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黎明歴425年9月13日。
巨大興行施設コロニー・ナタには、膨大な量の熱気と欲望が渦巻いていた。
無差別争覇杯、開会当日。
圏内圏外合わせてもこの規模の催しは数少なく、四年に一度の祭に銀河中から試合観戦目当ての観客達がコロニーに詰め寄り、港区画や宿泊施設は既に満杯。コロニー内の人口密度は既に限界値に近い値であった。
大量集客を見込めるこの機に乗じ、目敏い商店達はこぞって期間限定のセールや出張販売を行い商品を軽快に売りさばいていく。
コロニー内の至る所に設置された特設巨大ARモニター前には、観衆が冷えたアルコール飲料水片手に大挙し、自らが賭けたチームの登場を今か今かと待ちわびていた。
大会開会式。
ARの画面内ではギルドを牛耳る五帝全員が同一の場所に集うという非常に珍しい光景が展開されていた。巨大組織の纏め役である五帝は皆、スケジュールが分刻みで組まれており多忙を極めている。
年度末の五帝決算会議や緊急時を除けば、ギルドの威信や財力を方々に見せつける示威的な意味を持つ無差別争覇杯のみが唯一の機会と言ってもよい。
五帝が一人ずつ檀上で口上を述べる厳粛な開会式がつつがなく終了し、プログラムはいよいよ試合へと移り変わる。
観客や視聴者の注目が集まる中、切り替わった画面にドアップで映り込んだのは、鶏冠状の頭髪にゴーグル型の端末を首から下げ、年代物の革ジャケットを素肌にそのまま着込むという独特な服装の男だった。
「ヘイヘイ、ヘ~イ!待たせたな、発情期のイヌ並みに堪え性の無い糞野郎共!闘技場の空飛ぶ解説モヒカンことロビンソン・ヤマモトだっぜ!」
カメラがズームアウトしていくと、そこは重力制御装置で空中固定された正方形の浮遊リングを中心に、周囲を多層構造型観客席で囲まれた巨大な天井吹き抜けドームであった。
モヒカン男が、合金製のボードに飛び乗り颯爽と闘技場の宙を舞った。ボード自体はただの頑丈な板に過ぎず、浮力や推進力を発生させているのはロビンソンの越境者としての能力。
観客席スレスレを高速低空飛行し、時に逆立ちで観客達と陽気な掛け声と共にハイタッチを繰り返し場を盛り上げていく。会場を一周しおえると、ロビンソンはリングの上空高くで停止した。
「さ~てさて、今すぐでも試合をおっぱじめたいところだが、どうやらお前等の中には無差別争覇杯初体験のビギナー共が混じってるようだ!そんなシロウトは、金だけ置いてさっさと帰りな!と、言いたいところだが、俺様は寛大なナイスガイ!一度だけ大会ルールの説明してやるから、聞き逃すんじゃねえゾ!?」
ロビンソンの背後にARモニターが投影される。
表示されたのは300前後の大会参加チーム名の羅列だ。
「最初に言っておくぜ、この大会はルールを金で買える!」
ロビンソンは、無差別争覇杯の大会ルールを説明しだした。
大会は予選のバトルロイヤルを一日で行った後、生き残った三十チームにシード枠の二チームを加えた計三十二チームによるトーナメントを十日間で開催し優勝を決める。トーナメント内での試合形式は最大五対五の勝ち抜き戦を採用している。
だが、それはあくまでも戦うことになる両チームが何もしなかった場合。
大会の本戦では試合開始のその前日に、前哨戦たる大会運営委員会主導の『試合ルール』の競売が始まる。
例えば、AとBのチームが対戦予定とする。
Aチームが一人の圧倒的に強い選手を有していようとも、Bチームが全員の総合力で勝っており、競売に『星取り戦形式』のルールが出品されていればBチームはそのルールを競り落とすことで有利に立てる。ルールを購入しても、その権利は行使するかどうかは自由なので、Aチームも、そうはさせまいと同じく星取りのルールに競り落としかかる。
このような、戦闘能力とは別の力、財力と財力のぶつかり合いが大会では発生するのだ。
また、チームに登録できるのは五人までだが、試合ごとにその出場枠も購入しなければ、参加することすらできなくなる。一枠のみ無料。二枠目は一万クレジット(約10万円)で、それ以降は倍々方式。フルメンバーを出場させようとするなら、十五万クレジットの安くない金を一試合ごとに積み上げる必要がある。武器や防具の持ち込み可能かどうかも、競売とは別途で販売されている『ルール』を購入するか否かで決定される。
