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 ナタ弐号闘技場、闘士や観客達で賑わう吹き抜けロビー内。大会運営委員会が告知用に設置している大型AR掲示板の無差別争覇杯の参加者リストがつい今しがた更新され、そこに自分の名前を見つけた時、ケビンは驚きの声を漏らした。

「マジで、エントリーされてる・・・・・・」

「なんだ、俺が嘘を言っているとでも思ったのか?」

 受付フロントで手続きを終えてきたばかりの赤毛の男、アカギは苦笑と共にケビンの横に立った。

「あ、いや、別に疑ってたわけじゃねえよ、ただ実感が湧かなかっただけで・・・・・・」

 その動揺する(さま)は、獣には遠く及ばず年相応と言った(てい)であった。

 誤魔化すように視線を掲示板に向けたケビンは、自身の名前が表示されているチーム名を見て視線を鋭くした。

「なあ、登録チーム名が、《ウェット・ファイターズ》になってるんだが」

「ああ、大会に参加するにはチーム名が必要だからな、俺が登録した」

「なんで、こんなチーム名で登録するんだよ!もっと、他にいい名前なんていくらでもあるだろうが!」

 その蔑称は、ケビンにとって屈辱の記憶を呼び覚ます。闘技場の誰もが、その名と共に少年を嘲笑した。何故かひどく裏切られたような気分になり、ケビンはアカギは問い詰めずにはいられなかった。

「こんな名前じゃ、また馬鹿にされるだけだ!」

「いいかケビン、よく聞け」

 まくし立てる少年に言い聞かせるように、アカギは言った。

「ウェットが蔑称だろうとも、お前が義体化された肉体を持たないのは事実だ。どれだけ否定しても、ウェットと言う言葉はお前に付いて回る。なら、意味そのものを変えてしまわないか」

「意味、を?」

「想像してみろ、お前が優勝した時の光景を」

 無差別争覇杯の覇者は、大会の規模もあってコロニー・ナタはおろか圏外全域で大々的に広く告知される。そこには当然、チーム名も挙がる。

 大観衆の中、その名は轟く。

「お前を馬鹿にしてきた者達が全員、《ウェット・ファイターズ》の名前を認めざるをえなくなる」

 脳裏に浮かんだ未来図に、少年は息を呑んだ。

「そうなってしまえばもう後は簡単だ。ウェットを馬鹿にすれば、負けた自分達はそれ以下に成り下がる。自己保身のために、誰もが進んで蔑称に対する認識を変える」

 語られたのは、嘲笑する相手に殴りかかり喧嘩を挑むしか出来なかった少年にはまるで無かった発想だった。

「ウェットの意味を変えてみせろ、ケビン」

 ケビンは、腰を直角に曲げ、額を床に叩きつける勢いで振り下ろす。少年なりの、全身全霊の礼であった。

「アカギさん、アンタには本当に感謝している。どんな理由や打算があったとしても、構わねえし、聞く気もねえ。俺は、ただ恩に報いて死んでも優勝してみせる」

 人が見返りを求めず善意のみ他人を助けるのは稀であると、ケビンは理解している。特に、欲望が渦巻くナタのような場所では。

 アカギにも、ケビンが知らない思惑や計算があるのだろうが、それを分かった上でも、少年は感謝を述べずにはいられなかった。

「死ぬのはやめてくれ、それはこっちが困る。場所を変えるぞ、ついて来い」

 急に歩き出した背中を、ケビンは慌てて追った。

「ちょっと、どこに行くんだよ」

「勝つためのサポートをしてやると言っただろ。これからお前に修行をつける」

 その言葉に、若き武芸者は閃くものがあった。

「アカギさん、アンタもしかして達人(マスター)クラスの武芸者なのか?」

 ケビンの突進を完全に無力化した業。

 あれは、十年二十年の研鑽で出せる動きではなかった。ケビンの武術の師である村長の二代前の師が至ったとされる無窮の領域。武術が喪失を冠される現代、圏内外を合わせても達人の数は十人といないだろう。

