17 エピローグ
朝日の差し込む、赤砂の荒野。
底冷えのする低気温の中、アカギはテントから身を乗り出した。
肺の中に空気を吸い込み、呼吸器官系の回復に異常がないかを確認する。腕や脚などを伸ばし縮めることで身体の各部位を稼働させ、調子を計る。
セルフチェックは、全て良好。
『使徒』の身体は、頑丈であると同時に自己治癒能力にも優れている。十分な休息を取れば、大抵の傷は後遺症もなく快癒する。
作戦の全てが完了したのは、マーズマ本星の標準時間に換算して昨晩の深夜だった。
破損状態の《シルバー・セブン》を酷使し、精霊核を失い抜け殻となった隕石をエーテルの《波》で包み込む事で減速させ、人里離れた荒野の真ん中に落とした。
強行軍の最中に決死行するように無理の上に無理を重ねた為、一行の体力気力はその時点で限界寸前。フラメル王国に作戦成功の連絡をしたところで力尽き、テントを張りそのまま泥の様に眠った。
今頃、王都では事実確認や事後処理、各方面への対応で処理能力が飽和し、落下現場に調査隊なり何なりが到着するのは、もう少し時間が経過してからであろう。
アカギの使っていたテントの横、エマの使っていたものは既に空であり、少女の姿を探し少し歩くと、落下した巨大隕石を見上げる人影を発見した。
隕石に何か思うところがあるのか、アカギが横から覗き込んだ瞳は、遠くを見ていた。
「おはよう、エマ。もう起きていたのか」
「はい、おはようございます。私はアカギさんと違って、大した怪我もありませんでしたから」
減速させたとはいえ落下時の衝撃はすさまじく、大地には巨大なクレーターが生じ地形が変わっていた。これが首都に直撃していた場合、被害は筆舌に尽くしがたいもとなっていたであろう。
エマは、深々と頭を下げると感謝の言葉を述べた。
「本当に、本当にありがとうございました。アカギさんにはどれだけお礼を言っても足りません」
「報酬は、必ず貰う予定だ。俺は、対価に見合った仕事をしたにすぎない」
「それでも、です。今後、何か困った事があれば、フラメル王国を頼ってください。必ず、力になります」
「……分かった。俺と『カネツグ』だけでは、出来ないことも多い。何かあれば力を貸してくれ」
「はい、勿論です。国を挙げてサポートします!」
エマは、再び隕石へと向き直ると、疑問を口にした。
「精霊は……彼は、なんで最期にお礼なんて言ったんでしょう」
「推測はできる。ただ、奴と俺達は最後まで敵同士で、戦い合うしかなかった。死んだ奴に聞くしかない事を気にしていても、詮無い話だ」
「でも……」
「忘れなければいい。俺達は、生きる為に奴と言う精霊を殺した、その事実を。俺達が憶え続けていることが、奴の生きた証にもなる」
「―――分かりました。絶対に忘れないよう、胸に刻みます」
深く頷くとエマは、黙祷にも似た瞑目を行う。
それは、敵対者へ鎮魂であり、意識の切り替え。
エマは、明晰な頭脳をもって導かれたこれからの起こりうる未来の予想、自身の中で結ばれた確信を述べた。
「多分、これは始まりなんです」
「始まり?」
「はい、今回の一件で防衛衛星の観測データの結果報告を怠るという規約違反を行った銀河連盟は多方面から糾弾されることになります。走狗に成り下がるしかなかった国々の牙が、怠慢に胡坐をかいた巨人へ殺到します。連盟の非加盟国もこの機を逃すことはないでしょう。連盟がどう動くにしろ、銀河は荒れ、激動の時代が訪れます」
多くの国々が連盟の傘下に名を連ねるのは、連盟自体が強大であることもあるが、その庇護を求めて下っている場合も多い。隷属化にも等しい数多く義務と引き換えに、盟主の国力をあてにしているのだ。
しかし、加盟国に対する盟主側の義務が果たされないとなれば、各国に反応も違ったものになる。
隕石の落下を皮切りに、銀河の勢力図が大きく変わり出す事は必定であった。
「今回の件で改めて実感しました、私は故郷や家族が心の底から好きで、それを失うことに耐えられない」
空を掴む様に、エマは右手を握り締める
「全部です。私、決めました。欲しいものは、全部手に入れて、決して放さない」
朝日の中で、新たな決意を語る少女の瞳は力強く輝いていた。
少女は、既に星だった。引力で多くのものを引き寄せ、自らの意思で光り続ける巨星。
「時代の変動も、連盟の思惑も、人の欲望も、何もかもを呑み込んで、私は全てを手に入れてみせます」
それは、宣誓であり宣戦布告だった。
「だから、覚悟してくださいね、アカギさん?」
可憐に、見た目だけは愛らしく微笑む、エマ。
人の情緒や機微に疎くとも、その言葉の意味はアカギにも分かった。
しかし、危機的状況に置かれた男女が、緊張や恐怖をある種の感情と誤認するなどよくある話であり、その衝動は時間と共に風化する。
その事を諭すべくアカギが口を開こうとすると、細い指がそれを遮った。
「私、有言実行の女ですから。どれだけ時間が掛かっても何をしてでも必ず捕まえますから、逃げられませんよ?」
「は、はは………」
漏れ出たのは、いつもの余裕の笑みでなく、乾いた笑いだった。
少女は既に黒の力を掌握している。最早、力に呑まれ堕ちる心配は微塵もない。
ない、のだが、少女の笑顔に何故か薄ら寒いモノをアカギは感じずにはいられない。
あるいは、嘗て相対した存在よりも、もっと厄介な何かを目覚めさせてしまったのでないかと、アカギは冷や汗を流す。
立ち塞がるは未知の脅威。そちら方面は新米冒険者以下の『戦士』に抗う術はなく、脳裏には嘗ての仲間達の姿が思い浮かんだ。
「これも、冒険……なのか?」
見上げる空は何処までも青く、そこに浮かんだ思い出の中の『勇者』は、苦笑していた。
次回以降は、幕間を一話挟んでからの2章スタートの予定です。