金。とにかく、金である。
無差別争覇杯を勝ち抜くには、高い戦闘能力は勿論だが、資金力が大きく物を言う。強者であろうとも、金が無ければルールに封殺されその高い能力を発揮することができなくなる。
「理解したカ?要するにThe power is money!力も金も持っている奴が最強ってことだ!」
クールな俺みたいにな!とロビンソンが付け加えると会場から笑いが起こる。
「さあ、本戦をスタートする前のウォーミングアップ、まずは予選バトルロイヤルだ!選手、入場!」
司会進行と実況も兼ねているロビンソンの号令と共に、入場口から続々選手達が併設された階段で浮遊リングに登り、予め決められている位置に等間隔で並んでいく。
流石に千五百人前後の人間を一度にリング上で戦わせるには無理があるので、各チーム毎に代表者を一人選出し、更に試合回数を十回に分けることにより、一度に戦う人間を三十人に絞っている。
予選バトルロイヤルの敗北条件は、リングアウトか死亡を含めた戦闘続行不能状態に陥ること。命惜しさにギブアップを宣言することでも、負けになる。リングの上の人間が三人になるまで生き残れば、勝利だ。
大会主催者であるギルドにとって、無差別争覇杯は示威目的もあるがあくまでも基本は興行なのだ。刺激的なコンテンツを提供し、多くの観客を呼び込みチケットや商品を売らなければ意味がない。
より大会を盛り上げる為、予選は後半の試合になればなるほど実力の高いチームが配置されており、最初の一試合目はメインイベント前のアンダーカード、前座に過ぎない。職業闘士ならばCランク以下、外部からの参加ならば無名の傭兵団や軍人崩れなどが多く配されている。
大会の平均レベルを下回る組合せのため、武装の使用を禁じた素手による戦い等では絵面が地味になりかねず、これを緩和するために予選に限っては武装の制限が取り払われている。多くの者が使用するであろう光学兵装のブラスターが一斉に発射されれば、余剰光現象でリングが輝き、少なくとも派手さは演出できるからだ。
リング上の選手たちは運営員会の予想通り、殆どが重武装で身を固めていた。義体化した肉体の上から更に常人には身に着けるだけ圧死する重量の戦闘機械鎧を身に着ける者、肉片も残さずに敵を破壊する大口径のブラスター・ガトリングガンを両手で保持する者。これから試合を行うというよりも、戦争に向かう直前と表現した方が適切な光景だった。
「さあ、選手も出揃ったところで試合を・・・・・・」
試合開始の号令を発し掛け、ロビンソンは言い淀んだ。ゴーグル型のデバイスを装着し、上空から選手達のチェックを行う。
「アア?一人足りなくないカ?」
選手の開始位置は、リングの面積を十分割した正方形の内側に指定されており、盤上の碁石のようにほぼ等間隔で選手が立っているはずが、一つだけ空白地帯が生まれていた。
リング上に立つ選手は全員で九名。参加人数が足りていない。
大会ルールでは、試合開始までにリングに上がらなければ、即失格となる。
「いないのは、チーム《ウェット・ファイターズ》のケビン・リー、か」
数多く参加している選手達の一人でしかない者を待つほど、運営委員会も暇ではない。
ロビンソンは、遅刻した選手を待たず手を掲げ開始の号令を改めて発しようとした時、上空にいる自身よりも更に高い位置から突然落下してきたソレを、ノールックで回避した。
丁度空白地帯になっていたリング中央を陥没させ、破壊音を会場に響かせながらソレは落下した。
舞い上がる粉塵の中、その中心で立ち上がったのは一人の少年だった。
「――――遅刻しそうだからって、了承なしで投げるんじゃねえ、あの馬鹿!」
E級闘士ケビン・リー。
伸ばし放題で獣毛のようであった頭髪は整え後頭部で尻尾の様に纏められ、損傷の激しかった戦闘衣に変わりシンプルで華美な装飾を排した道着を着込んでいる。誰もが大なり小なり殺傷能力の高い武器で武装している中、白の道衣に、濃紺の袴、手を保護する手甲のみで武器は所持しておらず、徒手空拳。
それは、一回戦に欠けていた最後の選手だった。
不測の事態に騒然とする試合会場で、最初に声を張り上げたのは、司会のロビンソンだった。
「シィット!」
合金ボードから飛び降りると、怒り心頭で指をケビンに突き付けた。
「オイオイ、クソドロップボーイ!遅れてきた分際でなに俺様より目立ってんだよ、ああ?」
