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幕間1話のはずだったのですが、

予想以上に長くなったため、前編後編に分けて、間章として投稿することにしました。

 そこは、静かな部屋だった。音はある。ただし、声を発しているのは、教鞭を握る少女のみであり、その声もよく通り活舌も良いが、音量自体は抑揚をつける部分以外は平坦で一定、耳障りな煩さとは無縁であった。

「以上から、物資流通量の循環率は主な恒星間航行の手段がエーテル航行である関係上、エーテルストリームの《波》に依存し、日常的に《波》が発生している地域ほど人と物と金が循環して発展しています」

 エマは、ARの伸縮指示棒で、これもARで表示されているホワイトボードの図解を指し示す。一番大きな枠は銀河と書かれ、その内部の中心に連盟と書かれた丸、丸の周囲には幾つかの辺境国家群やギルドなどと書かれた塊が存在していた。

「エーテルストリームの収束する『濃い』場所が、今の銀河の経済の中心地、即ち連盟本星です。現在の星間国家で、一つの星系内で国民の需要と一国家で生産できる供給が釣り合っている国は殆どありません。都合よく呼吸可能な大気、大量の水、食用可能な動植物が群生している環境の整った星は人類発祥の母星以外ではかなり珍しく、星間流通というのは国を存続させるうえでなくてはならない生命線になります」

 そこを牛耳り、掌握しているからこそ連盟は強いと、エマは語る。

「ですが、連盟にもアキレス腱は存在します。まずは、その力に胡坐をかいた傲慢故の、盲目性。暗黒期を最初に脱し一定の秩序を構築してきたという自負があるため、連盟は基本的に自分達以外の組織やコミュニティを見下し気味です。連盟の圏外圏に構築されている非加盟組織ギルドの経済圏も既に無視できないレベルに膨れあがっていますが、未だに具体的な対策を取れていません。身内贔屓の縁故採用では組織的疾患を抱え、物流と言うせっかくある長い手足が宝の持ち腐れになっているのが現状です」

「成程、勉強になる」

 アカギは、使い慣れた《なもなき筆》で《無地の紙》に、首輪型ウェアラブルデバイスで眼前に投影されている文字などが翻訳された状態のホワイトボードの内容をまとめ、板書していく。

 アカギは、銀河で主流の共通汎用語の読み書きがまだ出来ない。

 よって、エマ謹製の翻訳ソフトは学ぶ上で必須のツールの一つだ。

《担い手様、必要ならば私がネットワークで情報を収集し、適時必要な情報をお教えしますが》

「ありがとう、『カネツグ』。お前の気遣いは嬉しいが、俺が欲しているのは情報ではなく地に足の着いた知識だ。こうやって手や頭を動かしてこそ、血肉となって身につく。これからを冒険する世界の事を何も知らず、いつもお前に頼り切りではあまりに情けないからな。最低限の常識くらいは、頭に入れておきたい」

《ああ、やはり担い手様は今日も素晴らしい。その勤勉な姿勢、我が余すところなく記録しましょう》

「そこの邪な精霊!私とアカギさんの、デ、デートの邪魔です、盗撮を止めて静かにしていてください!」

 隕石の衝突を未然に回避してから、一週間の時間が経過していた。

 避難していた国民も徐々に帰還し、国は賑わいを取り戻していった。ただ国民の生活が元に戻っても、国家が処理しなければならない案件は山の様にある。

 緊急時ということで最小限の手続きのみで他国から借りていた宇宙船の返却手続きに、避難の混乱で行方が分からなくなった国民がいないかの確認、隕石の落下による環境変動の調査など、万年人手不足のフラメル王国で対応するにはあまりにも過負荷な現状を解決するため、予備役の元軍人なども召集され、今は一学生でしかないエマも駆り出された。

 《スクール》に事情の説明と外出時間の延長申請。オーギュスト王を含めた信用の置ける関係者にアカギの正体諸々を説明、エマがようやくまとまった休みをとれたのが今日であった。

 王都の歴史資料館。そのレンタルスペースにて、国を救った報酬である『一泊二日デート』が行われていた。

《デート、なあ・・・》

 呆れた様な、『カネツグ』の声。

 アカギが座する席には、エマの手によって作成された『人類の一歩』なる少年にも馴染み易いようにと紙で作成された教科書。『カネツグ』が先程端末のカメラを通して内容を見た限り、一日という限られた時間内で使用することが前提とされ、押さえるべき要点のみを丁寧かつ分かりやすく掲載されており、歴史・文化を学ぼうとする者の導入本としては、かなり良い出来になっている。

