いい漢(おとこ)
とりあえず、そう、とりあえず、今は、今の恋に集中よ!
ホンドキツネのアキコは、赤みのある自慢の尻尾で自分の頬を撫でながら、自分を励ましました。
人間のことわざで、
時は金なり
と、言うものがあります。時間を大切にしなさい。と、言う意味ですが、動物たちにも、ことわざがあります。
今見たブドウは、明日はない。
です。そう、季節は確実に過ぎて行きます。ツキノワグマの恋の季節も、満月のように、真ん丸だと思っていても、すぐに痩せ細った三日月のように、淡く消えて行くのです。
そうして、厳しい冬がやって来ます。
ホンドキツネの恋の季節も、もうすぐです。
セミがなく頃には、愛しい旦那さんが、久しぶりにアキコに会いに来るのですから、ゴローにかまけてなんていられません。
あの狐のために、森一番の美味しい木の実を沢山食べて、自慢の尻尾をより艶やかに、スイカズラの綺麗なレースで頭を飾り、そんな美しい自分を見たら、あの狐は、
「素敵だよ。」
と、誉めてくれるはずです。ああっ。
アキコは、年甲斐もなくうっとりと、旦那さんのやさしい毛繕いを思い出して頬を染めました。
「……。って、そうだ!そうよ。すっかり忘れていたわ。そうなのよ、ゴロー、アンタ、贈り物をしたらどう?」
アキコは、自分の発見に浮かれてゴローの周りを跳び跳ねました。
そうです、素敵な恋を始めるには、素敵な贈り物をすれば良いのです。
娘時代のアキコに、旦那さんがくれた、赤いホウズキのかんざしのように。
「贈り物?そうだね、それは素敵だ。俺だって、いつも、貰ってばかりで気が引けてたんだ。俺、杉林に美味しいキノコの生える場所をしってるんだ。あれを……。」
「なに言ってんだい!キノコの季節なんざ待っていたら、ルミちゃんは他の熊のお嫁さんになっちゃうよ。アンタだって、お嫁さんをもらう前に、山が赤くなっちゃうじゃないか!」
アキコは叫びました。
アキコの叫び声を聞きながら、ゴローは肩を落として悲しい気持ちになりました。
「そうだね。恋の季節なんて、アジサイの花より儚くて短いんだよね。俺、いつもソレを忘れちゃうんだ。俺だって、たまにどうしようもなく切なくて、隣の山の入り口辺りまで、出掛けることもあるんだけれど、川で遊んでいる可愛い熊ちゃん達に声をかける前に、一匹、二匹と消えていって、気がつくと皆、雄熊を作って山の奥に居なくなっちゃうんだ。」
ゴローは両手で頭を抱えてしまいました。
「俺なんて、どうせ間抜けのトンチンカンだから、雌熊なんて、一生できないんだよぅ。アキコさんだって、そう思ってるんでしょう!?」
ゴローは絶望的な目で、アキコを睨みました。
そのしぐさが、カラスの一座のメロドラマの色男のようで、アキコは少しだけ、胸がときめいてしまいました。
どうして、神様は、変なところだけイケメン仕様にゴローを作りたもうたか……。
しかし、アキコがときめいても仕方ありません。
アキコには素敵な旦那様がいるし、ゴローは若いツキノワグマなのだから、
「ああ、確かに、私はアンタを間抜けのトンチンカンだと思っているよ。うん。確かに、熊的に色男でもないし、気も利かないし、怠け者だし、どうしようもないと心から思ってる。でも、アンタほど、心根のやさしい素直な熊は、いないとも思っているさ。」
アキコは、自分の気持ちを正直にゴローに伝えました。
「やっぱりね、そうだよね、気持ちが優しいなんて、どうにも誉めるところが無い熊に言う台詞じゃないか!俺に嫁さんなんて、期待しちゃいけなかったんだよ。」
ゴローは真剣に悩んでいました。
が、ゴローの大袈裟な仕草と台詞回しに、アキコはなんだか、本当の芝居を見ているような気持ちになりました。
こんな展開って、本当にあるんだねぇ。
アキコは、感心しましたが、感心してばかりもいられません。
だって、これはお芝居ではなく、ゴローは真剣に悩んでいるのですから。
「アンタは、間抜けのトンチンカンだけど、私も口は悪いが、嘘をつくような女狐じゃないよ。ゴロー、アンタは、本当に心根のやさしい、素直な漢だよ。」
アキコは真面目な顔でゴローを見つめました。
「本当?」
ゴローは疑うような上目使いでアキコを見つめます。
「本当に!」
アキコは小ギツネ達にするように、キッパリと誠実な目で言いました。
「私たちは半神なんだから、普通の獣と違って、長生きだったり、不思議な癖もある。アンタのトンチンカンな所だって、素直な所だって、そんな神様の部分が関係してるのかもしれないさ。どうだい?普通の雄熊になりきれない部分は、普通の雄熊が出来ない事で補ってみたら?」
アキコはゴローに不敵な笑いを投げ掛けました。
アキコは、稲荷大社を中心にしたキツネの系列で、
ゴローもまた、山神さまと称えられたツキノワグマのご先祖の血を引く熊です。
「俺に出来るかな?」
ゴローは、見たこともない昔のご先祖の話なんて信じられずに不安そうに聞きました。
「大丈夫だよ。むしろ、アンタ、一度やりたいって言ってた事だよ。」
アキコは、たくらむときの美しい笑顔をゴローに向けて、ゴローを怖がらせました。
「なに、するの?」
「ビーズの首飾りを作るのさ。」