01
いつの時代でも、駅という場所は騒がしいものだ。人や物、或いは実体のない情報が交差しながら乱雑にかき回されて通り過ぎていく。人類の版図が太陽系よりも更に広がり、人々の往来が幾つもの星系を跨ぐようになっても、それは変わらない。
銀河連盟本星アーバロン・衛星軌道ステーションの定期便の発着港。
一人の少女が、待合エリアのシートに座っていた。ダークブロンドの髪を、動きやすいように後ろで結い上げ、意思の強そうな翠の瞳を左右に動かしながら手元の情報端末を操作してる。年端まだ若く、足元に置いている携行式圧縮鞄という要素だけで推察すれば、一人小旅行の最中の学生かと多くの者が予想する。
ただ、彼女の着用する制服を見れば、また違った意見もでるだろう。詰襟であり、袖の先、足の裾の角度まで隙なくキッチリと仕立てられた、一部のエリートだけが通う軍学校の灰色の制服。左の二の腕には連盟直属の機関所属であることを示す、五点星徽章。撓みや皺がほぼ存在しないさまは硬質的であり、服と言うよりもいっそ特殊繊維で鋳造された鎧とでも表現したほうが適切な様相。旅行客やビジネスマンでにぎわう軌道ステーションでは、一種異様であった。
行き交う人波を尻目に、《スクール》の士官候補生、エマ・フラメルは手首拘束型の情報端末を渋面で操作していた。
「ああもう、やっぱりワーズマ星系への便が《惑星流》沈静化の影響で欠航になってます」
指先でARビジョンを何度かタップして情報更新を繰り返すも、投影された映像に変化はなく、欠航の表示が繰り返し明滅していた。
エマは苦学生である。
資源無し、産業無し、人材無しの無し無し尽くしの辺境の惑星の出身であり、実家も貧しかった。ほとんどの者がやりたくないであろう実家の稼業を継ぐ兄の助けになろうと一念発起し、故郷では一つしか存在しない初等学校をトップで卒業した後、内職とアルバイトで貯めた資金を元手に別星系にある士官学校を受験し、見事合格。
銀河中の方々から集まった優秀な学生達の中でもトップクラスの成績を維持しながら、中高の教育課程を修了。本年度で晴れて連盟内で選別された、一部の士官候補生だけが通える《スクール》への入学を許可された。
士官学校を選択したのは、学費の安さもあるが、銀河連盟中央での技術を学ぶことが第一の目的だ。《スクール》の卒業後の進路は、五年間の軍役の義務を果たせばそれ以降は軍に在籍しつづけるも、除隊し民間に戻るも自由だ。不毛な土地を多く抱える故郷で奮闘する父や兄弟達を助ける為、エマは人生設計の図面を今まで書いてきた。
ハイレベルなカリキュラムにも慣れ始めた頃、《スクール》が長期休暇期に突入。久々の連休を利用して、エマはかねてより計画していた故郷のマーズマ星系への里帰りを敢行した。学友達の誘いを断り、圧縮鞄に荷物と家族へのプレゼントを詰め込み、格安チケットを買い叩き、そして軌道エレベーターがステーションに到着したところで、記録的な《惑星流》沈静化により足止めをくらった。
「激マズですよ、これ」
地方への、ましてやそれが過疎化か進む辺境ともなれば、行き来する便の数は少なくなり、往路も長くなる。長期休暇といっても無制限に休みを貪ってよいわけではく、休暇中の課題も存在し、課題を消化する時間も考えると、使える時間そう多くはない。実際、士官候補生達の中には学舎に籠り、多量な課題の消化に努める者も多い。
宇宙船の運航は、《惑星流》の変調に左右される。同一星系内での移動なら標準的な宇宙船の搭載内燃機関での移動が可能だが、航行距離がそれ以上に長くなればなるほど惑星間同士を結ぶ第五元素のエーテルの流れ、《惑星流》が発生させる《波》に乗らない限り航行時間がとても現実的でないものになってしまう。
人類のほぼすべてが一つの星にへばりついていた頃、船乗り達は気まぐれな海のご機嫌を常に伺っていたが、人類が外宇宙に進出しようとも、やはり船乗り達は気分屋な《惑星流》のご機嫌を伺わなければ、まともな航海などできないのだ。
「………」
時間を置けば、現状は回復するだろが、瞼の裏に浮かぶ家族を思い浮かべると、このまま待つという選択肢はなかった。星の海の機嫌がよくなるのを待っていられないエマは、少々非合法な裏技を使うことにした。