 エマの講釈自体も、《スクール》で数多くのプレゼンを体験しているため、聴者に聞き取り易い工夫も気遣い揃っており、飽きさせない。

 その仕事に追われ時間の無い中で、これだけの資料を作成する手腕、アカギの為にと尽くし努力する姿は、長年仕えている『カネツグ』をして認めざるを得ないレベルなのだが、努力する方向を、全力で間違っている。

 老婆心ながら、精霊はため息と共に一計を案じることにした。

《担い手様、そろそろ昼餉の時間。一旦中断とし、食事と行きましょう》

「ちょっと、何を勝手に・・・・・・」

 その場を仕切り始めた精霊を、少女が咎めようとするが、エマの端末に表示されたメッセージを見て口を噤んだ。

『事を上手く運びたければ、一度我の話を聞け。さもなくば、ありとあらゆる手段で汝の邪魔をする』

 



 資料の片付けや部屋の退去作業を口実に、アカギのみを先に送り出し、その場にはエマだけが残っていた。

「なんのつもりですか、『カネツグ』さん。事と次第によっては、私も実力行使にでますよ?」

 《黒の王》を掌握した現在、エマは実体のない精霊に対しても支配という名の手札を切ることができる。少女からすれば、謀殺レベルの仕事に挫けそうになりながらも、今日と言う日を心待ちにし、恩返しの為に綿密に計画し準備を重ねたデートプランに水を差す精霊の行動は許容できるものではなかった。

 怒りを露わにするエマに、『カネツグ』の冷水の如き酷評が音声として端末へ出力される。

《この恋愛ド素人小娘、一つ教えておいてやる。これはデートではない『勉強会』あるいはただの『授業』だ。汝は、教師でも目指しているのか?》

「なっ!?」

 驚愕し、慄くエマ。あまりにも衝撃的だったのか、一歩二歩と後退り机に手をついた。

《その豆以下の脳髄の内部に検索をかけてみろ。汝の知る『デート』とやらは、朝から晩まで歴史の講釈を語りつくす事なのか?》

 エマは、同級生の少女達がやれ何処で誰と何をしただの姦しく騒いでいたのを思い出す。当時は、(うるさ)いだの、不純だのと思い顔を(しか)めていたが、今となっては貴重な情報源。海馬に蓄積された記憶を掘り起こし、現在の自分の行動と比較検証を行うと、明らかに相違点が多かった。

「た、確かに!ですが、具体的に何をすれば良いのでしょうか?」

《デートに決まった形や様式などない。本人達が楽しめればそれで良いのだろうが、汝の案ではあまりに花も実もなさすぎる。というか、人間でない精霊の我に指摘される時点でどうなのだ、汝》

「ぐはっ!」

 魔王の力さえ屈服させ従えた少女の心は、『カネツグ』の言葉により根元から折れた。

 力なく膝が崩れ落ち、その場に手をつく、エマ。

 その姿に呆れながらも、精霊は少女に問い質した。

《小娘、これだは聞かせよ。汝は、担い手様に懸想(けそう)しているな?嘘偽りなく申せ》

「――――はい」

 その声は、明確な意思を以って発せられていた。照れも恥じらいもなく、偽らざる真を述べていた。エマは知っている、目的を達成するには原動力となる己の意思を明確にしておかなければならないことを。根底を曖昧にしていては、手に入るものなどたかが知れている。

 だからこそ、問われれば、何時でも何度でも声を大にして口にする。

「私は、アカギさんが好きです」

 その答えは、その答えだけは、溜息しか出てこないエマの行動の中で、唯一認め評価できる箇所であった。寧ろ、それすら出来ないようなら、『カネツグ』は本気でデートを要害するつもりだった。

《その意気や良し。よかろう、汝に力を貸してやろう。我も、デートなんぞの経験はないが、これでも担い手様とは生まれた時からの縁だ。趣味嗜好は誰よりも心得ている。我の提供する情報に基づき、今すぐプランを組み直せ》

 珍しく、自発的であり協力的な精霊に、エマは戸惑う。

 鋼の精霊が、自身の主を最重要視し、それ以外を塵芥程度にしか考えていないのは、誰にでも分かる事であり、精霊にとっては最早護衛対象ではないエマなど、その他大勢の一人に過ぎないはずだった。