「知らねえよ、文句なら俺を毎度毎度ぶん投げるあの馬鹿に言え!」
「ファック!お前の事情なんざそれこそ知るか!俺様より目立つ奴は全員・・・・・・・・・あ、何?時間が押しているから、さっさと試合を始めロ?」
デバイス越しに通達された指示に、ロビンソンはあからさまに舌打ちすると、空中に停止させていたボードを足元に呼び戻し乗り込む。
「いいか、ドロップボーイ!今回は見逃すが、次に1秒でも遅れたら即座に失格にするからな!」
再び全体を見渡せる高度へ飛び去って行くボード。失格にならなかったことに安堵の息を吐くケビンに、高圧的な声が投げかけられる。
「よう、童貞野郎。小便垂らして逃げだしたかと思ったぜ」
嗜虐対象として少年を見る視線を隠そうともしない、義体化された鋼の右腕を持つ男。三日前、路上の喧嘩でケビンを叩きのめしたC級闘士だった。
「どうやって参加料を用意したかは知らねえが、秒で潰してやるから覚悟しな」
「・・・・・・お前、誰?」
ケビンは、C級闘士の男の神経を逆撫でするような、惚けた表情を作った。
その行動を挑発ととった男は、顔面に怒りを滲ませた。
「いいぜ、最初に喉を潰してギブアップできなくしてから、バラバラにしてやる」
機械鎧の駆動音と撒き散らしながら所定の位置に立つ男の顔を脳内で検索を掛けるも、ケビンは男が誰かを思い出すことができなかった。
焦燥感からストレス負荷を受けていた少年にとって、喧嘩騒ぎは日常茶飯事であり、一々相手の事を憶えてなどいなかった。
「・・・・・・そういや、ウェットって呼ばれても大して気にならなくなったな」
《気》を循環させ身体の調子を計りながら、ケビンは呟いた。
三日前までは少年の劣等感を過敏に刺激したその蔑称は、今となってはただの一単語でしかなくなっていた。
死にかけるような課題を達成したことが自信となり、優勝し妹を助けるという明確な目標を設定したことが新たな覚悟となった。些事では揺るがぬ心が、内に醸成されていた。
そうなるようにお膳立てした赤毛の男の姿を観客席に見つけ、ケビンはサムズアップをアカギへ掲げた。
司会のロビンソンの号令を機に、ARモニターにカウントが表示される。
3、2、1―――――試合開始。
「くたばれや!」
怒り心頭で真正面からケビンへ突進してくる、C級闘士。
出力に物を言わせ鋼の指先で喉を握り潰そうとする腕の手首を、少年は横から掴んだ。
向かってくる勢いを利用して更に、引く。
脚を軸とした円の動き。身体を独楽の様に回転させ、遠心力を味方にケビンは義体化人を振り回す。
直後に、リング上では大小様々な閃光の華が咲き乱れた。
光学兵器で武装していた選手達が、開幕直後の準備が整っていないタイミングを狙い一斉に光を解き放ち余剰光で会場全体が一瞬、ホワイトアウトする。
ちゃっかりとゴーグルを遮光モードにし、視界を確保しているロビンソンの声が響く。
「ハッハー!今回も始まったな、大会名物、開幕ぶっ放花火!この弾幕の嵐をどうやって超えるかが、腕の見せ所だぜ野郎共!」
目も眩む光芒が収まった時、ケビンは無傷だった。
「ご苦労さん」
「この、や、ろ・・・・・・う」
代わりに、光線の直撃を何十回とまともに浴びたC級闘士は原形を留めていなかった。
肉と金属が焼け焦げた刺激臭を放つ使い捨ての肉壁を、ケビンはリングの外へ投棄する。
天通眼により、多重発砲よりも早い段階で少年はリング上の状況を把握していた。何人かが発射姿勢を取った際、都合よく近づいてきた敵を利用、身を守る壁として使うことで光の雨の中を潜り抜けた。
撒き散らされた光線により、生き残っている選手が半分以下にまで間引かれる。
残り、十四人。
装備の制限が無いとしても、この一試合目に配された者の多くは、二流三流であり、それに準じ装備水準もまた低い。エネルギーパックの最大蓄積エネルギー量は心もとなく、武装自体も外見こそ勇ましいが、排熱能力に欠け一度でもフルオートで斉射すると、長い冷却時間を必要とする二世代も前の兵器が殆どである。
結果として、戦いは近接戦へと移行する。
義体化された体の出力と頑強さを武器に殴りかかる者、高周波刃がマウントされた刀剣や槍、斧を振るう者、数は少ないが越境者としての能力で炎や雷を発生させている者もいる。