「こういう時こそ、自分の立場を利用しませんとね、っと」
欠航になった旅客船をキャンセル。士官候補権限で与えられているアクセス権を行使し、ステーションに寄港する船のリストをARに表示させる。
欠航になっているのは、あくまでも旅客船系列。生活必需品や食料などの物資を運搬する自動運転の無人貨物船などは、旅行目的の船よりも優先的に航路を融通される傾向にあり、《惑星流》が沈静化している状態でも、数少ない《波》の発生するルートが割り当てられ、現状でも航行している可能性が高い。
リストをスクロールさせてみれば、エマの予想通りまだワーズマ星系へ航路をとる船があった。
「よーし、ビンゴです」
無人貨物船に人間が乗船できるスペースはないので、貨物コンテナの中に紛れ込む必要がある。コンテナの搬入ルートをステーションの見取り図から割り出すと、エマは圧縮鞄を片手に旅路を急いだ。
結論から言えば、エマ・フラメルは遭難した。
気紛れな《惑星流》が凪の状態から急激に嵐の如く活性化しだし、結果銀河をつなぐメインストリーム外縁部を航行中だった、エマの密航した無人貨物船の推進力発生セイルが許容値以上の《波》の直撃を受け、内燃機関ごと破損。貨物船は推進力を失い漂流。近場の惑星の重力に引きずり込まれ、大気圏突入の摩擦熱により雲の上で爆散した。
ガン、と落下の衝撃で歪に変形して開かなくなったコンテナのハッチを蹴り飛ばし破壊すると、エマは28時間ぶりに惑星の大地に足をつけた。
コンテナが落下したのは、鬱蒼と生い茂る森林のど真ん中だった。近場に文明の気配はなく、そもそも宇宙船が丸ごと一隻落ちてきているのに防衛衛星の反応も何も無かったため、入植した人類の存在しない無人惑星の可能性が高い。
「ド畜生!もう、どれだけついてないですか!」
空を見上げれば、大気圏の突入の衝撃でバラバラになった貨物船のパーツやコンテナが流星群となり、方々へ散り散りに広がっていた。
エマが五体満足の無事でいられた要因は二つ。
収納した積み荷を保護するためのコンテナの圧縮固定機構がエマを守り、更には期せずして内燃機関が大気摩擦で引火し爆発する前に破損した外壁からコンテナが地表へ転げ落ち、脱出ポッドのような役割を果たした事。そして、もう一つはエマが万が一の備えとして、Lスーツを着用していたためだ。
Lスーツは、一言で表すなら、万能工作宇宙服である。装着者の表面をナノマシンが投入された極薄の自己形成流体で覆い保護し、内部の気密性や空気の循環、温度管理などを自動制御で行ってくれる。衝撃から身を守る防護服としての機能も持ち合わせており、肘や膝などに密度を集中させることで、外付筋肉として、ナノマシンで流体を性質変化させれば、両手に切断機や釘打機の機能を持たせると言った、様々な用途に使用できる。
士官候補として鍛えているとは言え、超人ではないエマがコンテナのハッチを蹴り飛ばして開放することができたのはこのためだ。
エマは、バクバクと連続して激しく鼓動し続ける胸を押さえながら、荒い呼吸を整える。
「はあ、はあ………落ち着いて。まずは、現状の確認をしないと」
不測の事態で、孤立した際のマニュアルは《スクール》のカリキュラムで修了済みだ。もっとも、教室で習うのと突然ひっ迫した状況に放り込まれるのでは、雲泥の差があった。
情報端末を操作して、圧縮鞄から取り出した観測用ドローンを上空へ飛ばす。小型の太陽型の恒星が三つ観測できること、空からスキャンできた地形データを照合し、端末内のライブラリを参照して登録されている惑星かどうか検索を掛けるも、該当はなし。既に察していたことだが、この惑星に一人きりだという事実は、予想以上にエマに衝撃を与えた。
折れそうになる心を奮い立たせ、次に、大気成分、放射線、重力を測定。
「驚きました。殆ど標準値と変わらないんですね」
酸素、二酸化炭素、窒素の割合はほぼ許容値。有害物質もなく、放射線量も問題なし。重力も誤差の範囲内。これならば、Lスーツ無しでも活動が可能だ。Lスーツはとても便利だが、永久機関が無い以上、連続稼働時間には限界があり、太陽光で自家発電を行うにしてもエネルギーは節約すべきだ。
