ドングリ池の春ゴローの話
ツキノワグマのゴローが目覚めたのは、桜が散って暖かい春風が、山々を駆け巡り始めた頃です。
夜型のゴローは、優しい春の日差しが傾いて、少し肌寒い夕方辺りに目を覚まします。
お日様に温められた土が、懐かしい春の香りで、ゴローを誘いました。
少し面倒くさそうに、大きな体をモゾモゾと巣穴から這い出します。
遠くから、遅咲きの沈丁花の甘い香りがしてきました。
ゴローは、嬉しい気持ちになりますが、それよりも、ドングリの池に生えるセリやフキの青臭い香りの方が魅力的です。
冬眠から目覚めたばかりのゴローは、痩せて体の毛も艶もなくパサパサとしています。
月が3回満月になって森を照らす間、ゴローはご飯も食べずに眠っていたのだから仕方ありません。
まずは、ドングリの池の近くのいつもの場所で、大好きなフキの柔らかい茎を好きなだけ楽しみたいとゴローは考えました。
今日は月明かりが、獣道を照らしています。
ススキの枯れ葉の下には、可愛らしいクローバーの新芽が、萌木色のベルベットのようにゴローの足をくすぐりました。
「こんばんは、おねぼうさん。」
春風がゴローの耳に優しく触れて行きます。
するとゴローの胸は、春のドキドキでイッパイになります。
ああ、素敵な一年が始まる。
ゴローは思わず立ち上がり、お月さまに叫びたくなりました。が、お腹が空いてそんな元気は無いので、のそのそとドングリの森へと急ぎました。
いつものあの場所に行ったら、柔らかいフキを好きなだけ食べて、明け方には少し遠出をして、竹林で生えたばかりの竹の子を、くちイッパイに頬張るのです。
ドングリの池は、いつものようにそこにありました。
黒堆朱の盆に水を満たしたような池の中央に、黄色の満月が湧き水と一緒に踊っています。
その周りを妖精の少女達が、輪になって踊っています。
元気に足を広げて首を振る様子は、楽しげで食いしん坊のゴローですら、空腹を忘れてつい、見とれてしまいました。
池の周りには、二輪草が清楚な白い花弁を広げて夜風と春を歌います。
その白い花びらに、月が落とした銀の光のつゆが 、ころころと音にならない音をたてて、生き物の気持ちを高揚させて行きました。
「あら、まぁ…。あんた、生きていたのねぇ。」
少し嫌みを含んだ親しみのある声がして、林の暗闇からキツネのアキコさんが顔をだしました。
「こんばんは、アキコさん。」
嫌な相手に見つかったな。と、ゴローは心の中で思いながら挨拶をしました。