「期待を裏切る様で悪いが、俺のはあくまで我流だ。誰かに教えを受けた事はないし、武芸者が使う《気》とやらも出すことはできない」

 だがな、とアカギは付け加えた。

「これでもお前の祖父が生まれるずっと前から剣を振ってきた。年を取った分だけ、若いお前に教えれることもある」

「・・・・・・アンタ、幾つなんだよ」

「大体、三百五十歳位だ」

「嘘つけ!」

 壱号、弐号を繋ぐコロニー間のジョイント部分を通り抜けアカギが足を止めたのは、港区画の先程ケビンを運び込んだ《シルバー・セブン》の目の前だった。

「宇宙船で近くの惑星にでも行くのか?」

「いや、船は使わない。ただ、移動手段が少々特殊でな、人目に着かない場所が欲しかっただけだ。これから使う移動法のことは、口外無用で頼むぞ」

「わ、分かった」

 ケビンと共に自らの船に乗り込みキッチリと搭乗口を閉めると、アカギは《オロチぶくろ》から転移用のアイテム《キマイラのつばさ》を取り出した。

 『戦士』がそれを頭上に掲げると、甲高いアイテムの破砕音と共に光が船内を満たしコロニー内から二人を別の星へと導いた。




 視覚情報を脳が処理するよりもはやく、その場に循環する圧倒的な《気》の質量に、ケビンは呑まれた。

 《気》とは、全ての生命が持つ生体エネルギーの総称だ。人間は勿論のこと、動植物や目に入らぬ小さな虫さえもこのエネルギーを体内に蓄えている。つまり、《気》が溢れかえっている空間というものは、総じて人の手が入り込んでおらず、人工物の少ない秘境であることが多い。

「ああ・・・・・・」

 その光景を見た時、少年は感嘆の息を吐いた。

 空が、高い。

 コロニー内での生活が長いケビンは、久しぶりに本物の空を見た。

 太陽型の星が四つ浮かぶ空は、如何なるものにも遮られず何処までも青く突き抜け澄み切り、そこを往く者は鳥しかいない。

 その場所は、湖畔だった。周囲は深い森に囲まれ、上には大空が広がっている。

「・・・・・・すごいな」

「ここは、連盟のデータベースに載ってない圏外にある秘境の星だ。俺は、単に漂着惑星と呼んでいる」

 呆けているケビンを、アカギの声が現実に引き戻す。

「お前には、この星で無差別争覇杯の予選開始までの三日間、俺の出すメニューをこなしてもらう」

「それだけで、強くなれるのか?」

 武術に於ける強さとは、一朝一夕で身に着くものでは無い。辛く地道な修行を何年も何年も繰り返すことにより自己の中で少しづつ形成していき、その果てに体得するもの。三日程度の修行で、何かが劇的に変わる様にはケビンには到底思えなかった。

「確かに、単純に三日修行しただけでは、お前の言う通り強くはならないだろうな」

 アカギは、ケビンの問いを一部肯定する。

「俺がやろうとしているのは、お前の五年間の努力を結実させる最後の一押しだ」

 あくまでも、大元はケビンが血反吐を吐きながら積み上げてきたモノ。

 それを形にするのが、この三日間の修行の趣旨だった。

「ケビン、お前の五年間は一秒たりとも無駄ではない。ただ、欠けているものがある。それを、この三日で埋める」

「欠けてるものって、なんだよ」

「それは、自分で見つけろ。お前自身で気付かなければ、意味がない」

「・・・・・・分かった。アンタには恩もある。こうなりゃ、とことんやってやる」

 若き武芸者は、呼吸を整え息を吐いた。

 《気》とは生命エネルギーの総称であり、肺に近い位置に存在し《気》を生成し蓄積する臓器を《仙丹(せんたん)》と呼ぶ。

 《仙丹》は、心臓などの臓器と同じく本来は不随意筋(ふずいいきん)であり自己意識下で動かすことはできないが、人体を極限まで追い込む修行と努力呼吸を併用することで内筋を制御し、バイオフィードバック現象を機器・計器無しで意図的に発生させ《気》を操る技術は、武術に於ける基本中の基本である。