スーツの胸部にある半球状のボタンを強く押し込むと、スーツのフィッティングが解除され一気に自己形成流体がボタンに吸い込まれていく。この工程に5秒。Lスーツが待機状態、直径3cm程のボールに形態変化する。
大気を肺一杯に吸い込むと、少しは気分が落ち着いてきた。未開の異星であろうとも、人間は自然界の空気に触れると落ち着くものらしい。
エマは、現状を整理しようと、思考を巡らせた。
救助は、おそらく来ない。来たとしても、かなり遅くなるだろう。
正規のルートを運航している旅客船が事故等で行方不明になったのなら、銀河連盟が捜索隊を編成し救助に向かうだろうが、今回は本来なら誰も乗っていないはずの無人貨物船が一隻、姿をくらましただけなのだ。原因究明の為に、調査隊などは来るだろうが、それはずっと後だ。
《スクール》に対しては、240時間の外出届けを提出しており、少なくともその間には《スクール》が士官候補の一人でしかないエマを探すこともないだろう。実家には、帰省することを伝えているので、いつまで経っても帰ってこないエマを心配し、そちらから公的機関に連絡が入るかもれないが、それでもやはり時間がかかる。
つまり、救助が来るまでのしばらくの間、エマはこの未開惑星にて、一人で生き残らなければならないのだ。
「はは……B級映画の主人公になった気分ですよ」
二人の兄のうち、下の兄がそういった暗黒時代以前の映像作品やサブカルチャーを好き好んでよく収集しており、エマも何度か上映会に付き合ったことがある。ナイフ一本で無人島に漂着するタフガイ。未開の原住民との交流や、巨大生物との熾烈な戦い。最後は超展開で島に眠っていた遺跡とかの未知のパワーで鮮やかに脱出。
現実には、そんな都合のいいものは望めず、どこまでいっても冷たくロジカルな事実が淡々と列挙されていくだけだ。だからこそ、成功という結果が欲しければ、そこにたどり着く過程を努力により積み上げ続けなければならないのだ。
「ふう……まずは、寝泊まりできる安全地帯の作成から始めますか」
上空に飛ばしている観測用ドローンの探索範囲を広げ、居住可能な地形はないかと操作した矢先、突然受信した映像にノイズが走った。何事かとエマが考えるよりも早く、ドローンとの送受信が断絶され、ARビジョンの画面がブラックアウトする。巨大な何かが、エマの頭上20mを風と共に高速で通過した。
その影は、一言で評する鳥だった。上空と距離があるにも関わらず、その落ちてきた影がすっぽりとエマを覆い隠してしまうほどの巨体であり、耳が痛くなるような奇怪な鳴き声を発して、侵入者に対し威嚇の姿勢をとっている。
一にも二もなく、エマは身を前方に躍らせ、森の中に飛び込んだ。原生林の木々の間を全力疾走で駆け抜け、肥沃な土壌によりとてつもなく肥大化し地上にはみ出した根と根の間にその姿を埋め、空の脅威から隠れる。コンテナの落下により、枝がへし折れ緑の屋根が取り払われた落下地点は、空中のからの襲撃に対しあまりに無防備だ。
学生エマ・フラメルは、ナイフ一本で巨大生物と殺し合えるタフガイなどではない。実技・座学含めて、ほぼ武器の無しの生身で空を飛ぶ怪鳥と戦う方法など、彼女は習ってはおらず、知りもしない。よって、彼女は生存の為に、隠れ潜むことを選択した。怪鳥のサイズの巨体ならば、ジャングル内部に乱立する無数の大木達は行動を阻害する木製格子だ。迂闊には追ってこれないはずだと、エマは判断した。
しかし、エマにとって未知の生物は彼女の予想を超えた行動をとった。
嘴の下、人間ならば顎下の喉の位置の皮膚が赤黒く変色しながら、風船の様に膨らみだした。あれだけ威嚇の鳴き声を出していた嘴はピタリと閉じ、上を向く。喉袋が頭蓋よりも更に一回り大きくなった瞬間、頭ごと振り下ろすかの様に嘴を開口し、体内で生成されたゲル状のソレを原生林に向けて吐き出した。
炎の大輪が、瞬く間に咲いた。
木々に付着した粘性の高い黒色油脂が、まるであたり一帯を舐めつくす高熱の黒の舌であるかのように蹂躙し、森の中に火の海を作り出した。
「ナ、ナパーム弾!?体液が焼夷弾になるとか、非常識ですよ!」
視界の全てが炎で蹂躙される最中、エマは逃げるよりもLスーツの装着を優先した。その場で静止状態を保ち、胸に待機状態のLスーツのボールを押し付ける。5秒でフィッティング作業を終え、エマの全身を自己形成流体が包み込む。
