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ロスト・プレイヤーズ  作者: 潮見高流
第1章 エンカウント アンノウン
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 夜の星空へ、天を剣で貫くように銀の閃光が奔る。

 小魚の群の様に集団となって空へと向かう避難民を乗せた脱出船とは、真逆の方向。光は、間近に迫った隕石トウェインへと飛翔していた。

 城の執務室にて、王は一人その光景を静かに見守っていた。

 最後まで、オーギュストは実の娘に、行くなとも死ぬなとも言わなかった。

 後悔はない。未練もない。

 何故なら、これが今生の別れになるとは、欠片も思っていないからだ。

 オーギュストは、二人を信じることに決めた。

 国家の命運を、少人数の者達に託すなど、王としては失格なのかもしれない。

 だが、王と言う立場に拘泥していては、見えてこないモノもあると、オーギュストは会談の中で体感した。

 長年、良き王たらんと自らを律し、押し殺して来た。

 それが間違いだったとは、今も思っていない。それでも、良き王でなくてはならないという固定観念が、王というモノでさえ、手段の一つでしかないという事実を、何時の間にか忘れさせていた。

 もっとも重要なのは、フラメル王国の民達の生活と安寧を守ること。

 必要ならば、王の立場や地位など、捨ててしまえば良かったのだ。年老いた身ながら、改めてそのことに気づけたオーギュストは、王ではなく父として、娘に言葉を贈った。

「エマ、行ってきなさい。私は、お前達の帰りをここで待っている」




 大気圏を突破し、宇宙空間へと飛び出した《シルバー・セブン》の操縦席で、エマは後方を振り返った。

「どうかしたのか?」

「いえ、少しだけ父上に呼ばれたような気がしました。聞こえるはず、ないのに」

 未練がましい自らを戒めると、エマは投影されたコンソールに《トウェイン》の映像を表示させた。

「作戦の最終確認です」

 アカギ達の立てた作戦は、単純だ。

 《トウェイン》の発生させるエーテルの《波》を越え、《シルバー・セブン》を着岸。

 まずは、隕石に発生した精霊とマーズマへの衝突を止めるように説得を試みる。精霊には知性が存在し、言葉を交わすことも可能だ。交渉で上手く事が運べばそれでよし、精霊が拒否するならば、これを武力によって打倒する。

 ただ、アカギの見立てでは交渉は九割九分失敗すると出ている。社会性というものは、自己以外の他者と交流することで初めて培われる。数千年をただ一人で誰とも接触せずに活動してきた精霊に、他者の事情に考慮するといった感情を期待するのは、望み薄だ。

 精霊を倒した後、空になった彗星は、《シルバー・セブン》の発生させるエーテルの《波》に巻き込んで勢いづいた慣性力を殺しに殺した上で進路を誘導し、マーズマ本星内の無人の荒野に最小限の速度で落下させる。幸か不幸か、マーズマに居住する人口自体が少なく、半径数百キロ内に人工物が一切ない地点を割り出すことは、容易であった。

「最優先事項は、精霊の討伐、あるいは無力化し、マーズマへの隕石の直撃を阻止する事。最悪、それ以外は切り捨ててもらって構いません。アカギさんは、精霊への対応に全力を注いでください」

 場合によっては、それは少女の命さえ見捨てる事となる。悲壮ともとれる宣言をしながらも、エマはまるでアカギがそうするように、笑みを浮かべた。

「大丈夫です。無駄死にする気は、さらさらないです。命を賭けるのは、勝負に乗るための最低条件。勝ちの薄いこの博打に競り勝つには、それぐらいしないと勝機を呼び込めない」

「分かった。君がそこまで言うのなら、俺はもう何も言わない」

 アカギは、知っている。エマという少女は、一度自らで決めた事を曲げない人間だと。

 ごく普通の年頃の少女の様に、未知への恐怖もあれば、苦境で心折れかける事もある。不安も不満も口にするし、泣き言も垂れ流す。しかし、最後の一線は決して何者にも譲らない。

 最初に少女を見た時、死地に在って、エマの眼は死んでいなかった。決して自棄にならず、生存の可能性を模索し続けていた。心臓の鼓動が止まり、脳が思考を止めるその最期の瞬間まで、瞳に宿る意思の輝きは消えることはないだろう。

 アカギが何を言ったところで、ここまで覚悟を決めたエマは譲らない。故に、『戦士』は、少女の決意に全力で報いることを決め、同時に一計を案じることにした。

「作戦中の行動に関して異はない。ただ、一応作戦終了後についての話もしたい」

「終了、後?」

「俺が受け取る、報酬に関してだ」

「うっ、それは……」

 エマは、思わず唸った。エマをマーズマへ送り届けるという、最初に結ばれた約束は既に、達成されている。隕石衝突阻止にまで協力してくれているのは、アカギの善意による部分が殆どだ。『使徒』は世界の調和の為に働く便利屋らしいが、少年の考察が事実ならば、エマの世界とアカギの世界は異なる。別世界の見ず知らずの他人の為に、無償で命を賭ける義理はないだろう。