バトルロイヤルの定石で言えば、突出して強い、あるいは弱い者は集中攻撃を受け、早々に潰される。リング上唯一のE級闘士でありその敗色で塗り固められた戦績は、選手達を殺到させた。
「っ!」
迎撃の構えを取りかけるも、首筋に走った冷たい悪寒に、ケビンは反射的に身を逸らし、床に転がる事で一旦体勢を低くする。
横一閃。凍てつくほどに研ぎ澄まされた斬撃が通過したのは、その直後。
その攻撃を感知する事すら出来なかった選手達は、上半身と下半身を分かたれ、崩れ落ちた。
「アレ?ひょっとして、君には見えてた?」
意外そうな顔しているのは、たった今ケビン達を纏めて両断しようとした張本人である、少女。
アイスブルーの瞳は、透明度が高く不純物の一切ない万年氷のように透き通っており、艶のある白髪は処女雪の如く穢れが無い。
腰の革剣帯に朱塗りの鞘、右手に握られているのは刃文が美しく波打つ刀。
そして、酷く場違いな黒と白のツートンカラーのメイド服に『V.V.No.3』と刺繍された腕章。
場所が違えば仮装趣味者とでも認識されるのだろうが、彼女が立っているのは闘技場のリングの上であり、現在進行形で潰し合いが行われている。素手でバトルロイヤルに臨んだケビンと同様に、少女もまたこの場では異色であった。
「ちょっと、確かめさせてね」
高速の踏み込みと共に、少女が切っ先をケビンの喉へと突き出す。単純な動作であるが故、早く速い。
足運びを起点に始まる肉体各部の連動、視線の方向、独特の呼吸、そこからケビンは自身と同じ、修行を積み重ねてきた者の匂いを感じ取る。
火花を散らしながら右手の手甲が刀の側面を叩き、軌道を逸らせる。腰を軸に時計回りに回転する動きを利用し、左の掌底をケビンがカウンターで放てば、少女はほぼ垂直の蹴り上げでそれを弾く。
刀が閃けば、掌底が唸る。予め流れが決まっている演武のように、攻守が目まぐるしく入れ替わりながらもお互い有効打が発生しない。
「君、その年齢で相当やってるね!」
「だったら、何だ!」
笑顔のまま余裕のある少女とは対照的に、ケビンは動きに追従するだけで必死だった。実力が拮抗しているようでいて、少女の太刀筋には余裕が、まだ上の段階があると確信させる片鱗が垣間見える。
宣言通り、これは冷たい眼の少女にとって確認なのだろう。
対応できる瀬戸際で線引きし、ケビンの実力を計っている。
「うん、まだまだ伸びるよ、君!きっと、天賦を持ってる!」
刀の峰が、ケビンの脇腹に沈み込む。
ただの胴打ちではない。外力通による《気》の防護膜を突破する、同じく刀身に《気》を纏わせた、武芸者の業。
肋骨が砕け、少年は悶絶した。膝を折らなかったのは、意地でしかない。
「でも、まだ弱い」
「てめぇ……っ!」
武器に対し《気》を伝導させるのは、己の肉体に《気》を循環させる外力通以上に高度な技であり、少女の若さで成しえているのは並々ならぬ才気とそれ以上に血道をあげて人生の何もかもを武術に捧げてきた狂気の証左であった。
冷たい眼の少女は、視線をケビンに向けたまま、背後から襲ってきた義体化人選手を逆手に持ち替えた刀で脇下から突き刺す。義体化された皮膚と皮膚の継ぎ目を貫通し、金属フレームの隙間から侵入した刃が代替臓器を串刺しにする。
刀が引き抜かれれば、冷却循環液が血の代わりに噴き出し選手がまた一人脱落した。
その白い髪に一滴の返り血さえも付着させず、笑顔で少女は苦痛に悶えるケビンに近づくと道着の胸元に、一枚のカードを差し込んだ。
――――貴方に快適な戦場を!
――――戦請負企業ヴィンセント・ヴァルキリーズ
――――第三席:アマギ・ハクア
「それ、ボクの名刺。もし強くなりたいなら、ウチで鍛えてあげるよ。ボクの紹介だって言えば優先的に格安で戦技教導してもらえるから」
事も無げに告げ、白髪の少女ハクアは、腰を沈めながら刀を鞘へと納刀する。
そこから先の動きを、ケビンは捉える事が出来なかった。
一瞬。
動作と結果の連続性が欠如したかのように、ハクアの手には再び抜き放たれた刀が握られ、間合いの外にいた選手の首が一つ、胴から滑り落ちた。
「少なくともこれが見えてないなら、君はボクの敵じゃない」
試合、終了。
リング上の選手の数が三人になったことでゴングの音が響き、司会のロビンソンの煩い叫びが聞こえるも、ケビンには、ただ茫然とすることしか出来なかった。
久方ぶりの勝利の味は、苦く鉄臭さが立っていた。




