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 その少年は、手負いの獣の様だった。

 怒りにより吊り上がった口角から見える剥き出しの犬歯、使い古され傷だらけの戦闘衣(バトルクロス)、逆立った髪は威嚇行動をとる肉食獣のそれに似ている。

 おそらくは殴られた直後なのだろう、鼻血と共に顔面が腫れていたが、その眼光だけは爛々と眼前の二人の男達を射抜いていた。

「・・・・・・てめえら、無事に帰れると思うなよ」

「なんだぁ、Eランクからも抜け出せない童貞(ウェット)野郎が、Cランク闘士の俺達になんか文句でもあるってのか?」

 義体化された鋼の右腕をこれ見よがしに誇示しながら男が少年、ケビン・リーを威圧する。周囲の野次馬から漏れるのは、嘲笑。その場にいる多くの者が、少年の身体的特徴をせせら笑っていた。

「ウェット?」

《どうやら、コロニー・ナタ界隈で使われる俗語(スラング)に於ける蔑称のようですね》

 状況の掴めないアカギに、『カネツグ』が捕捉する。

 常日頃から四肢を欠損するような殺し合い染みた戦いをする闘士達は、戦歴で得た傷を勲章とし義体化された己の身体を誇る風潮がある。

 義体化は、肉体と多額の金銭を引き換えに常人とはかけ離れた力を与える。合金製の固く頑強な肌装甲、パワーシリンダーから抽出される馬力により繰り出される一撃は、分厚い壁さえも歪ませる。その機械的に生み出される力を求め、自ら義体化の施術を受ける闘士も多い。

 肉体を機械に置換する施術により力の減衰を起こす越境者(トランサー)を除き、闘技場に所属する闘士は、皆大なり小なり自己の肉体を改造している。

 そんな空気の中では生身の肉体の者は奇異と侮蔑の目で見られ、未だ義体化を経験していない童貞、即ちウェットの蔑称で呼ばれる。常人と義体化人(サイボーグ)では発揮できる力に大きな差があり、ウェットはほぼ負け犬の代名詞と化していると言っていい。

「なるほど、それでウェットか」

 『カネツグ』の説明をアカギが、受けている間に殴られた痛みから回復したのか、ケビンが立ち上がった。

 息を吐きながら腰を深く構え、手は拳は作らずに指を第一第二関節のみを曲げて掌底の形をとり、壁を作るように片手を前へ突き出す。我流の喧嘩殺法などではなく、それは(いしずえ)の元に体系化された歴とした技術だった。

「あの少年、武芸者か」

 珍しいと、アカギは軽く驚いた声を出した。

時代の変遷を経て、人類が忘れ去ろうとしている技術や知識は多くある。

 その一つに、武術という項目がある。

 主に母星のアジアと呼称された地域に端を発し、《気》という概念を根底とした身体操作技術。礼儀作法などの文化としての側面も持ち、無形文化財として国家の保護を受け航海期には移民と共に銀河へと広がり、黄金期には多くの星々で大輪の華を幾つも咲かせた。

 時代が暗黒期に移り変わって尚、文明の利器の殆どが使用不能になったこともあり、武術の身体操作や身体強化のロジックは自己の肉体のみに頼らざるを得なかった人類を根底から支え、激変した環境での種の存続に少なくない貢献をした。

 獣の如き少年、ケビンの技もまたその流れに連なる一端。武術自体が枯れて久しい現代に於いてその使い手達は、喪失武術(ロストアーツ)使い、あるいは武芸者の名で呼ばれている。

 この場に割って入り喧嘩を仲裁することも出来たが、アカギは敢えてそれをしなかった。ケビンの戦闘能力や気質は、クエストの成否大きく関わる。それを見極める為に、『戦士』はしばらくは事態を静観することに決めた。

「ウェットはウェットらしく、ママのおっぱいでも吸いに帰りな!」

 鋼の腕を持つ男の一人が、右腕を振り上げる。上半身を丸ごとぶつけるような豪快な鉄拳を、ケビンは軌道の外側へ身体を差し込む事で紙一重で避けた。空を切った拳は舗装された路面を蜘蛛の巣状にひび割れさせ、その威力を物語る。

