男のビーズ
「い、嫌だよ!ビーズなんて、女のするものじゃないか。」
ゴローは不満げに口を開けて抗議します。
全く、面倒臭い雄熊だねぇ。
アキコは目を細めて、ゴローの気持ちが落ち着くのを待ちました。
「じゃあ、アンタ、漢らしく、月神様のお供をしながら山々を巡り、はぐれ死人の黄泉送りの使者にでもなるのかい?それとも、アンタのご先祖様のように、日照り神と闘って山を守るとでも言うのかい?」
アキコは、少し意地悪くゴローの周りを歩いて聞きました。
「そんな事、俺に出来るわけ無いでしょ?」
ゴローは絶望的に首をうなだれました。
「そうさ、そうだよ。私ら、ただの熊とキツネなんだから、出来ることなんて限られているのさ。別に良いじゃないか。雄熊がビーズをやったって。それに、これは月神様からの大切な役目なんだよ。元々は、恋も知らずに亡くなった人間の魂を慰めるために作っているものなんだ。だから、恋する気持ちをきらやかな宝石のように出来るんだよ。口べたのアンタの綺麗な気持ちを首飾りにしてルミちゃんに贈れるんだ。気持ちが通じないわけはないよ。」
アキコはゴローを励ましました。
アキコは、ゴローの気持ちの美しさを本当に信じていたので、その気持ちが美しい宝石になれば、ルミちゃんも、ゴローを少しは見直してくれると信じていたのです。
「ほら、これが見本だよ。綺麗だろ?」
アキコは小さな指輪をゴローの手に渡しました。
指輪は、初夏の朝霧の細かいクリスタルが囲み、真ん中には大粒の山ユリの朝露が空の色を吸い込んで青く輝いています。
よくみると、中には流れ星の小さな欠片がクルクルと元気よく回っています。
「うん、きれいだね。」
ゴローは、その指輪が気に入りました。
こんな綺麗な指輪を渡したら、ルミちゃんはどんな可愛い笑顔を見せてくれるでしょうか?
「これは、盆の送りに人間の魂に渡すものなんだがね、これは男の魂に渡すものなんだよ。今生で出会えなかった恋人に、来世で気持ちを伝えられるように。これはね、人間の男の恋する気持ちなんだ。この指輪を見て、ゴロー、あんたは気持ち悪いと感じるのかね?」
アキコの台詞を、ゴローはよく聞いていませんでした。
指輪の宝石は、キラキラと誰かを思って輝いて、ゴローの胸をつきました。
「俺、やるよ。うまく出来ないかもしれないけれど。やってみないと分からないよね。」