「緊急事態における士官候補生権限に於いて、超過駆動を許可!最大出力でこの場から退避!最優先で!」
即座に、網膜と声紋のパターンが検出・照合され、Lスーツのセーフティが解除される。エマは、氷上を滑走するかのように、広がり続ける炎の波から全力で逃走した。
Lスーツの足裏が、路面の凹凸を包み込みながら吸着し、時に反発しながら装着者を前へ前へと押し出す。全身の姿勢制御さえも、システムのアシストが走行する為の理想的な姿勢へ逐次修正していくため速度に体がついていかず転倒する恐れさえなく、仮に転倒しても防護膜が衝撃を吸収してくれる。
エマは、スーツの機能を全開にして、今なお拡大し続ける森林火災から一歩でも遠く離れようとした。Lスーツの超過駆動の限界はカタログスペック上で約600秒。しかし、これは機能が何の外的要因もなく理想的な状態で発揮された場合での数字であるため、実際はもっと短い。
現状、炎に巻かれている状況では、耐熱と酸素供給にリソースの多く割くため、エマの網膜に投影されている映像は、限界までのカウントがもう数少ないこと示していた。
「せめて、可燃物の少ない場所まではもってください!」
システムの警告音が耳に煩い。大量のエラー表示が沸き上がる。それらの全てを無視して、エマは炎の絨毯となった森を抜け出ることに成功した。
開けた先にあったのは、湖だ。
これ幸いと、駆け抜けた勢いのまま水深の浅い湖畔に飛び込み、高温の炎で焙られたスーツを冷却する。音を立て、付着した水分を端から蒸発させていくスーツは、一連の行動で内部のナノマシン残量がかなり少なくなっていた。一度待機状態に戻し、修復する必要がある。
全速力で走り抜けたエマの努力を嘲笑うかの様に、空では怪鳥が喉を鳴らして吠えていた。その視線は獲物、あるいは自身の縄張りに侵入した外敵を捉えて離さない。依然、状況は変わらず、寧ろ装備を消費しているため、悪化しているといってもよい。
「いいです、分かりました」
エマは、腹を括った。限界寸前のLスーツ内部のナノマシンを、右手に集める。
おそらく、あの怪鳥は粘性黒色油脂をそう何度も出せるわけではない。それができるなら、上空という位置の有利を取っている間に、四方八方に粘性黒色油脂をばら撒き、全ての逃げ道を炎で埋め尽くしてしまえばよかったのだ。そうしなかったのは、体内に安全に貯蔵できる量には限界があるからだ。
猛毒を毒腺に抱える毒蛇も、その毒自体の致死性がどれだけ高かろうと、内包量には限界があるのと同じだ。だから、あの怪鳥はエマを仕留める際、必ず重力を味方につけた高所からの急降下で襲撃してくる。
その瞬間に、ナノマシンの性質変換により大型カッターと化したLスーツ右腕で、カウンターを叩き込む。怪鳥に致命傷を与えることは、まず無理だろう。だが、傷を与えることができれば、退散させることができるかもしれない。どの道、このままではじり貧。
命を賭けるにはあまりにも細い糸であったが、退路はなく装備も長くはないエマは、その一点に己の覚悟を乗せた。
怪鳥に大型カッターで切りつける動きは、Lスーツが補正してくれる。重要なのは、タイミング。エマと怪鳥の視線が、交差する。一秒、二秒、そのわずかな間にもLスーツの限界時間は間近に迫っている。もし、限界時間一杯まで怪鳥が攻撃してこなければ、エマの生存への可能性は潰える。逸る気持ちを抑えながら、焦れるような緊張の中、唐突に怪鳥の視線が横に逸れた。
その行動を不審に思いながらも、エマは集中を途切れさせずに怪鳥を観察し続ける。怪鳥は横、正確には今尚延焼を続ける原生林の方角を向き、逸らさない。
そして、突然に怪鳥は天に響くような最大級の咆哮を上げた。
今まで、エマに対しては敵意、警戒を向けてきたが、その比ではないない程の強烈な意思の表現、憎悪、そして恐怖。種族の隔たりを超え、エマにもその感情がダイレクトに伝わった。
この空の捕食者を、揺るがす何かが、炎の向こうにいるのだ。生態系ピラミッドの更に上層階に位置する、ライフライクルの起点的存在か。あるは、形さえない無慈悲な自然災害か。