 寧ろ、主人の周りを飛び回る鬱陶しい羽根虫位に考えていてもおかしくない。

 疑問符が、少女の口から漏れた。

「あの、いいんですか?」

《何がだ?》

「精霊に性別はないってアカギさんから聞いていますけど、『カネツグ』さんは・・・・・・女性人格ですよね?その、後からしゃしゃり出てきた私の事を煩わしく思ったりしないんですか?」

《はっ、これだから低脳は》

 鼻で笑う、精霊。

《汝と我では、座する席が違う》

「?」

 余計に分からなくなっている少女に、『カネツグ』はため息交じりに説明した。

《汝や担い手様は、人間。我は、精霊。この事実はどうあっても変わらない。どれだけ願い、努力し、渇望しても、我は人間には成れない。担い手様の、伴侶には成れない》

「………『カネツグ』さん」

《勘違いするな、別に卑下しているわけではない》

 零れそうになった憐憫の感情を、エマは押し止める。それは抱く事は、気高い精霊を侮辱するのと同義だと少女は感じた。なにより、否定してみせた『カネツグ』の声には、そんなものは不要とばかりの力強さがあった。

《我が人間に成れぬのと同様に、汝等も精霊には成れない。お互い違う存在であり、出来る事も違う。なればこそ、補完し合うことで、より高みに至れる》

 それは、正しくアカギと『カネツグ』の関係性を表していた。互いの事を熟知し、背中も命も預け合い、抜群の連携で能力以上の力を発揮する。

 相違する者同士が、手を取り合った相乗効果は、計り知れないものがある。

《つまり、担い手様の相棒の席は、未来永劫永久不変に我が物。汝ら肉体に依存する人間共は、妻でも恋人でも愛人でも、移ろい易い席を浅ましく奪い合えばよい。我は、高みの見物を決め込むのでな》

 そこに至るのに、どれだけの時間が必要だったのだろう。

 『カネツグ』がアカギと共有した時間は、エマの何倍も長い。

 葛藤も、諦観も、絶望も、少女の想像力では及びもつかぬ程にあっただろう。生まれは誰にも変えられない。都合よく別のモノに生まれ変わる事などできはしない。

 それでも尚、精霊は主と最後まで共にいると、誰よりも愛していると胸を張って宣言した。

 その姿はきっと、とても尊いものだと、エマは感じる。

「『カネツグ』さん………『カネツグ』さんって、とてもすごい精霊(ヒト)だったんですね!」

 感極まり尊敬の念を吐露する、少女。

《はっ、汝に褒められたところで、微塵も嬉しくはない》

「あの、私と友達になってください!」

《嫌だ、気色悪い》

「まあ、そう言わずに~。あ!もしかして、照れてるんですか?知ってますよ~、そういうのをツンデレって言うんですよね?昔、シメオン兄のコレクションで見たことがあります!」

《純粋に心から拒否しているだけだ!我に、おかしな属性を付けるな!》

 人間と精霊は、同じにはなれない。しかし、同じ人間だからと言って人類全てが手を取り合えるかと言えば、否であり長い戦争の歴史がそれを証明している。

 逆説的に、違う存在であるからと言って、友誼を結べない道理もまた存在しない。

 その成否は、個々人同士の努力と意思で決まる。

「IDの交換をしましょう!」

《話を聞け!》

 精霊が少女を認めるかはともかく、少なくとも少女側から延ばされた線は、おそらく切れることはないだろう。




 赤砂の荒野を、一台の機械が疾走する。

 その車中にて、『戦士』は、悩んでいた。

 エマの、アカギに覚悟を問う発言から一週間。

 幸か不幸か、その間の間両者に接触は無かった。アカギもエマも、事情説明や復興に関する仕事で忙しく顔を合わせる暇がなかった。オーギュスト王には、何度も礼を言われ、エマの兄であるジェレミーには平身低頭で会談の場で無礼ともとれる態度を取ったことを謝罪された。いきなり現れた正体不明の者を信用できないのは、当たり前の反応であり、二人のとった対応は至極真っ当だった。アカギにそのことを責め立てる気は一切なく、つつがなく和解が成立した。以降は、主に肉体を活用した労働力として、アカギも復興作業に従事した。

