久しぶりの気持ち
「どうしたらいいのかな?ねえ?アキコさんはどう思う?」
ゴローは生まれて数ヵ月の小ギツネのようにアキコにまとわりつきました。
「とりあえず、話してみたのかい?」
アキコは小ギツネどころか、自分の倍以上あるゴローにまとわりつかれて、ふらふらしながらも、真面目にゴローの質問に答えました。ゴローはアキコが真面目に聞いてくれるのを感じて、嬉しくなりました。
「うん。とっても、良い娘なんだよ。朝、『おはよう』って言うと、『おはよう』って返してくれるんだ。」
ゴローが夢見がちにいうのをアキコは覚めた目で見ました。
「それ、当たり前じゃないかい?他には何かないのかい?」
アキコは興味深く顔をゴローに近づけました。
「あと、美味しい桑の実のなる場所を教えてもらったよ。山葡萄が沢山生えている林とか。名前はルミちゃんって言うんだよ。食べ物の場所を教えてくれるなんて、ルミちゃんって本当にやさしいよね。」
ゴローは幸せそうですが、アキコは会話に食べ物の話しか出てこない事の方が心配です。
その上、教えてもらってばかりでは、ルミちゃんもそのうち、ゴローと付き合うのが嫌になるかもしれません。
「アンタ……、それで、ルミちゃんに言ったのかい?お嫁さんになって欲しいって。」
アキコは諦めながらも聞いてみました。
それを聞いて、ゴローは恥ずかしくなって両手で顔を覆いました。
「そんなぁ……。ルミちゃんみたいなカワイイ熊ちゃんが、俺なんか相手にするわけないよぅ。」
両手で顔を覆いながら、照れて首を振るゴローから、アキコは用心深く距離をとりました。
初めての恋に浮かれるのは良いのですが、あんな太い腕がぶつかっては、キツネのアキコの小さな体は壊れてしまいます。
「それじゃあ、何かい?おまえさんは、しつこくルミちゃんにからんで、ルミちゃんの餌場の情報を聞いただけなのかい!?」
はぁぁ。
アキコは疲れたように、ため息をつきました。
その様子に、ゴローは心配になってきました。
「俺が食いしん坊だからって、そんなつもりは、ないよぅ。」
ゴローは不安そうにアキコに叫びました。
「そんなつもりは無くても、ただの食いしん坊にしかみえないよぅ。」
アキコはゴローの口まねをして、このままではダメだと伝えようとしました。
「どうしたらいいかな?」
少し考えてから、ゴローはアキコを見て聞きました。
アキコは悲しそうなゴローの顔をみて、少しかわいそうになりました。
でも、いい考えは浮かびません。
ストレートに『好きだ。』と言うにしても、餌場を食い荒らすただの食いしん坊をルミちゃんも好きとは言ってくれそうにありません。
「本当に、そんなつもりは無かったんだ。餌場を荒らすとか、そんな事考えても無かったんだ。ただ、ルミちゃんといると胸の辺りがくすぐったくて、話をしていると、とても、幸せな気持ちになるんだよ。こんな気持ち、俺、久しぶりなんだっ。」
ひ、久しぶりのですって!!Σ( ̄□ ̄)!
アキコは、ゴローの説明の、とんでもない所に引っ掛かりました。
情報通のアキコを逃れていつ、ゴローは恋をしたと言うのでしょう?
「久しぶりって、ゴロー、あんた、雌熊なんて出来たことあるのかい?初耳だよ。」
アキコは思わず叫び、ゴローは照れたように空をあおいで、呟きました。
「アキコさん、俺だって、大人の雄熊なんだよ。恋のひとつくらい、経験はあるんだよ。」
大人びたゴローの台詞を聞きながら、アキコは自分が随分と年をとったような気持ちになりました。