赤々と燃え続ける灼熱の森を、悠々とした歩みで進み、それは現れた。
意外なことに、それは、足があり、腕があり、胴がある、五体の揃った人だった。
人間の、赤毛の少年。少なくとも、エマにはそう見えた。
生物の皮革を加工したであろう原始的な防護服。更に、これまた原始的で使いにくそうな大型金属ブレードを片手で握っていた。例えるなら化石。過去から現代にいたる時間の流れを全て無視したかのような、異質さ。連盟非加入の、口さがない一部の者から蛮族と蔑称される人々でさえ、エネルギー兵器の一つも携行しているはずだが、闖入者にはその手の機器類は一切所持している様子はない。
入植後に暗黒時代を経由したことで、文明の利器を捨てざるを得なくなり、結果独自の文化や文明を築いた開拓移民の末裔だろうか。
「そこの貴方!お願いします、助けてください!」
エマは叫んだ。必修科目で学んだ連盟標準語、故郷のマーズマ星系の辺境語、とにかく思いつく限りのあらゆる言語で助力を乞う言葉を、少年へと飛ばす。エマは、少年が何者で何の目的でここに現れたか分からない上、知る術もない。だが、状況が既に窮地であり、これ以上の悪化することはそうそうないと咄嗟に判断した。
「………」
エマの言葉が通じたのか、少年がエマに何かしらの反応を返そうとした間隙を突くように、怪鳥が動いた。上空高くへ舞い上がると、逆Vの字を描くように、少年へ急降下する。突き出すのは、鋭利であり太さは大人の腕ほどある鉤爪。狙いは、少年の首だった。
「避けてください!」
鉤爪が、首の頸動脈に突き立てられた途端、怪鳥はその場でつんのめる。
エマは、目を見張る。少年の喉ごと貫通しそうな硬質の鋭爪が、首の薄皮一枚裂いただけで停止していたのだ。一瞬、少年もLスーツの極薄防護膜を纏っているのかとエマは考察したが、即座にその考えを否定する。仮に、Lスーツを纏っていたとするなら、防御反応の波紋が発生するはずだった。
だが、少年の体の表面上にそれらしき反応はまるで発生していない。つまり、少年は己の頑強さのみで、攻撃を防いだのだ。
少年は、首に突き立てられた鉤爪を歯牙にもかけず、その足首を片手で掴むと、抵抗して空に逃げようとする怪鳥の巨体をフルスイングで大地に叩きつけた。
大量の羽毛が飛び散り、同時に怪鳥の悲鳴が上がる。一度では終わらず、二度三度と躊躇なく容赦なく、大地が怪鳥の形に陥没しようとも、打撃を続ける。弄んでいるわけでない。ただ、確実に怪鳥の命を削ぎ落していっているのだ。
そして、悲鳴さえ枯れ果て激痛で痙攣をおこしている怪鳥の喉元へ、少年は片手で保持していた大型金属ブレードを一閃させた。
振りぬいた刃の腹には、首級が載せられていた。少年の表情に揺らぎはなく、命を奪った罪悪感も、敵を倒した高揚感さえない。
手慣れている。エマは、少年の一連の無駄のない所作から、熟練の仕事人の手際を想像した。おそらく、何十何百何千何万、気が遠くなる程に繰り返してきたルーチン。血肉となった動作や行動。少年にとって、呼吸する事や歩く事と同列に、生物を仕留め命を奪う事が並んでいる。
エマは、思わず一歩後ろへ後退る。果たして、あの少年はエマと同じ人間なのか。あの並外れた膂力は、体質や訓練の如何で身につくものではない。仮に、先祖を同じくする同輩だとしても、他の星と千年単位で交流が断絶している場合、異質な文化を形成している場合がある。外来者に対して、排他的程度ならまだいい。食人文化などが横行しているなら、赤毛の少年の瞳に、今のエマはどう映っているのか。
「………んっ」
緊張から喉が鳴る。
こちらから話しかけ、無害な存在であることをアピールすべきか。それとも、一目散に逃げるべきか。
エマが判断を下すより早く、少年が目の前までやってくる。
プシューと空気の抜ける音が鳴り、限界まで稼働したLスーツが強制解除される。同時に、倒れそうだったエマを支えていたアウターマッスルの稼働も停止し、エマはその場に尻餅をついた。
「は……は、はれ?」
立てない。極度の緊張と疲労に晒された体が、エマの意思とは真逆に立ち上がる事を拒否した。まるで、壊れた人形だ。
少年が、エマへと手を伸ばす。エマは、少年に身を委ねる他なかった。
多分、後で色々修正すると思います。