 回避と攻撃の動作は連動する、拳を避ける動作が次の挙動へ繋がりケビンは路面にめり込んだ腕上部、攻撃の起点になる肩に掌底を炸裂させた。

 震脚により大地からのエネルギーを伝導させ、攻撃の起点たる部位を衝撃により穿つ。が、浅い。

「ああ、何かしたか~?」

「・・・・・・糞がっ」

 直撃を喰らったはずの鋼腕の男は、挑発するように肩を撫でながら余裕の表情で立ち上がる。僅かに戦闘衣が裂けていたが、露わになった金属の硬質的な皮膚には傷一つなかった。

「ほら、お返しだ!」

 先の攻撃に倍する速度の一撃を喰らい、くの字に折れたケビンの身体が派手に吹き飛ばされた。

 嘗ては隆盛を誇っていた武術だが、黎明期に変遷した事で状況は変わる。

 《大厄災》の影響が薄れ連盟による技術の伝播などにより、再び使用可能になったLスーツなどの利便性の高い文明の利器に人類は一も二もなく飛びついた。意識しなければ、楽な方へ楽な方へと流れるのは人の(さが)であり、辛く苦しい修練の果てによって得られる境地を内包する『力』よりも、即物的で誰にでも扱える手軽な『力』を多くの人類は選んだ。

 事実、単純な近接戦闘に限っても何年も修行を積んだ武芸者よりも、今日昨日に肉体に義体化を施した者が勝る場合が多い。今日(こんにち)、相対的な有用性を失った武術は駆逐されていき、喪失と言う不名誉な冠を頭に載せられている。

 ウェットにして、喪失武術使い。

 少数派(マイノリティー)の中でも更なる少数派(マイノリティー)。闘技場内での境遇だけで評価するなら、栄光の輝きが僅かさえも差し込まぬ最底辺のドブ川の住人。その環境は劣悪であり、ほぼ勝てる要素が見つからない。

 四つん這いになりながらも、尚も怒りを、意識を放棄せず獣如き唸り声をあげる少年を見て、アカギは覚悟を決めた。

「いつまで遊んでやがる、オーナーに呼ばれてるんだぞ。さっさと片付けろ」

 ケビンを殴り飛ばした男とは別の男が、路上の石にするように倒れ伏し痛みで動く事のできない少年を無造作に蹴り飛ばす。

 宙に舞い上がった身体を、落下するより早く『戦士』は受け止めた。意識を失った少年を肩に担ぎ、暗闇に紛れるようにアカギは路地裏へと姿を消す。

「なんだありゃ?」

「だから、急げって言ってるだろうが。早く行くぞ」

 最後、ケビンが影の様な者に運ばれていったが、男達にとっては最下級のウェットがどうなろうとも知った事ではなく、気にすることもなくその場を立ち去った。

 輪を成していた野次馬達も次第に拡散していき、周囲は数十分前と何ら変わらない喧騒に包まれた。




 ケビン・リーという少年は、圏外圏に存在する年中吹雪が吹き荒れる極寒の白き惑星ヤコウで生まれた。

 生物の生存を許さぬ永久凍土の大地は、物心つく前の少年から両親を奪い去り天涯孤独の身に落とした。幸いなことに、両親とは親しい間柄であった夫妻が少年を引き取り愛情深く育てたことで、少年は孤独に苛まれることはなかった。寒さに、寂しさに泣いた日は、何時でも両親が幼い少年を優しく抱きしめた。

 ケビンが五歳の頃、彼に血縁の無い妹が出来た。

 小さく弱々しい命の塊を腕に抱いた時、少年は何があろうともこの命を守り抜こうと小さな胸に決意を宿した。

 雪山に築かれた百人規模の小さな山里のコミュニティー内では娯楽も少なく、十歳にも満たない子供が大人に混じって食料プラントで働いているような生活環境であったが、少年は家族で一緒に過ごす以上の幸せはないと考え、日々の生活に何ら不満も不安もなかった。

