綿雪ころころ
広い雪の平原を越え、小さな杉の林を抜けると、ドングリの木が二つ並んで枝をからめ、まーるくアーチをつくっています。
奥の森への入り口です。
チュウタはドングリのアーチの前で深呼吸しました。
このアーチをくぐると、神様の住む奥の森への入り口に立つことが出来るのです。
けれど、奥の森には見たこともないような恐ろしいものや、可愛いものが住んでいると聞いています。
恐ろしいものってなんだろう?
チュウタの体が震えます。
でも、今さら後戻りなんて出来ません。
ひとつ年上の兄うさぎピョンじろうだって、立派にこの役をこなしたのですから。
「寄り道しなきゃ、大丈夫。まっすぐ道を進みなさい。」
少し欠けたお月さまがチュウタを励ましてくれました。
可愛いものってなんだろう?
ふわふわしてるかな?
それとも、小さくて元気のいいものかな?
色々考えると、チュウタは少し元気が出ました。
月の光を体に浴びて、チュウタは、目をつぶって思いきりドングリのアーチをぴょん!と、飛びました。
着地して、恐る恐る目を開けると、そこは白い柔らかい雪がかかるドングリの林で、チュウタを案内するように、獣道を月明かりを含んだ、黄色く輝く雪が輝いていました。
さあ、いこう。急がなきゃ。
チュウタは輝く小道を一気に駆け抜けます。
すると、かけっこが好きなそよ風が、チュウタの横を走ります。
「うさぎさん、うさぎさん、僕と一緒に遊ぼうよ。」
「ダメだよ。僕は年うざぎ、大事なようがあるのだから。」
走りながらチュウタは優しく断りました。
ころころころ。
今度はフワフワの雪達が、転がりながら丸まって、チュウタの横を走ります。
「うさぎさん、うさぎさん、皆で一緒に遊びましょう。」
小さくて、可愛らしい声がして、チュウタは思わず走るのをやめてしまいました。
真ん丸の小さな雪玉が、チュウタの周りを転がります。
「遊んで、遊んで、うさぎさん。私たち、お外の者を見るのははじめてなの。」
雪玉達は、かわいい声で歌いました。
あまりにも、その姿がかわいくて、チュウタはついつい雪玉たちと遊んでしまいます。
ドングリの林が心配そうに、北風に吹かれて言いました。
「うさぎさん、うさぎさん、早く用事を済ませなさい。遊んでいてはいけないよ。夜の森には恐ろしい、魑魅魍魎が狙ってる。」
チュウタは少し心配になりましたが、雪玉たちとまだまだ遊び足りません。
「もう少しなら大丈夫。だから、一緒に遊びましょう。ほらほら僕らをつかまえて。」
雪玉達は言いました。
チュウタは、鬼ごっこに夢中になり、ジャンプをしたとき、大切な糸を落としてしまいました。
「ああっ。色だ!」
途端に、雪玉達が集まりました。
色の無い冬の精霊は、季節の妖精の紡いだ糸に目がありません。
我先に盗もうとするところを、急いで取り返してチュウタは走りました。
「なんだ、うるさいぞ。」
林の奥から、狼のうなりごえがしてきました。
なんで寄り道したのだろう?
チュウタは泣きながら走ります。
大きな狼は、チュウタに追い付いたら、きっとチュウタを食べてしまうに違いありません。
食べられてしまったら、
お父さんにも、お母さんにも、もう会うことは出来ません。
春のタンポポさんにも
夏の川風さんにも
秋の紅葉さんにも
もう、二度と会えなくなります。
逃げなくちゃ。
チュウタは必死で獣道を走り続けました。
しばらくすると、ドングリの林が消えて、七色に輝く美しい氷の池が見えてきました。
あそこに行けば、きっと、雪女に会えるに違いありません。
そうしたら、頼まれた色糸を渡すことが出来ます。
後ろを走る狼に怯えながら、チュウタは必死で走りました。