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ここ半年、野望を抱く少女が励んでいたのは勉学やコネ作りのみではない。
来たる日に備え、自身に発現した支配の力を使いこなす訓練も欠かさず行っていた。
ただ単に発動させるだけでは、《黒の王》は支配領域を散漫にゆっくりと周囲へ広げるのみで射程も短い。これを改善する為、少女は何度も反復訓練を繰り返すことにより徐々に自分の使い易い形へと調整・成型していった。
《黒の王》を使用する際、エマがいつもイメージする形は『糸』だ。
支配領域を敢えて狭め、その分引き延ばすことで、射程距離を伸ばす。この方法により、少女は短かった射程を100mにまで延伸させることに、成功している。
無数の黒の糸を操り、僅かでも接触すれば対象を支配下へと降す。それが、最新の《黒の王》だ。今、霊視能力のある者がエマを見れば、その手からは無数の黒の糸が伸び、兵士達を絡めとっている光景を目の当たりにするだろう。
エマは、多数の兵士達を支配下に置き会場での主導権を握りながらも、決して余裕のある状況ではないことを理解していた。
何度も繰り返し使い、その特性を肌で憶えたエマだからこそ分かる、《黒の王》の能力は、強大だが無敵でもなければ完璧でもない。
数多くの弱点と引き換えに、鋭角的に突出した支配の力を成立させているに過ぎない。
その短所の一つに、燃費の悪さがある。
対象を支配している最中は顕現力、アカギの言葉を借りるならMPを秒単位で消費し、支配対象が増えれば増えるだけMPの消費も増す。しかも、支配中は対象の情報が脳に流れ込んでくるため思考を圧迫し、不用意に対象を増やすと脳が焼き切れそうなほどの頭痛を味わうことになる。
ここ半年間、自主訓練や王国協力の元行った実験では、MPの上限値、エマの精神力を加味し一人の人間を連続支配していられるのは約3時間が限度。現在は35人の兵士を支配下に置いているので、この状況は精々300秒程度しか維持できない。
その時間以内に、エマは使節団全員をこの場から脱出させつつも、後で連盟から難癖を付けられぬよう状況を処理しなければならない。
官僚も含め全員まとめて自害でもさせられれば―可不可で言えば可―非常に楽なのだが、そんなことすればそれこそテロリストの汚名を着せられ、敵に絶好の糾弾材料をくれてやることになる。
エマは、使えそうな情報がないか支配下の兵士全員の脳内の視覚、聴覚の情報に検索をかける。一から洗い出すと膨大な時間が掛かるので、現時点から過去12時間に範囲を指定し、絞り込む。高速で35の映像データを同時に閲覧、精査し、エマは該当する情報を探り当てた。
黒糸が、躍る。
「あ・・・・・・あ!ああ!」
突然、奇声を上げて兵士の一人、兵士達全員に指示を出す指揮官に当たる男がブラスターから手を離した。音を立てて足元に転がる武器に目もくれず、腕に装着された端末を操作し始める。
「何をしている、止めろ!」
不審な行動に動揺したのか兵士の腕を官僚が叫びながら掴むも、乱暴に振り払われ後退った。
「私じゃ、ない!私は、やってない、身体が言う事を聞かないっ!」
澱んだ空間に、光と風が走り込んできた。
黒の糸に括られた指揮官が、自身の端末を操作すると窓の隔壁がガラスごと開放され、陽光が降り注ぎ、外気が雪崩れ込む。
風でたなびく外套を押さえながら、エマは内心の焦りを隠し微笑む。
「ちょうど、部屋が息苦しいと思っていたところです。ありがとうございます」
兵士達の指揮官に付与されていたフロア内の管理者権限。それを、エマは利用した。逃走防止用に電子的に施錠されていた高速エレベーターまでもが開放され、官僚は苦々しく顔を歪めた。
「何をした・・・・・・貴様は一体、何をした!?」
「さあ、なんのことでしょう?」
この点が、《黒の王》の悪辣な部分だ。
霊視能力が無ければ、エマの黒糸を認識することはできない。そして、この世界にその能力を持つ者は、殆どいない。検証では、圏外圏生まれのある特殊な才能を持つ者達はこの糸を目視できたが、連盟内の人間ではほぼ皆無。
純血主義に傾倒している連盟では、末端の兵士に至るまで創始者の血脈か否かで人事が決まるため、官僚の護衛役も兼ねているであろう高位の兵士達なら、間違いなくその血に染まっている。