 転機が起きたのは、ケビンが11歳の時だった。

 少年の妹、レイラ・リーが血を吐き病に倒れた。

 原因は、遺伝性による疾患。圏外圏での治療では、場当たり的な対処療法しか病に抗う手段がなく、一旦回復してもすぐにまた病状が悪化する。

 根本的な治療には、連盟が秘匿している技術のひとつ、ナノマシンによる遺伝子の書き換え、《遺伝子再編(リライト)》の施術を受ける必要があった。

 病気や怪我の治療などの医療分野に限ってだが、連盟はその技術の一部を開放している。ただし、その恩恵に(あずか)るには多額の金が必要になる。辺境の小さなコミュニティーで生活する一世帯の家族が、一生働いても足りない程の金が。

 やせ細った妹の小さな手を握り締めた時、ケビンの心は決まった。

 十二歳の頃、制止する義理の両親を振り切り少年は治療費を稼ぐために故郷を飛び出した。

 年齢を詐称し必死になってケビンは働いたが、無学で有用な技術もコネもない子供にまともな働き口などなく、その日その日を食い繋ぐので精一杯で莫大な治療費を稼ぐなど夢のまた夢。

 圏外圏を流れ流れ故郷を出立してから一年後、少年はコロニー・ナタへと辿り着いた。

 獰猛な肉食獣や無慈悲な自然から身を守るための護身術として、惑星ヤコウのコミュニティー内では流派(スタイル):コンゴウという喪失武術が伝承されていた。ケビン自身、義父と山里の代表である老人から《気》の運用に関する手解きを受け、故郷では一番の使い手であった。

 ナタの闘技場では、強さが全てだ。

 出自も、年齢も、性別も、関係ない。

 命の保証がない代わりに、闘士達のファイトマネーは高額。定期的に開催される大会で優勝でもすれば、一気に富裕層へ仲間入りできる。

 ケビンは、己の強さに賭けた。

 無学非才の小僧が大金を手に入れるには、これしかない。

 絶対に治療費を稼いで故郷へ帰る、その思いを胸に闘技場の門戸を叩いた。それから五年間、少年は戦い続けた。

 覚悟を以って挑んだ闘技場で、少年は現実の厳しさに打ちのめされた。

 故郷を離れてからも、一日たりとも《気》の修練を欠かした日は無かったが、闘技場に住まう義体化人達は鍛えた喪失武術の技など物ともせず、ケビンは幾度となくリングに沈んだ。

 敗北に次ぐ敗北。容赦なく浴びせられる蔑称や嘲笑の声。必死になって何度も立ち上がり向かってくるウェットは、多くの闘士達にとって殴りがいのある生きたサンドバッグでしかない。観客達も、闘士達も、何もかもがケビンの敵だった。

 職業闘士として受給できる最低限度のファイトマネーの大部分を家族へ送金することで、妹のレイラは対処療法でなんとか生き長らえているが、衰弱しきった少女の身体は限界が近い。

 抗えぬ現実。刻々と近づいて来るタイムリミットと前に、少年の心は荒んでいった。

 安い挑発に乗り、無駄な喧嘩を繰り返し、更に敗北を重ねる。捨て鉢で噛みつきに行き、苦い地面を舐める。

 意識を失った状態で、掃き溜めやゴミ捨て場に放置されるなど日常茶飯事。

 だからだろう、その柔らかく温かい寝床の感触にケビンは違和感を憶え、目を覚ました。

 そこは、小さな部屋だった。

 寝かされていたベッド自体、押し込んで壁に収納できるタイプのもので、最低限の調度品と壁面モニターのみがその部屋を飾っていた。

 機能性を追求したそのデザインは宇宙船の部屋に良くある様式だった。居住性にリソースを割り振った旅行用の豪華客船でもない限り、有限な宇宙船の内部空間はその殆どが計器や装置などで圧迫されるため、人が生活できる空間は自然と必要最低限になる。

 意識を失っている間に、少年は見知らぬ船内に移動させられていた。

「・・・・・・どこだ」

 コロニー・ナタ内では、犯罪が多い。

 臓器や人身売買を行う闇ブローカーにでも拉致されたかと警戒心を露わにし、ケビンは気を循環させ臨戦態勢を取った。

 それと同時に、部屋の扉がスライドして開く。

 入ってきた相手を確認もせず、ケビンは体当たりを敢行した。不意を突くように進みながらも姿勢を落とし、視界より外れたところから急上昇して相手の腹を目掛けて飛ぶ。

 直撃の瞬間、ケビンは何千年もの長い時間を生きた大樹に立ち向かおうとする小さな自分を想起した。

 義体化人の様に装甲化した皮膚などではない、想像も出来ない程の長い長い時間を掛けて熟達し、練り込まれてきた技。その技巧の冴えは腹筋の動きだけで、突進の速度を完全に殺し無力化していた。