 神経と絡み合うように全身に広がる《経絡》にて循環させれば、身体能力や自己治癒能力を飛躍的に高める内力通となり。

 逆に皮膚から放出し体外で循環させれば、攻防を上昇させLスーツの外付け筋肉(アウターマッスル)と同じく行動を補助する外力通となる。

 ケビンは、内力通、とりわけ回復能力に長じている。試合で大怪我を負ったとしても、医療施設の治療ポッドを使えるような資金もなく、内力通の自己治癒能力のみで己の身体を治療し続けた結果、肉体の一部を欠損するような大怪我でもない限り瞬時に自己治癒することができる。

 《仙丹》より汲みだした《気》を全身に行き渡らせ、ケビンは戦闘態勢を整えた。

「準備完了、いつでもいいぜ」

「よし、なら投げるぞ」

「は?」

 少年が言葉の意味を理解するより早く、アカギはケビンの胸倉を掴みあげると放物線を描くように空へ向かって人体を遠投する。

 腕力による、強制飛行。

 ケビンの視界から、一瞬で湖畔の光景が遠のく

 実時間は僅か、しかし恐怖により引き延ばされた体感時間は、長い。

 落下地点も計算されていたのか、巨大な大木の枝を派手に何本も圧し折り、更には反射的にとった受け身により少年は枝と葉に(まみ)れながらも無傷で背中から地面に落下した。

「・・・・・・あの野郎、いつか絶対に顔面に一発入れてやる」

 天を仰ぐケビンは、続いて投げ込まれてき来た筒状の物体を片手で受け止める。

 それは、筒型の小型圧縮鞄であった。中には、非常に珍しい手書きの紙製地図、原始的な方位磁石が入っていた。

「紙の地図って、一体いつの時代だよ」

 予想外の古めかしさに驚きながらも、周囲の地形と地図を見比べれば記載情報は森の内部を表記しており、赤い点が穿たれているのはケビンの現在地、青い点は先程までいた湖畔を示していた。

『課題を与える。今日の日没まで、湖畔に辿り着け』

 下手くそな字で、地図の脇にはそう記されていた。

「上等だよ、絶対に時間内に辿り着いてやる」

 ケビンは、地図の内容を頭に叩き込むと、歩き出した。

 空からの太陽光が満ちる開けた湖畔とは違い、森林の内部は木々の枝が重なり光を遮る傘となって闇の深い暗所を作り出していた。未開の森には道などという整備された地面はなく、隆起による凹凸も多ければ倒木や岩などの障害物も多く、何処までも侵入者である人間を拒む。

 また乱立する樹林はどれもが太く、枝先まで潤沢な《気》の力に満ち満ちており、武芸者足り得ずとも分かる程の生命の鼓動を発し、それが巨大な生物の腹の中にでもいるような錯覚を起こさせる。

 物理的圧力はなくとも、精神的な負荷を心胆に受けながら、ケビンは歩き続けた。

 肌に、全方位から極細の針の如き殺気が突き刺さる。侵入者に敵意を向けるのは、木々だけでなく森の住人達もまた、縄張りに踏み込んできた獲物を狩り取ろうとしている。

 精神や感情の揺らぎに、《気》は敏感に反応する。周囲に渦巻く《気》の流れを感知することでケビンも自分が置かれている状況を理解している為、冷や汗を流しながらも、歩行の動作の中に隙を生じさせない。一種の綱渡り。均衡が崩れれば、一気に事が動く。

 額を滑り落ち、汗の雫が不意に右眼に飛び込んだ。反射的に落ちる、(まぶた)

「くっ!」

 何かが風切音と共に通り抜けケビンの首から、血液が噴き出す。外力通が鋭利な斬撃を阻んだため頸動脈には至らず、浅く走った傷を内力通で即座に塞ぎ、若き武芸者は敵を睨んだ。