観測できず、証拠も残さず、一方的に相手の精神・肉体を操り、思うままに従わせる。これを、悪辣と言わずして何と言う。
エマ達を理不尽な理由で殺害しようとした者達では、抵抗も出来ず訳も分からぬままに黒の糸に絡めとられる以外に道はない。
とは言え、これだけ不可思議なことが起これば、相手にはエマが何かしたのではないかという疑念は残る。記憶を消すことも出来るが、糸が切れればまた思い出してしまうので、あまり意味が無い。疑念が募れば、確信へと至り何かしらの対策を講じられる可能性もある。
間違いなく有用ではあるが、消耗の激しさもあって使い所は考えなければならないのが、《黒の王》だ。
仕込みを終えたエマは、兵士達の黒糸を解いた。
不格好な案山子でしかなかった兵士達が一斉に自由を取り戻し、慌ててブラスターを構え直し始める。その様子に、自身の優位性が回復したと見た官僚は、エマに傲然と告げた。
「ふん、どんな小細工をしたかは分からんが、それも時間切れの様だな」
再度射殺を命じようと官僚が手を挙げるが、その手が振り下ろされるより早く、交渉役自身の端末が音を立てて鳴り響く。上役からの緊急通信の可能性もあるため無視することもできず、煩わし気に官僚はARで連絡されてきた内容を表示し、青褪めた。
その場から急に走りだし、窓の枠に手を掛け身を乗り出しながら官僚が見たものは、ホテルの最上階を取り囲むように空中を飛行する大量の撮影用ドローンだった。驚愕のあまり床に取り落とした端末は、今現在のフロア内の様子がネットワーク上でライブ配信されているARを投影し続けており、官僚の蒼白の表情も鮮明に映っていた。
「馬鹿、な・・・・・・」
これも、仕込みの一つ。
指揮官の端末を使い、エマは窓を全開にするのと同時にホテルへ詰めている報道陣への封鎖を全て解除する命令を送った。また、報道陣へは全ての撮影を許可する一報を送る事も忘れない。結果、タイムリーかつ話題性のある特種を求めて止まない記者達は、蝗の大群の如くホテルへ殺到。空には各局の空撮用ドローンが大量に飛ばされ、調印式の様子を少しでも覗き込もうと、ホテルの最上階周辺を目まぐるしく周回していた。
会場は今、圏内・圏外を問わず銀河中の視聴者に閲覧されている。エーテル通信によるネットワークは、銀河中のあらゆる場所を不可視の線で繋ぎ情報を伝達する。その速度はもはや閉塞期に於ける母星の比ではなく、同一星系内ならばほぼラグ無しのリアルタイムで、別星系であっても中継器を介することで、僅かな誤差での情報をやり取りすることができる。
調印式での出来事は、時間と共に凄まじい速度で拡散され、一分を待たずして一億を超えた。
もし、この場で兵士達が非武装の使節団を射殺すればどうなるか。
銃口を向けている時点で、限りなく黒に近いグレー。引き金が引かれれば、どう弁明し偽証を並べても、連盟は拭いようのない虐殺という汚点を歴史に刻むことになる。
その場にいた連盟の者で一番賢明だったのは、指揮官だった。
自身が味わった恐怖体験からこれ以上使節団の人間に危害を加えることは危険と判断し、ハンドサインで部隊全員にブラスターを下げるように指示した。
「貴様、勝手なことをするな!」
激昂し胸倉を掴みかかる官僚にも、指揮官は冷静に対応する。
「落ち着いてください。私達は今、無数の目に監視されている。ここで下手を撃てば、取り返しのつかないことになります。官吏殿もそれはお分かりでしょう」
「では何だ、私を、銀河連盟を、侮辱したあの野卑な蛮族共をこのまま帰せと言うのか!?」
「ベストではなくともそれがベターな選択です。既にブラスターを向けている映像が銀河中に配信されてしまっています。御自分の首を繋ぎたいなら、早急にこの場を収め、最高評議会に連絡を取るべきです」
口角を釣り上げ歯噛みし眼球を血走らせた官僚は、怒りをぶつけるように指揮官から手を離した。
「・・・・・・・・・撤収だ、兵を退かせろ」
「了解しました」
兵士達が、命令に従い即座に退いていく。それは、軍人の義務を全うしているというよりも、一秒でも早くこの場から逃げ出したいという生命の本能に忠実であるが故の素早さだった。
