恋をしよう
「ちょいと、アンタ、何回冬眠をしたか覚えてるのかい?」
ホンドキツネのアキコは、攻め立てるように、ツキノワグマのゴローにいいました。
また、はじまったよ……。
ゴローは、キラキラと輝く星の光を見つめながら、少しうんざりしながら、聞こえないふりをしました。
「全く、これで五回目、五回目だよ!全く。そろそろ身を固めたらどうなんだいっ!?だらしがないね。アンタのおじいさんのおじいさんの…とにかく、昔のおじいさんは、この山を統べる山神さまと、あの人間たちにも畏れられた人物だと言うのに!アンタだって、世が世なら、旦那様と尊敬される半神半獣のやんごとなき血筋なんだからねっ。自覚はあるのかい?まったくもう。」
アキコは、頭に火をおこしそうな勢いで叫びました。
が、ゴローは人間のように背中を丸めて座ったまま、ドングリ池でこの夏初めての蛍と楽しむ妖精を見つめたまま、知らん顔を決め込みました。
だって、この近くには、熊の娘なんて居ないのです。頑張れと無責任に言うくらいなら、熊娘を探してきてほしいとゴローは思いました。
アキコは、しばらく、前足で、ゴローの背中を蹴りながら、話を聞くように促しますが、大きな熊の背中には、小さなキツネの前足の蹴りなんて、痛くも痒くもありません。
とうとう、年配のアキコの方がネをあげて、蹴るのをやめてしまいました。
はぁ……。
アキコは、ため息をつきました。
全く、どうして私の親切を無駄にするのかしら?
アキコは悲しくなりましたが、そんな事で諦めたりはしません。
自分の子供から、妹、娘の子育てを助け、巣穴を広げた女です。
長い子育ての経験から、アキコには、次のプランも考えていたのです。
文句を言っても聞かないときは、持ち上げてその気にさせればいいわけです。
「プランB発動よ!」
アキコの遠吠えが、静かな山の隅々に響きました。
すると、山や沢に住むカエル達が這い出してきました。
カエルの長が、仲間たちに号令をかけます。
「さあ、精一杯歌うんだ。」
実は、アキコは前日に、土がえるの長に会いに行ってたのです。
「土がえるの旦那さん、実はアンタにお願いがあってね。あのツキノワグマの息子に恋をしたくなるように、お前さんたちに歌ってほしいんだよ。恋する楽しみを私はアイツに知ってほしいんだよ。」
アキコの願いを、土ガエルは承知しました。
どちらにしても、夏はカエルの恋の季節だし、ツキノワグマのゴローは友達です。
恋の素晴らしさに気づいてもらいたいと、土がえるの長もかねがね考えていました。
夏の夜風が、女神の歌う甘い恋の歌を優しく山に運びます。
それに合わせて、牛蛙が低めのスキャットをつけてテンポを整えました。
雨蛙が、ムード歌謡風味の軽快なステップを踏みながら、素敵な恋に誘います。
♪煙るような、素敵な恋の予感。
甘く胸を苦しめるのは、まだ見ぬ君への恋のゆめ。
ドングリの池では、妖精が、蛍のランタンを手に池の周りをカエルの歌に合わせて踊ります。
その美しさといったら!
ゴローは可愛い妖精の、甘い恋の歌に聞き入りました。
誰かに愛されて、
誰かを愛して、
そんな歌を聞いていたら、ゴローもなんだか、胸の裏側がくすぐったいような、不思議な気持ちになりました。
「アキコおばさん、オレ、なんか、恋したくなってきた。」
池からゆっくりと光ながら天に上る妖精の柱を見つめながら、夢心地でゴローは言いました。
「じゃ、これをあげるよ。」
アキコは、夢見心地のゴローに満足そうに微笑んで、ドングリを3粒渡しました。
「ご馳走さま。」
ゴローは、よくわからないけれど、とりあえず、ドングリを食べようとしました。が、それをアキコが慌てて止めました。
「だっ、ダメだよっ!全くもう。アンタと来たらっ。間抜けのトンチンカンなんだからっ。それは、リスのカオルに分けてもらった大事なドングリなんだよ。」
アキコに怒鳴られて、ゴローはつまらなそうにドングリを返しました。
「じゃ、いいよ。俺、体がでかいし、ドングリ3粒くらいじゃ、腹の足しにもならないから。」
「ああっ。全く、なに言ってんだい。アンタもこの森の住人なら、ドングリの池の伝説を聞いたことがあるだろう?」
アキコは、ドングリを受け取りながら叫びました。
「え?なんの事?」
ゴローは不思議そうにアキコを見つめました。