 勢いを失い、ケビンは尻餅を着いた。

「それだけ動けるなら、もう心配ないな」

 無遠慮に少年の頭を分厚い手でガシガシと撫でてきたのは、赤毛の男だった。

 見た目の年齢は、二十歳前後。立ち居振る舞いは一見して無防備なのに、いざ戦闘になればケビンは数秒経たずに自分の首と胴が永久に別離する確信があった。

「そう警戒するな、危害を加えるつもりはない」

 赤毛の男は、悠々とケビンの脇を抜け部屋の中に入ると机の上に手を翳した。超小型の圧縮鞄に格納でもしていたのか、何もなかった卓上には突如として山盛りのファーストフードが積み上がる。

 食欲を刺激するタレを(まぶ)して焼いた肉串に、ホカホカと湯気を立てる包子(ぱおず)。椀型の容器に注がれているのは具材は汁の上で泳ぐ濃厚スープ。美しく切り分けられた瑞々しい果実が、彩りを添える。

 どれもこれも露店で販売している品だ。ファイトマネーの大半を仕送りに回しているため、常日頃から安価な栄養スティックバーのみで凌いでいるケビンは、横目で見たことはあっても口にしたことはない。図らずも、喉が鳴った。

 椅子に座り肉串を一本頬張ると赤毛の男は、ケビンに視線を向けた。

「まあ、食え。美味いぞ。話はそれからだ」

 先に口を付けたのは、毒が入っていないことを証明するため。男からは悪意や侮蔑といった感情が欠片ものが見えず、どこまでも率直で自然体だった。見守るような視線は、故郷の両親のそれとよく似ていた。

「・・・・・・金なんて、俺持ってねえぞ」

「奢りだ。気にせず、食え」

 逡巡するも、大きく鳴く腹の虫にケビンは勝てず、肉串に噛り付いた。

 そこからは堰を切ったかのように、猛烈な勢いで机の上の食べ物を腹に納めていく。数本の串にまとめて噛り付き、口内の火傷も気にすることなく熱々のスープを嚥下していく。

「美味い・・・・・・ほんとに、美味い」

 何故かは分からないが、目尻から熱いものが零れ落ちるのを少年は止める事ができなかった。嗚咽しながら咀嚼(そしゃく)した。むせびながら塩気と共に飲み干した。

 惨めさ、口惜しさ、情けなさ、不甲斐なさ、自己を責め立てる感情が涙と共に溢れ出す。

「畜生・・・・・・なんで・・・・・・なんで、俺はこんなに弱いんだ!」

 誰一人周囲に味方がいない中、心を固く閉ざし不安や劣等感、恐怖を押し殺し続けた五年。久しぶりに夢で故郷の記憶を思い出したせいか、人間として扱ってもらえたからか、(たが)が外れ抑制が利かなくなっていた。