 一方的な依存は、健全な関係ではないとエマも理解しているが、かといって少女には報酬としてアカギに何を渡せばいいか見当がつかない。

 常套であれば金銭がベターだが、目もくらむ大金を所持する相手には、響かない。

 国家として、地位や名誉を与える事も、権力から距離を置くアカギの主義からは反するだろう。

「あの、アカギさんは何をお望みですか?」

「君と一泊二日でデートさせてくれ」

 最初、アカギが何を言っているのか、エマには理解できなかった。

 徐々に言葉が脳に染み入っていくと、その言葉自体が熱を帯びていたかのように、湯気を噴き出し少女の顔は赤く染まった。

「え、えっと、その、アカギさんが、お望みなら、否はないと言いますか、寧ろ私が不束者ですいませんと言いますか、あの、よろしくお願いいたします!?」

 しどろもどろの支離滅裂。何故そうなったのかは不明だが、エマは操縦席の上で三つ指をつきだす。目に見えて動揺を露わらにする少女に、アカギは苦笑した。

「流石に、子供に手を出さない程度の分別はある。というか、君に手を出したら、オーギュスト王に合わせる顔がない」

「こ、子供・・・・・・分かってましたけど、アカギさんの認識だと私って、お子様扱いなんですね」

 う~、と意味のない唸りをあげて安堵のような落胆のような複雑な感情をかみ殺す、エマ。少女が落ち着くの待ってから、アカギは言葉を続けた。

「この世界の人々の暮らしを見てみたい、一日かけて案内してくれないか」

 それは、命懸けの難行の対価としてはあまりに安すぎる報酬だった。寧ろ報酬を払う側のエマが不公平さを感じられずにはいられなかった。

「そんなことでいいんですか?」

「ああ、当分元の世界には帰れそうにないからな。『勇者』を探す必要もあるし、この世界の常識や歴史、文化を知っておきたい。ただ……」

 すっと、『戦士』の指先が報酬に関して納得していない少女の不満顔を指した。

「案内役は、エマを指定させてもらう。君以外は受け付けない。それが、俺の望む報酬だ」

 エマは、理解した。

 命を賭けると宣言したエマを、アカギは制止することは無かった。

 報酬云々は方便で、止めない代わりに賭けに乗った上でなにもかもを総取りしてこい、それ以外は認めない、と言外に述べていた。

 無茶だ、と少女の理性は告げる。だが、アカギは今までエマに出来ない事を要求したことがない。何時だって、エマの安全を最優先で考え、身も心も守ってきた。

 アカギは、エマならば、この三人のパーティーならば総取り可能だと判断したのだ。その無茶に込められた信頼が、エマはたまらなく嬉しかった。

「分かりました!不肖、このエマ・フラメル、非力非才の身ではありますが、最高の一日をプランニングさせていただきます!」




 冷たく静かな空間で、それは発生した。

 生物ならば、ほぼ全ての生きとし生ける者が持つ生命の鼓動を持たず、しかし誕生の瞬間から確立された自己と、完成された知性をそれは備えていた。

 精霊。

 それが、発生した個体の呼称だ。

 始まりは、とある惑星の火山活動により、大気圏の外へまで噴き上げされた小石だった。

 小石の含有物の多くは、エーテルに干渉するマテリアルであり、その星の《惑星流》に乗ったこともあり、小石は宇宙へと漂流しだした。

 何百年と《惑星流》の行くままに流され、エーテルの《波》に晒される内、小石の内部には精霊の核が生じていた。

 精霊に、三大欲求はない。

 エネルギーを補給するための食事は、必要が無い。

 子孫を残すための別個体との接触は、必要が無い。

 疲労を回復させ脳の整理する休息は、必要が無い。

 エーテルという資源(リソース)が尽きぬ限り、精霊は無尽蔵に活動し続けることができる。

 唯一の本能は、己をより高次の存在に高め、霊格を昇華させること。

 精霊は、本能に従い今度は自らの意思で宇宙を航行し始めた。

 小石一つでは、内包できるエーテルにも限度がある。よって、精霊は《惑星流》の流れに乗りながらも、そこに流れ着いたスペースデブリを己の身体たる小石に吸収し始めた。

 無論、スペースデブリなら何でも良いわけではなく、よりエーテルを内包でき尚且つ干渉力を持つ素材、始まりの小石に含有していたマテリアルの様な性質を持つ素材が好ましい。

