商売を行うことが可能な商業船。
屋台エリアとは、そんな屋台船をコロニーにロックする固定連結部が集められている区画であり、常設の店舗は存在せず、時期により色模様を大きく変化させる場所だ。
自前の屋台船をV.V.は所有しているようで、名刺に記録されていた店舗情報も屋台エリアを指し示していた。
V.V.の屋台船が通常よりも大型であり目立つ位置に連結されていたため、目的の店自体はすぐに見つかった。
「ここ、なのか?」
アカギは、疑問の声を漏らした。
船の側面が展開し、外壁の一部が変形することでタラップとなり、店の機能を備えた船内へ客を引き込む形式は多くの屋台船と共通。
問題は、その船内の様子である。
冥途喫茶ヴァルハラ。
煌びやかな電飾により、不必要なまでに明るく蛍光ピンクの色で光る巨大な看板。店の外観も蛍光色が多く配色されており装飾華美、窓から垣間見える店内では、それぞれにカスタマイズされたメイド服を身に纏った少女達が給仕や、男性客相手にカードゲームなどに興じていていた。
「場所を間違えたか?」
《いえ、ここで合っています》
「・・・・・・ここは、娼館か何かじゃないのか?」
《冥途喫茶ヴァルハラ。コロニー・ナタに申請されている登録情報では喫茶店。珈琲や紅茶、軽食を提供する店舗のようです。ヴァルハラはあくまで屋号の名前であり、母体はV.V.で間違いありません》
「そう、か」
事情を理解しても店内に入る事を、歴戦の『戦士』は躊躇した。精神構造が老人に近い事もあって、アカギにとって若者比率が高い華やかな空間に入る事は、血に飢えた魔物の大群に単身挑むよりも胆力を要する難行だった。
意を決し未知なる戦場へ赴く気持ちで、アカギは店の敷居を跨いだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「あ、ああ」
入店とほぼ同時に、メイド服を着た従業員が柔らかな笑顔で戸惑い気味アカギを出迎える。眼鏡をかけ穏やかな物腰から温和な印象を受けるが、背筋が伸び姿勢が良く、長いスカートを穿いていながら足運びに無駄が無い。団員全員が武芸者であるという前評判は偽りではないらしい。
「ご予約はされていますか?」
「いや、予約はしていない。ただ、ここでなら戦技教導とやらを受けることができると聞いた。頼むことはできるか?」
「申し訳ございません、其方は特別メニューになっておりまして、紹介状あるいは推薦が必要になります」
定型句の一つなのだろう。澱みなく言い終えた従業員が、頭を下げる。
「確か、名刺なら貰っていたが、これでいいのか?」
「え?」
意外そうな顔をする従業員。
アカギが名刺カードを渡すと、それを手に取り内容を確認した従業員の顔に、罅が入った。額に青筋が走り、頬が痙攣する。それは、心中の激情が噴出さぬように表情と言う名の蓋で無理矢理押さえて付けているかのような危うさがあった。
何か、礼を失するような事をしてしまったかとアカギは心配になったが、少なくとも表面上は従業員が接客の姿勢を崩すことはなかった。
「……失礼いたしました。係りの者が御案内しますので、少々奥のお部屋でお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「構わない」
眼鏡の奥に怒気を孕ませた従業員が足早に姿を消し、交代した従業員は状況を察するやいなや溜息を吐いた。
従業員の案内の元、幾つかの扉と通路を経て、アカギが辿り着いたのは店内の喧騒からは隔絶された厳粛な空間だった。
横に広いが、奥行きは更に遠い。最奥の一部が一段せり上がっており、広げられた巻物が二本、壁に吊るされていた。墨で力強い文字が揮毫されていたが、崩しが強くアカギには読むことが出来なかった。
「ここは私共が管理する施設、稽古場になります。こちらでお待ちください」
そそくさと、案内役の従業員も姿を消す。
残されたアカギは、床に座り待つことにした。
胸のすくような清涼な息吹。床や天井に使われている木材の香りがそうさせるのか、自然と身の引き締まる空気がこの場には満ちていた。
物らしい物が殆ど無いが、寧ろ騒々しい先程の店内よりも、アカギは何倍も落ち着くことができた。
「少し、神殿と似ているか?」
《奥の段差は、簡略化された祭壇なのでしょう。古い文字なので読解は出来ませんが、奉じている神の名を巻物に綴る事で、信仰対象の代替品として機能させていると予想できます》
「偶像崇拝か、懐かしいな」
元の世界では、『使徒』は世界が遣わす地上に於ける代行者と大衆には認識されている。信仰するよりもされる側であり、諸悪の根源たる黒幕を討伐した数百年前などは世界各地に『勇者』一行の銅像が乱立した。五割り増しで美化され自分の像を思い出し、アカギは苦笑してしまった。
過去に思いを馳せていると、足音が急速に稽古場へと近づいて来る。
数は一。ただし、音の鈍い響きから重量のある人物であると推測できる。
「お待たせ致しました。下手人を連行してきました」
稽古場に立っていたのは、先程の眼鏡をかけた従業員だった。
その手には長い槍が握られており、石突に人間が一人吊るされていた。
「あ、どうも、こんにちは」
襟首を巻き取られ宙吊りになっていたのは、冷たい瞳の少女アマギ・ハクアだった。