「血反吐を吐くまで修練した、対戦相手の研究だって欠かしたことが無い、出来ることは全部やった!何が、何が足りないっていうんだよ!」

 皮膚を破り血が滲む程に握り締めた手を、ケビンは机に叩きつけた。

「――――どうやったら、レイラを助ける事が出来るんだよ!誰か、教えてくれよ!」

 それは、少年の魂からの慟哭だった。

 何度も手酷い怪我を負い、嘲笑に晒され、理不尽なリンチを受けたとしても、ケビンは諦めることをしなかった。

 全ては、妹のレイラ・リーを救うため。

 そのためだけに、全てを(なげう)って今までやってきた。どんな仕打ちにも耐える事ができた。

 ただ、少年が血を流して繋いできた命には、限界が来ていた。

 レイラ・リーには、もう時間がない。直ぐにでも治療を受けなければ手遅れになってしまう。それが分かっていながら、ケビン一人では、最早どうすることも出来ない。

「なら、諦めればいい」

「・・・・・・・・・・・・何?」

 世間話でもするように、赤毛の男は気楽に言った。食べかけていた包子を呑み込むと、熱い茶の注がれている湯飲みを啜る。

「詳しい事情までは知らん。だが、そんなに努力しても駄目だったんだ、レイラとやらに見切りをつけた方が、賢い選択だ」

 男が、胸に掌底を打ち込まれ椅子ごと吹き飛ばされた

 代償として少年の右手からは血が噴き出し、指は悉く衝撃で変形していたが、ケビンは躊躇しなかった。

「何も知らない外野が、分かった風な口をきくんじゃねえ・・・・・・」

 一度は沈みかけた絶望の海を、怒りの業火が焼き尽くす。自壊さえも恐れぬ《気》の放出が、技巧に於いて赤毛の男に劣るケビンの一撃を届かせていた。

「レイラは……俺が、絶対に助ける!賢い選択なんて糞喰らえだ!」

「……なんだ、一人で立ち直れるじゃないか」

 満足げに笑う男の顔に、ケビンは、先程の言葉が発破であったことにようやく気付いた。

「ケビン・リー……お前の妹、レイラ・リーを助ける方法はある」

 事前に調べていたのか赤毛の男は、ケビンの事情を既に知り得ていた。

 まるで一撃を受けた事などなかったように立ち上がると、首元のウェアラブルデバイスを操作する。投影されたのは、闘技場の運営委員会が作成した大会のプロモーション映像だった。

「無差別、争覇杯……」

 大会の名前を、ケビンは口にした。

 闘技場では、常時開催されている闘士達が順位を争うランキング戦の他、一定周期で開催される様々な大会が存在する。

 大会毎にレギュレーションは異なり、女性限定の女傑舞踏杯、一切の武器の使用を禁じた拳王勇壮杯など、設定されるルールの内容によってその毛色は大きく違ってくる。

 四年に一度開催される無差別争覇杯は、数ある大会の中で最も金が動く大会だ。

 闘士として登録していない者も条件さえ満たせば誰でも参加可能、優勝賞金が七億クレジット(約70億円)と平均的な優勝賞金と二桁程違う金額設定。

 ある者は富を、ある者は栄光を、ある者は戦いそのものを求め、銀河中の幾多の猛者達が死力を尽くして優勝を目指す。

 闘士が決闘代理人(チャンピオン)と呼ばれ、商人達が血で血を洗う抗争を繰り広げたギルド発足以前の過去の風潮を色濃く受け継ぐ、原始的で、刺激的で、欲望に満ちた戦いの場。

 それが、無差別争覇杯である。

「確かに、この大会で好成績を残せれば、治療費を一気に稼ぐことができる。けどよ・・・・・・」

 破格の優勝賞金の大会のことは、五年前からコロニー・ナタにいるケビンも勿論知っていた。たとえ勝算が欠片もなかろうと、一発逆転を掛けて挑戦するつもりだった。大会規定を知るまでは。

「無理だ・・・・・・参加料だけで百万クレジットだぞ?」

 無差別争覇の戦いは、開会前から既に始まっている。

 有象無象の足切りのため、優勝賞金が高額なら参加料もまた高額に設定されている。軽々と大金である百万クレジットを支払える個人は少ない。

 大会は最大5人のチーム単位での参加になるためチーム内で分割する場合もあるが、多くの場合、参加チームは国家や企業などとスポンサー契約を結び、賞金の分配、チームが広告塔となるなどの条件で、参加費を肩代わりしてもらう。

「万年Eランクの俺と契約してくれるスポンサーなんて、どこにいるんだよ!」

「ここにいるだろう、まだ気づかないのか?」

「は?」

 親指で己を指し示す赤毛の男に、ケビンは酷く間の抜けた顔をした。

「俺と契約しろ、ケビン。参加料勿論出す。お前が勝ち抜くために全力でサポートもしてやるし、賞金も全額お前にくれてやる。俺が出す条件はただ一つ」

 敗け続けの少年に示されたのは、耳を疑う難行であった。

「無差別争覇杯に優勝しろ、それ以外は認めない」


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