 吸収しては、無駄な部分を破棄。周囲一帯のデブリを食い尽くせば、また《惑星流》に乗ってまた別の場所へ移動する。

 時には、精霊の身体へと小さき者共の操る金属の塊が近づいてくる事もあったが、軽くひと撫でするだけ逃げ散り、残していった金属塊は精霊に吸収され身体の一部となった。

 この工程を何千年と繰り返した結果、最初は小石だった核を内包する身体は、今や小島程に増大していた。内包するエーテル量で言えば、極大精霊級。

 もう既に、限りなく星の位に近く、後一歩の眼前まで辿り着いていた。

 しかし、その一歩が果てしなく遠かった。

 極大精霊となって、既に千年以上が経過しておりこのままのペースでは一万年を経過したとしても、霊格を昇華させることは叶わない。

 精霊に寿命はなく焦りもないが、効率が悪いと認識していながらその工程を繰り返すのは、高い知性が許さなかった。

 精霊は、貯め込んだエーテルの一部を切り離し凝縮すると、銀河中で繁殖している小さき者共を模して無数の『触覚』を作った。小さき者をデザインモデルとしたのは、その個体達がもっとも銀河で広く分布しており、その形状ならば多くの環境で機能を発揮できると考えたためだ。

 精霊の眼となり耳となる『触覚』を、宇宙へと拡散させ、精霊は大量のエーテルを内包できるマテリアルを探した。

 宇宙は広い。『触覚』を何千体作ろうが、全てを探る事など到底できず、目的のモノを見つけるのに、また二千年近い時を要した。

 精霊が探したマテリアルは、とある星の奥底で眠っていた。

 こうした星には、とるに足らない小さき者共が住み着いている場合が多かったが、精霊にとっては至極どうでもいい些末だった。

 人間が道を歩く時、空気中の埃や塵の有無を態々確認しないのと同じで、精霊は生命がいるかも確認せず進路をマテリアルの眠る星へと取った。

 精霊は直接身体を星の地殻へ衝突させ、粉砕するつもりだった。後は、内部へ『触覚』を侵入させることでマテリアルを抉り出し、吸収する。より多くのエーテルを内包できるように身体を進化させ、より高次の霊格を得ようとしていた。

 精霊が、目的の星へ辿り着こうとした時、『触覚』の一部が身体へと向かう高速で飛翔する物体を感知する。

 速度こそ目を見張るものがあったが、よく観察すればそれは小さき者共の金属塊であった。ただ、その金属塊は、求めているマテリアルを多く含んでおり、精霊は望外の幸運に喜び、いつものようにエーテルの《波》を金属塊へと発生させた。

 エーテルの《波》の直撃を喰らった金属塊は、しかし速度を緩めることなく、《波》の威力を自己の飛翔へ巻き込み、より速さを増し加速しながら精霊へと反旗を翻す。

 思い通りにいかぬ事態に、精霊は癇癪を憶えながらも、十二十と光の《波》を金属塊へ殺到させた。




「なんだ、この単調で叩きつけるだけの力任せな《波》は!辺境宙域の荒波の方が、まだ可愛げがある!」

 『カネツグ』を手に、アカギは吠えた。

 《シルバー・セブン》の全周天型モニターの全てを埋め尽くす、光。飲み込まれれば、如何に全面ミスリル装甲の船と言えども、許容値を飽和させられ、自壊する。

 濃縮されたエーテルの量、速度、厚みどれをとっても過去最大。

 だというのに、そのすべてが同じ方向から同じ速度で来る。

 パターンさえ覚えれば、向かってくる波の進路を予想する事は造作もない。通過位置を避け、『カネツグ』の作り出した道に乗れば、後は目を瞑っていても前に進める。

 自然発生の《惑星流》ではこうならない。精霊が干渉した故の恣意性が《波》の挙動に反映され、エーテル・ストリームの御する上で最も厄介な不規則性をなくしてしまっている。

 船を圧壊させる《波》とて、その流れを完全に把握できるなら、まるで脅威ではない。

《創意工夫のない杜撰な制御だ。本能のままに動くならそれはそれで美しいモノもあろうが、この精霊、ぬるま湯に浸りすぎたせいで原石の輝きすら失っておる。見るに堪えん》

 同族を酷評する『カネツグ』の手腕により、極大精霊の干渉できる射程外に漏れ出た《波》が、全て《シルバー・セブン》の前進を後押しする力へと引き込まれる。単純な内包エーテル量ならば、《トウェイン》の極大精霊が上だが、こと制御力に限っては中精霊の『カネツグ』が勝っていた。