「どうやら、本日はこれでお開きのようですね。私共も、これにて失礼させていただきます」
王侯に連なる者の一人として、過不足ない礼にてエマ達もその場を辞する。
堂々としっかりとした足取りで歩く使節団。怯えるように震えながら撤収していく連盟の者達。力関係が逆転したその光景に、官僚は怒気を押し殺しながらも、エレベーターの扉が閉まる最後の瞬間までエマを睨みつけていた。
「ごきげんよう、とても有意義な式典でした」
報道陣への記者会見を終了させ、エマは軌道エレベーターへ向かう護衛仕様の王族専用車の椅子に行儀悪く倒れ込んだ。幸い非透過設定の車窓のため、外からメディアに情けない姿を撮影される心配もない。
高速でハイウェイを走り抜ける車中にて、エマは呻き声をあげる。
「う~、脳が、脳が焼け付く・・・・・・」
限界寸前までの《黒の王》の行使は、少女の身を苛んでいた。エマが、余裕の表情を終始浮かべていたのは、連盟に対し弱みを見せないためだ。
「すまない、無理をさせたな」
対面の席に座ったジェレミーがエマの額に冷却シートを張り付ける。妹の頭を撫でる仕草は、肉親への慈しみに溢れていた。
「いいんですよ、私が自分で選んだ道です。それに、兄上には今後そんな気遣いも出来ないくらいに働いてもらいますから」
「それは、怖いな。精々過労死しないよう気を付けよう」
ジェレミーは、自身の端末を操作しネットワークでの情報がエマにも見えるように表示設定を変更し、ARを空中に大きく投影した。
「どうやら、連盟側はあの凶行をあくまで威嚇だったと処理するつもりのようだ」
連盟側の発表によれば、調停式の場に於いて王国側の対応があまりにも礼儀に欠けるもので、それを諫める為にやむを得ずに銃を抜いたと苦しい弁明している。
既に王国側の記者会で、式典でのあらましは語られており、あまりも食い違うその内容に報道陣は過熱し質問の集中砲火を連盟へと浴びせる。
無数の撮影機材に囲まれ、汗顔の表情で弁明する官僚の顔に、ジェレミーは爽やかな笑みのまま毒を吐いた。
「はは、今年で一番笑えるネタだな。奴には政治家よりも、もっと別の天職があるんじゃないか?」
奇しくも、似たことを考えていたエマは、兄の言を否定できない。
多くの人間に映像を通して目撃されたため、世間では官僚の見苦しい弁明よりも王国側の証言を信じる意見が多い。こうなってしまえば、連盟は是が非でもでもエマ達を安全に帰還させなければならなくなる。もし、エマ達が何らかの事情で帰国が遅れる、危害を受けたなどの事態になれば、真っ先に疑われるのは連盟だからだ。
他を蛮族と見下す連盟が、エマ達の帰り道の安全を担保してくれる。
調印式に於ける王国側の、脱退を正式に受理させ全員無事に帰還するという目的は、全て達成された。
だが、本番はここからだ。
言うまでもないが、資源に乏しく、作物も碌に育たないマーズマ本星に領地とするフラメル王国は貧乏だ。食料自給率は低く、その日食べる物にすら困窮する始末。
以前の連盟傘下にあった時代は、同じく傘下の国々から食料を優先的に輸入できていたが、今となってはそれもできない。
小国であるフラメル王国は、新たに加入する組織を探す必要がある。ただ、連盟を明確に糾弾し絶縁状を叩きつけた王国を受け入れる組織は少ない。例え直接の下部組織ではなくとも、その影響力は銀河中に広がっている。王国を受け入れる事で睨まれるのを避けようとする国々が殆どだろう。
だが、何事にも例外はある。
ギルド・アライアンス。通称ギルド。
連盟の課す規約と言う名の首輪を嵌めることを是としなかった個人、企業、国家が集まって出来た、おそらくは銀河で唯一反連盟を標榜する組織。
連盟の統治範囲から外れた圏外圏は、無法者の海賊が多く元々の環境も過酷。そこで生き抜くにはそれ相応の「力」が必要とされる。「力」は無い、しかし連盟に尻尾を振るのは死んでも御免。故に、彼らは群れた。
縦に繋がるのではなく、横に並び互いに必要な時に助け合う互助会。それが、ギルドの始まりだ。結成当初は小さな組織に過ぎなかったが、連盟が歴史を重ねる中でそこから弾き出されたモノを吸収していき成長。今では圏外圏ならではのサービスや商品を提供することで、連盟の経済圏を食い荒らし始めている。
過酷な環境下を強かに生きる者の集まり、それがギルドだ。