 小さな、白兎。

 多くの生態系では大型肉食獣の捕食対象である小動物。獣毛を硬化させ刃と化した耳に付着する赤い血を口で啜っていなければ、脅威と見なすことは難しかったであろう。

 人の血の味を憶えた獣は、更に多くの人の血肉を求める。

 血の味と匂いに興奮し警戒態勢から狩猟へ方針を切り替える首狩り兎へ、ケビンは躊躇なく突っ込んだ。硬質化体毛で刃となった耳を頭部ごと振り回すことで生み出す斬撃を、敢えて左の掌で受け出血を物ともせずに耳を鷲掴みにすると、宙づりになっても抵抗を辞めない兎の喉を手刀にて切り裂き、逆に首を撥ねる。

 首だけになった兎を投げ捨てようと手を離した時、ケビンの身体が、複数個所同時に切り裂かれた。

「がっ!」

 茂みから姿を現したのは、またもや兎。一羽のみならず、多数の個体が群を成し膝を突くケビンの逃げ道を塞いでいく。自己の縄張り意識が強く集団行動を基本的には嫌う兎の習性からは外れた、集団狩猟。首狩り兎は、数を集める事で自己よりも大きい個体を狩れるよう進化していた。

「……この星には、こんなふざけた生き物がいるのかよ」

 一羽一羽の耐久力は低く、《気》で強化された攻撃をまともに当てれば一撃で仕留めることはできる。ただ、小さい分素早く、的も小さいために命中させずらい。速度で上を行かれるケビンが攻撃をヒットさせるには、捨て身で斬撃を受け止め身動きの出来ない兎を着実に仕留めていくしか方法がない。

 首狩り兎達の戦意が折れるのが先か、ケビンの《仙丹》が枯れるのが先か、これはそう言った生存競争だった。

「さっさと来いよ、こっちには時間がねえんだ」

 白い津波が、ケビンに殺到した。

 四方八方から切り刻まれながらも、痛みで迎撃動作を鈍らせることなく、ケビンは確実に首狩り兎を一羽ずつ仕留めていく。喉を裂き、胴を割り、脳天を潰す。

 散乱していく、白い獣毛と赤い肉片。

 大地とそこに群生する植物達が人と獣の血で、赤黒く染め上がった時、その場に立っていたのはケビンただ一人だった。内力通により傷口こそ塞っているが、失った血までは戻っておらず、眼に見えて疲弊していた。

「大分・・・・・・時間を無駄にした。急がね、え・・・・・・と」

 左右にふらつきながらも、少年は再び歩き始めた。

 殆ど引きずるように足を動かし、道なき道を往き湖畔を目指す。

 最悪の未来を受け入れるしかなかった五年間を思えば、怪我など苦にはならない。大量出血による意識の混濁も、その前進を止めることはできない。

 見るからに弱った身体に、むせ返る程の血の匂い。

 飢えた獣達にとって、今のケビンは恰好の獲物だった。血の匂いに引き寄せられた狼の群れが、音もなく忍び寄っていく。獲物に長距離を歩かせることで体力を消耗するのを待ち、じわりじわりと距離を詰めると、背後から一気に飛び掛かり奇襲をしかけた。

 少年は前に進むことしか眼中になく、攻撃を防ぐどころか気付いてさえいない。だが、首筋を狙った骨ごと噛み砕く強靭な顎は、空を切る。ふらついていたせいか、少年の身体が大きく傾き攻撃の軌道から身を逸らしてした。