 鋼の精霊の干渉により《波》が、更に別の《波》を飲み込み、それはもはや銀河を泳ぐ竜の如き巨大な道と化した。

 最早、どれたけの《波》をぶつけようとも、より竜の道を補強するだけで、白銀の大剣を阻むことは叶わない。

 竜を統べる《シルバー・セブン》は最大船速で、その切っ先を衝撃と共に《トウェイン》の岩盤へと突き立てた。超高精度で製錬された刃は、複数の金属の集合体を易々と貫き、刀身を埋没させことで、船体を隕石の側面部に固定する。

 エマは、至極冷静に機体チェックを行うと、続いて隕石に肉薄したことで得られた情報を告げる。

「機体各部、問題なし。第一フェイズ終了。アカギさんの予想通り、この隕石トウェインには大気が存在し重力も働いています」

「極星クラスの精霊は、それ自体が超小規模の世界だ。それに限りなく近いレベルの霊格を持つなら、おかしくない話だ」

 『戦士』は、台座から相棒を引き抜くと背の鞘に納めた。

「一応交渉はしてみるが、期待はしないでくれ。おそらく、最終的には荒事になる」

「分かりました、ではこれより第二フェイズ開始とします。私はここで、最終フェイズの準備しておきますので、アカギさんもお気を付けて」

「任せろ、切った張ったなら慣れたものだ」

 搭乗口へと走り去るアカギを見送ると、エマは託された腰の長剣を抜いた。

「さあ、私も行動開始です」




 自身の長年掛けて構築してきた身体に金属塊を突き刺され、精霊は憤慨した。

 何千年の間、粛々と遂行してきた計画が、最終段階で水を差されたのだ。しかも、それが取るに足らないと切り捨てた対象によってならば、なおさら怒りが募った。

 誕生より、失敗も挫折も経験したことのない精霊にとって、自分の計画を邪魔される事自体が初めての経験であり、とても許容できるものではなかった。

 纏わりついた小さき者共を処理し、突き刺さった異物を破壊するため、精霊は『触覚』を複数体製作し、金属塊へと差し向けた。

 エーテルを凝縮させ物質化させた『触覚』は、精霊の感知器官となるだけでなく物体に触れることができる。『触覚』の強度は、費やしたリソース量に比例し、多くのエーテルを使えば使う程に、強力な器官を作り出すことができる。最も、最低レベルの『触覚』でも小さき者共とは比較にならない程の力を持つ。事に当たるには、十分な性能だ。

 隕石の地表を浮遊しならが高速で移動する『触覚』が、金属塊を知覚範囲内に発見する。

 すぐさまに処理に移ろうと近づく器官達を前に、その進路に立ち塞ぐ者が現れた。

「待った。船に手を出さないでくれないか」

 それは、銀河中で繁殖している雄の小さき者だった。

 雄は、背に負っていた器物を地面に突き刺すと、自らを壁とする様に胸を張る。

「俺の名は、アカギという。無遠慮にそちらの領域を侵した事は詫びよう。ただ、こちらも事情在ってのことだ。話がしたい、少しばかり交渉する時間を貰えないか」

 精霊は、小さき者共の言葉などは、歯牙にもかけない。しかし、その小さき者の手に握られた器物は、同族の気配を漂わせていた。

 長い年月宇宙を漂流していた精霊であるが、同族との接触はほぼ無かった。興味を惹かれた精霊は、小さき者のことは無視し、同族へと話しかけた。

《珍シイナ、我ト同ジ精霊トハ。話スコトノ出来ル霊格ガアルナラバ、応エヨ》

 内包エーテル量を測定すれば、同族の精霊はなんとも小さな個体であった。物質化出来る程の内包値もなく、誕生より千年も経過していない。

 小さき者にいいよう使われているのではないかと考えた精霊は、先達として同族に慈悲を与えることにした。

《ドウシタ、会話スル知性位ハ汝ニモアルダロウ。我ニ従属スルト言ウノデアレバ、小サキ者ニ捕ラワレテイル窮状ヲ救イ、眷属トシテ向カイ入レテヤロウゾ》

(さえず)るな》

 音は、小さき者の嵌めている首輪から生じた。

 精霊は、それが同族が別の器物を介することで発生させた意思の発露であると気づいた。

《表面をなぞっただけで、何もかも理解した気になっている愚鈍に価値はない、疾く去ね》

 瞬間、『触覚』が精霊の宿る器物を破壊せんと、高速で動いた。『触覚』の手が届く寸前で器物が後ろへ引かれ、代わりに突き出された小さき者の蹴りが『触覚』の腹へめり込み、後方へ吹き飛ばした。

「聞く耳なし、か。まあ、予定通りだが」

 『戦士』は、愛剣を構え笑った。

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