 そうやって時間を重ねる中でも、アカギはエマに何と答えるかをずっと考えていた。

 この場合、一番重要なのは互いの気持ちだ。

 アカギは、不老の『使徒』でエマは老いてゆく人間。老人と少女であり、立場も違えば、生まれた世界すら違う。

 だが、そんなことは些末なのだ。

 アカギは仲間達との冒険の中で、身分違いや種族違いという大きく隔たりのある二人の恋路というものは、何度も見てきた。悲恋もあれば、何もかも丸く収まった時もある。

 結論として言えるのは、違う点を理由に悩み迷い自身の心を否定しても碌な結果にはならないということだ。

 極論、世界に全く同じ人間は二人といない。皆、なにかしらどこかで相違し食い違っている。その違いを認め、受け入れ、思いが成就した際に発生する様々な困難を共に突破していく覚悟を示せるか否か、問題はそこだ。

 愛には、覚悟が必要なのだ。

 少女は、既に答えを、自らの心をこれ以上ない形で発している。

 後は、アカギがエマを愛しているか。覚悟を示せるのか。

 それだけを、考えればいい。

 エマは、アカギの眼から見て間違いなく魅力的な少女だ。後十年もすれば、きっと美しさと行動力を兼ね備えた女性へと成長するだろう。

 だが、その隣に自分が立ち伴侶として生きていく姿を想像した時、違和感があった。

 好悪の感情とは違う、また別の何か。恥も外聞も何もかも脱ぎ捨てた裸の心で考えても、正体が掴めない。

 『戦士』は、未だ答えを出せていなかった。

「あ、見えてきましたよ、アカギさん」

 蜘蛛の様な節足動物に似た形状をした乗り物、Multi-Role-Vehicleの頭胸部(とうきょうぶ)にあたる部位のコックピットブロックでエマはハンドルグリップを軽快に操る。蜘蛛の腹部に相当する部位も脱着可能な増設式貨物ブロックになっており、内部でコックピットと繋がっている。アカギは、増設されたブロックの開閉式屋根を開けると前方の目的地を視認する。

 揺られること30分。アカギ達は、郊外の小高い丘に到着した。

 荒野の風は、基本的に乾いてる。しかし、アカギの頬を優しく撫でたその風には、僅かだが湿り気を帯びていた。

「これは……」

 一言で言えば、それは深緑の巨大な台座だった。丘に苔が群生し、荒々しい大地に緑の絨毯を敷いて居ていた。台座周辺は、動植物が生存するには厳しい赤砂の荒野に於いて、命の息吹に満ち溢れていた。

「ライフ・ソーサー。この場所は、私達マーズマ人の先祖が初めて入植を開始した場所なんです。頂上の見晴らしがいいので、そこでランチにしましょう」

 エマは、ハンドグリップとペダル操作で、MRVの脚を台座壁面にかけ、登坂(とはん)を開始した。操縦席自体が姿勢制御システムの管理下にあり、90度の壁を機体が登っている最中であっても、自動で地面と水平に角度が保たれる。

「入植、テラフォーミングの最初は、光合成で二酸化炭素を吸い酸素を吐き出す苔を植えるところから始まりました。大気成分の酸素濃度を濃くし、ドームで覆うことで、人類の生存圏を点として星に置きます」

 点と点を結び線へ。線と線と結び面へ。そうしてエマの先祖たちは星の各地へ種子を拡げていった。

 今でこそドーム無しで人々は生きていけるが、それも先祖達が大地に苔を植え続けたことで放射能を防ぐ大気、オゾン層が生まれ、人類が生活できる程に環境が改善されたのだ。入植開始が黄金期であるため、技術水準自体は今よりも高いだろうが、過酷な環境の中で何百年単位で途方もない数の人間達がその作業をやり続けたのだ。

「初めてこのマーズマの歴史を学んだ時、私は自分が何か成し遂げた訳でもないのに、誇らしい気分になりました。私が、この星を好きな理由の一つです」

 眩しい笑顔で、少女は語った。こういったところも、彼女の力の一旦となっているのだろうと、アカギは思う。

 程なくして、MRVが頂上に到着する。

 過去には、そこで人間が生活していたのだろう。歩きやすいよう地面が慣らされており、場所によっては道らしき痕跡もある。苔だけでなく、他の花のような他の植物も群生しており、昔は畑があったのではないと想像力が巡る。

 だからこそ、アカギの反応は僅かに遅れた。

 そこには、微笑む者がいた。

 まるで入植時代の人間が、そのまま蘇ったかのように半透明の人型。

 その場に溶け込み一体化するように、そこにいることがさも当たり前であるかのように、その精霊は悠然としていた。

《『戦士』アカギ様、世界(システム)からのメッセージをお届けに参りました》

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