「ギルドに王国を売り込むなら、注目されている今がおそらく最高値だが・・・・・・」
幾つかのセキュリティーゲートを通過した車両が、軌道エレベーターの地上ステーションへと到着する。自動で開いたドアから先に車から降りたジェレミーは、エマに手を差し向けた。ふらつきながらもその手を取ると、エマも地に足をつけ、歩き出す。
本国への連絡もあるため、最低限の護衛を残して使節団は既に半分以上が帰国の途に就いている。残っているのは、エマとジェレミーを含めても八人程だった。
「・・・・・・どれだけ高値がついても、扱いは中堅どころが精々でしょう」
兄の言葉を引き継ぎ、妹が予想を述べる。
反連盟を謳うギルドからすれば、ある意味連盟の悪政の被害者である王国を取り込めればその姿勢や権威に箔が付く。尋常の手段で接触しても、無下にされることはないだろう。
しかし、エマ立案の元、フラメル王国は今ある目的で動いている。その目的を達成する為には、ギルドに取り込まれるのでは駄目なのだ。
逆にギルドを乗っ取り、その方向性を王国が主導していく形に持ち込まなければならない。
「ギルドを掌握するための手札は、この半年で幾つか用意できました。後は……」
リニア式昇降機の搭乗口手前のターミナルホール。順番待ちの客を主なターゲットとして軽食やコーヒーなどを提供するオープンテラスカフェにて、エマは見知った眼帯の少女を発見し、言葉を詰まらせた。
「後は、場所とタイミング、ですね~」
学生時代、ランチタイムにエマの行動を先読みし《スクール》近くの公園でレジャーシートを広げて緑茶を嗜んでいた頃と全く同じ空気を纏い、シュン・レイホウがそこにいた。
前に出ようとする護衛役を手で制し、エマは嘗ての級友と対峙する。
「ね、時間、掛かりませんでしたよね?」
実時間にして20時間以下。確かに、レイホウの勘は的中した。
ただ、それは果たして勘と規定していいものなのか。
安全面を考慮して、調停式以降の使節団のスケジュールは非公開になっており、知る者は極少数だ。また、移動用の車もダミー車を用意し時間をずらして別々の地上ステーションへ向かうように王国は手配している。そもそも、調印式が長引き帰国が翌日に変更される可能性もある。
レイホウは、最初から時間は掛からないと宣言し、この場にいた。
つまり、エマ達が調印式当日早々に引き上げ、この地上ステーションに到着することまでを朝の時点で読み切っていたことになる。
発信器を仕掛けていた、監視を付けていた、等の理由付けを考える事もできるが、エマの中には確信めいた答えがあった。
「レイホウ、貴方は超感覚系の越境者なのですね」
それは、境界線を越えた者たちの通称だ。
生まれながら、あるいは臨死体験などで、この世界とは違う場所を垣間見たことで、肉体に変質を起こし、物理法則を無視した能力を手に入れた者達。
連盟圏内に越境者が絶無であることもあり、連盟は公式にはその存在を認めていない。半年前はエマ自身も完全なオカルトと切って捨てていた。
アカギという、他でもない本物の異世界からの来訪者と接触するまでは。
ギルドを掌握するためのヒントを求め圏外圏へと足を延ばした少女が見たのは、超常の力を扱い劣悪な状況で逞しく生き抜く人間達の姿だった。その時、エマは改めて自分の見識の狭さを実感した。
主に超感覚系と呼ばれる越境者は、常人には捉える事のできないモノを感じる。
その情報を元に、レイホウは使節団の動きを事前に読んでいたのではないか。彼女が良く口にしていたウンキやフウスイは、それを感覚的に表現したものだったのではないかと、エマは考える。
「御明察!私、シュン・レイホウはエマちゃんの友人にして人の運気を観測する越境者!」
満面の笑みで、眼帯に指を這わせた謎のポーズをとりながら少女は問に肯定する。
「そして、フラメル王国の皆さんが乗っ取ろうとしているギルドを牛耳る五帝が一人、シュン・ライコウの孫でもあります!」
何も考えてない能天気にも見える表情で素性を語る少女にとって、王国はある意味敵だ。
緊張が走る王国関係者を他所に、レイホウはいつものようにエマを誘う。
「エマちゃん、私も貴方の覇道に参加させてくれませんか?配下に加えてくれるなら、場所とタイミングは私が用意してみせます」