 おそらく、その場で一番驚いていたのは、他でもない少年自身。

 意識していなかった背後からの攻撃が、何故か手に取るように分かった。

 先陣を切った最初の一匹に追従するように二匹目、三匹目と狼達が牙や爪による襲撃を行うも、ケビンの身体が風に舞う葉の様に揺れ動き、攻撃を届かせない。

 いつまでも続くように思えた連続回避は、少年が足を(もつ)れさせ倒れたことであっけなく終わる。再び起き上がる力は、残されていなかった。

 ようやく獲物が動かなくなったことで狩りの成功を確信した狼が、涎を口端から零れさせながらゆっくりとケビンに近づき、その身体を両断された。

 剣だ。

 無意味な装飾品の一切を排した無骨な幅広の大剣が、一直線に飛来し狼を二つに分割した。

「まあ、初日ではこのあたりが限界か」

 大剣、『カネツグ』を投擲した張本人であるアカギは、堂々とした足取りで獣達の群れの前に姿を見せ、愛剣を《棺桶》に戻すと遊び疲れた子供を連れ帰る親がそうするように、ケビンを背中に負ぶった。

 初撃の動揺から復帰し狼達が、獲物を持ち去ろうとする闖入者の進路を唸り声をあげながら塞ぐ。

「死にたいなら向かってこい、逃げ散るならこちらはこれ以上何もしない。好きな方を選べ」

 言葉が通じたわけではないだろうが、『戦士』の威圧に押されたのか、狼達は道を開け、群れは逃げ去っていった。

「さて、『カネツグ』帰り道のナビを頼む」

《了解しました》




 野営地のテント内で昏倒から目を覚ましたケビンは、状況を確認するやいなや失った血を補給すべく卓上に用意してあった肉や穀物、果実などの食料を即座に平らげ、月光を(あかり)に型稽古を始めた。

 流派:コンゴウの基本動作である上半身と下半身を連動させた円の動き。腕や脚を弧状に動かし、身体全体で人間サイズの円を作るように動作を繋げる。最初はゆっくりと正確に基礎をなぞり、徐々に速度を上げていき無駄を省き精錬させていく。

 課題を絶対に達成すると豪語しながらも、失敗したことに対する不甲斐なさもあるが、それ以上に混濁した意識の中で体験した感覚が少年を突き動かしていた。

 背後からの狼の攻撃を躱した際、体力も《気》も尽き果てていたにも関わらず、思考はクリアで知覚範囲は無限遠にまで広っていくようだった。

 あの感覚を体得できれば、より高みへ、より強くなることができる。

 半信半疑だった課題が、信憑性を帯びてくる。三日間、課題を達成していけば確実に強くなれるという確信が、少年の中に生まれ始めていた。

「稽古もいいが、そろそろ寝ろ。身体を休めるのも、課題の内だぞ」

 汗だくになりながら稽古を続ける武芸者に、声が掛かる。

 何時の間にか、ケビンを監督できる距離でアカギは机を出して書き物をしていた。年季の入った骨董品(アンティーク)らしき染料を直接付着させるタイプの筆に、植物繊維を成形した白い紙。どちらも高級嗜好品であり、その日食べるだけで精一杯だった少年には縁遠いものだった。

「それ、何してるんだ?」

「これか?故郷の仲間へ手紙を書いている」

「連絡なら、エーテル通信のメールで送ればいいだろ」

 例え数グラムの紙と言えども、実体のある手紙を運ぼうとすれば、宇宙船で運搬する必要がある。コストや労力の面から、紙の手紙というものは、儀礼的な用途に使われる以外は一部の趣味人の道楽でしかない。

 地図の時もそうだったが、外見とは反比例するような古めかしさがアカギという男にはあった。

「メールが便利なのは知っているんだが、こうやって手で直接文字を綴らないと、手紙を書いた気にならんのだ。そもそも、俺の故郷にはエーテル通信を受信する設備や機器がない」

「マジかよ、それでよく生活できるな」

 苦笑するアカギは、手紙を三つ折りにすると封筒に納め、そのまま《オロチぶくろ》へと郵便物を投函する。

「俺は、もう寝る。お前も汗を水で流したら、さっさと寝ろ。明日は早朝から、課題を出すぞ」

「分かったよ」

 不思議と常に身を焼いていた焦燥感は消え、満ちたりた充実感が心身に(みなぎ)っている。

 ケビンは、拳を静かに握り締めた。

「待ってろよ、レイラ。必ず、お前の身体を治してやるからな」

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